目次
2005.2.19. 2005年の決意表明? 2005.2.26. 日本公開決定! 2005.3.5. さあ、次はどこに住む? 2005.3.12. 日本の Level 42 2005.3.19. ジーヴスがやってきた 2005.3.26. 科学ライターの役割 2005.4.2. 最新ニュースがいっぱい 2005.4.9. 音楽を買うとは 2005.4.16. 一喜一憂の日々 2005.4.23. 超辛口批評の顛末 2005.5.7. 映画を観に、ロンドンまで 2005.5.14. 唐突に、デジタルハイヴィジョンレコーダーを購入 2005.5.21. 日本のテレビ史上画期的な出来事 2005.5.28. 映画興行収入という数字に溺れて 2005.6.4. 日本の出版史上画期的な出来事 2005.6.11. 重箱の隅からの逆襲 2005.6.18 『クローサー』のロンドン 2005.6.25. 中国語の3つのタイトル 2005.8.13. 幸運な旅行者 2005.8.20. 雑誌漁りの日々は続く 2005.8.27. パニクるなと言われても 2005.9.3. 六本木ヒルズ探訪 2005.9.10. 日本語で読める楽しさ 2005.9.17. 日本語字幕付きで観られる楽しさ 2005.9.24. 六本木、川崎、南大沢、そして海老名 2005.10.1. 映画版は好き? それとも嫌い? 2005.10.8. 我が手の中の『銀河ヒッチハイク・ガイド』 2005.10.15. アントニオ・ガデス写真集を手に入れるまで 2005.10.22. 怒濤の6週間 2005.10.29. 『アタラント号』の思い出 2005.11.5. ロンドンでは、携帯を持って 2005.11.12. 友情とビジネス 2005.11.19. ギリアム今昔 2005.11.26. 『スター・ウォーズ』と私
今さらですが、明けましておめでとうございます。
2005年で、このホームページはいよいよ5年目に突入します。私個人としてはそれだけでも感慨深いものがありますが、そんな呑気なことを言っている場合ではありません。いよいよ映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』が世界各国で公開されるのに伴い、イギリスやアメリカでは関連書籍その他が続々と発売されます。ラジオ・ドラマの最新シリーズも、映画公開と時をほぼ同じくして始まります。ダグラス・アダムス・ファンにとって、今年はまさに正念場と申せましょう。
おまけに、映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』は5月6日から英米同時公開の予定だったのに、何故か突然イギリスとオーストラリアでは1週間早く公開されることになり、続いてアメリカでの公開開始も繰り上げられることになりました。公式サイトの先頭ページも、4月29日に書き換えられています。5月6日スタートというからあきらめていたのに、4月29日から上映ということは、根性と金があれば勤め人の私でもゴールデンウィークの休みを利用して公開第1週に観に行けるってことですか?
実際にそういう無茶をするかどうか、できるかどうかはわかりませんが、心は千々に乱れています。ああ、困った困った。……気を取り直して。
映画の公開に絡んで、予想通り昨年末から今日までの2ヶ月間にダグラス・アダムス関連のさまざまな情報が入ってきたため、途中3回ばかり「最新ニュース」としてアップロードした。中でも「これだけは取り急ぎ」と思ったのが Oxford Dictionary of National Biography の改訂版の話。私が気づいて大慌てでアップロードしたのが1月7日で、無料で覗けたのが1月10日まで、という訳でチャンスは実質3日間くらいしかなかったけれど、私のホームページを見て無事ゲットした、という人が一人でもいらっしゃればとても嬉しい。
もっとも、無料だろうと何だろうと、そんなのを見て喜ぶ日本人が私以外に一人でもいるのかどうか怪しいもんだ、とこれまでの私なら考えるところだが、2005年になって何となく風向きが変わるような気がする。理由は、言うまでもない。河出書房新社から小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』の新訳が発売される予定だから(最初にこの情報を私に伝えてくれた「しもつき」様、どうもありがとうございました)。
新潮社で再版ではなく河出書房新社から新訳で、と知った時はちょっと驚いた。私の中で、河出書房新社とSFがあまり結びつかなかったからだが、考えてみれば2003年に小説版『宇宙船レッド・ドワーフ号』を出してくれたのはこの出版社だったし、ということは、ひょっとするとその流れで今度は『銀河ヒッチハイク・ガイド』を出そうということになったのだろうか、でも『銀河ヒッチハイク・ガイド』のほうは河出文庫だそうだから、やっぱり直接的な関係はないのかも。素人の邪推はさておき、河出書房新社のご決断には感謝します。
大ブレイクしてくれ、とまでは言わない。でも、今度こそ末永く書店に置いてもらえる本になってほしい――などと気取っている場合じゃなかった。映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』の日本での配給予定が不透明な昨今の情勢を鑑みれば、小説だけでも先にヒットして日本国内での知名度を少しでも上げてもらわなくては困るのだ。日本での映画公開予定が確定してくれれば、わざわざ料金の高いゴールデンウィーク中に海外旅行を強行する必要はなくなるというもの。
そう、半年だか一年だか知らないが、おとなしく待っていれば日本語字幕つきで観られると分かっていれば、そんなことをする必要はない。ないったらない。大体、日本語字幕なしで観たところで私の英語力ではどうせ台詞の半分も理解できないに決まっているし。
なのに、そう書いているそばからどうして心は千々に乱れるのでしょうか。本当にもう、どうしたものやら。
先週に引き続き、今回も少々理性がぶっ飛んでいる。何故って、日本でも映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』が公開されることが本決まりらしいから。
今はただ、やったやったやったーーーー、と叫んで跳ね回りたい気分。日本の映画館に『銀河ヒッチハイク・ガイド』の看板が掲げられる日が来るなんて、想像しただけであまりの嬉しさに顔がほころぶ。誰に何をどう感謝したらいいのか分からないけれど、とりあえず関係したすべての人に感謝します。本当にどうもありがとう! あ、それから、私にこの情報をメールで教えてくれた方、本当の本当にどうもありがとうございました。
しかも、早くもこの秋に公開されるという。2005年秋なんて、私がロビー・スタンプによる映画のメイキング本やM・J・シンプソンによるアダムスの伝記の改訂版と格闘しているうちに、あっという間にやってくるに違いない。
実はこの2週間ばかりというもの、4月29日から映画を公開してくれる国の中で、4,5日の日程で行って帰って来られる所ならグアムかケアンズ辺りか、どちらにもいわゆるシネコンはあるみたいだけど、でもそこで確実に初日から公開してくれるかどうか、万が一地方だからという理由で公開が1週間遅くなってたりしたら目も当てられないし、だったら絶対を期していっそシドニーまで行ったほうがマシかもしれない、しかしシドニーって片道9時間以上かかるのか、だったらもうロンドンまで飛んでもあまり変わらないんじゃないの、でもそうなるとまたまた旅行にかかる費用が……と、旅行代理店のパンフレットを床の上に拡げてぐじぐじと悩み続けていたのだが、ここは慌てず騒がずおとなしく日本での公開を待ったほうが利口なんだろうか。ロビー・スタンプのメイキング本の読解のみならず、ラジオ・ドラマの新シリーズも5月3日から8週間に亘って放送されるし、それにそれにそれに、この時期になれば日本の映画館でも映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』の予告編が流される可能性だってあるし(ダメだ、想像しただけで顔がにやけてしまう)。
などと思いつつも、それでもやっぱり観られるものなら1日も早く観たいという気持ちに変わりはなく、それもダグラス・アダムスって誰?な人ばかりに囲まれてではなく、この映画の追悼の意味を知っている人たちと一緒に、そういう人たちの反応を伺いながら観てみたい、というのもあって、やはり心は千々に乱れるのであった。しかし、本当に行くならそろそろ予約しないと飛行機のチケットが取れなくなるかもしれないし、ううう、どうしようどうしようどうしよう!尽きぬ悩みの傍らで、今週の更新は新しいイズリントン地図の追加。念のために書き添えておくが、これらの情報はアダムスの公式自伝本に書かれていたものであり、私がストーカー行為の果てに突き止めたのではない。私はあくまで節度あるファンであり、そこのところはどうか誤解なきよう。
イズリントンの地図と言えば、公式伝記本の中の Long Dark Tea-Time of the Soul に関する1文にはちょっと笑ってしまった。うまく訳せないのでそのまま引用すると、It is nicely observed and imbued with such a precise sense of place that one day it might be possible that literary fans wil follow Gently's path from Islington to St Pancras Station in the same way that James Joyce buffs walk round Dublin on Bloomsday. (p. 275)
所詮、ファンがやりたがることは似たり寄ったりということか。'one day' と言わず私は既に決行済みだが、私の場合は 'fans' ではなくたった一人の孤独な道のりであった。
引っ越しが好きだという人がいる。だから敢えて住居は賃貸にして、何年かごとに通勤可能圏内の新しいエリア・新しい沿線に移り住む。勤務先は変わらなくても住む場所が変われば心機一転、気分一新できるからいい、という。
考え方としては悪くないと思う。転がる石に苔はつかない的な人生を送りたいとしても、さすがに転職を繰り返す不安定さは耐え難い、でも住処を変えるだけならそこまでのリスクを負うことなしに転がり続けることができる。いつでもどこにでも引っ越せる、どこででも暮らせる、という身軽さを生涯失わないのは素敵なことだ。
が、実際の私は、大学進学を機に上京してこのかたさまざまな理由で何度か引っ越ししたものの、いつも同じ沿線どころか同じ最寄り駅周辺でしか暮らしたことがない。それだけ今住んでいる場所が気に入っているということでもあるが、それ以上に見知らぬ土地に移ることに対して恐怖、とまではいかなくても、つい億劫になっているのは確かだ。ついでに言うと、今住んでいる場所に至ってはとことん気に入っているので、できるものならもう二度と引っ越ししたくないとさえ思っている。苔どころか、すっかり根が生えてしまった。
前回の更新で追加した、アダムスのイズリントン居住跡地図をみると、アダムスも私同様に広いロンドンの、ごく狭いエリアの中でしか移動していないことが分かる。アダムスがロンドンに家を買うならそりゃ当然イズリントンでしょう、と考えるのは『銀河ヒッチハイク・ガイド』ファンの勝手な思い込みであって、現実には住みたければどこに住んだってよさそうなものなのに、アダムス本人もあくまでイズリントンにこだわったのは、単に暮らしやすくて快適だったというだけなのか、それ以上に彼自身にも思い入れがあったのか、それとも勝手の分からない、馴染みの薄い場所に移るのが面倒だったのか。
しかし、確かにアダムスがロンドンでこそイズリントンにしか家を買わなかったけれど、その一方で南フランスに家を買ったこともあるし、仕事でしょっちゅう長期滞在するニューヨークにも(実際には使わなかったにしろ)高級アパートを所有していたことがある。そして家族ともども最後はサンタバーバラに移住してその地で客死しているくらいだから、そんな彼を評して「知らない場所に移るのが面倒だった」というのは変だろう。むしろ私とは逆の、生涯転がり続けたいと願う、引っ越し大好き人間の一人に近い。
だったら何故、ロンドンに限ってアダムスは狭いイズリントン地区にこだわったのだろう、と考える時、私には東京とは異なるロンドンの事情というものがあるような気がする。お金さえあれば白金でも田園調布でも銀座でも浅草でも、自分が住みたいところに住んであまり問題のない東京と違って、ロンドンでは実は本人の生まれ育ちや社会的地位や職種や人種によって、居住可能区域は厳密かつ内密に分けられているのではないかと思えてならない。
ま、あくまで外国人の無根拠な想像の域を出ない話だが、ロンドンに限らず古都と呼ばれるところは大体どこも似たような内部事情を抱えていると考えたほうが無難だろう。そういう意味では、私自身、途中参加の田舎者の一人として、東京やニューヨークやシドニーのような、新参者や成り上がり者に優しい新興の大都会に幸あれと思う。そして今週の更新は、「生命と宇宙と万物についての究極の答」について。合わせて、この答を冠したイギリスのバンドをご紹介する。
鬱病ロボットのマーヴィンを曲に仕立ててしまうバンドがあるかと思えば、「生命と宇宙と万物についての究極の答」をバンド名に取り込んでしまうバンドもある。
さすがはイギリス、津々浦々にアダムスのファンがいるもんだと感心していたら、前回の更新のために Level 42 をネット検索してみて驚いた。何と日本にも「Level 42」なる曲が存在するではないか。それも2004年に発売されたシングルで、オリコン初登場14位だという。そして歌っているのはアイドルのような若い女性、木村カエラ――って、誰?
そこでさらにネット検索を続けて、木村カエラという女性が雑誌「Seventeen」の専属モデルであること、テレビ神奈川(TVK)の「Saku Saku」という番組の音楽企画から派生してデビューCDが製作されたこと、作詞も彼女が手掛けていること、などを突き止めた。彼女が出ている携帯電話のテレビCMも見ることができた。私の耳では歌の巧拙は判断できないけれど、少なくともモデルとして顔の表情が豊かで感じがいいとは思う。
が、それにしてもどうして「Level 42」なのか。こんな名前、いくら何でも「偶然の一致」とは考えられない。アダムスが最初におもしろ半分で「42」という数字を選んだのとは訳が違う。とは言え、1984年生まれの、雑誌モデルからキャリアをスタートさせた若い女性が、何故わざわざこんなタイトルをデビューCDに付けたのだろう。彼女が意識して音楽を聴くようになる年頃には、レヴェル42は事実上活動は終えていたも同然なのに。
と、ぐずぐず考えていたところで、はたと気が付いた。彼女が曲を出すきっかけとなった番組を放送しているテレビ神奈川(TVK)って、42チャンネルじゃないか!
そうか、そういうことか。我が家のテレビで観られないものだから完全に頭から抜けていたけれど、そりゃテレビ神奈川にとって「42」は何より大切な、意味のある数字だろう。「42」と言えばいつでもどこでも『銀河ヒッチハイク・ガイド』と思い込んでいる私のほうが悪い。テレビ神奈川のみなさま、失礼しました。
ともあれ、今度近所のTSUTAYAに行ったら、「Level 42」も収録している彼女のデビュー・アルバムを借りてみようと思う。「42」が、単なるテレビのチャンネルの数字という以上の意味で使われていないとも限らないし、本家レヴェル42へのオマージュも含まれているかもしれないし、万が一にも『銀河ヒッチハイク・ガイド』にも言及しているかもしれないし……って、それはないか、さすがに。そして今回の更新は、やはり「42」で繋がる作家、ルイス・キャロルについて。
『銀河ヒッチハイク・ガイド』の中でももっとも有名なトピックスである「42」を、ホームページの更新を始めて丸4年が過ぎても手つかずのままにしていたのは、レヴェル42やルイス・キャロルなど、この数字をと同時にこの数字から派生してアップしなければならない事柄が多くて億劫だったから。でも、まもなく映画も公開されることだし、いつまでも面倒がっていないで、今年こそはこういう大きな「穴」をなるべく積極的に埋めていきたい(ええ、まだまだ穴があるんですよ、恐ろしいことに)。
先日、久しぶりに都心に出る用事があって、ついでに大型書店に立ち寄った。そして、平積みにされているその本を見つけた。P・G・ウッドハウス著『比類なきジーヴス』。
一瞬、我が目を疑った。え、あのウッドハウスの本が、新刊として出ている? それも、私の大好きな、あのジーヴス・シリーズが?
これだけでも目を疑うに十分だが、表紙には「ウッドハウス・コレクション」と書かれているではないか。コレクションということは、この他にもまだ出版されるということで、実際、この本の帯にはあと2冊のタイトルが印刷されている。ジーヴス・シリーズはまだまだあるのに、コレクションと銘打っておきながら3冊でおしまいですか、なんて文句を言っている場合ではない、一体いつの間にこんな嬉しい本が出版されていたんだろう、とその場で奥付を確認すると、2005年2月14日発行とあった。つまり、私としたことが2,3週間もの間この本の存在を見逃していたということになる。
たまにこういう思いがけない発見があるから、やっぱり大型書店は侮れない。寒いから、風邪を引きたくないから、それに観たい映画も全然ないから、という理由で家に籠もっている場合ではない。と思いつつ、読んで楽しい本が手元にあると、またまた出かけるのが億劫になるから困ったものよ。
『比類なきジーヴス』、原題 The Inimitable Jeeves は一応原書で読んだ。だが、分かったような分からないような状態のまま無理矢理英語で読むのと違って、日本語に訳されたウッドハウスの文章を読む時の楽しさときたら、それこそまさに「比類なき」てなものである。やっと出た待望の翻訳、一気に読んでは勿体ない、と精一杯手綱を引きながら読んだけれど、それでもさすがに3日で読み終わってしまった。
ウッドハウスは、アダムスがもっとも尊敬し、もっとも影響を受けたとして名前を挙げるコメディ作家である。だから、『銀河ヒッチハイク・ガイド』のファンなら絶対読んでおいたほうがいい、というより何より、絶対気に入るはずだから是非読んでほしい、そう思って、ただでさえ映画やラジオ・ドラマの情報で一杯の最新ニュース・コーナーに、敢えて「ウッドハウス・コレクション」刊行開始の件も入れた。
訳者あとがきによると、現時点では訳者自身も「ジーヴスものですら全作品を通読していない」そうな。シリーズ全冊を読破済みという点では私の勝ちだが、理解力の点で大差負けしている自覚はあるので、次回配本予定の6月を心から楽しみにお待ちしています。ウッドハウスのユーモアのセンスには反射的に笑えるのに対して、私はルイス・キャロルのナンセンスにはくすりとも笑えない。前回の更新のために久しぶりに『不思議の国のアリス』を読み返した時も、絶望的なまでに退屈した。そして、挿し絵のグロさに辟易した。
こんな私も子供の頃は結構のめり込んで読んでいたはずなのに、単にその頃の私は、「マーマレード」とか「クローケー」といった言葉に異国文化への憧れをかき立てていただけなのか。我ながら何とも情けない話だが、それが真相かもしれない。キャロルに限らず、エドワード・リアのナンセンス詩も何がおもしろいのかさっぱり理解できないし、私には「ナンセンスというセンス」がまるっきり欠けているのだろう。本当は、せめて知識の上だけでもきちんと押さえておくべきなんだろうが、すべての「べき」をきちんとクリアできる性格だったら、今頃とっくに英語ペラペラになっていてウッドハウスの翻訳待ちなんかしていないよな、きっと。そして今回の更新では、今度は作家ではなく、二人の科学ライター、ジェームズ・グリックとジョン・ホーガンを追加。どちらもイマドキのアメリカ人科学ライターなのに、目指す方向が見事に逆なのがおもしろい。
そうじゃないかと思っていた。ずっと、疑ってはいた。ただ、認めたくなかった。状況証拠しかなければ、どんなに疑わしくても完全にクロとは断定できない。100パーセント絶対の決定的な証拠が出てくるまでは、どんなにクロに近くてもシロはシロだ。そう自分に言い聞かせて、気づかないふりをしていた。
が、とうとう証拠が見つかってしまった。こうなってしまったらもう、私も事実から目をそむけることはできない。
ジェームズ・グリック著『カオス―新しい科学をつくる』。やっぱり、アダムスのお気に入りだったか。やっぱり、私も読むしかないのか……。前回追加したもう一冊、ジョン・ホーガン著『科学の終焉』のほうは、関係のありそうなところだけ拾い読みした。序章と、アダムスが出てくるところと、私にも比較的とっつきやすいと思われ、かつドーキンスが登場する進化生物学の章をざっと読んだだけ。でも、この本はそれだけで私にはもう十分だ。
私にはこの本は、科学の門外漢にもきちんと分かるように語ろうとしているというよりは、有名科学者の素顔を暴露して、かつ彼らの研究成果を適当に茶化しているだけにしか思えない。ドーキンスをコケにするのは構わない。私も、この本で描かれるドーキンスの姿はある意味とてももっともらしいと思う。が、問題なのは、科学ライターをしているホーガン自身が、進化生物学や宇宙物理学に限らず、どうも科学というものを根本的に取り違えている点にある。
……『カオス―新しい科学をつくる』も読みこなせない人間が、天下の『ニューヨーク・タイムズ』にも寄稿する有名科学ライターに向かって何を言うんだ、暴論にも程があるだろう、というご指摘はごもっともである。書いている当の私ですら、自分のあまりの図々しさに目眩がする。が、「取り違えている」が言い過ぎなら、「科学に過剰な期待をかけた挙げ句、勝手に失望しているだけ」と言おうか。科学にただ一つの「究極の答」を求めたり、あるいはそれを得てしまうことに恐怖したり、最後には自らの神秘体験や神を取り上げたりするのを読むと、この著者はこれで本当に科学ライターなのだろうかと思わずにはいられない。
物理学者が物理学の「究極の答」を追いかけるのは分かる。生物学者も同様に、生物学の「究極の答」を追うだろう。その結果、当然「究極の答」は複数になり、どれもがそれぞれに正しい。世界は物理学の視点でも生物学の視点でも切ることもできて、世界は一つでも見方は幾通りもあるからだ。そして科学ライターの仕事とは、科学における問いと答の多様性を伝えることこそが肝要ではないのか。
私が勘違いしているだけで、世間的には科学ライターに多様な答よりたった一つの真理を期待しているのだとしたらごめんなさい。でも、「たった一つの真理」などという言葉に対して、申し訳ないが私は胡散臭さしか感じない。気を取り直して、今週の更新は今年で3回目になる講演会について。合わせて、映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』のディープ・ソート役に決まったイギリスの大女優、ヘレン・ミレンのプロフィールも追加する。何だか、声だけの出演者のほうがメイン・キャストより豪華なんじゃないか?
それから今週はアダムス関連の最新ニュースのみならず、久しぶりにノルシュテイン関連の最新ニュースを更新した。「こりゃ凄い」な最新ニュースもあれば、私が気づいたのが先日なだけで実際は「どこが最新?」なニュースもある(こんな本が出ていたのにも気づかなかったとは、我ながら何たる不覚)が、どちらもよろしく。
先日、久しぶりに都心に出る用事があって、ついでに大型書店に立ち寄った。そして、平積みにされているその本を見つけた。チェーホフの短編小説にカラーの挿し絵をたくさんつけた大人の絵本、『カシタンカ』。
そういう本が出ているのは前から知っていた。でも、この手の本はデザインが肝心なので、買うのは実際に実物を手に取ってからにしようと思っていた。という訳で、ようやく見つけたこの本が、表紙もイラストも自分の好みと合致することを確認し、レジに持っていった。
家に帰って早速本を開いてみると、中にこの本を出版した未知谷の出版案内の薄い冊子も挟まっていた。未知谷はこれまでも何冊かのノルシュテイン関連本を出しているところだから、ひょっとしたら何か他にもおもしろそうなものがあるかもしれないと思い、その冊子を開いてみて青ざめた。私が全然気づかぬうちに、『金の鶏』ってのまで出版されている……。
確かに、昨年後半から今年にかけて、私の頭はいつにもましてダグラス・アダムスに偏ってはいた。改めて更新履歴を眺めてみても、ガデスの訃報関連以外はもっぱらアダムス関連だ。ノルシュテインのことを軽んじていたつもりはないけれど、私の中で何となく『ユーリー・ノルシュテインの仕事』が出てジブリ美術館での展覧会が終わった時点で、当分新たな出版物とかイベントはないだろうと決めつけていたフシがある。それでも、毎年恒例のラピュタ阿佐ヶ谷でのラピュタアニメーションフェスティバルが開催される11月頃はそれなりに注意していたけれど、それすら終わるとますます疎遠になっていた。
迂闊だった。そう反省して、他にも何か見逃してはいないか、念のためネットであちこち探してみると、次から次へと出るわ出るわ、え、NHKで特別番組をやるって? それも1時間半も? で、いわさきちひろ美術館ってどこ? おまけに、旭日小綬章を受章って一体何なんだ?!
とどめは、3月25日の夕方、時間潰しでふらりと立ち寄った地元の小さなCDショップで、たまたまジブリ作品のDVDコーナーの脇を通り過ぎた時のこと。たまたま新発売DVDの宣伝チラシが目に入った。『宮崎駿とジブリ美術館』、へええ、こんなのも出ているのか、と思って一応手に取ってよくよく眺めてみたら――。
いやはや、ノルシュテインもすっかりメジャーになったものだ。勿論、そのこと自体は喜ばしい限りなのだが、私がこのホームページを立ち上げた頃は、作品を観ることすらままならなかったことを思えば、まさに隔世の感がある。実際には、まだ5年も経っていないのに。そして今週の更新は、先週のアダムス関連の最新ニュースでお知らせした、新たに映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』のキャストに加わったケリー・マクドナルドとジェイソン・シュワルツマンの二人に加えて、ビル・ベイリー、トーマス・レノンのプロフィールを追加。それから、いつの間にかヴォゴン・イェルツの声が、Mak Wilsonからリチャード・グリフィスに変更になっていたので、そちらも訂正しておいた(ますます声だけの出演者が豪華になっていく)。
さらに、アダムス関連地図の中の、ロンドン・マップも加筆した。前回の更新で追加した、年に一度「ダグラス・アダムス記念講演」が行われる王立協会の場所も入れてある。ピカデリー・サーカスのすぐ近くにあって、ファラディ博物館なんてのも併設されているようなので興味のある方はどうぞ。でも「ファラディって何を発明した人だったっけ」とか思っている私は、多分行かない。
さらにさらに、またしても見つかったノルシュテイン関連本の情報もアップした。何だかちょっとした出版ラッシュの様相を呈しているような気がするけれど、やっぱり昨年秋の叙勲と関係があるのだろうか。
日本からの購入は不可能ということだから最新ニュースには入れなかったが、4月26日発売予定の映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』のサントラが、海の向こうでは iTune Music Store で購入可能らしい。
まったく何て羨ましい、というより、何て腹立たしい。そりゃ、あと2,3週間ばかりおとなしく待っていれば普通にCDを購入できるし、たとえ先に音だけダウンロードしたところでどうせCDも購入するのだから、余計な無駄遣いをしなくて済んだだけ良かったと考えることもできる。が、やっぱり悔しい。
ちなみに私はこれまで、インターネットのオンライン・ショップでCDを購入したことはあっても、音楽を直接ダウンロードするという形で購入したことはない。もともと音楽なしでも平気で生活できる人間だから、ということもあるが、同じお金を払うならジャケットや歌詞カードも付いてほしいじゃないか(それならなおさらiTune Music Store で買えないことに腹を立てなくても良さそうなものだが、それはまた別の問題)。
が、私より年下の知人にそう話したところ、「その発想は古い」と一蹴された。知人に言わせれば、必要なのは音楽のデジタルデータのみ、それ以外の余計なCDやらCDケースやらどうせロクに目も通さない歌詞カードやらは単なる資源の無駄、ゴミの元だというのだ。なるほど、言われてみれば確かに一理ある。実際、 iPod やその類似品を使うようになれば、音楽はもはやコンピュータの中でデータの一種として管理するものとなり、後生大事にCDを並べてとっておくのは(バックアップとしての意味以外では)ナンセンスにちがいない。
そういう理屈は頭で理解できても、私はまだ iPod ユーザーではないので、旧世代のCD購入派のままでいる。ホンネの部分では、iPod、欲しいんだけどね。実は2ヶ月ばかり前には、買う寸前までいったんだけどね。でも、様々なややこしくてくだらない事情が絡まって結局手に入れないままに終わってしまったんだよな。
まあ、いつかご縁がありましたら、そのうちに。話は変わって、前回の更新では、映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』のキャスト・プロフィールを新規に追加したのみならず、前から載せていたキャストのプロフィールについても少しばかり書き足した。
それらの情報は、実は私のホームページを読んだ方が送ってくださったメールに拠る。主役アーサー・デント役のマーティン・フリーマンが、イギリスではテレビ・ドラマ The Office でそれなりに顔を名前が売れている俳優さんであったことなど、イギリスに実際に滞在していたことのある人でなければ分からない。また、日本ではビデオ・リリースのみに終わった映画『ショーン・オブ・ザ・デッド』にみられるイギリス・コメディ関係の人間関係なども、とても参考になった。この場を借りて改めてお礼を申し上げます。
そして今週の更新は、私のもう一つの特大の盲点、アダムスと音楽について。それから、映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』のキャスト、イアン・マクニースのプロフィールも追加した。
2005年4月8日付のオンライン版「ガーディアン」には、映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』の記事がカラー写真入りで大きく掲載されていた。
記事は長さも内容も読み応えがあり、監督のガース・ジェニングスや製作のニック・ゴールドスミス、またアダムスの未亡人ジェーン・ベルソンへのインタビューも踏まえている。思い起こせばアダムスの訃報記事もこの新聞が一番充実していたし、さすがは「ガーディアン」だとヘンな具合に感心した。
ざっと流し読みして一番印象に残ったのは、一時は映画版アーサー・デント役の候補としてあのヒュー・グラントの名前が挙がったこともあったという話。実際、ガース・ジェニングスが監督に決まる前に、既にヒュー・グラントの元に『銀河ヒッチハイク・ガイド』の脚本が送られていたらしく、それを知ったジェニングスは頭を抱えたとか。
「彼がヘタな役者だという意味ではなく、ただ適役じゃないと思っただけの話。あの役には、『アパートの鍵貸します』のジャック・レモンのような、普通の人っぽさが欲しかったんだ」。そう語るジェニングスの気持ちは私もよく分かる。私もヒュー・グラントは大好きだが(何たって2002年の私のベスト映画は『アバウト・ア・ボーイ』だ)、彼は「ふっとばされ、侮辱され、ふっとばされ、侮辱され」続けるアーサー役向きではないと思う。「ガーディアン」の記事も認める通り、ここはやはりマーティン・フリーマンのほうが正解だろう。
配役のみならず、「ガーディアン」の記事は総じて映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』にとても好意的だった。「何より、この映画はアダムスの文章の基本精神に忠実である――それはもう、極端なくらいに("Best of all, the film stays true to the essential spirit of Adams' writing - almost to a fault")」。映画の出来映えにやきもきしている原作ファンにとって、これ以上の励ましの言葉はない。
と、呑気に浮かれていたほんの数日後には、今度はアダムスの非公式伝記本作家のM・J・シンプソンによる映画評を読んで、まさに頭から冷や水をぶっかけられたような気分を味わった。あまりに恐ろしくてとてもここに引用する気になれないが、映画版『サンダーバード』と映画版『デビルマン』の悪夢の再来が瞬間的に脳裏に閃き、以来今日まで一人でおろおろしている。私がジタバタしたところで何がどうなるものでもないけれど、ああもう本当に勘弁してください。
ワールド・プレミアまであと4日。英米での一般公開まであと2週間。
審判の日は、あまりに近い。何とか気を取り直して今週の更新は、前回追加したアダムスの音楽関連 Topics コーナーに、ピンク・フロイドを追加。これだけは絶対何とかせねば、と長年思い続けていてようやく実行できた。
それから、ようやくアメリカでの映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』の公開規模が分かったのでそれも最新ニュースに追加。お願いだから、このスクリーン数が吉と出てくれますように。
2005年4月9日付でアップロードされた、M・J・シンプソンによる映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』への否定的なコメントを読んでパニックを起こしたのはどうやら私一人ではなかったようだ。その証拠に、その映画評が掲載されている彼のサイトにアクセスが殺到し、そのせいで翌日には接続不能になってしまったという。
何たって書き手が書き手である。製作総指揮のロビー・スタンプとも懇意にしていて、映画に関する情報を優先的に受け取っていて、適宜最新ニュースをアップしていたような、そんなサイトの著者が、映画公開直前のもっとも微妙な時期に、ほとんど全否定に近いくらいの強い言葉で映画を切り捨てたのだから、これはただごとではない。
幸い、というのか何というのか、あれからいろいろなところでぽつぽつと上がり始めた映画評を読むと、必ずしも否定的なものばかりではないので、私自身は少しずつ気を取り直しつつある。勿論、最終的な結論は自分自身で観てから下すしかないのだが、試写室に赴いた時のシンプソンのように「わくわくしてはいたけれど、無批判に映画を支持するつもりはない」("having been an enthusiastic but not uncritical supporter of this film")という心持ちでこの映画を観ることは、多分私にはできないと思う。その理由は二つ。映画そのものを純粋に観賞したり批評したりするには、今の私は余計な知識を背負い込みすぎているということと、それからもう一つは、そりゃ映画の出来が素晴らしくて私個人の趣味にもぴったり合致していれば申し分ないが、たとえ少しばかり意に染まぬ部分があったとしても、それでも私としてはこの映画には何が何でもヒットして欲しいという気持ちがあること。
ダグラス・アダムスの名前があまねく知れ渡っているイギリスもしくはアメリカと違って、知っている人のほうが珍しいくらいの日本では、今度の映画公開は『銀河ヒッチハイク・ガイド』の知名度が一気に高まるための、最後とは言わないがものすごく貴重なチャンスなのだ。それなりの規模で全国ロードショーされたなら、少なくとも一般の映画ファンの間では知られるようになるだろう。知ってさえもらえれば、たとえその映画が(私の思うところの)原作のイメージを損ねていたとしても、映画の日本公開と同時期に出版される予定の新訳の小説のほうをどうか読んでくれと呼びかけることができる。が、全国ロードショーどころか、事実上ビデオリリース直行も同然な扱いになってしまったとしたら、それすらも叶わなくなるではないか。
という訳で、私のサイトでは、シンプソンとは正反対の方針を採用することにする。映画を観た感想について、そりゃ私も書くことは書くだろうけれど、1本の映画としての出来不出来を客観的に分析することはしない。実際に自分で観て、シンプソン氏に全面的に同意する羽目になったとしても、少なくとも日本での映画公開が終了するまでは、そういう書き方はしない。逆に、どんなに気に入ったとしても「2005年のマイ・ベスト」には入れない。
シンプソンが敢えて超辛口な批評を書いた裏には、これまで評論家として数々の映画・小説の批評をしてきた自分としては、製作関係者と個人的な親交があるからといって特定の作品に甘い点数を出す訳にもいかないという、プロとしての矜持があることは私にも想像がつく。私が今ここで堂々と「客観的になれない」と書き放つことができるのは、私がプロの評論家でないからだ。こういう時、私は一介のアマチュアで良かったとしみじみ思う。
が、その一方、プロにはまた別の仕事もある。評論家としての矜持を保つのもいいけれど、シンプソンと言えば、映画公開初日4月28日には確かバーミンガムの映画館で質疑応答とサイン会をやる予定じゃなかったっけ? こてんこてんに貶した映画の上映会でサイン会って大丈夫なのかしらんと首を傾げていたのだが、4月16日になって配給会社ブエナ・ビスタの横やりで急遽シンプソンではなくロビー・スタンプ自ら出向くことになったらしい。シンプソンのサイトでその事実を読んだ時、思わず「すごい展開」と呟いてしまった。
なお、手元のイギリス観光ガイドブックによれば、ロンドンからバーミンガムまで電車で片道2時間くらいかかるそうな。ロビー・スタンプもご苦労なことである。
……と呑気なことを考えていた矢先の4月17日、M・J・シンプソンが今度はいきなりサイト上で『銀河ヒッチハイク・ガイド』との決別宣言を発表した。今後、一切アダムスや『銀河ヒッチハイク・ガイド』に関することは書かないという。映画の超辛口批評を公表して以来、彼にまつわる誹謗中傷の類がネット上を飛び交っている状況に、ほとほとうんざりしたらしい。そんなことを言ったって、確か5月には以前に彼自身の書いたA Completely and Utterly Unauthorised Guide to Hitchhiker's Guide を改訂して出版するんじゃなかったっけ? それはもう原稿が揃っているから話は別ってこと??
いやはや、こんなことになるなんて想像もしなかった。
それにしても何て後味の悪い終わり方だろう。『銀河ヒッチハイク・ガイド』のファンサイト製作者の一人としては、僭越ながらご同情申し上げるより他にはない――我が身に同様の災難が降りかからないことを祈りながら。何とか気を取り直して今週の更新は、前回のピンク・フロイドに引き続き、今度はケイト・ブッシュについて。小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』執筆時のBGMが、『恋のから騒ぎ』のオープニング・テーマだったとは、世の中まだまだ私の知らないことだらけだ。
それから、今日の定期更新日を待ちきれず、4月21日付で最新ニュースを1件アップしておいた。日本の『銀河ヒッチハイク・ガイド』ファンにはたまらない内容なので、こちらも是非ご確認あれ。なお、次回の更新はいつもと違って2週間後の5月7日になります。ただ、この時までには、映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』の公開第1週目の興行収入が出ているはずなので、その結果だけはなるべく早めにアップする予定。
どうかどうかどうか、それなりの数字が出てくれますように。
4月30日午前11時、私は一人、ロンドン行きヴァージン・アトランティック航空VS901便の機内にいた。
ものすごく不安だった。確かに、私はこれまで何度も海外に旅行したことはある。でも、最初から最後まで一人きりでの旅行はこれが初めて。それだけでも小心者の私を不安がらせるに十分なのに、休みを取って大枚をはたいてロンドンくんだりまで出かけて、肝心の映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』を観られなかったり、あるいはM・J・シンプソンが書いた通り、いっそ観ないほうがマシだったと嘆くような出来だったらどうしよう、などと考えては自ら積極的にドツボにはまっていた。
せめてフライト中は、ヴァージン・アトランティック航空ご自慢のエンターテイメント設備を活用して余計な心配をするのはよそう、と思ったら、何の因果かエンターテイメントソフトを管理するコンピュータのトラブルとやらで使用不能と告げられる。どんなにメンテナンスをしていてもコンピュータの故障は起こる時には起こるし、客室乗務員のみなさまもとても恐縮していたし、それにフライト用のコンピュータが壊れたと言われるよりはずっとマシだけれども、でも「これじゃ何のためにヴァージン・アトランティック航空に乗ったんだか」と内心秘かに嘆息したのも、また事実。
搭乗手続き待ちの時間を潰すために持っていた文庫本1冊で12時間の不安と退屈をどうにかしのいだ後、ようやくヒースロー空港ターミナル3に到着する。入国審査までは人の流れにおとなしくついていけば無事にたどり着けるだろう、と、ここではあまり心配せずダラダラと歩いていって審査待ちの長い列にくっついて、もうじき自分の番になりそうだからとカバンからパスポートを取り出したところ、隣に立っていた金髪碧眼の若い白人女性がいきなり私に話しかけてきた。
「日本ノぱすぽーとヲ持ッテイル人の列ハ向コウネ」
何て素敵な旅の始まり。……こうして幕を開けた3泊5日のロンドン強行旅行の顛末は、来週以降にまとめてアップするつもりだが、次の2点だけは先に答えを出しておこうと思う。
1・映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』は観られたのか? 答・Yes
2・映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』を気に入ったか? 答・Yes!!!誰が何と言おうと、私はこの映画が好き。新しく付け加えられた台詞の大半は案の定ロクに聴き取れなかったけれど、そのせいで原作小説から変更された部分のストーリーをきっちり把握できているかどうか心許ないけど、それでもあの映像、配役、音楽に私は何の文句もない。文句どころか、監督したのがジェイ・ローチからガース・ジェニングスに変更になって本当に良かったとさえ思う。帰りの飛行機、VS900便の中で、今度こそ無事に作動してくれたエンターテイメント設備でジェイ・ローチ監督の最新作『ミート・ザ・フォッカーズ』を観た(正確には前半45分だけ。それが我慢の限界だった)今となっては、尚更。
そして今週の更新は、4月29日から5月1日までのアメリカ・イギリスでの映画興行収入ランキングと、5月3日から始まったラジオ・ドラマ第4・5シリーズのキャスト・スタッフ一覧の追加。ラジオ・ドラマのほうは、日本にいながらにして聴けるのが嬉しい。
2005.5.14. 唐突に、デジタルハイヴィジョンレコーダーを購入
まずは業務連絡。本日午後10時より、NHK教育テレビにてユーリ・ノルシュテインの特集番組が放送されます。みなさま、録画のご用意はできましたか?
私は、先月末に購入したばかりのデジタルハイヴィジョンレコーダーをセットしました。そう、ロンドン出発直前に、唐突に購入したのである。ただでさえ海外旅行で無駄遣いしまくるというのに、である。普段の私なら二の足を踏むところだが、このたびばかりは迷わなかった。
何故って、これまで使っていたビデオテープレコーダーが完全に壊れて、電源を入れることすらできなくなってしまったから。旅行前に、何一つ録画予約できないというのは困る。これはもう悩んでいるヒマなどない、直ちに家電量販店へ急行するしかない!
こうして衝動買いのような勢いで購入したレコーダー、最初は使い方に慣れなくて予約一つ入れるのにも四苦八苦だったが、今ではとても快適である。4月29日に放送された、WOWOWの映画紹介番組に出てきた『銀河ヒッチハイク・ガイド』のワールド・プレミアの模様も、ばっちりデジタルデータとして保管できたし、今日の夜10時からのノルシュテイン特集もまた然り――って、何だかデジタルハイヴィジョンで録画する必要のない番組ばっかり残しているような気もするが、それはまた別の問題。
ところで、これまでに録画して溜めておいた、ビデオテープの映像をどうするか。
実際のところ、持っているビデオテープの大半はこれを機に捨てても構わない。が、量は多くないものの、「NHKロシア語会話」に出てきたノルシュテインの講演会の映像のような、これだけは残しておきたいと思う映像もあるし、購入したビデオ作品だってある。普通の映画作品については涙をのんでもいいけれど、例えばアダムスのドキュメンタリー・ビデオ、あれはたとえ今後英米でDVD版が発売になったところで、ビデオと違ってDVDではリージョンの壁に阻まれて私には観ることができない。となると、やはり新しいビデオデッキももう一台買って、そして自分でDVDに焼いて保存するしか手はないのか。
それでも、まあいいんだけど。ただ、今から5年後くらいに、今持っているすべてのDVDを次世代ディスクに移さなくてはならなくなったとしたら、それはかなりイヤだなあ。そして今週の更新は、ロンドン映画鑑賞旅行第1日目の記録。自慢なんだか恥さらしなんだか、自分でもよく分かりません。
それから、今週の英米の映画興行収入ランキングも追加した。今週の1位が『キングダム・オブ・ヘブン』なのは当然だと思うけれど、興行収入の数字を比べると先週1位の『銀河ヒッチハイク・ガイド』以下なのは、意外だ。
先週の土曜日、私は午後7時半からWOWOWの映画紹介番組、『HOLLYWOOD EXPRESS』を、ハードディスクドライブに録画しながら観ていた。
この番組では、1週間前の全米興行収入ランキングが発表され、またランクインした作品についてはたとえどんなに短くてもその映像が流される。という訳で、5月6日の週末で第3位だった映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』がランキングのコーナーに出てくるは当然だが、そこにさらに製作の裏側と監督のインタビューまで放映されたのは嬉しい驚きだった。
また、アーサー役のマーティン・フリーマンが出演したイギリスのテレビ・ドラマ、The Office がこの夏WOWOWで放映予定とのこと。アメリカのドラマはともかく、イギリスのテレビ・ドラマがWOWOWで放映されるのは久しぶりなのに、よりにもよってこの番組を選んでくださるとは。ああ、何て有難い。
ところで、有料の衛星放送番組とは言え、日本のテレビで、日本語で、「『銀河ヒッチハイク・ガイド』」と読み上げられるのを聞くたびに、私は単純に嬉しいとか誇らしいという気持ちだけでは済まない、少しばかり妙な気分になる。とても現実のことと思えない、とでも言おうか。
私が『銀河ヒッチハイク・ガイド』にハマってこのかた、日本ではSF解説本の類の中でタイトルを見つけることができただけでも御の字だった。そのうち新潮文庫は絶版になり、古本屋の棚からも消えていった。愛読書は、という質問に、私が口からアワを飛ばす勢いで説明しても、1分以上耳を傾けてくれる人はいなかった。イギリスやアメリカでは有名なんだと付け加えても、イギリスやアメリカでの滞在体験のない私が言うのでは何の説得力もなかった。そんな日々が10年以上続いて、いつしか私の中では「日本ではほとんど知られていない」が、日本語で『銀河ヒッチハイク・ガイド』を語る時の枕詞と化していた。だから、この映画化を機に日本でも人気に火がついてくれることを望む気持ちに偽りはないものの、長きに亘る不遇の身に突如差し込んできた希望の光に、本当の本当に現実の出来事なのか、『銀河ヒッチハイク・ガイド』に凝り固まりすぎて病んだ私の妄想ではないのか、と誰かに確認したくなる――ま、単に、つい先日観たばかりの映画『真夜中の弥次さん喜多さん』にかぶれているだけなのかもしれないが。
などと考えつつ、2時間後の午後10時からは、今度はNHK教育テレビで放映された『ロシアの映像詩人・ノルシュテイン・日本を行く』を、これまたハードディスクドライブに録画しながら観ていた。
2005年5月14日、日本のテレビで、わずか数時間のうちに、ダグラス・アダムスとユーリ・ノルシュテイン、二人の名前が放映された訳だ。本当に、こんな日が来るなんて、このホームページを立ち上げた2001年当初は想像だにできなかった!そして今週の更新は、言うまでもなく今週の英米の映画興行収入ランキングと、ロンドン映画鑑賞旅行第2日目の記録。くだらないことをぐだぐだと、と思わないでもないけれど、旅行そのものが妄想でなかったことの証として、しばしこまごまと書かせてください。
インターネットで毎週のように全米映画興行収入をチェックするようになったのは、何年くらい前からだろう。
元来数字は苦手なほうなので、最初は単純に順位だけを見ていた。が、それでも毎週毎週眺めていると、たとえ全米第1位といっても実際の興収額には大きな開きがあることが分かってくる。どの程度なら本当の大ヒットと言えるのか、その辺りの数字も薄らぼんやり見えてくる。やがて、スクリーン数も気になるようになり、スクリーン数の割にまるで数字が伸びていない映画があれば、その映画を上映している映画館はさぞガラガラなんだろうなあと、劇場内の薄ら寒い空気まで想像できるようになる。
が、それはあくまでアメリカの興行収入の話、さすがにイギリスの興行収入の数字までチェックする習慣はなかった。このたび、映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』の興行収入記録のために初めてまじまじとイギリスの数字を見てみると、アメリカとの微妙な興行収入の順位の違いがとてもおもしろい。と言うか、イギリスでは『銀河ヒッチハイク・ガイド』のほうが『ザ・インタープリター』や『サハラ/死の砂漠を脱出せよ』より好成績なのが気持ち良い。へへん、どんなもんだい。
そして、映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』公開第4週目にして、ついに最大のライバル(?)、『スター・ウォーズ エピソード3』が登場し、アメリカの週末興行収入の新記録を樹立した。イギリスでも字義通りケタ違いの数字を叩き出していて、大ヒット映画とはかくなるものかと深く感じ入る。何たって、たった3日で『銀河ヒッチハイク・ガイド』の4週間分の興行収入をあっさり上回っているし。いやはや、おみそれしました。
ともあれ、イギリス・アメリカに在住していて『スター・ウォーズ エピソード3』を観終わった方、今からでも遅くない、どうか『銀河ヒッチハイク・ガイド』もよろしく。少なくともライトセーバーの新たな使い道を発見できることだけは、私が請け負います。話は変わって、現在放送中のラジオ・ドラマ第4シリーズのほうもとうとう最終話を迎えた。全4話はやっぱり短く、あっけない。フェンチャーチ役のジェーン・ホロックの良さは言うに及ばず、アーサー・デントの地球での上司役でジェフリー・パーキンスが出てきたりして、結構楽しかった。
ともあれ、来週からは引き続き第5シリーズが始まる。勿論、私はわくわくしながら聴かせてもらうつもりでいるが、でも映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』を観ただけの人が、全く何も知らないままに第5シリーズのラジオ・ドラマを聴いたら大混乱するんじゃないかな。今週の更新もまた、まだまだ続くロンドン映画鑑賞旅行第2日目の記録。無駄話ばっかりですが、どうかもうしばらくお付き合いください。それから、英米の映画興行収入ランキングに加えて、新たに発見したオーストラリアの興行収入ランキングも追加。
これは、本当に現実の出来事なのでしょうか。妄想が高じて、異次元空間にでも滑り込んでしまったのではないでしょうか。
私には、とても現実のこととは思えません。だって、今、日本で、ウッドハウスの作品集がシリーズとして2つの出版社から同時に刊行されているんですよ? ありえません、どう考えてもありえません。そしてあとほんの3ヶ月後には、河出書房新社の新刊書籍として、新訳『銀河ヒッチハイク・ガイド』と『宇宙の果てのレストラン』までが本屋の店頭に並ぶんです。2005年秋には、ウッドハウスとアダムスの翻訳本が、普通の本屋で、同時に何冊も買えるんです。
嬉しすぎて、信じられない。
これが本当の本当に現実だというのなら、日本の出版業界は一体どうなったんでしょうか。一体いつから私の好みに合わせて本を出してくれるようになったんでしょうか。このたび刊行が始まった文藝春秋の『ウッドハウス作品集』なんざ、巻頭に配された英国ウッドハウス協会機関紙編集長トニー・リングの文章の冒頭は、いきなりスティーヴン・フライの言葉の引用で始まるし、さらに巻末付録にはイーヴリン・ウォーのウッドハウス讃まで付けるというこだわりようで、ほらほらやっぱりどう考えても私のために編集・出版してくれたとしか思えないんですけど、気のせいですか?
まあ、これが現実だろうと妄想だろうと、私がうっとり有頂天なのに変わりはないから、当分の間は国書刊行会と文藝春秋が用意してくれた世界、日本語で読めるウッドハウスの作品世界に耽溺することにします。あとはみなさまのおよろしいように、と言うか、良かったらみなさまも是非お試しあれ。共に、ウッドハウスが創り上げてくれた「心やすらぐことのできる別世界」(p. 447)を堪能しましょう。もっとも、一つのテキストがほぼ同時期に出版されたことについて、訳文の出来を露骨に比較されてしまうことになる国書刊行会、文藝春秋双方の翻訳者の方々は、あまり心やすらかではいられないかもしれないけれど。そして今週の更新も、まだまだ続くロンドン映画鑑賞旅行の記録。たかが3泊5日に話を引っ張りすぎだというクレームの声は既にあちこちから届いておりますが、もう少しだけご辛抱くださいませ。
それから、こちらはあと2、3週間は引っ張りたい英米豪の映画興行収入ランキング。アメリカは今週あたりがもう限界だけど(というか今週で既にベスト10から落ちてしまったけれど)、イギリスとオーストラリアではあと1週くらいは何とかなるか?
6月の第2週からは英米豪に代わって今度はドイツ語圏での公開が始まるので、そちらのランキングも気になるところだ。そしてまた7月からはフランス語圏での公開も始まるし――って、私は一体いくつの国のランキング表を作ったら気が済むのやら。インターネットは便利だけれど、際限がなくて怖い。
めでたく小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』も入れてもらった『SFベスト201』(新書館)では、ベストと言っても古今東西のSFからではなくて、あくまで「1970年代から2000年までに日本で翻訳され出版されたSF小説」の中から選ばれた作品が解説されている。なのに『SFベスト201』とは、ちょっと看板に偽りありという気がしないでもないが、オールタイム・ベスト201だと『銀河ヒッチハイク・ガイド』が落選する可能性があるからまあいい。
この本では、取り上げられた作品のテイストを簡単に説明すべく、「奇想」「テクノ志向」「娯楽性」「文学性」「物語性」「神秘性」の6項目ごとに5段階評価がなされている。ちなみに『銀河ヒッチハイク・ガイド』に与えられた評価は、おおむね妥当な線だと私も思う。具体的な数字については、実際に本書を手に取ってご確認下さい。
ただ、粘着質なマニアとしては見過ごしにできない重箱の隅が一つだけある。この本で取り上げられている『銀河ヒッチハイク・ガイド』はあくまで小説版なのだが、そこに添えられたオリジナルタイトルが The Hitch-Hiker's Guide to the Galaxy になっている、これはおかしい!
と言っても分かる人は皆無だと思うので、説明しよう。『銀河ヒッチハイク・ガイド』における「ヒッチハイカー」のスペルは、一番最初のラジオ・ドラマの時点では 'Hitch-Hiker' だった。が、イギリスで小説として出版された時、そのスペルはタイトルも小説の本文もすべて 'Hitch Hiker' になった。その後、アメリカに進出した時には、ラジオも小説もテレビも、どのヴァージョンもすべて 'Hitchhiker' に統一されて売り出された。さらにややこしいことに、つい最近になって、恐らくは映画公開の影響もあるのだろうけれど、イギリスで出版される小説もスペルはすべて 'Hitchhiker' に訂正された。
つまり、小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』のオリジナルタイトルは、イギリスでの最初の出版で使われた 'Hitch Hiker' か、もしくは現在は訂正されてこちらが使われているという意味で 'Hitchhiker' を採用するのが正しい。以前に、イギリスでのラジオ・ドラマ作品としてのみ使用された、 'Hitch-Hiker' を用いるのは絶対に間違っている!
と、エラそうに書き放った後、ふと弱気の虫が出て、新潮文庫の『銀河ヒッチハイク・ガイド』の奥付をチェックしてみると、Title: THE HITCH-HIKER'S GUIDE TO THE GALAXY
な、何てこったい。今初めて気が付いたぞ。
ああ、新書館の編集のみなさま、素人のくせに傲慢なツッコミを入れようとした私が悪うございました。誠に申し訳ございません。
でも、言い訳がましいようですけれど、かつての新潮社がどういう判断の下でこのスペルを使われたにせよ、我が家にあるフランス語訳とスペイン語訳のペーパーバックを確認したところ、そこに書かれていた英語のオリジナルタイトルはちゃんと The Hitch Hiker's Guide to the Galaxy でしたし、私としてはやはりこっちのスペルのほうが正確だとは申し上げたいところではございますが、でもこの『SFベスト201』の編集方針はあくまで「翻訳作品」ということだそうですから、そういう意味で新潮文庫の奥付通りのスペルを採用されたのは決して間違いではないと私も思います、はい。気を取り直して今週の更新は、またしてもロンドン映画鑑賞旅行の続き。でもさすがに今回の更新分で、私は帰りの飛行機に搭乗している。
それから、例によって例のごとく、映画の興行収入ランキング。アメリカのランキングからはとうとう完全に姿を消してしまったが、でも気が付いたら一部アジア地区で上映が始まっていた!
先日、映画『クローサー』を観た。
男女4人が織りなす大人の恋愛ドラマ、というか男女4人で話をこじれるだけこじれさせた、ドロドロの愛憎劇。普段の私なら敬して遠ざける類の作品だが、ロンドンが舞台だという一点につられて映画館に行く。
案の定、登場人物はどいつもこいつもおよそ私の共感の枠外にあって、映画としての出来不出来はともかく私の好みではまるでなかったものの、背景となっているロンドンの街並みにだけは「そうそう、こんな感じだったこんな感じだった」と、勝手に約1ヶ月前の旅の記憶を甦らせて楽しむことはできた。と言っても、映画鑑賞旅行記に書いた通り、この映画に直接出てくる水族館やら公園に行った訳ではないので、これはあくまで私個人の気分の問題、と思っていたら、この映画のエンドクレジットに撮影協力としてショッピング・センター、Whiteleys の名前が。
Whiteleys と言えば、前回の更新で追加した通り、2005年5月2日の午後に私が二度目の映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』を観たシネコン、UCI Whiteleys が入っていた、あのショッピング・センターである。あそこの中はぐるぐる歩き回ったはずなのに、映画を観ていた時は全然気が付かなかった。一体、どのシーンの撮影で使われたんだろう。
という訳で、この映画、WOWOWあたりで放映されたら絶対もう一度観ると思う。男女4人の言い合いシーンは片端から早送りして、彼らの背後に映るロンドンの街並みだけに神経を集中して、何とか Whiteleys を探し出してやるぞ。
しかし、映画のパンフレットに入っている「4人がいた街、ロンドン」と題されたロンドンの地図をみても、ほとんど何の根拠もなく登場人物が住んでいそうなエリアを特定している(ナイツブリッジを指して「ラリーとアンナの家がありそうな…」とか)一方、実際にロケが行われたと思われる Whiteleys の名前はどこにもない。ひょっとして私がエンドクレジットを見間違えたのか、いやそんなはずはない、と、ネット検索して映画のロケ現場のサイトで確認してみたところ、やっぱりちゃんと掲載されていた。
ちなみに、映画パンフレットの地図では、単に Whiteleys が記載されていないにとどまらず、Whiteleys がある地区の名前が、BAYSWATERではなくBAY WATERになっている。誤植はこの世の常とは言え、地図製作者も編集担当者もよほどこの地区に関心がなかったのだろう、きっと――と思ったら、「ラリーの診療所がありそうな…」と思わせぶりなキャプションつきで紹介されている「MARYBON」って、ひょっとしてひょっとすると、「MARYLEBONE」の間違いなんじゃ……?
正確な地図を作るのって難しい。私も他人事ではないから、これからも十分気を付けよう。前回の更新で、永らく続いたロンドン映画鑑賞旅行記は終了したはずだったが、今回はさらに日本に戻ってからの後日談を追加。本当にしつこくてすみません。
併走してきた映画興行収入のほうも、イギリス・オーストリアが土俵際での驚異の粘り腰で何とか今週もベスト10内に踏みとどまってくれ、おかげで無事更新できた。また、いよいよドイツ語圏での公開も始まったのでこちらにも期待しよう。
映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』は、香港では『星際快閃黨』と翻訳されている。何となく分かるような、やっぱりよく分からないような。でも、香港の Yahoo! の映画コーナーで書かれていた、『銀河ヒッチハイク・ガイド』の内容説明の中の「一個極度抑鬱的超智機械人」が何のことなのかはすぐ分かる。漢字文化って素晴らしい。韓国語でも、ハングル文字一辺倒ではなく日本語のように漢字を併用してくれれば私としてはすごく助かるのに。
ところで、昨日から上映が始まった台湾では、映画のタイトルは『星際大奇航』になっている。さらにややこしいことに、中国のサイトでは『銀河系漫游指南』のタイトルで紹介されているようで、同じ中国語でも広東語と北京語では違うからなのか、はたまた3つの国と地域の特殊な政治的事情によるものなのか、私にはさっぱり分からない。もしそこらへんの事情や理由をご存知の方がいらっしゃいましたなら、是非ご教示くださいませ。ご教示と言えば、前回の更新で追加したロンドン映画鑑賞旅行記の後日談で、海外の雑誌を日本の大手書店の洋書売場でやたらと高い輸入価格で購入した旨を記載したが、実はインターネットで直接雑誌のバックナンバーを注文できるということをメールで教えていただいた。たとえ送料がかかってもそのほうがずっと安く済むということが分かったが、ホームページに後日談をアップしたのは先週でも、実際に私が渋谷のブックファーストをうろついたのは既に一ヶ月以上前の話、いろんな書店でいろんな雑誌を10冊以上も買ってしまった今となっては臍を噛むばかりである(しかし、今になって振り返ってみれば、3泊5日の旅行記を書き上げるのに「後日談」を含めて計6週間もかかっている。我ながらあきれたもんだ)。
しようがない、今後は気をつけよう――って、二度とこの手の雑誌を大量に購入することはない気もするけれど、ともあれせっかく高いお金を出して買ったからには、このホームページでも近いうちに買った雑誌一覧と中の記事を紹介したいと思っている。代わりに今週の更新は、旅行から戻って直ちにネット注文してあっさり手元に届いた『銀河ヒッチハイク・ガイド』関連本、The Anthology at the End of the Universe と The Science of the Hitchhiker's Guide to the Galaxy の2冊を紹介。
紹介、と言っても実は私はまだ全然読んでいない。2冊のうちとりわけ後者のほうは、英語どころか日本語で読んだとしても、科学の知識に乏しい私に理解できるのかすこぶる怪しい(ジェイムズ・グリック著『カオス―新しい科学をつくる』だって未だに全く手つかずのままだ)が、せめて前者のほうだけでも夏休み期間を利用してどうにか片をつけたいと思う。
という訳で、今年もまた当ホームページでは2ヶ月間の夏休みを取らせていただく。ついては、次回の更新は9月3日(土)の予定――と言いたいところだが、イギリス・オーストラリアではとうとうベスト10から外れたとは言え、まだまだ世界各地で映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』は上映されているし、それより何よりそろそろ日本での公開に向けていろいろな宣伝も始まるだろうから、映画興行収入と最新ニュースのコーナーだけは随時更新するつもりでいる。そうそう、9月に河出書房新社から発売される、小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』シリーズの新訳2冊に関する新たなニュースだって何か入るかもしれないしね。……と、ここまで書いたのが6月21日。その2日後の23日に、地元のシネコン、TOHOシネマズ川崎に映画『バットマン・ビギンズ』を観に行ったら、うわ、うわわわわわ、『銀河ヒッチハイク・ガイド』の予告編が放映されている!
その予告編によると、日本公開は9月10日に決定だという。そ、そんなに早いのか、今書店で売っている「夏休み映画総特集」云々と謳っているような雑誌を片端からめくってみても『銀河ヒッチハイク・ガイド』は全く取り上げられていないので、きっと「秋公開」といってもまだまだ先のことなのだろうと油断していたが、そうか、そういうことならこれはもう呑気に丸2ヶ月も休みを入れている場合じゃない。
という訳で、今年の夏休みは急遽いつもより短くし、次回の更新予定日を9月3日(土)から8月13日(土)に繰り上げることにする。そして、SF作家のアンソロジーも大事だけど、6週間の休みのうちに映画関連情報をとことん整理・追求するつもりでおりますので、8月以降もどうぞよろしく。
6月25日に夏休み前の最後の更新してまもなく、ロンドンの科学博物館で『銀河ヒッチハイク・ガイド』の特別展が開催されていることを知った。目が飛び出るほど驚いた。
こんな催し、一体いつから始まっていたのだろう。私がロンドンにいた5月1日からもう開催されていたのに全然気付かないでみすみす見逃したのだとしたら、ショックで立ち上がれないぞと怯えつつ科学博物館のサイトを見て回っても、終了日は記載はあっても(当たり前だ)開始日は出ていない。が、サイトがダメでも私には旅行中にロンドンで買った『Time Out』がある。今度はそれで確認してみると、科学博物館で行われているイベントらしいイベントと言えば、写真家集団マグナムの写真展と、ナノテクノロジーの無料展示、それから「Family Event: Move Over Einestein: The Next Generation is Here!」というファミリー向けの企画展示、これが6月12日まで開催とのこと。つまり、私がロンドンに滞在していた時に『銀河ヒッチハイク・ガイド』特別展はまだ開催されていなかったのだ、ああ良かった!
……あ、いや、5月1日から3日に実際に開催していようがいまいが、私が観ていないし観られないという事実に変わりはないのだが、物理的に不可能だったと思えばあきらめもつくというものである。と、少しは気を取り直して、7月2日に最新ニュースとしてこの特別展のお知らせを、「これからロンドンに行かれる幸運な方」に向けて追加した。
そのわずか6日後の7日に、ロンドンの地下鉄で同時多発テロが起こった。さらに21日にも同様の事件が起こった。
もし、映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』が従来の予定通り5月6日からの公開だったとしたら、私自身この時期にロンドンに行っていた可能性は高い。何故か公開が1週間早まったおかげで、私はゴールデンウィーク中にロンドンに行くことになり、そのためテロに巻き込まれずに済んだ。場所が場所だけに実際にあのテロの現場にいることはなかっただろうけれど、丸1日地下鉄とバスが完全に止まってしまったとしたら、私は何が起こったのかも分からぬまま途方に暮れたに違いない。そう考えると、無理にでも3泊5日のロンドン旅行を強行して正解だった、と咄嗟に思って、それからふと気が付いた。自分自身をテロ事件に巻き込まれずラッキーだったと思うなら、今からロンドンを旅行する人に向かって「幸運な」という表現を使うのは間違っているのではないか、と。
これには迷った。実は今でも迷っている。でも、理由や事情はどうあれ、これからロンドンを旅行される方には「こんな時期だけど、やっぱり行って良かった」と思って帰国して欲しい、その願いを込めて敢えて「幸運な」という言葉はそのまま残すことにした。そしてまた、そう思い続けることが無差別テロへのささやかな抵抗になるとも信じている。そんなこんなで1ヶ月半の夏休みが明けて今日からまた更新開始、に違いないのだが、何しろまだ8月半ば、私としては「夏休みが終わった」という気が全然しない。世間的にもお盆真っ盛りでむしろこれからが夏休み本番だし、私の就職先の夏休み期間も8月下旬だ。おまけに、このホームページの映画興行収入コーナーは夏の間も毎週更新していたので、今までのように「丸2ヶ月、よほどの最新ニュースが飛び込んできたときしか更新しない」夏休みとは勝手が違った。しかし、それでも敢えていつもより2,3週間早く当ホームページの更新を開始することを決めたのは他ならぬ私なのだから、グチを言うのはお門違いもいいところなのだけれども、これは「今回の夏休み明けの更新は例年と比べて気合いの足りない仕上がりだけど、そういう事情なので勘弁してください」という言い訳である。のっけからこの有様ですみません。
この2,3ヶ月というもの、渋谷・新宿・横浜等に出る機会があれば必ず大型書店の洋雑誌コーナーに立ち寄っていた。そして、その中に The Hitchhiker's Guide to the Galaxy の文字を見付けてはレジに持っていった。やたら重たい雑誌の中の、ほんの1,2ページの記事だけのために。
が、今はもう8月、映画が英米で公開されてから3ヶ月も経っている。いくら何でももう打ち止めだろうと思いつつ、それでも先週渋谷に出た際に、やっぱり念のためとブック・ファーストでチェックしてみたところ、今度はDVD発売情報が載っている雑誌を発見してしまった。
日本での劇場公開がこれからだという事情もあってその記事を見るまでDVD化のことは考えもしなかったけれど、4月末公開の映画が9月にDVD発売、というのは考えてみればそう極端に早い訳ではない。見付けた雑誌の記事によれば、それなりに凝った特典映像や劇場未公開シーンの追加などもあるらしく、ファンとして素直に嬉しい(DVDはCDと違ってリージョンの問題があるからちょっと面倒だが、パソコン画面でなら何とか観られるみたいだし)反面、今度は新作DVD特集記事を探してお高い洋雑誌漁りの日々がまだまだ続くのかと思うと、ちょっと目の前が暗くなる。おまけに最近は、いよいよ日本での劇場公開間近ということで、日本の映画雑誌にも目を光らせなくてはならない。既に4,5冊を確保済みなのだが、中でも7月に発売された『スターログ日本版』第25号は、映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』に9ページも割かれていて私を狂喜乱舞させてくれた。記事の細部にちょっとした事実間違いがあったとしてもそれはご愛敬というもの(小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』は全4作ではなく全5作。またヒューゴー賞ドラマ部門で『スーパーマン』に次いで第2位になったのは、テレビ・ドラマじゃなくてラジオ・ドラマのほう。1978年の映画『スーパーマン』と1981年製作のテレビ・ドラマが同じ年のヒューゴー賞にノミネートされるなんてことはありえない)、しかし本文以上に私を舞い上がらせたのは、この雑誌の巻末に掲載されていた『ファンタジーワールド日本版』volume 6 の予告のほうだった。惹句はずばり、「秋の2大SFファンタジー大作特集 『銀河ヒッチハイク・ガイド』『ファンタスティック・フォー』」!
その記事の下部には volume 1 〜 volume 5 のバックナンバーの宣伝もあったのだが、特集は『ハリー・ポッター』か『ロード・オブ・ザ・リング』か 『マトリックス』か『Xメン』といったシリーズものの超大作ばかりである。そのような大メジャー作品群と並んで、かの『銀河ヒッチハイク・ガイド』が表紙を飾るなんてそんなこと、この日本で現実に起こりうるのか。起こったらものすごい快挙だけれど、その号だけ売り上げががくんと落ちそうな気もする。私がファンとして買い支えに走るにしても、限度というものがあるぞ。
と、無意味にやきもきしながら『ファンタジーワールド日本版』volume 6 発売の7月30日を迎え、本屋にひた走ったところ――表紙の写真も中身の総力特集記事も、『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』だった。
確かに『銀河ヒッチハイク・ガイド』も8ページに亘って取り上げられていたものの、秋の二大特集どころか『スターログ日本版』第25号の予告には影も形もなかった『シン・シティ』には10ページも割かれている有様。まあ、日本での映画の公開規模から考えれば、これが妥当なページ配分には違いない。私がこの雑誌の編集長だったとしても、多分そうする。
つまりは、余計な夢を見た私が愚かだったというだけのことだ。やれやれ。
と、少し気を取り直したところで『銀河ヒッチハイク・ガイド』特集記事を読ませてもらうと、Starlog 誌から単に翻訳・編集しただけでなく、新たに取材した記事もちゃんと載っていて、これはこれで十二分に有難い内容だったことは、書き添えておかねばならない。そして今週の更新では、アーサー・デント役のマーティン・フリーマンへのインタビュー記事を簡単にまとめてみた。それから、新たに購入した洋雑誌2冊もコレクションに追加。
7月22日(金)からWOWOWで放映が始まったイギリスのコメディ『The Office』を毎週観ているせいで、今ではマーティン・フリーマンという役者にすっかり馴染んでいる。そして、観れば観るほど何とアーサー・デント役にうってつけなのだろうと思えて仕方がない。
が、フリーマンのインタビュー記事によれば、本人は自分はアーサー役には全然向いていないと考えていたそうで、私にはそれがとても意外だった。彼が向いていないと考えた理由は、子供の頃に観たテレビ・ドラマ版『銀河ヒッチハイク・ガイド』の印象が強くて、自分はサイモン・ジョーンズとは全然似ていないから、ということだったらしいのだが、私に言わせればよくもまあ強く印象づけられるほどあのテレビ・ドラマを熟視できたものだ、である。マニアの端くれとして英米で発売されたテレビ・ドラマのビデオもDVDも持っているけれど、映像のあまりのみじめったらしさに、私にはファンとしての義理で最初から最後まで1回見通すのが精一杯だったのに。
勿論、テレビ・ドラマ版にも取り柄はある。アーサー・デント役はラジオ・ドラマと同じサイモン・ジョーンズだし、マーヴィンの声はスティーヴン・ムーアだ。それに脚本は何のひねりもなく原作にとことん忠実なので、「原作と違う」というクレームだけはありえない。だからなのか、M・J・シンプソンを始めこのテレビ・ドラマ版を高く評価する人も結構いる。そして、テレビ・ドラマ版が気に入っている人は往々にして映画版に異を唱えているからおもしろい。映画版が好きでテレビ・ドラマ版が嫌いな私とは見事に逆だ。
とすると、そういう意味ではこれを機にテレビ・ドラマ版と映画版を改めて見比べてみてもいいかもしれない、と誰かが思ったのか思わなかったのかは知らないが、あろうことかこのたび日本でテレビ・ドラマ版『銀河ヒッチハイク・ガイド』のDVDが発売されることになった。
正直なところ、「信じられない」の一語に尽きる。「パニクるな」と言われても、これがパニクらずにいられようか。まさかまさかまさか、あれを日本語字幕付きで観ることができる日が来ようとは、小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』全5冊、いやアダムスの自伝本が翻訳されることになった、と言われたほうがまだはるかに納得できる。日本は一体どうなったんだ、私が知らないうちに何かとんでもないことが起こっているのでは……?
ともあれ、発売決定の情報を掴むや否や、直ちにインターネットで購買予約を入れた。くらくらするほどすべてが安っぽいテレビ・ドラマ版、あれだけは生涯二度と見直すことはないと思っていたけれど、日本語字幕を付けていただけたとあらば話は別だ、喜んで視聴させていただくことにする。ジェネオン・エンターテインメント、どうもありがとう!
しかし、ジェネオン・エンターテインメントと言えばいつもはロマン・カチャーノフの『ミトン』を始めとするロシアの短編アニメーションのDVDを買わせていただいている会社であった。何か、妙な縁だこと。そして今回の更新は、フリーマンに続いてモス・デフへのインタビュー記事の紹介と、またさらに増えた洋雑誌1冊をコレクションに追加、それから英米でまもなく発売予定の映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』のDVDに収録されたメイキング・ドキュメンタリーの監督、グラント・ジーについて。
映画の前売券なんて、わざわざ映画館本体まで出向かなくても普通はそこらのチケットサービスカウンターで簡単に買える。が、『銀河ヒッチハイク・ガイド』に関しては話が別だった。8月からこっち、何かの用事で都心に出るたび、映画の前売券を取り扱うところを何カ所も回ってチェックしたものの、どうしても見つからない。
しかも、同じ東宝系シネコンなのに、どうして六本木と大阪と京都と名古屋の TOHO CINEMAS でだけ前売券が発売されて他のシネコンでは発売されないのか、そこの理屈が私にはさっぱり分からない。どうせ『銀河ヒッチハイク・ガイド』は東宝系シネコンでしか上映されないんだから、全国共通で使える前売券にしてくれればいいのに。それならわざわざ不案内な六本木ヒルズまで足を伸ばさなくても、日頃通い慣れた川崎の TOHO CINEMAS で簡単に調達できたのに。
という訳で、先日仕方なく、映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』の前売券を買うためだけに六本木ヒルズくんだりまで行ってきた。
都内有数のおしゃれスポットなのに、どんなに頭をひねってもどうしても他に用事を思い付けない自分も情けない。それに、往復の交通費を考えれば前売券を買うよりも当日券を買うほうが安上がりだし、おまけに前売券を使うならインターネットで座席予約することはできないと、まったくもって前売券を買ってもいいことなんか全然ないのだが、そこはそれ、結局最後はマニアの心意気というヤツである。
まあ言いたい文句は数々あれど、それでも今なら、VIRGIN TOHO CINEMAS 六本木ヒルズで展示されているヴォゴン人にも会えるし、と無理矢理自分を納得させて出かけた。かくしてめでたく対面を果たした、実際の撮影にも使用されたというヴォゴン人は、客寄せどころか客減らしに貢献しかねない気持ち悪さだったが、それでも展示パネルを見ていた女子高生風の2人連れが「銀河でヒッチハイクって、どうやるんだろ〜?」「やっぱ手を挙げて止めるんじゃない〜?」「止めるって何を〜?」とか何とか話しながら通り過ぎていったのをきいて、しめしめと思う。お二方、銀河でヒッチハイクする方法を知りたければ、是非映画本編を観てくださいね。
周りに人がいなくなったのを確かめて、こそこそと撮影したのがこちら。チケットカウンターのある3Fではなく、インフォメーション脇のエスカレーターを上がった5Fに設置されている。そこは5Fにあるスクリーン5〜7の観客以外は行かない場所なので、そんなものがあると知らないまま映画館を後にする人も多いはず。私に言わせれば大いに遺憾だ。
なお、写真ではちょっとわかりにくいけれど、ヴォゴン人の隣のマーヴィンはただのパネルである。客寄せならヴォゴン人より断然マーヴィンでしょう、と言いたいところだが、貴重なマーヴィンの実物は今頃きっとロンドンの科学博物館に置かれているに違いない。そうそう、マーヴィンと言えば「パラノイド・アンドロイド」のレディオヘッド、そのレディオヘッドのドキュメンタリー『ミーティング・ピープル・イズ・イージー』を撮ったグラント・ジーが、今度は映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』のメイキングの撮影を任されたというのも何だか不思議な縁だと思った。ガース・ジェニングス、シャイノーラ、グラント・ジー、やはり同じミュージック・クリップの監督として横の繋がりがあったんだろうな。
そして今回の更新は、そのマーヴィンを演じたウォーウィック・デイヴィス並びにザフォドを演じたサム・ロックウェルへのインタビュー記事の紹介。それから、日本より一足早くいよいよ上映が始まったフランスでの映画興行収入リストと、さらにこれまでに私が集めた映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』関連の参考文献一覧を追加する。
映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』日本公開を直前に控えて、映画専門誌に限らずさまざまな雑誌に紹介記事が掲載されるようになった。それらすべてを見逃さないよう3日と開かず本屋に通っては片端からチェックし、現時点までに自力で見付けた記事の一覧が、「参考文献(映画版)」である。もし私が発見しそこねているものがございましたら(多分あると思うけれど)、何とぞご一報くださいませ。
それにしても、『銀河ヒッチハイク・ガイド』について日本語で書かれた文章を読むのは本当に嬉しくて楽しい。おまけに、今のタイミングで掲載される記事は基本的に作品に好意的な内容ばかり(批判されるとしたら9月10日以降だ)なので、ますます嬉しくて楽しくて仕方がない。9月10日と言えば『チャーリーとチョコレート工場』と同日公開なのに、敢えて『銀河ヒッチハイク・ガイド』を「今月の映画」扱いで大きく誌面を割いてくださっている記事などを見ると、あまりの有り難さに雑誌編集部に感謝のハガキの1通も送りたくなるではないか(送らないけど)。
そして、9月6日にはついに大本命、新訳『銀河ヒッチハイク・ガイド』と『宇宙の果てのレストラン』が発売された!
1990年代初頭に一般書店から『銀河ヒッチハイク・ガイド』が姿を消して10年以上の時を経た後、こういう形で新発売される日が来るなんて本当に予想だにできなかった。河出書房新社のご英断に心から感謝すると同時に、とびきり詳しい訳者あとがきにも大感謝。1998年のBBCのインタビューで、「42」についてアダムスが語った内容にまで触れてあって、あのインタビュー・テープは少なくとも50回以上は繰り返し聴いた(同コーナーの2001年5月19日分参照)はずなのに、「そうか、そういうことを言っていたのか」と改めて知った、というのは情けないけれど事実である。
実際の本文に関しては、原文が同じなのだから風見潤訳と極端に違うということはないけれど、全体的に微妙に読みやすくなっている。また、これまで誤訳だったと思われる箇所が訂正されている(と言っても私の場合、今回の新訳を読んで「あれ?」と思って旧訳と比べて気が付いただけのこと、原文と旧訳だけを読んでいた時点ではまったく分かっていなかった)他、イギリスの地名などにも細かく注がついていてとても参考になった。
なお、固有名詞の訳し方も変更されていて、中でも一番目立つのはやはり Zaphod がこれまでの「ザフォド」から「ゼイフォード」に変わったことだろう。映画公開と同じタイミングで出版されるだけに、映画の字幕で使われる訳と統一したほうがいいに決まっているし、映画の字幕としてなら英語の発音に近い「ゼイフォード」のほうが違和感がないに決まっている。
と、思いつつも、私個人としてはこの変更で頭の痛い問題を抱えてしまった。このホームページではこれまで一貫して風見潤訳に基づいて日本語で表記してきたけれど、これからは一般読者の購入しやすさを考えて安原和見訳で統一したほうがいい、とは言え、他の雑誌記事でも早い時点で映画の紹介記事を掲載している雑誌では「ゼイフォード」ではなく「ザフォド」を使っているものがあるし、また小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』シリーズ3作目から引用するとなればどうしても「ザフォド」を使わざるを得ない。ああ、ややこしい。だから河出書房新社さま、お願いですから早く3作目の新訳も出版してください。
Zaphod のみならず、他にも Encyclopaedia Galactica (『銀河大百科事典』→『ギャラクティカ大百科』)とか、Pan Galactic Gargle Blaster (『汎銀河ウガイ薬バクダン』→『汎銀河ガラガラドッカン』)とか細かい変更はいくらもあって、本当はこの新訳発売を機にそれらをすべて差し替えるべきなのだが、中途半端に二つの訳が混在するのは最悪なので、もうしばらくは風見潤訳のままでいくことにする。ただ、Zaphod だけは煩雑だけど適宜「ザフォド(ゼイフォード)」「ゼイフォード(ザフォド)」と補うつもり。そして今回の更新もまた、前回のザフォド、じゃなかった、ゼイフォード役のサム・ロックウェル、マーヴィン役のウォーウィック・デイヴィスに引き続き、トリリアン役のズーイー・デシャネル、スラーティバートファースト役のビル・ナイへのインタビュー記事を追加する。それから、何とか今週もベスト10入りしてくれたので、フランスの映画興行収入ランキングを更新(スクリーン数の割には健闘していると思うけれど、やはりラテン語圏は弱い)。
と、無事に更新が済んだところで、さあ次は映画の日本語字幕を読みに行くぞ!
映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』公開初日、私は六本木ヒルズにいた。
午前9時35分からの初回上映を狙って、休みの日とも思えぬ早起きをし、午前9時には地下鉄六本木駅に着く。嬉しそうに30分も前に行って、チケットカウンターに他に誰もいなかったらちょっとみっともないが、そこはシネコン、9時10分とか15分といった時間から『容疑者 室井慎次』とか『NANA』とか間違いなく客が入りそうな映画が上映されているからそういう心配は無用である。実際、私がVIRGIN CINEMAS のチケットカウンターにたどり着く頃には、売り場にはそれなりの列が出来ていた。
10分くらいは待たされただろうか、ようやく自分の番が来て前売券を出すと、私の希望通り後方で真ん中寄り席が取れた。やっぱり、並んでいた人の服装から想像していた通り、客の大半は『NANA』狙いなんだな、そりゃそうだ、『銀河ヒッチハイク・ガイド』を観たいと思う人はただでさえそんなに多くない上に、朝っぱらから観たい種類の作品でもない。初日の初回から観客が少ないのは哀しいけれど、その分快適に観賞できるからまあいいや――と思っていたら、上映時間が近づいて 1SCREEN に入ってみると164席の9割くらいが埋まっているではないか。
それにしても、観客の平均年齢が高い。「SFコメディ」にしてはやたら高い。はっきり言って、ロンドンの UCI Empire どころじゃない。少なく見積もっても観客の7割は風見潤訳『銀河ヒッチハイク・ガイド』を読んでいて、それが映画化されると知って、どう視覚化されたかチェックしに来た、そんな感じ。
そういう客層を目の当たりにして、やっぱり日本にも『銀河ヒッチハイク・ガイド』に注目している人はいるんだなと実感した。そりゃ私だけが日本人ただ一人の『銀河ヒッチハイク・ガイド』愛読者でないことくらい頭では分かっているが、何しろ私の周りには、私に読め読めとうるさくせっつかれて読んだ人しかいない。
さて、そんな日本の原作愛読者が映画を観てどんな反応を示すのか、既にロンドンで2回も観た映画そのものよりも私はそちらのほうが興味深かった、というのはさすがにウソ。いざ映画が始まってみれば、周りの反応そっちのけで必死になって日本語字幕を追っていた。イルカはこんな内容のことを歌っていたのか、から始まり、『銀河大百科事典』とか『汎銀河うがい薬バクダン』とかが出てくるということは字幕をつけた石田泰子氏は風見訳を参考にしたんだろうか、とか余計なことを山ほど考えながら観ていると、既に2回も観ている映画なのに目が全然追いつかなくなってきて、でもどうせこの後川崎とか他の映画館で何度も観るから一度に全部消化できなくてもいいや、という結論に達し、そして映画が公開されてから1週間経った2005年9月17日現在、私は映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』を日本語字幕つきで既に計3回も観ているのであった。
こんな私は論外としても、あちこちのサイトに上がってきている映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』を観た人の感想は、日本でも賛否両論まっぷたつのようで、それでも2人に1人が気に入ってくれたなら良かった、と前向きに考えることにする。9月10日に六本木ヒルズで初回に観た観客のうち、エンドクレジットが流れると同時に弾かれたように席を立って出ていってしまった人たちは、きっと映画がお気に召さなかったほうのグループなのだろうけれど、私としては最後に出てくるシャイノーラのアニメーションまで観て欲しかった。あのアニメーションで映画全体の印象がまた少し変わると思うのは私だけか?そして今週の更新は、映画館を出る頃には頭にこびりついていること間違いなしの、『銀河ヒッチハイク・ガイド』のオリジナル・サウンドトラックについて。運が良ければアカデミー賞主題歌賞にノミネートくらいされてもおかしくないんじゃないかと思うのは、やっぱり私だけか?
映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』の上映が始まった9月10日から丸2週間で、私は計5回も観た。それにつけてもチケットカウンターで「『銀河ヒッチハイク・ガイド』、1枚」と声に出して言えるこの嬉しさよ。しかも、せっかくだからと六本木、川崎、南大沢、海老名と、わざわざ違う映画館に行く。これで市川にも足を伸ばしたら首都圏完全制覇なのだが、我が家からは片道2時間以上かかるため断念した。
余計な時間と電車賃を費やしてまで遠くの映画館に行く必要がどこにある、どこで観たって映画は同じ、百歩譲って映画館のハコが違えば雰囲気も変わると言ってみたところで、所詮どこもデザイン統一の東宝シネマコンプレックスだ。にもかかわらず、相鉄線や京王線といった普段は滅多に乗ることがない電車に揺られ、見慣れない車窓に戸惑い、地図に寄ると駅のすぐそばにあるはずのシネコンを探してきょろきょろと辺りを見回したりしていると、我ながらほとほとくだらないことをしていると思わないでもなかった。
それでも、実際に現場に行ってみると、デザインは同じでもそれぞれの映画館ごとに構造やレイアウトが異なっているのは興味深かったし、川崎、南大沢、海老名では客席数の一番少ない、通常料金なら2400円も払わなくてはならないプレミアスクリーンが敢えてあてがわれていて、そこに普通料金で入れたのも僥倖だった。なお、同じプレミアスクリーンでも、専用ロビーが一番豪勢なのは海老名(ただし、普通料金の客だったからか、この専用ロビーに入れてもらえたのは上映わずか10分前だった)、デザインが妙な具合に凝っているのは川崎、南大沢のは狭い場所に強引に設置したせいか、まるで駅の待合室みたいなことになっていた。
また、海老名のロビーで思いがけずヴォゴン人に会えたのも嬉しかった。思いがけなすぎてカメラを持っていかなかったのは、返す返すも残念――と書くと、ケータイで撮ればいいじゃないかと思われるだろうが、白状しよう、実は私は携帯電話を持っていない。
持たないことについて、特に意味やこだわりはない。ただ何となく機を逸したまま、どうせなら海外でも普通に使える携帯が出てからでもいいやとか思っているうちに、ずるずる今日に至っただけである。だが先日、映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』の着うた&待ち受け画面がダウンロードできますよとのメールを貰い、俄然風向きが変わった。
機が熟すとはこういうことか、いや多分違うんだろうが、かまうものか。この私が携帯を買うなら、今しかない。気を取り直して今週の更新は、監督ガース・ジェニングス及びシャイノーラへのインタビュー記事と、それから日本での興行収入に関するささやかなデータを追加する(こういうランキングを掲載してくれた『Weekly ぴあ』に感謝を)。
公開規模が公開規模だからいわゆる普通の興行収入ベスト10に入れないのは仕方ないとしても、でも私が行った映画館はどこも意外なくらい混雑していて(休日だったとは言え海老名もほぼ満席だった――もっとも同時刻の『チャーリーとチョコレート工場』や『NANA』も満席だったが)、ひょっとして『ファンタスティック・フォー』程度の宣伝費を投じたら『ファンタスティック・フォー』程度の興行収入は見込めたんじゃないかと思わないでもないけれど、それはそれで『銀河ヒッチハイク・ガイド』という作品には似つかわしくない気もするから、やっぱりこれで良かったのだろう、きっと。
小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』と『宇宙の果てのレストラン』が早速重版になったとのこと、まずは心から喜びたい。
本を買う動機はさまざまあれど、映画を観て気に入って、原作小説を読んでみようと手を伸ばした人が少なくなかったことは間違いない。いやもう本当に、めでたい限りである。この勢いが衰えないうちに、河出書房新社のみなさま、残りの小説3冊もどうか出版してくださいませ。
本が順調に売れるくらいだから、映画を観た人たちの感想も、ネット上の匿名掲示板等でさえ危惧していた程には悪い反応ではなくてちょっとほっとしている。私は普段あまりそういうサイトを読む習慣はないのだが、どちらかと言えば辛口になりがちな匿名掲示板でどちらかと言えば好意的に受け入れられているのなら、評判は上々の部類に入るのではないだろうか。
勿論、気に入らないと感じる人もいらっしゃるけれど、観た人のうち2人に1人以上の率で好感を持ってもらえただけで私としては大満足である。何しろ、私が知人に小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』を貸すと、少なく見積もっても10人のうち7人までは話の意味がわからなくて最後まで読み通すこともできなかったと言って返してくる。闇雲に知り合い全員に貸している訳ではなく、それなりに小説を読む習慣があって、かつ、ある程度気心の知れた相手を選んで貸して、それでもこのていたらくなのだ。ヴォネガットの『タイタンの妖女』を読んで泣いたという人に貸して、「全然おもしろくない」と突き返されたこともあったっけ。
故に、ネットの掲示板等で映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』が貶されているのを読んで、落ち込んだりヘコんだりすることはあっても、腹が立ったりムカついたりすることはなかった。ただ、ある一件の投書にだけは本気で逆上し、本気で反撃しようかと考えたものの、それもおとなげないと気を取り直して止めたことだけは告白しておく。
そもそも、映画批判に対して言い返したいというのなら、イノセントな匿名の投書の主よりもっと大物がいる。そう、ダグラス・アダムスの非公式自伝本作家であり、ファンクラブの会長でもあるM・J・シンプソンその人だ。映画のパンフレットの13ページでサム・ロックウェルが言及していたのも、恐らくは彼のことだろう。なのに私ときたら、反論どころか彼がネットにアップしている長文の映画批判を最後まで読み通してさえいない。日本語字幕付きで映画を観て、自分なりの感想を持ってから読もうと思っていたから、というのが私なりの言い訳だったが、イギリスで2回、日本で5回も観た後ならもういいだろうと思い、先日プリントアウトして読んでみた。
いかんせん日本語じゃなくて英語である。しかも、A4用紙に印刷して25ページ以上もある。流し読みできなくて、丹念に一語一語追って読み進めざるを得ない文章の、そのツッコミの鋭さは当たり前だが匿名批判文の比ではない。おかげであっという間に気分が暗くなる。映画を7回観た後で読んで良かった。この文章を映画を観る前に読んでいたら、彼の 'point of view' に引きずられて映画を楽しむことはできなくなっていただろう。
確かに、彼が言わんとすることは分かる。それでもやっぱり私は「違う」と思う。じゃあ一体何が「違う」のについては、日本語字幕付きのDVDが発売されて、シーンを逐一確認できるようになってからきっちり反論したい(と言っても相手には通じない日本語で、だけど)。
しかし、問題の長文批判エッセイ、シンプソンは完成前の試写を観て書いたらしいのだが、たった1回観ただけでよくこんなに細かいところまでチェックして書けるものだ。そこらへんが、プロとアマチュアの違いなんだろうか。そして今週の更新は、祝・日本でのDVD発売ということで、テレビ・ドラマ版『銀河ヒッチハイク・ガイド』について大幅加筆した。それにしても、いやはやまさか、これを日本語字幕付きで観られる日が来ようとは。
2005.10.8. 我が手の中の『銀河ヒッチハイク・ガイド』
先日、アメリカのアマゾン・コムに注文した映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』のDVDが届いた。待ってましたとばかりに早速ビニールのパッケージを破いて、リージョン1に設定されている我が愛機 iBook に入れる。
最初に始まるのは『銀河ヒッチハイク・ガイド』ではなくて現在アメリカで公開中の映画『フライトプラン』の予告編。ジョディ・フォスターは嫌いじゃないが今はそれどころじゃない、ということで直ちにメニュー画面に切り替え、映画本編を再生してみた。
小鳥の泣き声を背景に、タッチストーン・ピクチャーズとスパイグラス・エンターテイメントのロゴが流れる。続いて、もはやすっかり耳に馴染んだスティーヴン・フライのナレーション、"It is an important and popular fact that things are not always what they seem."と共にイルカたちの姿が、小さな小さな12インチのスクリーンに映し出された。
感動の一瞬。
しかし、私がロンドンまで飛んでこの映画を最初に観たのはほんの5ヶ月前だ。なのに、早くも今、映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』は文字通り私の手の中にある。たった5ヶ月待てば、近所の店まで買いに行く必要すらなく、ほんの数千円の金で自分のものになってしまう。そう考えれば大枚はたいてロンドンまで行ったのは単なる無駄骨&無駄遣いだったんじゃないかと後悔するかと思いきや、案外そういう気持ちにはならなかった。あのロンドン旅行が何故か今では本当に一人で行ってきたのかと訝しんでしまうくらいものすごく昔のことのように感じられるせいもあって、むしろこのDVDは取るべき手順と時間をきちんと踏んでとうとう私のところにやってきた、そんな気がする。勿論、何もかも単なる自己満足に過ぎないことは一応自覚しているけれど。
その一方、日本でロードショー上映中の映画(ついに上映5週目に突入!)を自宅で鑑賞できるようになったことについては、多少「いいのかな」という気もしないでもない。ただ、私個人に関しては日本の映画館でも何度も何度も観た上での購入だからどうかご容赦あれと申し上げるばかりである。ついでに、私にとっては日本語字幕なしで観るのは大いなるハンデだし。
という訳で、そう遠くない将来、日本語字幕つきのDVDが発売されたらそちらも迷わず購入するつもりだが、となると今度は、何も今慌ててアメリカから取り寄せなくても、さらにあと数ヶ月待てば日本語字幕つきリージョン2のDVDが買えるんじゃないの、それが手に入った暁には日本語字幕なしリージョン1のDVDなんて二度と観ないんじゃないの、という話になるのだが、いやいやそれもこれも「取るべき手順と時間」の一環ということで善哉。
ところで、日本でDVDを発売する際には、特典映像もそっくり入れていただきたいのは言うまでもないが、それより何よりどうかオーディオ・コメンタリーの日本語字幕も忘れずお付け下さい。そこのところだけは、くれぐれもよろしく。そして今週の更新は、テレビ・ドラマ版『銀河ヒッチハイク・ガイド』のキャスト一覧と、テレビ・ドラマ関連のコレクションを追加する。
元をただせばアメリカで発売されたテレビ・ドラマ版のDVDに入っている特典映像を観るためだけに、私の iBook はリージョン1になったのだった。あれからわずか3年。日本での『銀河ヒッチハイク・ガイド』をめぐる環境は激変したと言っても過言ではない。
それから、久しぶりにアントニオ・ガデス関連の最新ニュースも飛び込んできたので、こちらもよろしく。
2005.10.15. アントニオ・ガデス写真集を手に入れるまで
スイス在住の友人がスペインを旅行するというので、それならお金に糸目はつけないから是非アントニオ・ガデスの写真がたくさん載っている本を買ってきて欲しいと頼んだことがある。
その友人には以前、スペイン語訳『銀河ヒッチハイク・ガイド』を買ってきてくれとお願いしたことがあり、その時はなかなか見つからなくて大変だったと言われた。それでもバルセロナ中を走り回って入手してくれたのだから、友とは誠に有難いものだ――と言うより、そんな友人に対し、今度は絶対重いに決まっている「写真がたくさん載っている本」をねだる私の鉄面皮をこそ恥じるべきなのだが、盗人にも三分の理ということで言い訳をさせていただくなら、スペイン語訳『銀河ヒッチハイク・ガイド』と違って、スペインが世界に誇るアントニオ・ガデスの写真集ならスペインのちょっと大きな本屋もしくはフラメンコ専門店に行けば何種類も何冊も売られているだろうから、少なくとも探す手間はかかるまいと思ったのだ。
が、そんな私の安易な目論見に反して、またぞろ友人はあちこちの本屋やフラメンコ専門店をハシゴする羽目となった。スペインでは、私の想像通りフラメンコの写真集やCDがこれでもかというくらい売られているにもかかわらず、ガデスだけは見つからなかったらしい。そして、何軒目かのある店でようやく、ガデスの本は「売ってない」ではなく「出版されていない」のだということを確認してくれた。それがガデスの個人的方針だったのか、それともスペインの政治的事情も絡んでいたのかまでは不明だけれど。
そんなこともあったせいで、アントニオ・ガデスの逝去から約1年、ついに本国スペインで写真集が発売されたという情報を入手した時は、単に嬉しいという以上の感慨があった。だから、フラメンコ・ワールド・コムのサイトから英語もしくは日本語で簡単に注文できると分かった時は、嬉しさのあまりろくに金額も確かめずにどんどん購入手続きを進め、手続きが完了してから送料の高さに唖然とした。本の値段が48ドルなのに、送料が59.94ドル!
もっとも、スペイン語ではなく英語でも注文でき、クレジット決済の安全が保証され、かつ注文してから3,4日で私の手元にちゃんと本が届き、また本の実物が私が想像していた以上に大きくて重かったことも考えれば、60ドル近い送料も決してフラメンコ・ワールド・コムの暴利とは言えない。そこまでは私もおとなしく納得する。ただし、それとは別に消費税500円、関税・消費税立て替え手数料500円の合わせて1000円を、配達業者にその場で現金払いしなくてはならなかったことについてはいささか得心しかねているが。
という訳で、私以外の日本在住のガデス・ファンのみなさまは、どうかもっと利口な購入方法をお探しください。写真集そのものは、ファン必携の1冊であること間違いなしですから。気を取り直して今週の更新は、また増えた海外雑誌コレクションを1点追加した他、約3年半ぶりにダグラス・アダムス・コーナーの「English version」を改訂した。世界に向けて、こんな報告ができることが本当に嬉しい。願わくば、さらなる更新情報が出てくれますように。
加えて、さらなるアントニオ・ガデス関連の最新ニュースと、それからこちらも久しぶりにノルシュテイン関連の最新ニュースも更新。気が付けば、今年もまもなくラピュタアニメーションフェスティバルの季節なのだった。さらに映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』関連の嬉しいニュースが2件もあり、これでアダムス、ノルシュテイン、ガデス3人揃っての更新となる。このことは実は、ホームページを開始して約4年半で初めての快挙だ。
昨日、映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』の関東エリアでの上映が終了した。
ここで「関東エリアでの」と書けるのが本当に嬉しい。福井、兵庫、福岡、熊本のみなさま、お待たせしました。今度は、みなさまがご覧になる番です。この映画を、どうか一人でも多くの方が楽しんでくれますように。
地方都市での上映決定はめでたいが、私が映画館で観る機会はもう終わりになるので、せっかくだから六本木ヒルズでの最終日の最終回に行こうかなとちらと考えたものの、上映終了時間が午前2時50分と知ってあきらめた。こういう上映時間の設定は、いわゆる「ヒルズ族」仕様なのだろうか。テレビ等で観る限り、ああいうところに住むのはIT関連企業の若き経営者たちということになっていて、IT関連、すなわちコンピュータマニア、すなわち夜型、という思考は短絡的すぎるとしても、オールナイト上映会でも先行ロードショーでもないのに深夜12時を過ぎてから上映を開始する映画館は、東京でもそう多くはないと思う。
アメリカ・シリコンバレーにおけるアダムスの絶大な人気に比して、日本のIT関連起業家の間での『銀河ヒッチハイク・ガイド』の知名度はどの程度のものなのだろうか。彼らと繋がるような個人的知己は一人もいないので私には知りようもないのだが、ともあれ今は映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』の最終上映が観客ゼロという悲劇に見舞われなかったことを祈るのみである(いや本当に、アメリカのIT関連にかぶれるのなら、『銀河ヒッチハイク・ガイド』を押さえるくらいのところまでかぶれてくれればいいのに)。
他人様のことはさておき、自分自身を振り返ってみれば、長い、怒濤の6週間だった。単に東京・神奈川の映画館に何度も通っただけでなく、雑誌漁りでも気が抜けなかったし、映画の封切りを機に『銀河ヒッチハイク・ガイド』のファンになったという方々から何通もメール届いた(私が見逃した雑誌の情報を教えてくれた方、どうもありがとう!)。とどめに、『銀河ヒッチハイク・ガイド』の着うたを手に入れたい一心で携帯電話も購入したし。
生まれて初めての携帯電話、使い方がさっぱり分からなくてメール1通送るにもマニュアルなしではどうにもならない、という話を職場で年下の同僚たちにしたところ、「ケータイのマニュアルを読む人って本当にいたんだ」と心から驚かれた。「習うより慣れろですよ」との慰めの言葉も貰ったが、慣れるも何も現時点ではまだ私の携帯電話には1件も電話がかかっていない。まったく、何のための着うたなんだか。
と、ここまで書いてふと気が付いた。電話はかかっていないが、携帯メールなら何通か届いているのだが、あれ、着うたって、電話の呼び出し音だけじゃなくメールの着信音にも設定できるんだっけ?
――たった今開いたマニュアルによると、設定できるとのこと。という訳で、早速マニュアルのご指示通りにやってみて、パソコンから携帯にメールを送信してみた。すると、ここ数日死んだように沈黙を続けていた私の携帯から Journey of the Sorcerer がほんの数秒だけ流れた。
年下の同僚たちにどれだけあきれられようと、私はまだ当分携帯のマニュアルを手放せそうにない。そして今週の更新では、チェコ、ハンガリー、フィンランドにおける映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』の興行収入の推移を追った。普通のベスト10にランクインする国って、やっぱりいいなあ。それから、アダムスとノルシュテイン関連の、少し寂しいお知らせも追加。
先日、イトーヨーカ堂の中のちっぽけな書店のちっぽけな絵本コーナーで、『きりのなかのはりねずみ』を見つけた。
こんなところでも売られているとはたいしたものよ、と手を伸ばして念のため奥付を確認したところ、10刷とある。すごい。本当によく売れているんだ。
この調子なら、来月11月15日(火)に開催されるノルシュテインによる映画『アタラント号』(1934年製作)についての講演も、きっと350席分のチケットは捌けるに違いない。私は去年の『イワン雷帝』に続いて今年も行けそうにないので(まったくどうして平日の昼間にやるのだろう)、参加できる方は奮ってご参加くださいませ。
しかし、白状すると、私は今回行けないことについては昨年ほどには悔しくない。どうせノルシュテインから解説してもらうなら、日頃ノルシュテインが「もっとも影響を受けた」と公言しているエイゼンシュテイン作品のほうがいいに決まっているから――と言うか、もっと正直に白状すると『アタラント号』という映画、私は高校生の時に一度観たことがあるのだが、どこがそんなにおもしろいのかどうにもピンと来なかったからである。
私が『アタラント号』を観たのは偶然の成り行きだった。今を遡ること10数年、家族ともども関西圏の地方都市で暮らしていた頃のこと、私の母が地方紙だか会報誌だかで名作映画の上映会開催の情報を知った。そこには上映会についての詳しいことは記載されていなかったので、母は主催者に電話して上映の日程やら作品やらを尋ねてみた。すると、「名作映画」すなわちオードリー・ヘップバーンとかアラン・ドロンが出ている映画、くらいの認識しかなかった母が面食らうようなラインナップが告げられ、でも「わざわざ電話で問い合わせてくださって」と相手にえらく喜ばれてしまったからには「やっぱり行きません」とも言い出すこともできず、そこで母はスプラッタ以外の映画は基本的に来るもの拒まずだった当時高校3年生の私を人身御供として代わりに差し出すことに決めたのだった。
かろうじて家庭用ビデオは普及していたものの、地方の田舎町では歩いて行ける範囲にレンタルビデオ屋なんてものはなかった時代。映画を観るなら映画館に行くか、あるいはいつかテレビで放映される日をじっと待つしかなかった。だからこそ、当時の私はたとえどんなに訳が分からない映画でも「観られる時に観なければ」の一心で観たし、滅多に上映されない貴重な名作映画で、おまけに今回は映画料金も母が払ってくれるというのだから、私としても異存はなかったのだが、ただ、その時母が電話で聞いて書き取ったメモにはこう記されていた――『水泳選手タリス』『アタラント号』『ラ・ジュテ』『ふくろうの皮』。
映画監督と言えばヒッチコックとスピルバーグくらいしか知らなかった当時の私には、もはやタイトルからして想像を超えていた。特に最後の1作品の、不穏当さはただごとではない。生きたふくろうの皮を剥いで解体して見せるような、ウルトラ前衛映画だったらどうしよう。私は、難解なのは我慢できてもエグいのだけは苦手なのだ。
上映会当日、ビクビクしながら会場入りして、手渡された手作りチラシを見た途端、どっと肩の力が抜けた。映画通の方ならとっくにおわかりであろう。「ふくろうの皮」は「ふくろうの河」の間違いだったのだ。
……その時貰った手作りチラシは、今も私の手元にある。この文章を書くにあたって戸棚の奥から探し出してみたところ、『アタラント号』のみ英語字幕、と書かれていた。そんなことはすっかり忘れていたけれど、なるほど、そういうことなら当時の私がピンと来なかったのも無理はない。また、『ラ・ジュテ』と『ふくろうの河』がものすごくおもしろくて、余計『アタラント号』の印象が薄くなったのも確かだし。
後にその自主上映会では、『カリガリ博士』『ニーベルンゲン』『最後の人』『ノスフェラトゥ』『死滅の谷』など、ドイツのサイレント映画を観せてもらった。いずれの作品も、観に行くまでは「何だそりゃ」だったが、実際に観てみれば「何ておもしろい」に変わった。残念ながら(?)私は現役で大学に合格し東京に進学することになったため、ほんの数回しか上映会に参加できなかったけれど、何も知らない10代のうちにこういった作品を観る機会を持てたのは実に幸運だったと思う。たとえ作品の真価をほとんど理解できなかったとしても、だ。主催者の方には、改めて大いなる感謝を。という訳で、今回の更新は『アタラント号』の監督、ジャン・ヴィゴについて。それから、映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』の製作総指揮の、というよりもダグラス・アダムスの盟友の、という言葉のほうがふさわしいロビー・スタンプについても加筆した。
現在私が所有する携帯電話 vodafone 3G は、海外に持っていってもそのまま使用することができる。だから、今度ロンドンに行ったら、街に掛けられた青いプレートを探し、自分の携帯電話でロビー・スタンプ率いる HandHeld History に電話してみよう。勿論、ただでさえ聴き取りにくい携帯電話でイギリスの歴史の説明なんかされても私の英語力ではさっぱり理解できない可能性がとても高いけれど、それでもそれなりに楽しいに違いない。長さも5分間程度というから、そのくらいなら私の集中力も途切れずに済みそうだし、何てったってナレーションはスティーヴン・フライだし――と言っても彼は単なるナレーション担当ではなく、HandHeld History 事業の発起人の一人でもあるようで、この辺りロビー・スタンプとスティーヴン・フライの個人的な人間関係がどの程度絡んでいるのか、個人的には少し興味がある。知る由もないけれど。
HandHeld History では音声だけでなくSMSメールでテキストを手に入れることもできるが、こちらは25語と短すぎてあっけない。また、HandHeld History サイトで見る限り、音声のリストにはないP・G・ウッドハウスの名前がSMSメールリストには上がっていて、どうしてそうなっているのか分からないけれど、せっかくテレビ・ドラマでジーヴス役を務めたスティーヴン・フライがナレーションをしているのだからウッドハウスも音声でやればいいのにと思う。
ところで、ウッドハウスと言えば、日本では国書刊行会からシリーズ第3弾『それゆけ、ジーヴス』がちょうど発売されたばかりである。私も早速購入し耽読させてもらったが、本文の楽しさもさることながら、あとがきで訳者が第1弾『比類なきジーヴス』でのコメントを撤回してテレビ・ドラマ版を再評価しているのが嬉しかった。テレビ・ドラマ『ジーヴス・アンド・ウースター』の日本語字幕付きDVDセットの発売を待ち望んでいる私としては、『比類なきジーヴス』のあとがきで訳者が「テレビのバーティーはどうしようもないバカにしか見えず、私は幻滅した。それでは金持ち貴族は愚かで本当に賢いのは使用人、という陳腐な道徳劇になってしまうのだ。個人的な趣味を述べさせてもらうなら、私はバーティーは愛するヒュー・グラント君にもっと格調高く演じて欲しかった」と書いているのを読んで頭を抱えてしまったのだが、かく言う私もテレビ・ドラマ『銀河ヒッチハイク・ガイド』のDVDが日本で発売されたことを喜びつつも、「でもあれを観て、あれが『銀河ヒッチハイク・ガイド』だと思われるのも不本意なんだけどなあ」と思っていたりするワガママ者である以上、訳者を非難する資格はどこにもなくて今日まで一人胸にしまっていたのだが、訳者自ら前言撤回するというなら万々歳だ。
なお、私がその昔イギリスで買ったペーパーバック、Right Ho, Jeeves の表紙にはテレビ・ドラマの写真が使われており、ジーヴス姿のスティーヴン・フライとバーティー姿のヒュー・ローリーを見ることができる。それを見ても私はヒュー・ローリーのバーティーを特に「バカ面」とは思わないのだが、ドラマでは役をきっちり作ってバカになっているんだろうか。何たってその実力の程は『ブラックアダー』第3シリーズで証明済みだし。そして今週の更新は、アダムスが「読んで笑える」という二人のジャーナリスト、マイケル・バイウォーターとハンター・S・トンプソンを追加。ジャーナリストはジャーナリストでもこの二人、タイプが全然違ってておもしろい。
友人と一緒に仕事をするのは難しい。それは別に義理人情に縛られがちな日本人だけに限ったことではなく、西洋人だって仕事は仕事とビジネスライクに割り切れない部分で煩悶することはあるようだ。私は気楽な勤め人だから同僚が友人になることはあっても友人が同僚になることはないが、それでもその厄介さは容易に想像できる。
ところがアダムスはどうもその難しさにてんで無頓着のようで、その結果かつてジョン・ロイドと組んだ時と同じ失敗をマイケル・バイウォーター相手にも繰り返す羽目となった。学習機能に欠ける、とはまさにこのこと。でも人間関係のトラブルは傍目には原因と結果は明らかでも当の本人にはなかなか理解しがたいものだし、たとえ理解できたとしても自分を変えることができるかどうかはまた別問題なのは、無論アダムスに限ったことではない。
それはさておき、前回の更新でマイケル・バイウォーターについてまとめるにあたっては、この私がどこまで書いたものかで随分と迷った。アダムスの公式自伝本等を読むと、ケンブリッジ大学時代、ピアノが巧くてフットライツでの演奏の手伝いをしてくれるのはいいが遅刻して仲間に迷惑をかけてもまるで悪びれるふうがなかったり、デジタル・ヴィレッジ内でも重役クラスの一人とウマが合わず、そのことを匿名ながら分かる人には十分分かる形でエッセイに書いて発表したりと、才能もあるけれど毀誉褒貶もかなりある人のようなのだ。あの厄介な探偵、ダーク・ジェントリーのモデルになったというのだから穏当な人であるはずもないのだが、でも彼の「困った人」ぶりを私が直接取材した訳でもないし、それどころか自伝本に掲載されているインタビューの言葉のニュアンスを的確に汲み取れているかどうかも怪しいのに一個人の性格をあまり悪く書くのもどうかと思い、ここではそれらのエピソードは伏せておくことにした――と、このコーナーで書いたら伏せた意味は半減か?
なお、そのバイウォーターが2004年に出版した Lost Worlds: What Have We Lost and Where Did It Go? を Amazon.uk. で検索すると、中身の一部をチェックすることができる。チェック可能な序文の部分を流し読みした限りでは切なくてちょっといい感じ、でも私の英語力と怠慢さでは1冊読み通すには至らないだろうと思ったが、でもペーパーバックの表紙にスティーヴン・フライが言葉を寄せているのは気になったし、さらにこの本の索引(これもチェックできる)を見るとダグラス・アダムスの名前が挙がっていて、言うまでもなくこちらはもっと気になる。が、勿論アダムスについて書かれた本文、266〜267ページを読みたければ購入するしかない訳で、まったく実によくできた商売だこと。そして今回の更新は、二人のジャーナリストに続いて今度は二人の大物アメリカ人映画監督、テリー・ギリアムとジェームズ・キャメロンについて。
前者はともかく後者のことをこのホームページで取り上げることになろうとは、自分でも予想外だった。もっとも、予想外と言えばアダムスがハンター・S・トンプソンのファンだったとことも、私にはとても意外だったのだが。
現在上映中のテリー・ギリアム新作映画、『ブラザーズ・グリム』を観に行った。
観ていて途中でつくづく情けなくなった。映画のつまらなさに、ではない。映画がたいしておもしろくなくても期待外れだと憤慨しないことに、だ。今の自分がいかにギリアム作品に期待していないかを再認識して映画館を後にした。
かつての私は熱烈なギリアム映画ファンだった。心ある友人たちから「異性に人格を疑われるから公言を控えるように」と諭されようと、好きな映画監督はと訊かれれば「テリー・ギリアム」と即答して憚らなかった。『バンデッドQ』、『未来世紀ブラジル』そして『バロン』、この3作は順位付けも不可能なほどに等しく愛しているし、『フィッシャー・キング』の試写会に行った時は興奮と緊張でガチガチになっていたが、作品はそれほどまでに高い私の期待を裏切らない出来で、本当に嬉しかったのも今でもよく憶えている。
熱が冷めたのは、『12モンキーズ』からだ。1000人以上収容の大劇場の中で、賭けてもいい、私のテンションが一番高かったはずである。にもかかわらず、と言うかだからこそ、映画のオープニング・ショットを観た瞬間、私は椅子から転げ落ちそうになった。短編映画『ラ・ジュテ』にインスパイアされて作ったというから、10月29日付の同コーナーで書いたような経緯でたまたまそんなマイナー映画を観ていた私としては一体あの作品をどう加工して見せてくれるのかとものすごく楽しみにしていたのに、何のヒネリもなくそのまんま。おかげで『ラ・ジュテ』を既に観ている私のような観客には、冒頭の一瞬でオチが解ってしまう。ギリアム監督、それはないでしょ!
勿論、新しく付け加えた設定やエピソードはある。でも、わざわざ『ラ・ジュテ』を作り直すからには、あの短編が持つ衝撃(何も知らずに観ると、嬉しくなるくらいストレートに驚くことができる)に優る何かが欲しい。動物園から解き放たれて街に出た獣の姿はそれなりに印象的だったが、たまたまその数ヶ月前にクストリッツァの『アンダーグラウンド』を観たばかりだったせいもあって新味に欠けた。
それでも、この作品が批評面でも興行面でも失敗作とされていたのなら、私とて「どんな監督にだってハズレはあるさ」と思っておとなしく次回作に期待したかもしれない。が、ご承知の通り『12モンキーズ』は監督の意図通りに作られ、批評ウケも悪くなく、アメリカでの興行収入は1億ドルを突破した。この事実に私はうちのめされ、次作『ラスベガスをやっつけろ!』は胸が悪くなるシーンが多いという噂に腰が引けて今に至るも観ていないし、好きな監督はと訊かれると「エミール・クストリッツァ」と答えるようになった。
そして今回の『ブラザーズ・グリム』だが、作品の構図は『バロン』ととてもよく似ているのにどうしてこんなに好ましく思えないのだろうと、そんなことばかり考えながら観ていた。ひょっとして変わったのはギリアムではなく私のほうで、今もう一度『バロン』を観たとしたら同じようにつまらなく思えるのだろうか。いやいやそんなことはないと言いたいけれど、確信はないので近いうちにレンタルDVDを探して観てみようと思う。ちなみに、前回追加したもう一人の映画監督ジェームズ・キャメロンについても、作品リストを準備しながらそう言えば『ターミネーター』は本当におもしろかったよなあと懐かしく思い返した。なのに、やっぱり今じゃキャメロンの新作映画と言われても全然期待が持てないのは何故だろう、と考えたら、『タイタニック』の後に彼が製作総指揮と脚本を担当して作ったテレビ・シリーズ『ダーク・エンジェル』があまりにアホらしかったせいだった。あの女性主人公、どう贔屓目にみても平均的な人間の知能を下回っていると思うのは私だけか?
気を取り直して今週の更新もハリウッド大作映画関連である。キャメロンに続いて、今度はかの『スター・ウォーズ』の話。
合わせて、同じSFはSFでもテイストはかなり異なるSFを書く作家、ロバート・シェクリイについて大幅加筆した。
さて、『スター・ウォーズ』である。
私が旧3部作を観たのは映画が公開されてから何年も経ってからのことで、当然スクリーンではなくビデオ鑑賞だった。R2D2とイウォーク好きの友人に、「え、まだ観てないってどういうこと?!」と詰め寄られたのがきっかけだったと思う。『未来世紀ブラジル』とか『ブレードランナー』とかは好きだけど、基本的にSFは嫌いだし、特に戦争系SFは興味ないんだよなあ、とかなり後ろ向きな気分で観始めたにもかかわらず、初めて観たエピソード4はSFというより『レイダース/失われたアーク』みたいな連続活劇に近い感じでやたらめったらにおもしろくて、何だこんなに胸躍る楽しい映画だったのかとびっくりした。
という訳で、嬉々として続けざまに『帝国の逆襲』と『ジェダイの復讐』も観た。どちらも1作目ほどにはおもしろくなかったけれど、特に親子ってのもキツいが双子ってのはいくら何でも無理がありすぎなんじゃないのとも思ったけれど、それでも個々のシーンでは心から楽しませてもらったし、全体としては十二分に満足した。
そして、満を持して製作され、1999年から3年ごとに公開された新3部作については、続編を待ちわびていた世界中のスター・ウォーズ・ファンに混じって私も3作ともスクリーンで拝見させてもらった。が、しかし、多分私が真性のスター・ウォーズ・ファンでないためだろう、何が何だかよくわからん設定やキャラクターが多すぎて混乱したばかりか、主要登場人物の言動にもいちいち頭の中が疑問符で一杯になった。それでも『ファントム・メナス』の時はきっと残りの2作で謎が氷解するのだろうとまだ楽観していたが、『クローンの攻撃』を観て謎は謎を呼ぶばかりと分かり、『シスの復讐』に至ってはどのみち結論は出ているのだから余計なことは考えるまいと思って観ていてもそれでも何故かストーリーを基本の基本のところで見失ってしまったらしく、結局アナキンがダース・ベイダーにならなきゃいけない理由すら釈然としないままに終わる。あ、いや、なってくれなきゃ困るんだけど、でもなるにしてもあのタイミングは絶対違うと思うんだよなあ。
が、だからこそ逆に『シスの復讐』のラストシーンにはえらく感動した。この映画に続くのは、今度こそ絶対ハズレなし、とびきりおもしろかったあのエピソード4であることを思い出させてくれたから。しかし、その第1作目のサブタイトルがずばり「A New Hope」だってのは、何とも皮肉な話だこと。そして今週の更新は、ダグラス・アダムス関連人物として新たに2人を追加。一人はアメリカの環境コンサルタント、アラン・アトキソン、それからもう一人は現代イギリスの文壇を代表する作家、サルマン・ラシュディ。ラシュディが書いた『真夜中の子供たち』はとびきりおもしろかったけれど、でも『悪魔の詩』に関しては読み終わらないままに2005年も過ぎ去ってしまいそうな気がする。
ところで、今年の更新は今日が最後。いつもは12月の第2週までだったが、今年は映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』の日本公開のため夏休みを短かくしたから、その分を繰り上げる、ということでちょっと、というかかなり早めの冬休みに入らせていただく。
今のところ、映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』の日本語字幕付きDVDに関する情報は私の許には届いていないけれど、DVDに限らず何か新しいニュースが入ったらそれは随時アップするつもり。それを除けば、次回の正規の更新は2006年2月18日の予定ですので、来年もまたどうぞお付き合いくださいませ。