Arthur Dent | アーサー・デント |
Ford Prefect | フォード・プリーフェクト |
Zaphod Beeblebrox | ザフォド(ゼイフォード)・ビーブルブロックス |
Trillian | トリリアン |
Marvin | マーヴィン |
Slartibartfast | スラーティバートファースト |
以下の文章は、ラジオ・ドラマ、小説、テレビ・ドラマについて述べたものです。
映画のキャラクター及びキャストについては、こちらへ。
この家に特別の意味を見いだしている人物はただひとりで、その名をアーサー・デントという――といっても、彼がこの家を住処にしているからにすぎぬ。ノイローゼの気味が出たので、ロンドンから引っ越してきて以来三年、この家に住んでいる。年のころは三十歳ばかり、背が高く、髪は黒く、生れてこのかた寛ぎというものを知らなかった。(『銀河ヒッチハイク・ガイド』、p. 9)
『銀河ヒッチハイク・ガイド』の主人公アーサー・デントは、ごく普通の地球人。ある日突然地球が破壊され、ただ一人の生き残りとして宇宙をさまよう羽目になる。
アーサーには宇宙で生き抜く知識もなければ知恵もない。アダムスいわく、「何が起こっているのかさっぱり把握できないまま、次から次へととんでもない災難を渡っていく」。ただし、とんでもない災難に直面する時のアーサーの対応は、「ぽかんと口を開けたまま突っ立っていて、事態が自分の上を通り過ぎるのを待っている」。(Adams, M. p. 176)
最初の企画段階では、主人公の名前は Aleric B. だった。が、アダムスは、おかしくはないけれど特徴的だからという理由で「アーサー・デント」に変更した。この名前、実は1601年に出版された The Plaine Man's Pathway to Heaven という説教集の著者で「アーサー・デント」という人物が実在するのだが、ジェフリー・パーキンスらの執拗な追跡にもめげず、アダムスはそんな人のことは知らなかったと言い続けている。(original radio script, p. 32)
ラジオ・ドラマの脚本を執筆した時、アダムスは、主人公アーサー役に彼の大学時代からの友人、サイモン・ジョーンズをイメージしていた。アダムスがそうコメントしたことについて、サイモン・ジョーンズ自身は「彼(アーサー)は僕と全然似ていないのに」(Simpson, p. 7)と当惑しているようだが、アダムスに言わせればそれはあくまで彼の声と演技を、であって、決してジョーンズ本人をモデルに書いた訳ではなかった。「僕は、彼の声を頭に思い浮かべたり、彼がどんな役を演じるのが巧いか、などを考えたりしながら書いた。でも、そこにはサイモン本人は少しも投影されていない。アーサーはサイモン本人ではなく、僕がサイモンの役者としての強みと考えるところのものをモデルにしたのであり、これはまるっきり別のものだ」(Gaiman, p. 161)
1999年のインタビューでアダムスは、アーサーというキャラクターは「僕にとってのごく普通の人(my everyman)」だと語る。だから、アーサーは三十歳前後で、背が高くて、黒髪で、大学卒で、友達がいない、つまりは当時のアダムス本人にそっくりという訳だ。そして、自分とアーサーが同一視されることを否定しつつも、ある程度まで自伝的な要素があることは認めている。
また、アダムスとアーサーの性格の共通点について、電気のスイッチを例に挙げてこう説明する。壁にとりつけられた電気のスイッチ、これをオンにすると天井の照明がつく。ごく当たり前で、珍しくも何ともない。でもアーサーは、この電気のスイッチにびっくりする。ただのスイッチにいちいち驚くアーサーは、バカのように見える。しかし、アーサーが驚くのは彼が本当にバカだからではない。というのは、ただの電気のスイッチ、オンとオフで天井の照明がついたり消えたりするのは、壁の中にスイッチと照明をつなぐケーブルが配線されているからだが、それだけではない。そのスイッチは遙か彼方の巨大な発電所にまで繋がっていて、アーサーが驚くのはそのことに気付くだけの知性があるからだ。勿論本当に頭の良い人は、発電所のことも考慮に入れた上でスイッチを理解しているはずだから、その程度のことに驚くアーサーはやはり頭がいいとは言えない。でも、ほとんどの人はそもそも電気のスイッチを見て発電所にまで思いをはせたりしないのだから、それに比べればアーサーはほんの少しだけ知性的だといえる。知性的だけれども、あるいは知性的だからこそ、どちらにしても周りから少し頭が足りないように思われるのだ、と。
しかし、後に『銀河ヒッチハイク・ガイド』がアメリカに渡った時、アメリカ人の読者からアーサーが単に頭が足りないだけでなく人生の敗残者であるかのように捉えられるとは、アダムスも予期していなかったようだ。Slashdot のインターネットでの質問コーナーでは、アメリカの読者から「アーサーというキャラクターは、おもしろいどころか気を滅入らせます。彼は単なる負け犬であるばかりか、自分の人生をまったくコントロールすることができないのですから」というコメントが届き、またハリウッドでの映画化に際して、アダムスはアーサーの一体どこが主人公(ヒーロー)なのかをハリウッドの重役たちに説明するのに四苦八苦させられたという。
「イギリスでは、主人公は往々にして、自分の人生がいかに思い通りにならないものかを理解している、あるいは理解するようになるキャラクターだ。ピルグリム(ジョン・バニヤン著『天路歴程』)しかり、ガリバーしかり、ハムレット、ポール・ペニーフェザー(イーヴリン・ウォー著『大転落』)、トニィ・ラスト(同著『一握の塵』)もそう。」「12年ほど前にスティーヴン・パイルのBook of Heroic Failures が出版され、イギリスではすごい大ベストセラーになったけれど、アメリカでは全然あたらなかった。スティーヴンは僕に、アメリカでは失敗するということはジョークにならないのだと話してくれた。失敗というのはたとえばガンみたいなもので、ジョークにするというレベルの問題ではないんだ、と。でもイギリスではどういう訳か僕らは失敗というのが大好きだ。アーサーは、ストック・オプションも持っていないし、ウォーター・クーラーのところで両手を高くあげて相手の手のひらを叩いて挨拶したりしないから、アメリカ人にはとてもヒーローには見えないのかもしれない。でも、イギリス人にとっては彼はヒーローなんだ。彼はひどい目に遭い、そのことについて結構はっきりグチを言い、だからこそ僕らは彼に本当に共感できる――そして気を静めてお茶を飲む。まさに、僕たちそのものじゃないか!」なお、テレビ・ドラマ版でのアーサーは、最初から最後までずっと地球の自宅で愛用していたガウンを着たままでいるが、これはプロデューサーであるアラン・J・W・ベルのアイディア。アダムスは脚本の中で、宇宙船<黄金の心>号に乗り込んだアーサーに銀色のジャンプスーツを着せようとしたが、そのシーン丸ごと却下されてしまった。ベルいわく、「アーサーが他の人と違うのはずっとガウンを着ているからさ。銀色のジャンプスーツ姿じゃ『スター・ウォーズ』の連中と同じじゃないか」(Gaiman, p. 78)
その後、アーサー・デントと言えばガウン姿、はすっかり定着し、2005年の映画版でもこのスタイルは踏襲されたし、2009年10月11日にロンドンで開催された小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』30周年を祝うファンの集い Hitchcom'09 でも、ガウンを着たファンが大勢会場に詰めかけていた。
〈キャスト一覧〉
ラジオ・ドラマ(第1〜第5シリーズ) サイモン・ジョーンズ テレビ・ドラマ サイモン・ジョーンズ The Big Read サンジーヴ・バスカー 映画 マーティン・フリーマン
背丈は疑いをおこさせるほど高くはなく、顔立ちは人眼をひいたが、疑いをおこさせるほどハンサムではなかった。髪は針金のように剛くて、赤っぽく、オールバックになでつけている。肌は鼻のあたりからうしろへ引っぱられているみたいにつっぱっている。どこが風変わりなところがあったが、それがどこかを指摘するのは難しい。(『銀河ヒッチハイク・ガイド』、p. 17)
『銀河ヒッチハイク・ガイド』の遊軍記者で、取材に訪れた地球でアーサーと友達になるベテルギウス出身のエイリアンは、地球社会にとけこむために「ごく目立たない名前」として“フォード・プリーフェクト”という偽名を使う。
〈キャスト一覧〉
“フォード・プリーフェクト”とは、実際にイギリスで発売されたことのある車の名前である。「予備調査をケチったため」(『銀河ヒッチハイク・ガイド』、p. 17)そのことを知らなかったエイリアンは、車と同じ名前を選んでしまったが、同じくそんな車の存在を知らなかった多くのアメリカ人からは「パーフェクト(perfect)」のスペルミスでないかと誤解されてしまった。「監督生」を意味する 'prefect' という単語自体、アメリカでは馴染みが薄いようだ。
しかし、“フォード・プリーフェクト”が偽名であるからには、地球に来る前からの知り合いで、はとこのザフォド・ビーブルブロックスが、彼を一目見るなり「やあ、フォード」(同、p. 138)と呼びかけるのはおかしくはないか?
この疑問に対して、アダムスはこう答える。「簡単なことだよ。<黄金の心>号にたどりつく前に、彼は銀河命名局に公式に新しい名前を登録したんだ。そこの事務局が、古い名前を時空体から廃棄して、新しい名前を織り込んでくれた。こうして事実上彼の名前は過去でも現在でも未来でも、変わらずフォード・プリーフェクトとなった訳だ。一冊目の小説の脚注でこの説明を書いたのだけれど、とてもかったるいので省略させてもらった。」(original radio script, p. 50)
また、フォードというキャラクターについては、「フォードは、『ドクター・フー』への反動で出来た。言ってみれば、ドクターはいつも人類やら惑星やらを救おうと奔走して、たいていうまくやってのける。そこで僕は、フォード・プリーフェクトというキャラクターは、ことに巻き込まれて世界を災害か何かから救うか、あるいはパーティに行くか、どちらかを選べと言われたら、世界も、まあ世界なんてものに何か価値があるとしたところで、自分で自分の面倒くらいみられるだろうと考えて毎回パーティに行くほうを取るタイプの人間にしようと考えた。これが、フォードを書く出発点だった。特定の誰かをモデルにしたということはないが、後半のフォードの行動は(ラジオ・ドラマでフォード役を演じた)ジェフリー・マッギヴァーンがパブでやらかした過激な振る舞いを思い出して参考にした。」(Gaiman, p. 162)
そのジェフリー・マッギヴァーンも、アダムスやサイモン・ジョーンズ同様、ケンブリッジ大学のフットライツ出身で、彼らの後輩にあたる。ジェフリー・パーキンスに言わせれば、彼は「みっともない宇宙人、フォード・プリーフェクトそのもの」(同、p. 33)と賞賛したが、ラジオ・ドラマでの彼のいささか甲高い声は地声ではなく、わざと頭から抜けるような声を出して演じられた。
だが、残念ながらテレビ・ドラマ版ではデイヴィッド・ディクソンにフォード役を取られてしまった。テレビ・ドラマのプロデューサー、アラン・J・W・ベルによると、「ラジオ・ドラマの配役とそっくり同じにしたかったんだが、ときどき役者の声と容姿が噛み合っていないことがあった。たとえばフォード・プリーフェクトには、ちょっと異質な感じのする人が欲しかったけれど、ジェフリー・マッギヴァーンを見た時あまりにも普通人すぎると思ってしまった。フォードは人間であっても、少々ドキッとさせる要素はなくてはいけない。そこで他の人を捜すことにした。」(Gaiman, p. 80)
ラジオ・ドラマ(第1〜第5シリーズ) ジェフリー・マッギヴァーン テレビ・ドラマ デイヴィッド・ディクソン The Big Read スペンサー・ブラウン 映画 モス・デフ
Zaphod Beeblebrox ザフォド(ゼイフォード)・ビーブルブロックス
ザフォドを相手にしているとき、トリリアンに判断のつきかねることのひとつに、ザフォドの態度がある。人々の警戒心をとりさるために馬鹿を装うこともある。なにかを考えるのが嫌だから、人になにかをしてほしくないから馬鹿を装うこともある。何が起っているかまったくわかっていないという事実を覆いかくすために馬鹿のふりをすることもある。ほんとうに馬鹿のときもある。それを識別することが難しいのだ。彼はとても頭がいいことで有名だった。本当にそうなのだ――とはいえ、それが常に行動にでるとはかぎらない。彼は人を軽蔑するより、人に不思議がられるほうを好んだ。(『銀河ヒッチハイク・ガイド』、p. 130)
宇宙船<黄金の心>号を盗むために銀河帝国大統領に就任した、頭が二つで腕が三本のワースト・ドレッサーにして、汎銀河ウガイ薬バクダンの発明者。
〈キャスト一覧〉
このキャラクターの性格は、ジョニー・シンプソンというアダムスのケンブリッジ大学時代の知り合いがモデルとなっている。その知り合いは、自分がクールでリラックスしていると周りの人に思わせるために、いつも過剰なまでに陽気に振る舞い、じっと座っていることもできなかったという。もっとも、ザフォドが聡明にも馬鹿にもみえる、という設定はアダムス本人のことであるとのこと。「僕は時々自分は何て頭のいい奴なんだと思う反面、どうしてこうも飲み込みが悪くてトロくて鈍くて間抜けなんだろうとも思うことがある。僕個人としてはどうにもつまらないと思うのに、みんながすごく冴えていると言ってくれるようなものを、どうして書けるのか自分でも分からない。多分僕は精神分裂病なんだろうな」(Gaiman, pp. 167-168)
ラジオ・ドラマとテレビ・ドラマでザフォド役を演じたマーク・ウィング・デイヴィも、やはりケンブリッジ大学のフットライツ出身で、アダムスにとっては先輩にあたる。彼をザフォド役に起用するにあたっては、マーク・ウィング・デイヴィ本人は大学生の頃ヒッピーだったという評判のためだと思ったようだが、実際のところはテレビ・ドラマ 'The Glittering Prize' (これも元々は1950年代に書かれたフットライツの作品)で、彼が悪評判のトレンド大好きなテレビ・プロデューサー役を演じていたのを見て、アダムスがザフォド役にうってつけだと考えたというのが真相らしい。
しかし、計6話のラジオ・ドラマで準主役級の役を与えられたにもかかわらず、最初の時点で彼との契約は1話分についてのみ、続きは状況次第という形でなされたという。その理由について、ジェフリー・パーキンスいわく、「ザフォド役の役者としての彼の能力には何の疑問も持っていなかったんだが、ただ我々はまだ執筆中の脚本で製作をしているような状態だったから、一体どのキャラクターが次の放送分まで生き残るのかわからなかったんだ」。(original radio script, p. 50)
ザフォドですら、ラジオ・ドラマの1話分だけに登場して消えていく可能性があったというのだから、実際の製作が始まってからでさえ、いかに『銀河ヒッチハイク・ガイド』のストーリーラインが固まっていなかったかがよく分かる。だからこそ、後に数々のトラブルの元凶となった、ザフォドが二つの頭と三本の腕を持つという設定も、深く考えることなくその場の思いつきだけで書かれてしまったか、容易に想像できようというものだ。アダムスいわく、「頭が二つで腕が3本という設定は、ラジオ・ドラマでその場限りのジョークのつもりだった。これが後々どんな厄介を引き起こすことになるか分かっていたらと思うと……僕は、この余分な頭と余分な腕が一体何なのかについて山程説明したけれど、その説明はどれも互いに矛盾するものになってしまった。あるヴァージョンでは、生まれつき二つの頭を持っていたのだと言い、また別のヴァージョンでは後からくっつけたものだと言っている。スキーボクシングをする時に便利だという理由でつけたのだ、とどこかで言ったことさえある。そして、またここに問題が一つ、彼は地球にやってきた時にどうやって人から気付かれずにやり過ごすことができたのか? 初期のヴァージョンでアーサーは不可解気に、彼は頭は一つで腕は二本しかなく、自分のことをフィルと名乗っていたと言うが、僕自身はそのことについて本当は何の説明もしていない。コンピュータ・ゲーム版では実際にこの問題に取り組んで、ザフォドはパーティにいたのだが、そのパーティは実は仮装パーティで、彼は肩の上にオウムがいるのだと言わせることにした。オウムのためのカゴをのせ、その上にドレープをかけ、彼のもう一つの頭はドレープの下で 'Pretty Polly!' と鳴き続ける」(Gaiman, pp. 167-168)
なお、ラジオ・ドラマの第6話目では、大ピンチに陥ったザフォドが 'No problem. Pas de problem!' (original radio script, p. 115) と叫ぶが、これはザフォドのもう一つの頭はフランス語を話すということにしてはどうか、と考えたマーク・ウィング・デイヴィのアドリブによる。もっとも、このアイディアはそれっきり黙殺されてしまったが。
ともあれ、「頭が二つで腕が三本」という設定が一番問題になったのは、やはりテレビ・ドラマとして映像化された時だった。余分な腕の方は、ほとんど動かす必要がなかった(ラジオ・ドラマでも小説でも、実際にザフォドに三本の腕が必要とされる場面はほとんどない)ため、衣装か小道具のようにただつけただけ、どうしても動かす必要が生じた時だけ後ろから別の人が三本目の腕を演じることでケリがついた。問題は、もう一つの頭である。役者の肩に据え付けられた人造の頭は、ザフォド役のマーク・ウィング・デイヴィのギャラの2倍もの費用がかかったにもかかわらず、見るからに偽物臭く、ちっとも巧く作動しなかった。バッテリーがもたず、リハーサルを繰り返しているうちに切れて、いざ本番となると動かなくなることもしばしばで、結果としていかにもハリボテの、表情に乏しいものになってしまった。アダムスに言わせれば、「機械が繊細すぎたんだ。30秒間素晴らしい動きをしたかと思うと、ぶっ壊れるか動かなくなるかして、元通り動くようにするために1時間もかけて分解して組み立て直さなくちゃならない。でも僕らは1時間も待っていられなくて、できる限りのところで適当にごまかすしかなかったのさ」(Gaiman, p. 77)。おまけにそれを肩に担がされ続けたマーク・ウィング・デイヴィに言わせれば、この人造頭はまともに作動しないばかりかものすごーく重かったそうである。
ラジオ・ドラマ(第1〜第5シリーズ) マーク・ウィング・デイヴィ テレビ・ドラマ マーク・ウィング・デイヴィ 映画 サム・ロックウェル
肌の浅黒い、すらりとした人間型の少女で、黒くて長い髪はゆたかに波うち、歯はきれいに揃い、鼻はちょこんと小さく、瞳はこっけいなほど茶色かった。頭の赤いスカーフを珍しい形に結び、足元まである、茶色の絹の流れるような服を着ているので、彼女はちょっとアラビア人のように見えた。(『銀河ヒッチハイク・ガイド』、p. 57)
イズリントンの仮装パーティで出会ったザフォドにナンパされ、アーサーより一足先に地球を脱出した女の子。美しくてチャーミングなだけでなく、数学と天文学の学位をもっていたが、それでも地球にいた頃は失業中だった。
〈キャスト一覧〉
ラジオ・ドラマの最初の草稿では、この役は男性だった。それが女性に変わり、名前も最初は Smoodle 、次に Goophic になった。(original radio script, p. 115)
最終的にトリリアンという名前に落ち着いた理由について、アダムスはこう話す。「この名前を聞けば、みんなきっと『トリリアンね、この子はきっと異星人だな』と考えるだろう。そしてしばらくすると、これは彼女の本名トリシア・マクミラン(Tricia Macmillan)からきたニックネームだとわかる。ちょっとびっくりしないかい?」
トリリアンのキャラクターについては、「アーサー以外の地球の生き残りというのも使える、と思ったんだ。アーサーがそいつと普通の会話をすることができるようにね。そうしないと彼は完全に取り残されてしまうし、そうなると読者や視聴者も同じようにすっかり取り残されてしまう。誰かがアーサーがいかにも地球人的なことを言ったときに理解してやらねばならない、ということは誰か地球の生き残りが必要になる。でも実際には本当は必要なかった、なぜってその役割ならフォードでも果たせることが明白だったから。という訳で、トリリアンに関する一番の問題は、この役が不要だったという点にある。余計だったんだ。
彼女は他の連中ほど騒がしくないが、3冊目の小説の最後になってようやく日の目を見ることになる。彼女は残りの連中を束にしてよりもはるかに敏感で、洞察力があり、事態を把握し、実行に移すことができる。このことに遅まきながら焦点をあてることができて、嬉しく思う。みんないつも僕に質問するんだ、どうしてトリリアンはあんなに目立たないキャラクターなんだい、って。それは僕が彼女のことを本当に分かっていなかったからだろう。僕にとって女性はいずれにしろとても謎めいていて、彼女たちが何を望んでいるのかさっぱり分からない。それで僕は女性を書くときにはひどく神経質になるんだ、何かとんでもない間違いを書いているんじゃないかという気がしてね。男性が女性について書いたものを読むと、『この人、女ってものが全然分かってない』と思われがちだし、僕もこの分野に踏み込む時には緊張する。」(Gaiman, pp. 165-166)
おかげで、ラジオ・ドラマのトリリアンは印象の薄い、あたりさわりのない若いイギリス人女性に終わった。アダムスも認める通り、そういう役だったのだから仕方がない。なお、トリリアン役のスーザン・シェリダンについては、「トリリアンは変化に富んだ役では決してなかった。スーザンはこの役で主要なものは何も見つけられなかったが、それは彼女が悪いのはではなく僕のせいだ。演じる人が変われば、そのたびにそれぞれまったく別のトリリアンになっていただろう。それがこの役の弱点であり、僕としてはそう言うしかない」とのこと。(同, p. 36)
アダムスの言葉通り、演じる人が変わったテレビ・ドラマのトリリアンはまさに「まったく別のトリリアン」だった。演じたのはサンドラ・ディキンスン、小説版では黒髪のイギリス人と描写されたトリリアンが、テレビ・ドラマ版では金髪でハスキー・ボイスのアメリカ人になっている。
この大胆な配役について、プロデューサーのアラン・J・W・ベルのコメントは、「サンドラ・ディキンスンがトリリアン役を射止めるまでに、200人もの若い女性とインタビューしていた。でもどうもしっくりこなかったんだ。トリリアンを演じる女の子にはユーモアのセンスが必要がなくてはならない。そして、サンドラ・ディキンスンがやってきて、台本を読み、それまでオーディエンスにやってきたどの女性よりもユーモラスに演じてくれた。」一方アダムスはというと、「彼女は完璧な『イングリッシュ・ローズ』の声でやることもできたし、今となってはそのほうがよかったんじゃないかとも思う。でも、トリリアンの台詞をユーモアをこめて読み、キャラクターにいくらかでも生命を吹き込んでくれる人を見つけることができたことにほっとしたものだから、そのままの彼女で、何も変更せずにやってもらうことにしたんだ。」(同, pp. 80-81)
トリリアンの変遷はさらに続く。女性を書く自信がないと語ったアダムスが、初めて女性のキャラクターを(ほぼ)主役に据えた小説、The Long Dark Tea-Time of the Soul を発表するのが1988年、それから4年後の1992年に出版された『銀河ヒッチハイク・ガイド』シリーズ5作目の小説、『ほとんど無害』で、トリリアンは成功したジャーナリストとして活躍し、かつアーサー・デントの子供を産むに至る。このようなアダムスの心境の変化は、彼の私生活(The Long Dark Tea-Time of the Soul で献辞を捧げた女性と1991年11月に結婚)とも大いに関係がありそうだが、真相は不明。
もっとも、『ほとんど無害』にはこのトリリアンとはまた別の、「ザフォドの宇宙船に乗り損ねたトリシア・マクミラン」まで登場する以上、もはや単なる変遷では片付けるべきではないのかもしれない。アダムスの死後、2005年に製作・放送されたラジオ・ドラマ第5シリーズでは、トリリアン役をラジオ・ドラマのスーザン・シェリダンに、トリシア・マクミラン役をテレビ・ドラマのサンドラ・ディキンソンにキャスティングしている。
ラジオ・ドラマ(第1〜第5シリーズ) スーザン・シェリダン テレビ・ドラマ サンドラ・ディキンソン 映画 ズーイー・デシャネル
片隅にいたロボットの頭がぴくんともちあがった。が、かすかに頭を揺すっている。ロボットは五ポンドばかり体重が増えたかのように大儀そうに立ちあがった。第三者の眼には、部屋を横切るのにも雄々しい努力を重ねているように見えた。ロボットはトリリアンの前で停止した。彼女の左肩のあたりをじっと見つめているように見えた。
「わたしがいまとても落ちこんでいるのがおわかりになればいいんですがね」ロボットは言った。その声は低く、絶望的だった。(『銀河ヒッチハイク・ガイド』、p. 118)『銀河ヒッチハイク・ガイド』シリーズ一の人気者、鬱病ロボットのマーヴィンは、アダムスの友人のコメディ作家、アンドリュー・マーシャルをモデルにして書かれた。そのため、最初はロボットの名前もずばり「マーシャル」だったが、西部劇の登場人物みたいに聞こえるというジェフリー・パーキンスの指摘により、「マーヴィン」と改名された。
〈キャスト一覧〉
このキャラクターも、やはり最初はその場限りのアイディアとして終わるはずだった。あまり乗り気でなかったアダムスを説得し、マーヴィンを延命させたパーキンスの「読み」の確かさたるや、さすがに後年BBCコメディ部門のトップにまで出世するだけのことはある。
マーヴィンに命を吹き込んだもう一人の立役者が、声を担当したスティーヴン・ムーアだった(このキャスティングもパーキンスのアイディアらしい)。彼の声の演技については、パーキンスもアダムスも手放しで絶賛している。パーキンスいわく、「マーヴィンがレギュラーメンバーになれたのは、多分スティーブン・ムーアの素晴らしい演技のおかげだ」(original radio script, p. 50) 。
この人気にあやかって、1981年6月にはマーヴィン(に扮したムーア)が歌うシングルレコードがポリドールから発売された。タイトルは、'Marvin'/'Metal Man' 。イギリスのチャートで最高53位にまでのぼりつめ、チャートインした唯一のロボットとして英国ヒットシングルのギネス・ブックに認定されたとか。続いて1982年10月に2枚目のシングルレコード、'Reasons To Be Miserable'/'Marvin, I Love You' が発売されたが、こちらは75位どまりに終わる。どちらのレコードも、スティーヴン・ムーアと彼の旧友で音楽プロデューサーのジョン・シンクレアが企画立案したもので、アダムス自身は彼らに請われて意見やアイディアを伝えるにとどまり、レコードには「コンサルタント」としてクレジットされた。また、クリスマス・ソングという形で3枚目のレコードを出すという案もあったようだが、2作目の売れ行きが不振だったことから発売は見送られたらしい(Simpson, pp. 47-48)。
しかし、初めてマーヴィンの声がラジオから流れてから18年以上経った1997年、思いがけないかたちでまったく新しいマーヴィンの歌が誕生する。イギリスのロック・バンド、レディオヘッドのアルバム『OK コンピューター』に収録された、タイトルもずばり「パラノイド・アンドロイド」という曲は、鬱病ロボット、マーヴィン(Mavin the Paranoid Andoroid)をイメージして作られたとのこと。マーヴィンのファンは、まさに必聴である。
マーヴィンの声は決まった。では、マーヴィンの姿は?
ラジオ・ドラマの脚本執筆の段階では、アダムスの頭の中には確たるイメージはなかったようだ。その後の小説の中でも具体的な説明は乏しく、せいぜい「三角形に配置された、先端が平らになった赤い眼」(『銀河ヒッチハイク・ガイド』、p. 118)くらいである。ともあれ、足をひきずって歩いたり肩をもちあげたりという動作や、「みじめな様子の鋼鉄人間」(同、p. 122)といった描写から、人間に近い形の二足歩行のロボットであることだけは間違いない。
テレビ・ドラマとして映像化されることになった時、マーヴィンのデザインについてアダムスとプロデューサーのアラン・J・W・ベルの意見は真っ向から対立した。アダムスは、金色のレオタードを着た役者に演じさせようと提案したが、ベルは却下。「あの脚本がおもしろいのは、マーヴィンが落ちこんだブリキの箱だからだ。レオタード姿の役者がそれを演じたら、モロに役者に見えてしまうし、落ちこんでいる役者なんか珍しくも何ともない。それに、だいたい金色のロボットなら『スター・ウォーズ』に出ているじゃないか」(Gaiman, p. 80)
こうして出来上がったテレビ・ドラマ版のマーヴィンは、ベルの意向通りロボットというよりはまさに「ブリキの箱」だった。なるほど、あんな姿にされては「惑星一個ほどの脳の容量をもった」(『銀河ヒッチハイク・ガイド』、p. 123)マーヴィンならずとも落ちこみたくなるはずだ。聖咲奇の著作『電子頭脳映画史』の40ページにマーヴィンの写真が出ているので、アダムスの「金色のレオタード」案とどちらのほうがマシだったか、想像しながら見るのも楽しい。
私が思うに、当時のBBCの予算と技術を考えれば、ヘタなロボットよりは役者のほうがまだマシ、というのがアダムスの本音だったのではないか。だからこそ、彼は後のインタビューでこう語っている。「マーヴィンがどういう姿をしているのか、僕は今でもはっきりと掴んでいない。テレビ・ドラマ版のマーヴィンとは違うと思う。映画の脚本では、あれとは全然違った形で表現するつもりだ。マーヴィンはシルバーではなくて、ブラック・サーブ・ターボの色にしたい。角張っているんじゃなくて、ある種猫背っぽい感じが欲しい。そしてまた、彼はダイナミックで流れるような美しいデザインでもあるんだ。でもマーヴィン自身は自分ではそうは思っていないから、せっかくの見事なデザインもすっかりパア、みじめなロボットに見えてしまう。とことんみじめったらしいロボットにね。彼のみじめさは、彼の自分に対する態度からくるものであって、もともとのデザインのせいではないんだ。デザイン自体はあくまでピカピカのハイテク・ロボットなんだよ。」(Gaiman, p. 164)
映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』がアダムスの生前に実現されなかった以上、アダムスの考えるマーヴィン像に一番近いのは、1994年に発売された The Illustrated Hitch Hiker's Guide to the Galaxy だろうか。その見開きのページには、流線型のハイテク・ロボットのくせに、猫背でみじめったらしい感じのするマーヴィンが写っている。ただし、色はブラックではなくシルバーだが。
ラジオ・ドラマ(第1〜第5シリーズ) スティーヴン・ムーア テレビ・ドラマ スティーヴン・ムーア The Big Read ナイジェル・プレイナー 映画 ウォーウィック・デイビス 映画(声) アラン・リックマン
老人はアーサーを見た。悲しそうにみえた。
「よりにもよってずいぶん寒い夜に、この死んだ星においでになったものじゃな」
「あなたは……あなたはどなたです?」
老人は視線をそらした。再び、悲しみがその顔をよぎったようにみえた。
「わしの名など重要ではない」(『銀河ヒッチハイク・ガイド』、p. 196)伝説の惑星マグラシアで、注文制の惑星の製造に携わっていた老人。海岸線を設定するのが得意でフィヨルドづくりがライフワークだった。
スラーティバートファーストが悲しそうに見えるのは、銀河系の経済が後退したせいで惑星を注文するだけの金持ちがいなくなりマグラシアが冬眠状態に入ってしまったためではなく、単に彼が自分の名前を嫌っているためである。
アダムスいわく、「このキャラクターは、威厳があって、なおかつ人に知られぬ悲しみという重荷を背負っている老人にしようと思った。そして、この悲しみというのは、きっと彼の名前のせいだろうと考えた。そこで彼には、こんな名前をつけられたら誰だって悲しくなるような、そんな名前をつけることにした。可能な限りダサい響きで、なおかつ放送に耐えうるものでなくてはならない。という訳で、まずは絶対放送では使えないようなものから始めた――PHARTIPHUKBORLZ。そして、この単語の音節をいじくり回しているうちに、ダサくて、ほとんど当たり障りのない(しかし、まったく当たり障りがないとも言いきれぬ)名前になった。」(original radio script, p. 70)
このやたら長い名前は、スラーティバートファースト本人のみならず、ラジオ・ドラマの脚本をタイプさせられたジェフリー・パーキンスの秘書にも人知れぬ悲しみを与えることになった。ワープロやパソコンが当たり前の現在なら、どんなにややこしく長い単語でも、一度入力してしまえばあとは単語入力変換でもコピー&ペーストでも簡単にできる。しかし、このラジオ・ドラマの脚本が書かれた1978年当時に存在していたタイプライターでは、彼の台詞が出てくるたびに、いちいち"SLARTIBARTFAST: " と入力しなくてはならないのだ。そのくせこの名前、実際の台詞の中には「Slartibartfast」という名前はなかなか出てこない。なぜなら、スラーティバートファーストは自分の名前を名乗るのをいやがるから。「タイピストをからかったんだ」とアダムスは言う。「彼女はこの長くてヘンテコでタイプしにくい名前をさんざんタイプしなくちゃならないってのに、登場するや否やこの人物は、『わしの名など重要ではない』なんて言うんだからね。この台詞は、ただただジェフリーの秘書に向けて書いたんだ」(Gaiman, p. 165)
こんなヘンな名前をつけられてしまったものの、スラーティバートファーストは、実はアダムスのお気に入りのキャラクターである。しかし、もともとは『ドクター・フー』用のストーリーのプロットだったのを転用して書いた、『銀河ヒッチハイク・ガイド』シリーズ3冊目の小説『宇宙クリケット大戦争』で、ドクターの代わりに宇宙を救う役目にスラーティバートファーストを当てたのはミスキャストだったと認めているが。ところで、マグラシアに到着したアーサーは、スラーティバートファーストのエアカーに乗って惑星の中心部へと向かう。このエアカー、小説では「小型のホヴァークラフト」(『銀河ヒッチハイク・ガイド』、p. 196)と描写されているが、テレビ・ドラマ版では巨大な気泡に変更された。これはテレビ・ドラマのプロデューサー、アラン・J・W・ベルのアイディアで、アダムスとしては不本意だったらしい。ベルいわく、エアカーのままだと「『スター・ウォーズ』を観た人に、パクリだと思われるのがオチだから」とのこと。(Gaiman, p. 84)
〈キャスト一覧〉
ラジオ・ドラマ(第1〜第2シリーズ) リチャード・ヴァーノン ラジオ・ドラマ(第3シリーズ) リチャード・グリフィス テレビ・ドラマ リチャード・ヴァーノン The Big Read ロジャー・ロイド=パック 映画 ビル・ナイ