ラジオ・ドラマ版『銀河ヒッチハイク・ガイド』


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 1977年2月4日、アダムスはBBCラジオに勤める友人ジョン・ロイドの紹介で、サイモン・ブレットというプロデューサーと会った。
 ブレットは、アダムスやロイドよりも約10歳ほど年上で、1967年にBBCに入社、ラジオの軽演劇部門のプロデューサーとして活躍、1973年には最優秀ラジオ特別番組台本賞を受賞したこともある。それにひきかえ当時のアダムスは、グレアム・チャップマンとの共同製作もわずか18ヶ月で破綻し、投稿作品も不採用ばかり、借金をどうにかするためにボディガードのアルバイトにまで手を出す日々だった。だが、そんな無名のライターのアイディアに、ブレットは乗った。
 その日、アダムスとブレットのどちらが先にSFとコメディの融合というアイディアを口にしたのかは定かではない。アダムスはブレットが先だといい、ブレットはアダムスが先だという。いずれにせよ、二人はSFコメディのラジオ番組を作るということで意気投合し、アダムスは第1話のアウトラインの3ページのタイプ原稿にまとめてBBCに提出することになる。
 こうして、『銀河ヒッチハイク・ガイド』の歴史は始まった。

 とは言え、最初の予定では、アダムスは全6話の番組を、6つの異なった話をオムニバス形式でまとめるつもりでいた。テーマは「地球の最期」。要するに、毎回違う理由と状況で地球が崩壊するというもの。アダムスいわく、「当時の僕は世の中に少しばかり不満を抱いていたので」("A Guide to the Guide", p. 8)。
  しかし、第1話目のプロット(地球は新しい亜空間高速道路を造るために壊される)をまとめているうちに、語り手役として異星人の役が必要になった。となると、今度はその異星人が何のために地球に来ているのか、その理由を考え出さねばならない。その時、アダムスは不意に、かつて無一文のヒッチハイカーだった自分がインスブルックの原っぱで酔っ払ってひっくり返っていた時に考えた、『銀河ヒッチハイク・ガイド』というタイトルを思い出した。そう、この異星人は、『ガイド』のための取材で地球を訪れたのだということにしよう――このアイディアはどんどん膨らんで、たちまちオムニバス版「地球の最期」のプロットを押しのけてしまった。こうして新たに書き始められたのが、『銀河ヒッチハイク・ガイド』の骨子となる3ページのアウトラインだった。
 このアウトラインを元に、1977年3月1日にBBCが試作を許可し、4月4日にアダムスは第1話の脚本を脱稿する。プロデューサーは勿論サイモン・ブレット。この時の試作は、後の本作とほとんど変わらないくらいの完成度だったという。
 ところが、試作は完成したものの、いつまでたっても実製作の許可が出ない。BBCの上役たちがタイミング悪く夏休みに入ってしまったせいらしいが、その間一銭の収入もないアダムスは、この試作脚本をテレビ・ドラマ『ドクター・フー』の脚本編集者に送り、その方面で仕事を貰えないか打診している。
 1977年8月31日、ようやくBBCは、6話完結のラジオ・ドラマ製作に許可を出した。しかし、この時には既に肝心のサイモン・ブレットはBBCからウィークエンド・テレビジョンに移ってしまっていた。ブレットが自分の後任に指名したのは、ブレットと同じオックスフォード大学出身で、当時は弱冠25歳の最年少プロデューサー、ジェフリー・パーキンス
 ある意味で、ブレットが『銀河ヒッチハイク・ガイド』に対して為した最大の功績は、アダムスに執筆のチャンスを与えたことではなく、この人選ではなかったかと思う。パーキンスの手腕と才能は、後にBBCコメディ部門のトップにまで登り詰める輝かしいキャリアが何よりも雄弁に証明しているが、1977年の時点ではアダムスもパーキンスもロクにラジオ・ドラマ製作の経験も知識もない、ただの新人ライターと新人プロデューサーだった。だが、お互いが五里霧中だったからこそ、却ってお互いがお互いを信頼し、自分たちにできうる限り最上のものを作ろうと知恵を出し合うことができたとも言える。アダムスはパーキンスを、「完全主義者」(Gaiman, p. 31)で脚本を書いている最中に内容について話し合うことのできる唯一の人だと言い、パーキンスはパーキンスで、脚本家であるアダムスが本来はプロデューサーの仕事であるはずのキャスティングや演技指導、効果音の使い方等について口を出しても、そのほうが良いと思えば快く一からやり直しにかかった。もしプロデューサーがサイモン・ブレットのままだったとしたら、果たしてアダムスはベテラン・プロデューサー相手にそこまで腹蔵なく意見することができただろうか? たとえアダムスが言ったとしても、ブレットのほうでそれをすんなりと受け入れることができただろうか?
 たとえば、ラジオ・ドラマ『銀河ヒッチハイク・ガイド』の製作においてアダムスがイメージしたのは、「ロック・アルバム」だった。「『サージェント・ペッパー』がロック界においてサウンド・プロダクションというものの考え方に革命を起こしてから10年経っても、当時のラジオのコメディ番組は相変わらず、ドアがバタンという音A、ドアのバタンという音B、砂利道を歩く音、おかしなブーという音、というレベルから進化していないように僕には思えた。これじゃあまりにも想像力がなさすぎる。(略)しかし、長年の規則はいつかは破られるべきものだし、そして僕は『銀河ヒッチハイク・ガイド』をロック・アルバムのような音にしたいと思っていた。役者の声と効果音と音楽が継ぎ目なく編み上げられ、一貫性のある一つの世界像を創り出すようにしたかった。――というようなことを、僕がああでもないこうでもないと手を振り回しながら話していると、みんな辛抱強く頷きながら聴いてくれた挙げ句、こう言うんだ。『で、ダグラス、実際のところそりゃ一体何の話なんだ?』と。」("Where do you get all your ideas from?", p. 14)
 ともあれ、ジェフリー・パーキンスにはアダムスの意図が理解できた。
 ロック・アルバムのようなラジオ・ドラマを生み出すべく、彼らは当時の製作の常識からはかけ離れた手段を取る。その頃まで、ラジオのコメディ番組と言えば、出演者は午後にリハーサルをして、夜にプレス関係者もまじえた観客の前で演じて公開録音をし、実際の放送日の前日に編集して仕上げるのが普通だった。マスコミへの宣伝に加えて、視聴者の反応も分かるし、また口コミの効果も稼ぐことができて一石三鳥という訳だ。しかし、『銀河ヒッチハイク・ガイド』の場合、役者は一人一人ばらばらに呼ばれ、それぞれに自分のセリフだけを読み上げて、帰る。こうして集めた素材を、後でパーキンスらが切ったり貼ったりのテープ操作をして完成させる。現在ではごく普通に行われている工程だが、デジタルの波もまだ届かない1977年ではこれは極めて異例のことだった。このため、通常の前宣伝が一切できなくなってしまったが、ロボットはロボットらしい声、はつかねずみははつかねずみらしい声に加工するためだけでなく、それぞれのセリフを音響効果にぴたりと合わせるためにも、そうするしかなかった。
 そのくせスタッフは機械に不馴れで、最初は特殊効果の作り方もマルチ・トラックの録音方法も知らないという有様だったが、「ジェフリーと私と音響技師たちが地下のスタジオに何週間もぶっ続けでこもりきりとなり、たった一つの音響効果を作るのに、他の人なら全シリーズを録音し終えてしまうだけの時間をかけてしまった(そしてそうするために他の全員のスタジオ使用時間を奪ってしまった)という報告は、全て力強く否定されてきたけれど、実はまごうことなき真実である。」("A Guide to the Guide", p. 9)
 一方で、別の問題も持ち上がっていた。先に書いた通り、アダムスは仕事欲しさに『銀河ヒッチハイク・ガイド』の試作脚本を『ドクター・フー』の脚本編集者に送っていたが、『銀河ヒッチハイク・ガイド』の製作許可が出てアダムスがその脚本執筆にとりかかったほんの数日後に、今度は『ドクター・フー』からも仕事の依頼が届いたのである。その結果、『銀河ヒッチハイク・ガイド』の第4話まで書き上げた時点で、『ドクター・フー』の4回分のエピソード(The Pirate Planet)を書き上げねばならなくなった。
 突然訪れた二重の締め切りに、アダムスは「言葉を使い果たしてしまった」(Gaiman, p. 33)。そこで、彼は友人ジョン・ロイドに助けを求める。ロイドはこれに快く応じ、それまで自分自身のSFの本のために書き溜めていた手持ちのアイディアを提供した。宇宙の果てのレストランの駐車場からホットブラック・デザイアトの宇宙船を盗み出す場面で登場する「文明の三段階発展説」などが、ロイドのアイディアだったらしい。二人の共同執筆というかたちでどうにか最後の2話が完成し、そしてついに1978年3月8日水曜日午後10時半、BBCラジオ4より記念すべき第1話の放送が始まった。
 馴染みの薄いSFという題材の上、何の前宣伝もなく、放送局の外で聴いている人は果たして一人でもいるのだろうかと訝んだとアダムスは言う。しかし、聴いている人はやはりいて、放送開始から2週間後にはBBCにファンレターが届き、アダムスを安堵させた。そして、第6話が放送させる頃には口コミで広まった噂が既にカルトの域に達しており、6つの出版社と2つのレコード会社から電話が入る。
 最初の出版社から電話があった日、アダムスとロイドはシャンパンを買いに行った。
 1979年に開かれた世界SF大会では、ラジオ・ドラマ『銀河ヒッチハイク・ガイド』はヒューゴー賞ドラマ部門の第2位に輝いている。『銀河ヒッチハイク・ガイド』がアメリカに渡るのが1980年以降のことであることを考えれば、これはかなりの快挙と言えよう。ちなみに第1位になったのは映画『スーパーマン』だったが、その年のSF大会の開催地がイギリスのブライトンだったため、賞が告げられると一斉にブーイングが飛んだ。トロフィーを受け取ったクリストファー・リーヴスが賞は決定済みであることをアピールしてもなお、会場中で非難の声が収まらなかったという(なお、第3位は映画『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち』だった)。

 ラジオ・ドラマ版『銀河ヒッチハイク・ガイド』は、1978年3月8日から週に1回のペースで放送された計6話分を第1シリーズ(the Primary Phase)といい、1978年12月24日に単発で放送された第7話と、1980年1月21日から5日連続で放送された第8話から12話の6話分を合わせて第2シリーズ(the Secondary Phase)という。
 第1シリーズの大成功を受けて、当然続編の企画が持ち上がった。一話限りの続編として書かれた第7話は、放送日の関係で「クリスマス・スペシャル」と呼ばれるが、話の内容はクリスマスとは何の関係もない。
 翌年の1979年になって、アダムスは正式にシリーズ続編の執筆に同意する。前作同様、プロデューサーはジェフリー・パーキンスが務め、5月19日から収録が始まった。
 放送予定日は、半年以上先の1980年1月である。いくら5日連続での放送と言っても、製作にかける時間は十二分にあるはずだった。しかし、肝心のアダムスの脚本が出来上がらない。
 当時のアダムスは10月まで小説版『銀河ヒッチハイク・ガイド』の執筆に時間をとられ、『ドクター・フー』の脚本編集者の仕事もあり、その上さらにBBCラジオのプロデューサーまで兼任していた。他に何の仕事もなく、脚本執筆に専念していられた第1シリーズの最初の4話分さえ、9ヶ月もかかっているのだ。おまけに、無名の一ライターだった時と違って、この続編には世間もBBCも大いに注目している。これまでにはなかったプレッシャーで、アダムスの筆はますます遅くなった。
 放送予定日が近づくにつれ、脚本完成と収録と放送開始の時差はどんどん縮まっていった。第8話の収録が5月、第9話が11月、第10話が12月。そして残る第11話と12話は1月に入ってから収録され、特に最終話の第12話ともなると、スタジオでアダムスがページを書き上げるごとにその場で録音、放送時間ぎりぎりにようやく完成したという。
 その結果、第1シリーズであれほどこだわった音響も粗雑なものにならざるを得ず、内容は散漫で締まりのないものとなった。後の小説化において、この第2シリーズのプロットの大半は破棄されてしまい、そのため今では数多い『銀河ヒッチハイク・ガイド』のヴァリエーションの中でも、すっかり影の薄いものとなっている。ただし、「靴の事象の地平線」や「総合認識渦動化装置」といったアイディアの一部は、簡潔に書き直されて小説『宇宙の果てのレストラン』の中で再利用されている。


 1978年に放送されたラジオ・ドラマを聴いてみたいと思うなら、今ならカセット・ブックやCDの形で販売されているから簡単だ。インターネットのおかげで注文も簡単。イギリスのアマゾン・ドット・コムのページにいって、「adams, douglas」と検索するだけで済む。ただし、同じカセット・ブックでも、「ラジオ・ドラマ」を買うつもりで「小説版の朗読」を注文しないよう気をつけて。朗読は朗読でおもしろいけれども。
 また、同じラジオ・ドラマでも、イギリスで現在販売されているのはラジオで放送されたものをそのままカセットなりCDに録音したもので、実際に聴いてみると少々冗長で、その上ストーリーもラジオ・ドラマの後に書かれた小説版等と食い違う点が多いため、面喰らう向きもあるかもしれない。
 それに比べて、ラジオ・ドラマの「完全版」が出るより前に、ラジオ・ドラマのプロデューサー自らが再録音・再編集を手掛けたレコード、The Hitch-Hiker's Guide to the GalaxyThe Restraurant at the End of the Universe(CDではない。そういう時代だったのだ)が発売されていて、当然こちらの方がずっと聴きやすい。と言いたいところだが、私はこのレコードを持っていない。持っていないが、「どうやらこのレコードをカセット・ブックにしたらしい」と思われるカセット・ブックなら持っている。同じタイトルで、Simon & Shuster Audiowork (こちらはイギリスではなくてアメリカ産。ややこしい)から発売されており、表紙には "BASED ON THE ORIGINAL BBC RADIO PRODUCTION" とまで書かれているから九分九厘間違いないだろう。私の耳で聴く限り、役者の声も同じだし。


 1985年には、ラジオ・ドラマの脚本 The Hitch-Hiker's Guide to the Galaxy: the original radio script も発売された。プロデューサーのジェフリー・パーキンスによる序文と詳細な脚注(アダムスが書いた箇所もある)は読み応え十分なので、興味のある方は、是非お試しあれ。


第1回放送日

第1シリーズ

1 1978.3.8
2 1978.3.15
3 1978.3.22
4 1978.3.29
5 1978.4.5
6 1978.4.12

第2シリーズ

7 1978.12.24 (クリスマス・スペシャル)
8 1980.1.21
9 1980.1.22
10 1980.1.23
11 1980.1.24
12 1980.1.25

第3シリーズ

13 2004.9.21
14 2004.9.28
15 2004.10.5
16 2004.10.12
17 2004.10.19
18 2004.10.26

第4シリーズ

19 2005.5.3
20 2005.5.10
21 2005.5.17
22 2005.5.24

第5シリーズ

23 2005.5.31
24 2005.6.7
25 2005.6.14
26 2005.6.21

第6シリーズ

27 2018.3.8
28 2018.3.15
29 2018.3.22
30 2018.3.29
31 2018.4.5
32 2018.4.12


キャスト一覧(第1・第2シリーズ) 第3シリーズの配役についてはこちらへ

THE BOOK Peter Jones
ARTHUR DENT Simon Jones
FORD PREFECT Geoffrey McGivern
PROSSER and PROSTETNIC VOGON JELTZ Bill Wallis
LADY CYNTHIA FITZMELTON Jo Kendall
THE BARMAN David Gooderson
EDDIE THE COMPUTER AND THE VOGON GUARD David Tate
MARVIN, THE PARANOID ANDROID Stephen Moore
ZAPHOD BEEBLEBROX Mark Wing-Davey
TRILLIAN Susan Sheridan
SLARTIBARTFAST Richard Vernon 
DEEP THOUGHT Geoffrey McGivern
MAJEIKTHISE AND THE CHEERLEADER Jonathan Adams
FIRST COMPUTER PROGRAMMER and BANG BANG Ray Hassett
SECOND COMPUTER PROGRAMMER Jeremy Browne
VROOMFONDEL and SHOOTY Jim Broadbent
FRANKIE MOUSE Peter Hawkins
BENJI MOUSE David Tate
GARKBIT THE WAITER and ZARQUON THE PROPHET Anthony Sharp
MAX QUORDLEPLEEN Roy Hudd
'B' ARK NUMBER TWO, HAGGUNENONN UNDERFLEET COMMANDER and HAIRDRESSER Aubrey Woods
'B' ARK NUMER ONE AND MANAGEMENT CONSULTANT Jonathan Cecil
CAPTAIN and THE CAVEMAN David Jason
MARKETING GIRL Beth Porter
GAG HALFRUNT Stephen Moore
ARCTURAN NUMBER ONE Bill Paterson
ARCTURAN CAPTAIN, RADIO VOICE, RECEPTIONIST, and LIFT David Tate
FROGSTAR ROBOT and AIR TRAFFIC CONTOROLLER Geoffrey McGivern
ROOSTA Alan Ford
FROGSTAR PRISON RELATION OFFICER David Tate
GARGRA VARR Valentine Dyall
THE VENTILATION SYSTEM Geoffrey McGivern
THE NUTRIMAT MACHINE Leueen Willoughby
ZAPHOD BEEBLEBROX THE FOURTH Richard Goolden
BIRD ONE Ronald Baddiley
BIRD TWO and THE FOOTWARRIOR John Baddeley
THE WISE OLD BIRD John Le Mesurier
LINTILLA (AND HER CLONES) Rula Lenska
THE FILM COMMENTATOR and THE COMPUTEACH David Tate
THE PUPIL Stephen Moore
HIG HURTENFLURST Mark Smith
VARBTVAR THE PRIEST Geoffrey McGivern
THE ALLITNILS David Tate
POODOO Ken Campbell
AIRLINE STEWADESS Rula Lenska
AUTOPILOT and ZARNIWOOP Jonathan Price
THE MAN IN THE SHACK Stephen Moore

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