関連人物一覧 -B-
Bailey, Christopher クリストファー・ベイリー Baker, Tom トム・ベイカー Banks, Iain イアン・バンクス Barry, Dave デイヴ・バリー Bayley, Barrington J. バリントン・J・ベイリー Bell, Alan J. W. アラン・J・W・ベル Biggerstaff, Sean ショーン・ビガースタッフ Bloch, Spencer J. スペンサー・ブロック Boyd, Billy ビリー・ボイド Bragg, Melvyn メルヴィン・ブラッグ Brett, Simon サイモン・ブレット Brin, David デイヴィッド・ブリン Broadbent, Jim ジム・ブロードベント Brookmyre, Christopher クリストファー・ブルックマイア Bywater, Michael マイケル・バイウォーター
Bailey, Christopher クリストファー・ベイリー
イギリスの脚本家。テレビ・ドラマ『ドクター・フー』の脚本、'Kinda'
(1982年2月)およびその続編 'Snakedance' (1983年1月)を書き、1981年8月のインタビューで、「SFを笑いものにして利口ぶったりする、ダグラス・アダムスの一派には賛同できない。実際のところは、ものすごく高度なテーマを取り扱ったSF小説が、世界中で数百万もの人たちに読まれている訳だからね。(略)そういう読者も、『ドクター・フー』の視聴者たりうるんじゃないかと思う。(略)アーシュラ・K・グィンのような作家に目を向ければ、彼らがいかに最新のアイディアを取り上げているか分かる。SF小説におけるガジェッド派なんて、30年も前に終わっている――あんなの、50年代の代物だね」(Tulloch,
p. 54)と語った。
その彼が書いたエピソード、'Kinda' と'Snakedance' は、アーシュラ・K・グィンのSF小説『世界の合言葉は森』を下敷きに、ベイリーの仏教に関する知識なども盛り込んだ文学性の強い作品に仕上がっているらしい。私は未見なのでこれらの作品を評価することはできないが、1982年9月にシドニーにあるマッコーリ大学のSFファンにアダムスが脚本を手掛けた
'City of Death'
とベイリーの 'Kinda' の両方を見せ、グループ・インタビューを行ったところ、'City of Death' が高い評価を受けたのに対し、'Kinda'
に対しては古臭いとか安っぽいといった否定的な意見が多かった、という実に皮肉な結果となった(同, pp. 60-61)。
イギリスの俳優。アダムスがテレビ・ドラマ『ドクター・フー』の脚本の仕事をしていた時、4代目ドクターを務めていた。そのため、アダムスが脚本を担当したすべてのエピソードで彼がドクター役だったが、その中の1本、Shada
は撮影はされたものの、BBCのストライキのせいで放送されずじまいに終わった。ただし、このエピソードの中で、ドクター役のトム・ベイカーとロマーナ役のララ・ウォードがケンブリッジ大学そばのケム河でボートに乗っているシーンだけは、『ドクター・フー』の20周年特別記念番組、The
Five Doctors の中で放送され、1992年にはビデオ発売もされている。
トム・ベイカーはリヴァプール生まれ。舞台俳優としてナショナル・シアターに出演した後、1971年に『ニコライとアレクサンドラ』で映画デビュー。1974年から1981年まで7年に亘って『ドクター・フー』のドクター役を務め、高い人気を誇る。1980年には共演者のララ・ウォードと結婚したが、わずか16ヶ月で離婚した。最近では、2002年から放送が始まった人気コメディ番組『リトル・ブリテン』のナレーター役としても知られる。また、俳優業のみならず、ホラー・ファンタジー小説『ブタをけっとばした少年』の著者としての顔も持つ。
アダムスはベイカーより一足早く1980年1月には『ドクター・フー』の仕事から離れてしまったが、その後も二人の交友関係は続いていたようで、ベイカーはアダムスの自宅で開かれたパーティに招かれていた。また、1990年9月20日に放送されたアダムス企画のドキュメンタリー番組『ハイパーランド』では、「ソフトウェア・エージェント」役で出演している。
イギリスの小説家。第2作目の小説、Walking on Glass のプロットに、アダムスの作品を取り込んでいる。が、アダムスのほうはバンクスの本を最後まで読み通したことがないらしい。(Hitchhiker,
p.139)
スコットランド・ファイフ生まれ。スターリング大学卒業後、ブリティッシュ・スチール社やIBMでの勤務を経て、1984年に長編小説『蜂工場』を発表、作家としてデビューした。SF、ミステリーなど、幅広い分野の小説を発表し、イギリスではベストセラーリストに常連の、人気作家の一人である。映画『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』に、エキストラとして出演したこともあるとか。
主な著作は以下の通り。(*は、イアン・M・バンクス名義で書かれた作品。SF小説は、この名義で書くことにしているらしい)
The Wasp Factory (1984) 『蜂工場』 集英社文庫 1988年
Walking on Glass (1985)
The Bridge (1986)
Consider Phlebas (1987)*
Espedair Street (1987) 『エスペデア・ストリート』 角川文庫 2001年
The Player of Games (1988)* 『ゲーム・プレイヤー』 角川文庫 1988年
The State of the Art (1989)*
Canal Dreams (1989)
Use of Weapons (1990)*
The State of the Art (1991)*
The Crow Road (1992)
Against a Dark Background (1993)*
Complicity (1993) 『共鳴』 早川書房 1996年
Feersum Endjinn (1994) 『フィアサム・エンジン』 早川書房 1997年
Whit or Isis amongst the Unsaved (1995) 『秘密』 早川書房 1996年
アメリカのコラムニスト。アダムスは、読んで笑える作家の一人としてP・G・ウッドハウスやジェーン・オースティンらと共にバリーの名前も挙げていた。そしてバリーもまた、『銀河ヒッチハイク・ガイド』25周年を記念して出版された
The Hitchhiker's Guide to the Galaxy: 25th Anniversary Edition
に、アダムスに取材した時のことについて一言コメントを寄せている。
とは言え、実際のところバリーとアダムスの間にどのくらい親交もしくは接点があったのかはよく分からない。ただ、1992年にマイアミで開催された
American Booksellers' Association Conference で、アダムスが作家ケン・フォレットと組んで前座として演奏した際には、バリーはメイン・バンド、ロック・ボトム・リメイダーズ(the
Rock Bottom Remainders)でリードギターを務めていたことや、マイケル・バイウォーターと電子メールをやりとりする仲だった(「マイケル・バイウォーターというイギリスの作家に電子メッセージを送ろうとしたことがある。マイケルと知り合ったのは、本の宣伝ツアーでロンドンへ行ったときだ。わたしたちはとてもウマが合った。経済や社会や政治の重要問題について基本的な見解を共有していたからでもあるが、ふたりともその時点で大量のビールを消費していたからでもある」『デイヴ・バリーの笑えるコンピュータ』、p.
140)ことを考えると、少なくともニアミス程度の接点はあったと思われる。
バリーは多くのコラムやエッセイを発表するかたわら、1988年には、『マイアミ・ヘラルド』紙に連載したユーモラスなコラムでピュリッツァー賞を受賞した。ノンフィクションのみならず小説も手掛け、中でも『ビッグ・トラブル』は2002年に映画化されている。
主な著作は以下の通り(* は小説作品)。
The Taming of the Screw (1983)
Babies and Other Hazards of Sex: How to Make a Tiny Person in Only 9 Months With Tools You Probably Have Around the Home (1984)
Stay Fit and Healthy Until You're Dead (1985)
Claw Your Way to the Top: How to Become the Head of a Major Corporation in Roughly a Week (1986)
Dave Barry's Guide to Marriage and/or Sex (1987)
Homes and Other Black Holes (1988)
Dave Barry Slept Here: A Sort of History of the United States (1989) 『デイヴ・バリーのアメリカを笑う』 集英社 1995年
Dave Barry Turns 40 (1990) 『デイヴ・バリーの40歳になったら』 集英社 1992年
Dave Barry's Only Travel Guide You'll Ever Need (1991)
Dave Barry Does Japan (1992) 『デイヴ・バリーの日本を笑う』 集英社 1994年
Dave Barry's Gift Guide to End All Gift Guides (1994)
Dave Barry's Complete Guide to Guys (1996)
Dave Barry in Cyberspace (1996) 『デイヴ・バリーの笑えるコンピュータ』 草思社 1998年
Dave Barry's Book of Bad Songs (1997)
Dave Barry Turns 50 (1998)
Big Trouble (1999)* 『ビッグ・トラブル』 新潮文庫 2001年
Dave Barry Hits Below the Beltway: A Vicious and Unprovoked Attack on Our Most Cherished Political Institutions (2001)
Tricky Business (2002)*
Dave Barry's Money Secrets (2006)
The Shepherd, the Angel, and Walter the Christmas Miracle Dog (2006)*
Bayley, Barrington J. バリントン・J・ベイリー 1937-
イギリスのSF作家。1970年代〈ワイドスクリーン・バロック〉の代表的作家でもある。
アダムスと同時代の作家とは言え、アダムスがベイリーを読んでいる可能性は低いが、ベイリーがアダムスを読んでいる可能性はある。しかし、私個人の意見としてはベイリーがアダムスに感化されたとは思えない。ただ、British
Book News (June, 1985, p.329) に掲載されたベイリーの『禅銃』(The Zen Gun,
1983)の書評の中に以下のような記載があったので、参考までに引用する。
The Interstellar taxmen, the militarist animals, even the Zen Gun itself (which is made of wood and can puncture the universe), all suggest a comedy, a burlesque of space fiction after the manner of Douglas Adams's Hitch Hiker's Guide to the Galaxy (Pan, 1979). Bayley, however, is not joking.
テレビ・ドラマ版『銀河ヒッチハイク・ガイド』のディレクター兼プロデューサー。
その他の代表作には、テリー・ジョーンズとマイケル・パリン主演の『リッピング・ヤーン』など。
Biggerstaff, Sean ショーン・ビガースタッフ 1983.3.15-
イギリスの俳優。アダムスが書いた『ドクター・フー』の幻のエピソード、Shada が2002年にオーディオ・ドラマ化されることになった時に、声優として大学生のクリス・パーソンズ役を務めた。
ビガースタッフを起用することに決めた理由として、監督のニコラス・ペッグはBBCのサイトに掲載されたインタビューの中でこう語っている。「役柄に近い年齢だったということもあるけれど、彼の声はポール・マッガンのメロウな声と良いコントラストを生むと思ったんだ。何しろクリスはストーリーのかなりの部分でドクターと行動を共にするから、こういうコントラストがあったほうが聴き手にはわかりやすいし、味わいも深まる」。
一方のビガースタッフは、実はダグラス・アダムスの熱心なファンで、Shada
の仕事は脚本を書いたのがアダムスだというだけの理由で迷わず引き受けたという。12歳の時に初めて『銀河ヒッチハイク・ガイド』を読んで以来、『銀河ヒッチハイク・ガイド』は少なくとも年に一度は読み返しているのだとか。
グラスゴー生まれ。アラン・リックマンに見出され、リックマンが監督した映画『ウインター・ゲスト』(1997年)に出演した。続いて『ハリー・ポッターと賢者の石』(2001年)『ハリー・ポッターと秘密の部屋』(2002年)でオリバー・ウッド役を演じている。最新作の『フローズン・タイム』(2006年)では主役を務めた。
Bloch, Spencer J. スペンサー・ブロック 1944.5.22-
アメリカ人の数学者。数学者や数学史など、数学にまつわる記事やエッセイを掲載する専門雑誌、The Mathematical Intelligencer に、モーデル予想の証明に関する文章を寄稿し、その中で『銀河ヒッチハイク・ガイド』を引用した。この文章は、後に Mathematical Conversations のタイトルで2001年に出版された本の中に再録され、2006年には『数学を語ろう! 2 代数・数論・数学史篇』のタイトルで翻訳されている。
大ざっぱにいうと,代数曲線というのは方程式∫(x, y) = 0 の解でKを含むような体に価を持つものすべての集合のことをいう.実際には,この言い方はいくつかの点で修正が必要である.一つには,この解の集合には「無限遠点」が含まれていない.無限遠に潜んでいる悪鬼の輩たちを見えないままにしておくのを避けるために(『ヒッチ・ハイクをする人たちへの銀河系への道案内』(The Hitchhiker's Guide to the Galaxy)1参照),射影空間を導入しよう.射影的 n-空間というのは,次元が n + 1 の線形空間の原点を通る直線全体の集合である.(p. 88)
なお、同じページに、「1 [訳注]邦訳は『銀河ヒッチハイク・ガイド』(安原和見訳,河出書房新社,2005)」との脚注がついている。にもかかわらず、どうして本文中では『ヒッチ・ハイクをする人たちへの銀河系への道案内』と訳出されたのかよく分からない。いや、そもそも「無限遠に潜んでいる悪鬼の輩たちを見えないままにしておくのを避ける」という言葉が、『銀河ヒッチハイク・ガイド』の一体どこに呼応しているのかさえ私には分からないのだが。
ブロックはニューヨーク生まれ。ハーバード大学で学位を取り、コロンビア大学で博士号取得。プリンストン大学、ミシガン大学に勤めた後、シカゴ大学で教授に就任している。
Boyd, Billy ビリー・ボイド 1968.6.28-
イギリスの俳優。ラジオ・ドラマ版『ダーク・ジェントリー』で、リチャード・マクダフ役を務める。
グラスゴー生まれ。ロイヤル・スコティッシュ・アカデミー・オブ・ミュージック&ドラマを卒業し、数々の舞台を踏んだ後、映画『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズにピピン役で出演して一躍その名を知られるようになった。その他の映画出演作は、『マスター・アンド・コマンダー』(2003年)『チャイルド・プレイ/チャッキーの種』(2004年)など。
Bragg, Melvyn メルヴィン・ブラッグ 1939.10.6-
イギリスの作家で、テレビやラジオのキャスターとしても活躍している。アダムスとは個人的に親交があったようで、ダンカン・テラスの自宅でアダムスが開いたホームパーティに招待され、ベン・エルトンらと語り合ったこともあったという(Webb,
p. 180)。
カンブリア州ウィグトン生まれ。オックスフォード大学で歴史を学び、その後はテレビ・ラジオの世界で放送作家・プレゼンターとして活躍する。そのかたわら、映画『裸足のイサドラ』(1968年)、『恋人たちの曲/悲愴』(1970年)、『ジーザス・クライスト・スーパースター』(1973年)の脚本執筆に携わり、また小説家としても多くの作品を出版し、1999年の
The Soldier's Return ではW・H・スミス文学賞を受賞した。1998年には一代貴族の叙勲を受けている。
残念ながら現在までのところブラッグの小説は日本語には翻訳されていないが、彼がBBCラジオ4で10年に亘りホスト役を務めた討論番組「スタート・ザ・ウィーク」を基に書いた『巨人の肩に乗って』や、英語の歴史を辿ったBBCのテレビ・シリーズを本にした『英語の冒険』なら読むことができる(なお、テレビ番組についても、2006年に『英語の冒険:壮大な波乱万丈の冒険物語』のタイトルでDVDが発売された)。ブラッグとアダムスが知り合ったきっかけは分からないが、この2冊を読む限り、彼らが出会って意気投合したとしても不思議はない。
Brett, Simon サイモン・ブレット 1945-
イギリスの推理小説家。BBCのプロデューサー時代に、ラジオ・ドラマ『銀河ヒッチハイク・ガイド』の企画を採用し、無名の一ライターだったアダムスに脚本執筆のチャンスを与えた。
イギリス南部のサリー州ウスター生まれ。ロンドンのダリッジ大学で学んだ後、1967年にオックスフォード大学ウォダム・カレッジに入学、英語学を学ぶかたわら、同大学の演劇部(OUDS)の部長を務める。1967年のエジンバラ・フェスティバル・フリンジで、オックスフォード・シアター・グループによる深夜ショーの演出を手掛けたこともあるらしい。大学卒業後はBBCに入社、プロデューサーあるいはライターとして数々の賞を受賞する一方、1970年には最初の劇作
Mrs. Gladys Moxon を上演し、また1975年には俳優探偵チャールズ・パリスが登場する長編推理小説『邪魔な役者は消えていく』で推理小説家としてもデビューを果たした。約10年間BBCを勤めた後、1978年からウィークエンド・テレビジョンに移りプロデューサーとして活動するが約2年で退職、現在は執筆活動に専念している。人気の高いチャールズ・パリス・シリーズだけでも17冊を上梓し、また1986年から1987年にかけて英国推理作家協会会長を務めた。
ブレットがアダムスと知り合うのは、彼がまだBBCのプロデューサーだった頃のこと。ブレットがプロデュースしていたBBCラジオ4のコメディ番組、the
Burkiss Way に、アダムスはいくつかのスケッチを投稿したことがあり、ブレットはその中でも「カミカゼ」と題された作品を気に入っていた。が、実際に二人が顔を合わせたのは、1977年2月4日、当時やはりBBCのプロデューサーだったジョン・ロイドの紹介だったという。この時、ブレットはアダムスが抱えていたSFコメディの企画に目をつけ、ラジオ・ドラマの製作にとりかかるが、第1話をプロデュースした時点でBBCを退職することになり、後任にはジェフリー・パーキンスを指名した。
実質的には、ブレットはラジオ・ドラマ『銀河ヒッチハイク・ガイド』の製作にはほとんど関わりを持たなかった。しかし、1977年当時のBBCがSFとコメディの融合というアイディアに懐疑的だったことを考えると、既にベテラン・プロデューサーとして名を馳せていたブレットのゴーサインなしでは製作されることすらなく終わった可能性は高い。故に、シリーズ2作目の小説『宇宙の果てのレストラン』の献辞で、アダムスが「すべてを始めたサイモン・ブレットに たくさんの感謝を」と記しているのは極めて妥当と言えるだろう。
なお、後にブレットが編集したパロディ本 The Faber Book of Parodies (London:
Faber and Faber, 1984) には、"The Scriptwriter's Guide to the
Galaxy" (Andrew Marshall and David Renwick) という、The Burkiss
Way からの一節も入っている。
ブレットの主な著作は以下の通り(*はチャールズ・パリス・シリーズ)
Cast, in Order of Disappearance (1975)* 『邪魔な役者は消えていく』 飯島宏訳 角川文庫 1981年
So much Blood (1976)*
Star Trap (1977)* 『スターは罠にご用心』 飯島宏訳 角川文庫 1982年
An Amateur Corpse (1978)* 『殺しの演出教えます』 飯島宏訳 角川文庫 1984年
A Comedian Dies (1979)*
The Dead Side of the Mike (1980)*
Situation Tragedy (1981)*
Murder Unprompted (1982)*
Murder in the Title (1983)*
Not Dead, Only Resting (1984)*
A Shock to the System (1984) 『殺意のシステム』 加地美知子訳 ハヤカワ・ミステリ 1986年
Dead Romantic (1985) 『死のようにロマンチック』 嵯峨静江訳 ハヤカワ・ミステリ 1986年
Dead Giveaway (1985)* 『毒殺は公開録画で』 藤本直訳 角川文庫 1987年
A Box of Tricks (1985)
A Nice Class of Corpse (1986) 『気取った死体』 嵯峨静江訳 ハヤカワ・ミステリ 1988年
The Three Detectives and the Missing Superstar (1986) (ジュブナイル小説)
What Bloody Man Is That? (1987)* 『あの血まみれの男は誰だ?』 嵯峨静江訳 ハヤカワ・ミステリ 1988年
The Three Detectives and the Knight in Amour (1987) (ジュブナイル小説)
Mrs., Presumed Dead (1988) 『奥様は失踪中』 堀内静子訳 ハヤカワ・ミステリ 1989年
A Series of Murders (1989)* 『連続殺人ドラマ』 堀内静子訳 ハヤカワ・ミステリ 1990年
The Booker Book (1989)
Mrs. Pargeter's Package (1990) 『手荷物にご用心』 堀内静子訳 ハヤカワ・ミステリ 1991年
Corporate Bodies (1991)* 『死体つき会社案内』 近藤麻里子訳 ハヤカワ・ミステリ 1994年
The Christmas Crimes at Puzzel Manor (1991)
Mrs. Pargeter's Pound of Flesh (1992) 『ダイエット中の死体』 堀内静子訳 ハヤカワ・ミステリ 1994年
How to be a Little Sod (1992) 『わるガキ日記―ボクはあぶない0歳児』 鈴木光司訳 光文社 2000年
A Reconstructed Corpse *(1993)
Singled Out (1995)
Sicken and So Die (1995)*
Mrs. Pargeter's Plot (1996)
Dead Room Farce (1997)*
The Body on the Beach (2000)
Brin, David デイヴィッド・ブリン 1950.10.6-
アメリカのSF作家。ダグラス・アダムスのファンでもあるらしく、『銀河ヒッチハイク・ガイド』25周年を記念して出版された
The Hitchhiker's Guide to the Galaxy: 25th Anniversary Edition
に一言コメントを寄せた。
カリフォルニア州グレンデイル生まれ。カリフォルニア工科大学で天文学を学び、カリフォルニア大学で応用物理学の修士号と宇宙科学の博士号を取得している。
ブリンの主な著作は以下の通り(*はグレゴリー・ベンフォードとの共作)。
Sundiver (1980) 『サンダイバー』 早川書房 1986年
Startide Rising (1983) 『スタータイド・ライジング』 早川書房 1985年
The Practice Effect (1984) 『プラクティス・エフェクト』 早川書房 1986年
The Postman (1985) 『ポストマン』 早川書房 1988年
Heart of the Comet (1986)* 『彗星の核へ』 早川書房 1988年
The Uplift War (1987) 『知性化戦争』 早川書房 1990年
Earth (1990) 『ガイア -母なる地球』 早川書房 1992年
Glory Season (1993) 『グローリー・シーズン』 早川書房 1999年
Brightness Reef (1995) 『変革への序章』 早川書房 2001年
Infinity's Shore (1996) 『戦乱の大地』 早川書房 2002年
Heaven's Reach (1998) 『星海の楽園』 早川書房 2003年
Foundation's Triumph (1999) 『ファウンデーションの勝利』 早川書房 2001年
Kiln People(2002) 『キルン・ピープル』 早川書房 2007年
Tomorrow Happens (2003)
イギリスの俳優。ラジオ・ドラマ『銀河ヒッチハイク・ガイド』第4話で、ヴルームフォンデルとシューティ(惑星マグラシアで、アーサー達に発砲するふたりの警官のうちの一人。小説では役名はついていないが、ラジオ・ドラマではこの2人はシューティとバン・バンという名前になっている)の2役を演じ、レコード化のために再録された時にはバン・バン役を演じた。
リンコルン生まれ。1972年にロンドン・アカデミー・オブ・ミュージック・アンド・アート(LAMDA)を卒業し、ロイヤル・ナショナル・シアターやロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの舞台に立った。1978年に
The Shout の端役で映画デビューを果たし、多くの映画やテレビで脇役を務めた後、マイク・リー監督の映画『ライフ・イズ・スウィート』で主役を演じて注目を集めた。近年では、『ムーラン・ルージュ』で英国アカデミー賞助演男優賞を、『アイリス』でアカデミー助演男優賞と英国アカデミー賞主演男優賞を受賞している。
オスカー俳優のブロードベントも、ラジオ・ドラマ『銀河ヒッチハイク・ガイド』に出演した1978年当時はまだ無名の一俳優だったようで、アダムスもパーキンスも特に彼についてのコメントは残していない。
ブロードベントの主な出演作は以下の通り。
The Dogs of War (1980) 『戦争の犬たち』
Time Bandits (1981) 『バンデッドQ』
Brazil (1985) 『未来世紀ブラジル』
Superman IV: The Quest for Peace 『スーパーマン4/最強の敵』
Erik the Viking (1989) 『エリック・ザ・バイキング/バルハラへの航海』
Life Is Sweet (1990) 『ライフ・イズ・スウィート』
Enchanted April (1992) 『魅せられて四月』
The Crying Game (1992) 『クライング・ゲーム』
Princess Caraboo (1994) 『プリンセス・カラブー』
Bullets Over Broadway (1994) 『ブロードウェイと銃弾』
Richard III (1995) 『リチャード三世』
Rough Magic (1995) 『ラフ・マジック』
The Secret Agent (1996) 『シークレット・エージェント』
Smilla's Sense of Snow (1997) 『陰謀のシナリオ』
The Borrowers (1997) 『ボロワーズ/床下の小さな住人たち』
The Avengers (1998) 『アベンジャーズ』
Little Voice (1998) 『リトル・ヴォイス』
Topsy-Turvy (1999) 『トプシー・ターヴィー』
Bridget Jones's Diary (2001) 『ブリジット・ジョーンズの日記』
Moulin Rouge! (2001) 『ムーラン・ルージュ』
Iris (2001) 『アイリス』
Gangs of New York (2002) 『ギャング・オブ・ニューヨーク』
Around the World in 80 Days (2004) 『80デイズ』
Vanity Fair (2004) 『悪女』
Vera Drake (2004) 『ヴェラ・ドレイク』
Bridget Jones's Diary: The Edge of Reason (2004) 『ブリジット・ジョーンズの日記 きれそうな私の12か月』
The Chronicles of Narnia: The Lion, the Witch and the Wardrobe (2005) 『ナルニア国物語/第1章:ライオンと魔女』
Art School Confidential (2004) 『アートスクール・コンフィデンシャル』
Hot Fuzz (2007) 『ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!』
Indiana Jones and the Kingdom of the Crystal Skull (2008) 『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』
イギリスのクライム・ノベル作家。BBCラジオ4 の『銀河ヒッチハイク・ガイド』コーナーのホームページに短いコメントを寄せ、読み手としても書き手としてアダムスから多大な影響を受けたと語っている。実際、日本語に翻訳された彼の唯一の小説『楽園占拠』には、二カ所に亘って『銀河ヒッチハイク・ガイド』絡みの記述が見られる。
実際、ふたりを結びつけたのは、その過去かもしれなかった。銀河を旅していった先で同郷の士と出会ったら、その相手は頭が三つにオッパイが八つある現地の異星人の二倍は魅力的に思えるものだろう。たんに、おたがいおなじように壮大な旅をしてきたというだけでも。『銀河ヒッチハイク・ガイド』のアーサー・デントは宇宙を旅したうえに時間旅行までおこない、それでもなおシリーズ三作目にいたっても、まだトリシア・マクミランに執着していたではないか――もっとも、それをいうならロンドンっ子は昔からずっとそんなふうに排他的であったが。(p. 42)
マットは一瞬、ギャビンに感心した。妻が手にしているショットガンを無視するだけでなく、いまやデイヴィ・マードックに食ってかかっているのだから。これはヴィクトリア十字勲章に価する勇気のあらわれか、フォード・プリーフェクト(『銀河ヒッチハイク・ガイド』に登場する記者)に匹敵する無謀さなのか、どちらかだった。(p. 467)
また、彼の小説の主要登場人物、ジャーナリストのジャック・パーラベインもまた、フォード・プリーフェクトにインスパイアされて書かれたものだとか。
グラスゴー生まれ。グラスゴー大学で学んだ後、映画やサッカーのコラムを執筆していたが、1996年に Jack Parlabane
が活躍する小説、『殺し屋の厄日』で作家としてデビュー、クライム・ノベルの新人賞を受賞した。小説の舞台がもっぱらスコットランドということもあり、どちらかと言うと地元スコットランドで特に人気が高い作家らしい。
ブルックマイアの主な著作は以下の通り。(*は、ジャック・パーラベイン・シリーズ)
Quite Ugly One Morning (1996)* 『殺し屋の厄日』 ヴィレッジブックス 2007年
Country of the Blind (1997)*
Not the End of the World (1998)
One Fine Day in the Middle of the Night (1999) 『楽園占拠』 ヴィレッジブックス 2003年
Boiling a Frog (2000)*
A Big Boy Did It and Ran Away (2001)
The Sacred Art of Stealing (2002)
Be My Enemy (2004)
All Fun and Games Until Someone Loses an Eye (2005)
A Tale Etched in Blood and Hard Black Pencel (2006)
Attack of the Unsinkable Rubber Ducks (2007)*
この他に、短編小説「中央郵便局襲撃」("Bampot Central" 「ミステリマガジン」1998年6月507号収録)がある。
イギリスの作家。「オブザーバー」や「デイリー・テレグラフ」といった新聞、雑誌で多くのエッセイやコラムを執筆している。アダムスいわく、ダーク・ジェントリーのキャラクターは彼の性格をベースにしたのだとか(Hitchhiker,
p.236)。
アダムスは、ケンブリッジ大学の2年生だった時に、医学から英文学に専攻を変えたため他のカレッジからアダムスの所属するセント・ジョンズ・カレッジに移ってきたバイウォーターと知り合った。バイウォーターは飛行機の操縦ができ、ピアノの演奏も巧みな才人のようで、ケンブリッジ大学ではフットライツのメンバーではなかったものの、音楽演奏の手伝いなどもしていたらしい。が、二人が特に親密になるのは1980年代に入ってからのことで、1984年に製作されたコンピューター・ゲーム、Bureaucracy
には彼の名前もクレジットされていているし、アダムスが小説『ほとんど無害』の執筆に行き詰まって1992年3月にとうとうホテルに缶詰にされてしまった折には、担当編集者と交互で見張り役を務めたこともあった(このため、『ほとんど無害』の献辞には「協力と援助と、そして建設的ないやがらせに」(p.
3)として、バイウォーターの名前も挙がっている)。さらにアダムスがデジタル・ヴィレッジを立ち上げると、バイウォーターも「Consulting
Chaos Engineer」の肩書きでデジタル・ヴィレッジに参加し、アダムスと共に『宇宙船タイタニック』に必要な大量のダイアローグを用意し、また『宇宙船タイタニック』のウェブサイト用の文章も書いている。このため、一時は小説版『宇宙船タイタニック』を降板したアダムス本人に代わって執筆するという話が持ち上がり出版社も了承したのだが、契約直前でアダムスが気を変えてテリー・ジョーンズに依頼したため実現しなかった。
この一件は、バイウォーターをかなり本気で怒らせた。アダムスは謝罪の手紙を送り、バイウォーターも一応それを受け入れ、仲直りしたものの、二人の関係は以前とまったく同じという訳にはいかなかったようだ。
バイウォーターの主な著作は以下の通り。
The Chronicles of Bargepole (1993)
Godzone: Over the Outback and Into the Drink (1998)
Lost Worlds: What Have We Lost and Where Did It Go? (2004)
Big Babies: Or: Why Can't We Just Grow Up? (2006)