ドクター・フー 'Shada'


 'Shada' はアダムスが脚本を書いた『ドクター・フー』のエピソード3本のうちの最後の1本だが、BBCの技術者のストで未完成に終わった。

 当時のアダムスは、クリケットをするロボットが宇宙の破壊を目論むというアイディアを温めていたが、プロデューサーのウィリアムズに却下されていた。とは言え、他にストーリーが見つからなければいずれ時間切れになり、彼も首を縦に振るにちがいないとタカを括っていたらしい。だが、やはりウィリアムズの考えは変わらず、アダムスはまたしても締め切り間際になって大急ぎで脚本を書く羽目になった。その結果、出来上がった脚本についてアダムスいわく、「あんまり気に入っていない。ちょっと薄っぺらだと思う。せいぜい計4話分のストーリーを、計6話に引き延ばしたような感じだ」(Hitchhiker, p. 125)。
 ともあれ、1979年10月、ケンブリッジのエマニュエル・カレッジで撮影が始まる。アダムスとしては自身の出身校であるセント・ジョンズ・カレッジでのロケを希望していたが、セント・ジョンズ・カレッジからは撮影許可が出なかったとのこと(作品内では、エマニュエル・カレッジでもセント・ジョンズ・カレッジでもなく、架空の 'St Cedd's' というカレッジが舞台となっている)。また、登場人物の一人、Chris Parsons とその友人、Clare Keightley という名前は、1976年、アダムスが大学卒業後にフットライツにディレクターとして招かれた時に、フットライツの会長を務めていた Chris Keightley に由来している。
 'Shada' は、アダムスだけでなくプロデューサーのウィリアムズにとっても最後となる作品だったが、BBCのストという思いがけない理由のため頓挫してしまった。新しいプロデューサーのジョン・ネイサン=ターナーから、アダムスは計6話を計4話に書き直せないかとの依頼を受けたようが、アダムスには 'Shada' に未練はなかったらしく実現していない。その代わり、'Shada' の中で、時間の支配者(タイム・ロード)が、Professor Chronotis という名前でケンブリッジ大学の指導教官になりすまし余生を過ごしている、といった設定やストーリーは、後にアダムスの小説 Dirk Gently's Holistic Detective Agency (1987) に転用されている。

 今は亡きダグラス・アダムスは、ドードーの悲惨な話に心を動かされた。彼が一九七○年代に書いた『ドクター・フー』のエピソードの一つで、ケンブリッジ大学の老教授クロノティスの研究室が一つのタイムマシンとして使われているが、教授はそれをたった一つの目的、秘密の悪習のためだけに使う。すなわち彼は、ドードーを哀んで涙するためだけに一七世紀のモーリシャス島に、とりつかれたように何度も繰り返し訪れるのである。BBC放送局がストライキをしたために、『ドクター・フー』のこのエピソードは放送されなかった。そこで、ダグラス・アダムスは後に小説『ダーク・ジェントリーの全体論的秘密探偵社』のなかで、ドードーをたびたび訪れるというモチーフを再利用している。センチメンタルと言ってもらってもいいが、私はここで黙祷を捧げなければならない――ダグラス、クロティノス(「クロノティス」の誤植か?)教授、そして彼が涙した鳥のために。(ドーキンス『祖先の物語』、pp. 403-404)

 この作品は、後に映像の一部が The Five Doctors という『ドクター・フー』20周年特別番組で紹介された。1992年には、欠けているシーンをトム・ベイカーのナレーションで補った上で'Shada'そのものがビデオ発売されたが、アダムスとしてはそのような形で作品が世に出ることは本意ではなかったようで、その著作権料をコミック・リリーフに寄付している。
 アダムスの死後、2003年5月2日から6月6日にかけて、1992年版の 'Shada' 計6話がテレビで放送され、2013年1月にはDVDが発売された。「The Doctor Who Legacy Collection」と題し、「ドクター・フー」30周年特別番組 'More Than 30 Years in the Tardis' とセットで販売されている。
 2013年11月に『ドクター・フー』50周年特別番組としてウェブ公開された The Five(ish) Doctors Reboot にも 'Shada' の一場面が登場した。これは恐らく、20周年特別番組 The Five Doctors を意識してのことだろう。ただし、この番組で 'Shada' が流れた後に入るトム・ベイカーとおぼしき人物の声は、実はトム・ベイカー本人ではなくトム・ベイカーの物真似で知られるJon Culshawのもの。ちなみに、Jon Culshawは、2012年から2013年にかけて行われた『銀河ヒッチハイク・ガイド』ライブツアーにゲストとしてたびたび出演している。

 かくして今では誰でも簡単に観られるようになった 'Shada' だが、長い間アダムスの幻の作品とされていたことを忘れてはならない。というのも、幻の未完成作としてファンの間で知られていたからこそ、アダムスが死去した後の2002年になって、アダムスの脚本を元にオーディオ・ドラマ化される運びとなったからだ。ラジオ・ドラマではなく、BBCのサイトでウェブキャストという形で放送された作品は後、CDとして発売され、2005年12月には改めてBBC7でラジオ放送もされている。
 製作会社ビッグ・フィニッシュ・プロダクションズのゲイリー・ラッセルからこのオーディオ・ドラマの監督を依頼されたのは、役者・演出家そして脚本家でもあるニコラス・ペグ。彼は12歳の誕生日に小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』を貰って以来、アダムスのファンでもあった。それだけに、ペグにとってこの依頼は嬉しくもあり、また不安でもあったようだ。BBCのサイトに掲載されているペグのコメントによれば、

子供の頃からのヒーローが書いたものを、自分が監督できるなんて夢にも思っていなかったから嬉しい反面、世界中に星の数ほどいるアダムス・ファン同様、僕にとっても彼はとても大切な存在だったから不安でもあった。'Shada' を、新しいドクターを使って新しい媒体にアップデートするなんて、冒涜なんじゃないだろうか、って。ゲイリーの脚本を読んで、不安はかなり解消された。彼はオリジナルのセリフもストーリーの骨子もほとんど変更していない。(略)それに、ダグラス・アダムスのご家族とその友人、ララ・ウォード(彼女は1979年のオリジナル作品の出演者でもある)がこのプロジェクトに賛成していると知ってすごくほっとした。それでこの仕事を受けることにしたんだ。

 オーディオ・ドラマ版のキャストは、ロマーナ役のララ・ウォードを除いて一新されている。オーディオ・ドラマ版の犬型ロボット、K9役のジョン・リーソンは、実はテレビ・ドラマ版の『ドクター・フー』でも当時K9の声を担当していたが、テレビ・ドラマ版の'Shada' に限って何故か役を外れていた。
 勿論、いかにアダムスの脚本を大切にしたいと言っても、テレビ・ドラマ用に書かれたものをそのままオーディオ・ドラマに仕立てるのは無理がありすぎる。また、1978年当時のドクターは四代目のトム・ベイカーだったが、オーディオ・ドラマでは八代目のポール・マッギャンが務める、となると、それ相応の設定変更や状況説明が必要になってくる。そこで、プロデューサーのゲイリー・ラッセルは、オーディオ・ドラマ用に適宜書き直すと共に、アダムスの脚本にはなかった「プレリュード」を付け足すことで問題の解決、というか要するに辻褄合わせを図った。
 オーディオ・ドラマ版の'Shada' は、2003年5月2日から毎週一話ずつBBCのサイト上にアップされ、今でも無料でダウンロードして視聴することができる(詳しくはこちら)。販売されているCDには音しか入っていないが、ウェブキャスト・ヴァージョンでは簡単なアニメーション映像もついていて、私のような英語のリスニングに自信のない人にとってはかなり助けになる。また、2013年発売の 'Shada'のDVDにも収録されているので、テレビ版と比較して聴くこともできる。

 テレビドラマ、オーディオドラマに続き、2012年3月に、'Shada' は小説として出版される。小説版 'Shada' については、こちらへ

 


テレビ・ドラマ版 キャスト一覧

 

THE DOCTOR Tom Baker
ROMANA Lalla Ward
K9 (VOICE) David Brierley
CALDERA Derek Pollitt
CHRIS PARSONS Daniel Hill
CLAIRE KEIGHTLEY Victoria Burgoyne
KRARG Harry Fielder
KRARG Lionel Sansby
KRARG James Muir
KRARG Reg Woods
KRARG Derek Suthern
PASSENGER David Strong
POLICE CONSTABLE John Hallett
PROFESSOR CHRONOTIS Denis Carey
SHIP Shirley Dixon
SKAGRA Christopher Neame
KRARGS (VOICE) James CoombEs
WILKIN Gerald Campion

 


テレビ・ドラマ版 スタッフ一覧

 

Director Pennant Roberts
Assistant Floor Manager Val McCrimmon
Costumes Rupert Jarvis
Designer Vic Meredith
Make-Up Kim Burns
Producer Graham Williams
Production Assistant Olivia Bazalgette
Production Assistant Ralph Wilton
Production Unit Manager John Nathan-Turner
Script Editor Douglas Adams
Special Sounds Dick Mills
Title Music Ron Grainer and the BBC Radiophonic Workshop, arranged by Delia Derbyshire
Writer Douglas Adams

 


オーディオ・ドラマ版 キャスト一覧

 

THE DOCTOR Paul McGann
ROMANA Lalla Ward
K9 (VOICE) John Leeson
PROFESSOR CHRONOTIS James Fox
SKAGRA Andrew Sachs
CHRIS PARSONS Sean Biggerstaff
CLAIRE KEIGHTLEY Susannah Harker
THE SHIP Hannah Gordon
WILKIN Melvyn Hayes
CONSTABLE/MOTORIST/'Shada' VOICE/KGARG Stuart Crossman
THINK TANK VOICE Nicholas Pegg
CALDERA/KRARG COMMANDER Barnaby Edwards

 


オーディオ・ドラマ版 スタッフ一覧

 

Writer Douglas Adams
Adapted for audio by Gary Russell
Additional Material Nicholas Pegg
Director Nicholas Pegg
Producers Jason Haigh-Ellery
Gary Russell
Executive Producer for BBCi Martin Trickey
Music Russell Stone
Recording Alistair Lock
CD Mastering, Sound Design & Post Production Gareth Jenkins
Theme Arrangement Delia Derbyshire
Front Cover Clayton Hickman

 


DVD「Doctor Who: The Legacy Collection」

 2013年1月、1992年にビデオ化された「Shada」のDVDが発売された。「The Doctor Who Legacy Collection」と題して、「ドクター・フー」30周年特別番組 'More Than 30 Years in the Tardis' とセットで販売されている。このDVDには、オーディオドラマ版の 'Shada' (フラッシュアニメーション付き)も収録されているので、テレビ版と比較することもできる。
 
 DVDになった 'Shada' を観ると、全6話の脚本のうち、ケンブリッジでのロケ撮影と、第一ブロック分のスタジオ撮影(Professor Chronotis の部屋と悪役 Skagra の宇宙船のセットでの撮影)だけが終わっていて、残りは手つかずだったことが分かる。脚本に沿っての順取りではないから、第1話でも撮影されていない箇所はある一方、第6話のラストに近いシーンが撮影済みだったりする。撮影の過程が垣間見られるという意味では興味深いが、いかんせん完成品には程遠いし、中抜け箇所をトム・ベイカーに説明されても何だかよく分からない。アダムスが一般公開に後ろ向きだったのも当然だ。なので、このDVDを観る前に、ギャレス・ロバーツによる小説版 'Shada' を読んで、あらかじめストーリーを頭に入れておくことをおすすめする。

 DVD化された 'Shada' の第1話と第2話には、トム・ベイカー扮するドクターとララ・ウォード扮するロマーナが、Professor Chronotis の部屋で物語の鍵となる本を探すシーンがある。第1話で、山のように積まれた本の中からドクターは1冊を手に取って読み上げる。

Doctor: "On some nights, New York is as hot as Bangkok." I've read that. 
Romana: Hum. Saul Bellow.

 引用されたのは、ソール・ベローの『犠牲者』(1947年)の冒頭部分。「ニューヨークではバンコックと同じくらい暑い夜がある(p. 7)」。アダムスがこの場面でわざわざソール・ベローを取り上げた理由はよく分からない。このドクターとロマーナのやり取りは、2003年のオーディオドラマにも出てくるが、2013年発売の小説版では省略されている。

〈特典映像〉

Taken Out of Time

 トム・ベイカー、ダニエル・ヒル(クリス役)、ペナント・ロバーツ(監督)らが、撮影当時のことを振り返る。ダグラス・アダムスが短期間で書き上げた計6話の脚本が素晴らしかったこと、ケンブリッジ大学卒だけのことはあって、アダムス本人が撮影にふさわしい場所をよく知っていたからロケハンがとてもスムーズだったこと、好天に恵まれたケンブリッジでの撮影は基本的に快調でキャスト・スタッフの志気も高かったこと。ケンブリッジでのロケ撮影を終え、スタジオに戻って教授の部屋と宇宙船のセットでの第一ブロックの撮影も無事に終了し、いざ第二ブロックの撮影に入ろうとしたところで、昼休みから戻ったキャストやスタッフは突然始まったストライキのためスタジオから閉め出されてしまったこと、それでも何とか製作を続けようと監督は尽力したが、最終的にトップの判断で製作が中止されてしまったこと、等々。約25分。 

Now And Then

 当時のケンブリッジでのロケ現場を、現在と比較する。約30年も経っていても、街の様子はほとんど変わっていないことに驚く。詳細な地図の説明もついていて、実際のロケ現場を見て回りたい人にはうってつけ。約13分。

Strike! Strike! Strike!

 ストライキで製作中断を余儀なくされた「ドクター・フー」のエピソードは、'Shada' だけではなかった。1960年代から80年代まで、ストライキはさまざまな形で「ドクター・フー」の製作に影響を与えた。約28分。

Being a Girl

 「ドクター・フー」に登場する女性キャラクターを紹介/検証する。ほとんどのスタッフが男性だった時代にあって、「ドクター・フー」は女性プロデューサーが手掛けた番組だったが、そのことは作品にも反映しているのか。時代の変遷と共に、女性キャラクターはどのように変わっていったのか、あるいは変わっていないのか。そして、この先いつか、女性がドクター役を務める日は来るのか? 約30分。
 

 

 

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