関連人物一覧 -D-
Davies, Russel T. ラッセル・T・デイヴィス Davison, Peter ピーター・デイヴィソン Dawkins, Richard リチャード・ドーキンス Dent, Arthur アーサー・デント Dickinson, Sandra サンドラ・ディキンソン Dixon, David デヴィッド・ディクソン Doherty, Berlie バーリー・ドハティ
Davies, Russel T. ラッセル・T・デイヴィス 1963-
イギリスの脚本家。これまでに多くのテレビ・ドラマの脚本を手掛けているが、そのかたわら、1996年には『ドクター・フー』のノベライズ本 Damaged Goods を出版する。この小説の中では、7代目ドクターの旅の仲間(コンパニオン)のクリスが、アダムスの『ほとんど無害』を読んだという設定になっているらしい。
2005年から放送の始まった『ドクター・フー』の新シリーズでは、デイヴィスは脚本家兼エグゼクティブ・プロデューサーとして、自ら多くのエピソードの脚本をを執筆するのみならず、新シリーズの脚本全体を監督するような立場になった。そして、彼が書いたエピソードの一つ、2005年12月25日に放映された「クリスマスの侵略」では、主人公ドクターの台詞に「アーサー・デント」の名前が出てくる。このエピソードでは、ドクターは珍しくパジャマとガウン姿で活躍することになり、それを踏まえて自分のことを
"Just Arthur Dent" と語るのだ。BBCがクリスマスに放映する特別番組のクライマックス・シーンで、唐突に「アーサー・デント」を出しても視聴者に意味が通じると判断されるのだから、いかにイギリスで『銀河ヒッチハイク・ガイド』の知名度が高いか、よく分かるというものである。
さらに、2007年12月25日放映の'Voyage of the Damned' では、「宇宙船タイタニック」のアイディアが中核となっている。ただし、デイヴィスがどの程度アダムス製作のコンピュータ・ゲームのことを意識して書いたか、今のところよく分からない。
この他に、2007年5月19日に放映された「42」も、『銀河ヒッチハイク・ガイド』の「42」を踏まえている(ただし、このエピソードの脚本家はデイヴィス本人ではなく
Chris Chibnall)。
デイヴィスは、ウェールズのスウォンジー生まれ。これまでのところ、『ドクター・フー』以外の作品は日本では放映されていないが、Children's
Ward、The Grand、Queer as Folk、Mine All Mine
といったテレビ・ドラマ・シリーズ作品の他、後に9代目ドクターを演じることになるクリストファー・エクルストン主演のドラマ、The
Second Coming (2003) の脚本で高い評価を得た。また、Casanova (2005)
では10代目ドクターになるデイヴィッド・テナントが主演している。
Davison, Peter ピーター・デイヴィソン 1951.4.13-
イギリスの俳優。テレビ・ドラマ版『銀河ヒッチハイク・ガイド』第5話で「本日の料理」役として出演した(この役は、ラジオ・ドラマ版ではまだ存在していなかった)。彼はまた、同じくテレビ・ドラマ版『銀河ヒッチハイク・ガイド』でトリリアン役だった、サンドラ・ディキンスンの夫でもある。
当時から既に高名だったピーター・デイヴィソンを配役する経緯について、テレビ・ドラマ版のプロデューサーのアラン・J・W・ベルいわく、
サンドラが僕のところにやってきて、ピーターが『銀河ヒッチハイク・ガイド』にゲスト出演したがっているんだけど、本日の料理役なんかどうかしら、と提案した。「まさか、あのピーター・デイヴィソンに牛の着ぐるみを着させる訳にはいかないよ!」と断ったんだが、「でも、彼はそういうのをやりたがっているんだってば」とサンドラに食い下がられ、僕はOKを出し採用することにした。彼には、スターにふさわしい報酬を渡さなかったけれど、彼はお金のためじゃなく楽しむために出てくれたんだしね。それに、演技のほうもとても素晴らしかった。(Gaiman, p. 81)
デイヴィソンはロンドン生まれ。多くのテレビや映画に出演しているが、「本日の料理」の後、1981年から1984年にかけてテレビ・ドラマ『ドクター・フー』で5代目ドクター役を務めている。また、2008年10月2日から放送の始まったラジオ・ドラマ『ダーク・ジェントリー』第2シリーズでは、サイモン・ドライコット役を務めることになった。
主な出演作品は以下の通り。
Doctor Who (1981-1984) 『ドクター・フー』(テレビ・ドラマ)
Campion (1989) 『探偵紳士キャンピオン』(テレビ・ドラマ)
Black Beauty (1994) 『ブラック・ビューティー/黒馬物語』
SF小説では自然法則に手を加えることがあるが、一つの局面で、せいぜい一カ所が限度、それもよく考えられた末のことだ。法則性が根底からないがしろにされることはなく、それゆえにすぐれたSF小説たりえるのである。小説の中のコンピュータは進化して意識を持つようになり、それは悪意に満ちたものであったり、ダグラス・アダムスの名作『銀河ヒッチハイク・ガイド』のように被害妄想に陥ったりする。宇宙船は未来工学が作り出したワープ航法によって遠く離れた銀河まで旅する。しかしどの場合でも核心の部分では、科学のありようは一定のラインを保っている。科学は謎を認めるが、魔法は認めない。奔放な想像力を越えた不可思議は認めるが、呪術や魔術を認めない。安易な奇跡を認めない。質の悪いSFでは法則を守るという軸足を失って、かわりに「何でもあり」の魔術が乱発される。最悪なのは、それが超自然現象と手を組むケースである。(p.52)
ドーキンスの言う「被害妄想に陥った」コンピュータとは、鬱病ロボットのマーヴィンのことか? それとも『宇宙の果てのレストラン』に出てくるノイローゼになったエレヴェーターのことか?
エッセイ集『悪魔に仕える牧師』には、ガーディアン紙に掲載の追悼文と、セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ教会で行われた追悼集会でのドーキンスの頌徳の辞が収録されている他、「心のウィルス」「立ち上がるべきとき」と題されたエッセイでも、アダムスの言葉や文章が引用されている。
また、『祖先の物語』では、アダムスが『最後の光景』で書いたアイアイの描写を絶賛し(『上巻』、pp.
246-247)、『ドクター・フー』並びに『ダーク・ジェントリー』で絶滅した飛べない鳥ドードーを哀悼したことに、深い共感を寄せた(同、pp.
403-404)。
無神論について語る最新作『神は妄想である 宗教との決別』では、ドーキンスはアダムスに献辞を捧げている。
そもそも本書をダグラスの思い出に捧げようと考えたのは、ダグラスが私の初期の本――ほかの誰かを転向させることはなかった――を読んで転向したことがきっかけになっている、ということを申し添えたい!(略)ダグラス、私はあなたを失ったのが淋しい。あなたは私にとって、もっとも賢明で、愉快で、もっとも心広く、機知に富み、もっとも背が高く、そしておそらくたった一人のわが回心者だ。私はこの本があなたを笑わせることができたのではないかと思っている――あなたが私を笑わせてくれたほどではないにしても。(pp.174-176)
ドーキンスの主な著作は以下の通り。
The Selfish Gene (1976) 『生物=生存機械論』 紀伊國屋書店
The Extended Phenotype (1982) 『延長された表現型』 紀伊國屋書店 1987年
The Blind Watchmaker (1986) 『盲目の時計職人』(『ブラインド・ウォッチメーカー』改題) 早川書房 2004年
The Selfish Gene: new edition (1989) 『利己的な遺伝子(増補改題『生物=生存機械論』)』 紀伊國屋書店 1991年
The River Out of Eden (1994) 『遺伝子の川』 草思社 1995年
Unweaving the Rainbow (1998) 『虹の解体』 早川書房 2001年
A Devil's Chaplain (2003) 『悪魔に仕える牧師』 早川書房 2004年
The Ancestor's Tale: A Pilgrimage to the Dawn of Life (2004) 『祖先の物語 ドーキンスの生命史』 小学館 2006年
The God Delusion (2006) 『神は妄想である 宗教との決別』 早川書房 2007年
この他に、『リチャード・ドーキンスの生命の進化』(1997)というCD-ROMも主婦の友社より発売されている。
エセックス州の聖職者で清教徒。1601年に説教集 The Plaine Man's Pathway to Heaven を出版した。
アダムスはかつて、『銀河ヒッチハイク・ガイド』の主人公の名前はこの聖職者にちなんで付けたのではないかという指摘の手紙を受け取ったことがある。アダムス自身はこんな本があること自体知らなかったと語っていたが、アダムスの自伝の著者シンプソンによれば、1976年夏に滞在していたケンブリッジの教員ハリー・ポーター宅でアダムスがこの本を目にしていた可能性が高いという。ちょうどアダムスが彼の家に滞在していた時に、ポーターは友人から17世紀に出版されたオリジナル本を借りていたと言うのだ。
シンプソンは「偶然ということはない」(Hitchhiker, p. 94)と、『銀河ヒッチハイク・ガイド』の主人公と
The Plaine Man's Pathway to Heaven の著者との関連を断言しているが、さて真相はいかに?
Dickinson, Sandra サンドラ・ディキンソン 1948.10.22-
アメリカの女優。テレビ・ドラマ『銀河ヒッチハイク・ガイド』ではトリリアン役を、ラジオ・ドラマ第5シリーズではトリシア・マクミラン役を務めた。
これまで数多くの映画、テレビ・ドラマに出演しているが、主な出演映画は以下の通り(* は声の出演)。
The Final Programme (1973) 『ファイナル・プログラム/インプット完了メシア創造の瞬間』
Superman III (1983) 『スーパーマン2/電子の要塞』
Supergirl (1984) 『スーパーガール』
Balto (1995) * 『バルト』
Space Truckers (1996) 『スペース・トラッカー』
イギリスの俳優。テレビ・ドラマ『銀河ヒッチハイク・ガイド』でフォード役を務めた。
ダービシャー生まれ。数多くのテレビ・ドラマに出演している。主な作品はシェイクスピア原作の『あらし』(1980年)など。
Doherty, Berlie バーリー・ドハティ
児童文学作家。イギリス・シェフィールド在住。
代表作『シェフィールドを発つ日』(福武書店)と『ディア ノーバディ』(新潮社)で、二度のカーネギー賞を受賞している。
その『ディア ノーバディ』(1992年)に、アダムスの『宇宙の果てのレストラン』が登場する。主人公の少年クリスが、友達のトムと一緒にフランスを自転車で旅行する際に持参した本の中に、『宇宙の果てのレストラン』も入っていたのだ。
夜には雨がふりだした。トムはぼくのテントに入ってくるだろうし、ぼくは寝袋なしで寝なければならない。ぼくの足が突きだすはずのあたりには、自転車の後輪がばらばらになっていた。女の子がふたり、近くでテントを張りはじめた。彼女たちがやっぱり石ころのせいで苦労していたから、そしてトムは自信家だったから、それにどっちみちぼくとは冷戦状態だったから、トムは彼女たちの手伝いにいった。ぼくはふくれっつらですわりこみ、『宇宙の果てのレストラン』を読むことにした。おかしいはずのSFなのにすこしも笑えなかった。(p.179)
自転車は故障、トムとは喧嘩。「『宇宙の果てのレストラン』を読んでも笑えない」のは、いかにこの時の主人公が不機嫌であるかの証という意味なのか、はたまた単純に『宇宙の果てのレストラン』なんてたいしておもしろくなくて気分転換の役にも立たないという意味なのか?
そして、翌日。
朝いちばんに自転車を預けてしまうと、あとは一日じゅう本を読んでいた。『レストラン』を読みおえ、『ライ麦畑でつかまえて』を読みはじめた。「この本はきみの人生を変えるぞ」とヒッピーはいっていた。たしかに、変わってくれなきゃ困る。(p.180)
自転車旅行にしては、この主人公たちはたくさんの本を携帯している。旅行前に英文学教師のヒッピー・ハリントンから貰ったもので、「どれも彼のバイブル」とのこと。その他に名前の挙がっている本は、『禅とモーターサイクルの手入れ』というハウツー本と、ジャック・ケルアック著『路上』。
『ライ麦畑でつかまえて』については引用した通りだし、『路上』についても「やっぱりヒッピーのお薦め」という形容が入っている。しかし、肝心の『宇宙の果てのレストラン』に関しては、ヒッピーのヒの字もついていない。前後の文脈からして恐らくはこの本も「彼のバイブル」だろうと思われるけれども、いくら何でもこの本だけクリスが自分で本屋で買ったということはないだろうとも思われるけれども、どうせなら私個人してはアダムスに対するヒッピー先生の一言コメントをいただきたかった。