Last Chance to See 〜これが見納め、絶滅危惧の動物たち、最後の光景〜

 

 始まりはラジオのドキュメンタリー番組だった。
 ダグラス・アダムスが世界各地の絶滅寸前の稀少動物に会いに行く。この企画、どうしてアダムスなのかどうして稀少動物なのかはよく分からない。とにかく、1985年にオブザーバーの依頼でマダガスカル島に生息するキツネザルの一種で絶滅危惧種のアイアイを探しに行くことになったのが最初のきっかけだという。この旅の記録は、1985年11月1日、「Natural Selection: In Search of the Aye-Aye」(9分54秒)というタイトルでBBCラジオ4で放送され、旅で同行した動物学者のマーク・カーワディンと意気投合したアダムスは、オブザーバーに原稿を書くかたわら、BBCのラジオ4に番組のシリーズ化をもちかけた。
 アダムス自身、この番組でマダガスカルに行くまでは動物学のことも生物進化論のこともたいして知らなかったという。ただし、知らなかったことが効を奏して、アダムス同様そんな知識の持ちあわせなぞあろうはずもない視聴者に「知識を与える」ではなく「一緒に学んで一緒にびっくりしよう」というスタンスが取れたという意味では幸いだったともいう。そして今では「人生を何度かやり直すことができるとしたら、そのうちの一回は絶対動物学者になる」とまで発言する程に、お気に召したようだ。
 ラジオ番組は、Last Chance to See と題して1989年10月4日から11月8日までの6週間にわたり放送された。

第1話 Ralph, The Fragrant Parrot of Codfish Island
第2話 Gone Fishing!
第3話 Animal, Vegetable or Mineral?
第4話 The Answer is Blowing in the Wind
第5話 A Man-Eating, Evil-Smelling Dragon
第6話 The Sultan of Juan Fernandez

 ナレーターはピーター・ジョーンズ。ラジオドラマ『銀河ヒッチハイク・ガイド』でもナレーター役だっただけに、強い関連性を感じさせる。
 とは言え、このラジオ番組は長らく実際に聴くことができなかった。2004年9月6日に発売された3枚組CDセット Douglas Adams at the BBC に収録された、この番組のほんの一部分を聴くのがせいぜいだったが、2020年からついにAudible等の配信サービスですべてをまとめて聴けるようになった。ラジオ番組の詳細については、こちらへ

 1990年、この旅の記録は一冊の本として出版された。マーク・カーワディンとの共著であるが、事実関係の付き合わせを除けば文章そのものはアダムスが担当、カーワディンは最後のあとがきだけ執筆している。ラジオ番組に出てくるのに本では出てこなかったり、逆にラジオ番組にはいなかった動物が入っていたりもする。その理由はよくわからない(単にアダムスが締め切りまでに書き上げられなかっただけかも?)。

 この本はのちにCD−ROM化され、朗読はアダムスが担当した。
 CD−ROMの日本語訳『最後の光景』は、1995年に発売された。アダムスの朗読に会わせて、日本語に翻訳された文章が出る仕組みになっている。本と比べてCD−ROMの方が写真が多いのは言うまでもないが、その他にリチャード・ドーキンスの解説が入っていたり(勿論ドーキンス本人の声である。それが嬉しいかどうかはさておき)、アダムスとドーキンスの対談も短いながら挟まっていたりする。そういう意味でもこのCD−ROMはなかなか素敵だ。ただし、写真の美しさに期待すると少しがっかりするかもしれない。その点は、先に述べた通り、そもそもこの本の始まりがテレビではなくラジオであったことを思い出そう。

 CD−ROMの日本語訳発売から15年以上経った2011年、ついに本の日本語訳も『これが見納め 絶滅危惧の生きものたち、最後の光景』の邦題でみずす書房から出版された。翻訳を手がけたのは、河出文庫の『銀河ヒッチハイク・ガイド』シリーズと同じ安原和見。原著の発売から20年以上待たされたことになるが、その代わり、『これが見納め 絶滅危惧の生きものたち、最後の光景』にはリチャード・ドーキンスが2009年の新版に寄せた序文も収録されているのはありがたい。

 一方、イギリスでは、ラジオ番組が放送されてから20年後の2009年、今度はテレビ番組の Last Chance to See が製作・放送された。アダムスとカーワディンが会いに行った動物たちの20年後を光景を追う、というもので、2001年に死去したアダムスに代わって旅に同行するのは、スティーヴン・フライ。このテレビ番組と、テレビ番組の放送に先駆けて出版された本についてはこちらへ

 スティーヴン・フライは、2020年にペンギン・ランダムハウス社の一部門であるArrow Booksから新装版 Last Chance to See が発売された際にも序文を寄せている。詳しくはこちらへ



『最後の光景』に登場する動物たち
(動物名をクリックすると、解説にリンクします)

Twig Technology 小枝と技術
 アイアイ aye-aye
  原生地:マダガスカル
  餌:果物・昆虫・昆虫の幼虫

 霊長類キツネザル種で、サルの仲間に属するが、見た目はサルとはあまり似ていない。目が非常に大きく、リスのような尾やネズミのような歯を持ち、体格はネコに似ている。両前足の中指が枝のように長く、この中指を使って樹の中の幼虫を捕まえて食べる。
 生物学者でアダムスの友人でもあるリチャード・ドーキンスは、2004年に発表した著書『祖先の物語』の中で、アダムスが書いたアイアイの描写について、「何とすばらしく簡潔な書きぶり、この著者を失ったのがどれほど残念なことか」(上巻、p. 247)と高く評価した。

アイアイは夜行性のキツネザルである。それは、他の動物から少しずつ断片を寄せ集めたような奇妙な姿をしている。コウモリの耳と、ビーバーの歯と、大きなダチョウの羽のような尾と、長い枯れ枝のような中指と、あなたの左肩を越えたすぐ後ろにあるまったく別世界をのぞき込んででもいるような、とてつもなく大きな眼をもち、大型のネコにちょっと似ている。……マダガスカルにすんでいる事実上すべての生物を同じく、アイアイは地球上でここ以外の場所には存在しない。(同、pp. 246-247)

 

Here be Chickens ニワトリここにあり
 コモドオオトカゲ Komodo dragon
  原生地:インドネシア コモド島
  餌:ブタ、シカ、ヤギなど

 体重135キロ、体長3メートルにもなる、現在生息している中では世界最大種のトカゲ。幼い頃は木の上に上り、昆虫や小鳥などを捕食、成熟すると地上に降りてより大きな獲物を狙う。

Leopardskin Pillbox Hat ヒョウ皮の縁なし帽
 マウンテンゴリラ mountain gorilla
  原生地:ザイール
  餌:葉、つぼみ、新芽、果物など

 世界最大の霊長類。立って1.75メートル、体重は150キロから250キロ。基本的に家族単位で行動する。草食だが、木に登ることはあまりなく、地面に座って手の届く範囲のものを食べる。ただし、大きな身体を植物だけで維持するために、大量の食物を必要とする。

 キタシロサイ northern white rhinoceros
  原生地:ザイール ガランバ国立公園
  餌:草食

 シロサイの中でも特に絶滅が危惧されている。平均1.2メートルにもなる大きな角を狙った密漁がその原因で、現在はガランバ国立公園にしかいない。妊娠期間が16ヶ月と長いため、個体数を増やすのに多くの年月が必要になる。

Heartbeats in the Night 夜の鼓動
 カカポ Kakapo
  原生地:ニュージーランド
  餌:木や植物の葉や根

 オウムの仲間だが、体長60センチ、体重34キロ、飛ぶことはできない。そのため、イヌやネコなどの捕食獣がニュージーランドに持ち込まれた時から個体数は減少の一途を辿る。雨が多く1000メートル級の山の斜面などに住んでいるが、個体数があまりに少ないため、実際の生態についてはほとんど知られていない。
 ドーキンスは『進化の存在証明』の中で、カカポについてアダムスの文章を引用しながら説明している。

カカポの飛ぶことのできた祖先は、あまりにも最近まで生きていたために、成功するための装備を欠いているにもかかわらず、いまだに飛ぼうと試みる。不滅のダグラス・アダムスの『目にできる最後のチャンス』の表現を借りれば、こうだ。

 それは極端に太った鳥だ。かなり大きめの成鳥だと体重は六、七ポンドになり、その翼は、何かに躓きそうだと思ったときに、ちょっとピクつかせるのにちょうどいいくらいだ――しかし、飛ぶのは問題外である。けれども悲しいかな、カカポは飛び方を忘れてしまっただけでなく、飛び方を忘れたことも忘れてしまったかのように見える。どうやら、重大な危険を感じるとカカポは、時に、木の上に駆け上り、そこから飛び立つらしい。そして、猛烈な勢いで飛んで、無様にドタッと地面に着地する。(pp. 482-483)


 カカポについて、ドーキンスは『祖先の物語 上巻』の407頁でも、少しだけ記載している。

Blind Panic ブラインド・パニック
 ヨウスコウカワイルカ Yangtze River dolphine
  原生地:中国揚子江
  餌:魚、甲殻類

 全長2メートルから2.5メートル、体重167キロと、イルカの仲間としてはもっとも小さい。揚子江から海に出ることはなく、生息域は限定されているが、水上交通の激しい揚子江では、目よりも反響定位でものを見るイルカにとっては目隠しをされるも同然であり、そのため船と衝突したり網にひっかかることも少なくない。

Rare, or medium Rare? レア・・ミディアムレア?
 ロドリゲスオオコウモリ Rodrigues fruit bat  
  原生地:インド洋ロドリゲス島
  餌:果物

 優れた視力と嗅覚を持ち、反響定位を使わない珍しいコウモリ。黄金色の体毛に覆われていることから、英語では flying fox とも呼ばれる。また、食物の消化速度が世界一速く、果物を食べてからわずか20分で排泄してしまう。

 モーリシャスチョウゲンボウ Mauritius kestrel
  原生地:インド洋モーリシャス島
  餌:小鳥、トカゲ、虫

 体長30センチ、体重は165グラム以下。1974年にはわずか6羽しか残っていなかったが、人工飼育の成功で現在は100羽以上にまで個体数が回復した。

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