Last Chance to See への序文

 以下は、2020年にペンギン・ランダムハウス社の一部門であるArrow Booksから発売された新装版 Last Chance to See に寄せた、スティーヴン・フライの序文の抄訳である。ただし、訳したのは素人の私なので、少なからぬ誤訳を含んでいる可能性が高い。そのため、この訳はあくまで参考程度にとどめて、全貌をきちんと知りたい方は、必ずオリジナルにあたってくださるようお願いする。


Foreword

  私は1980年代前半にダグラス・アダムスと親しくなった。私たちは、勃興しつつある自宅用コンピュータ技術への愛と関心を共有することで互いに惹かれ合った。1984年、私たちはヨーロッパで最初に販売された二台のアップル・マッキントッシュを購入した。ダグラスの、コンピュータやプログラミングやネットワークや関連するデジタル機器への情熱や信念や関与や理解は、彼が生み出した一番有名な作品と繋がりがあった――『銀河ヒッチハイク・ガイド』は、まずBBCのラジオ番組として始まり、それから小説となり、続いてテレビドラマになった。素晴らしく愉快で鋭い娯楽作品の中で、彼は多くを予見した。ユーザーフレンドリーでコンパクトだが巨大図書館に所蔵できる以上の情報を取り込める装置、量子コンピュータの可能性、バイオオーグメンテーションへの期待と脅威、人格をプログラミングされたAIコンピュータとのやり取りのおかしさや苛立たしさ等々、他にもまだいっぱいある。小説の世界的な大ヒットで、彼はかなりの金持ちになった。金がありすぎて、会計士から「タックス・イヤー・アウト」という良いアイディアがありますよと勧められるほどに。私は「タックス・イヤー・アウト」のちゃんと理解できたためしがないが、とにかく連続して365日間イギリス国外に滞在する必要があるらしい。そうすると、免税だか何だかの対象になるそうだ。私の記憶だと、このおかげで節約できる金額は合計で6桁相当にものぼるという。当時のイギリスポンドで6桁相当の金額が戻ってくる、ということは、今の金額に換算すればますますすごい「相当」になる。
 しかし、ダグラスには膨らませたいもう一つ別の情熱があって、そちらにも出来のいいガジェットやイーサネットケーブルと繋げて使う役に立つ(というか、正直に言えば往々にして役に立たない)装置に向けるのと同じくらいの愛情を抱いていた。自然の世界の虜になっていたのだ。1980年代を通じて彼はすっかり魅了され、熱意と洞察力を傾けて私もひっぱりこもうとした。リチャード・ドーキンスの『盲目の時計職人』が出版されると、まず最初に同じ著者の『利己的な遺伝子』を読めと言って聞かなかった。「その単純さと美しさと明晰さにショックを受けるから」と予言した。「進化の仕組みについて知れば知るほど、ショックはますます強くなる。というか」彼はニールス・ボーアが量子物理学について語った言葉を転用して言った。「ショックを受けなかったとしたら、それはちゃんと理解できてないってことだ」。もちろん彼の言った通りであり、程なくして私たちはシマウマは黒地に白の縞模様なのか白地に黒の縞模様なのか、とか、一部の界隈で話題になり始めている「電子メール」なるものは世間で広く受け入れられるだろうかと、といった推論を交わし合うようになった。
 財務状の必要性と自然への関心が一つになった。ある日、ダグラスは私に、会計士のアドバイスに従って「タックス・イヤー・アウト」を取ることに決め、ついては動物学者のマーク・カーワディンとかいう人と世界旅行をすることになったと言った。二人で絶滅の淵にある8種を選んで、どうしてそれらの動物にとっては生き残るのがそんなにも困難なのか、そのことについて何とかできないものかを検証するつもりだという。企画では、マイクとレコーダーと大量のテープを持っていって彼らの冒険でラジオ番組を作り、その後、彼とマークの二人は何ヶ月かどこかにこもって本を書き上げることになっていた。この計画について私に話してくれたまさにその次の日、ダグラスはロンドン中心部のウエストエンドに姿をくらましたかと思うと、望遠レンズや超広角レンズ、カメラ本体、水中装備、全天候型ズボン、短波ラジオ、ジャングルと登山用ブーツ、その他探検関連グッズの数々といった贅沢品の重みで押しつぶされそうになりながら戻ってきたが、これらを買うのに使った金額は税金を免除できる予定の金額を超えているように私には思えた――が、それでこそダグラスだ。
 当時の私はたまたま家を探している最中で、イズリントンにある彼の素晴らしい住居でハウスシッター役を引き受けるのは私たち両方にとって好都合だった。私が支払うことになったささやかな代価と言えば、世界のどこかを訪問中のアダムス/カーワディンにトラブルが起こり、朝の4時に時折かかってくる電話をとることぐらいだった。あの頃はテレックスとファックスと電話くらいしかホテルや航空会社と連絡をとる手段がなく、予約や乗り継ぎで問題が発生すると、私が解決に乗り出さざるを得ないことはわかりきっていた。その過程で、私は丸1年、警戒の声をあげる鳥や獣の声に混ざってヨウスコウカワイルカや淡水に生息するマナティーやアイアイやコモドドラゴンをめぐるダグラスとマークの冒険を聴くことになった。
 今では信じがたいことだが、ブログもデジタル写真もEメールもスマートフォンも(それを言うならただのガラケーの類すらも)はるか未来の産物だった当時、動物の絶滅とその原因といった事柄には、余程の変わり者か、聾唖者に向かって声を張り上げるカサンドラのごとき預言者くらいしか関心を寄せていなかった。ほとんどの人は、マークとダグラスの警告を、緊急で最先端の問題というより愛すべきエキセントリック程度に考えていた。人口増加と資源の濫用が野生生物に与えている影響について私たちもだんだん理解しつつあるが、損傷や減少の速度のすさまじさまでは広く知られているとは言い難く、メディアで取り上げられる一般的な話題にもなっていない。ラジオシリーズが出たのは1989年で、その翌年に『これが見納め 絶滅危惧の動物たち、最後の後継』が出版されると、たちどころに「古典」となった。マークの知識と経験と、それから明晰で断固たる説明に、ダグラスの突拍子もない方向からの洞察と天才的なたとえや思いもかけない比喩が混ざり合っている。
 ダグラス・アダムスは、2001年、あまりにも若い49歳という年齢で、何の警告もないまま突然の心臓発作で、私たちの元から乱暴に奪い去られてしまった。その8年後、『これが見納め』出版から20周年を記念し、マークと私は、テレビ番組の企画としてこの20年間の変化を見るために元の旅を再体験した。ヨウスコウカワイルカは、完全に絶滅し忘却の彼方へと消えていた。キタシロサイは、マイケル・クライトンの『ジュラシック・パーク』スタイルの遺伝的介入の力を借りてかろうじて生き残っているように見える。カカポは、ニュージーランド本島から隔絶され検疫された島での、1羽につき10人のプロジェクトのおかげで、踏みとどまっている。アイアイが生息するマダガスカルは、年々森林破壊がひどくなり、そのせいでアイアイだけでなく、島固有の動植物全体が非常に高い確率で死滅の危険に晒されている。等々。私たちが見届けてからさらに10年が経ち……みなさんもご存じですよね? 私たちは今や250万年前のペルム紀ー三畳紀以来起こったことのない規模の絶滅と向き合っていて、その大災害ぶりたるや地球上の生き物がこのダメージから立ち直るには1000万年はかかるという。私たちや、私たちの親や、私たちの祖父母や、私たちの曽祖父母が撒いた種を刈り取らされる世代は、結集して人々に話を聞かせようと行動を起こし始めた。
 この本は、たくさんのユーモアと喜びを含みながらも、絶滅について知りたいと思う人に完璧かつ適切な一冊となっている。どうやって、なぜ、生命体は今ある形態や動作や適応をするよう進化していったのか。例をあげれば、ある特別な種類のオウムは、地球上のある特殊な種類の片隅で、どうやって飛べない夜行性の鳥になったのか、とか、どうやって素晴らしく複雑でややこしい求愛行動と繁殖システムを生み出したのか、とか、どうやってその過程であらゆる恐怖や不安を失い悲劇的な結末を迎えたのか、とか――マークとダグラスが語る物語そのものが、生態的地位や、時間をかけて行われる適応や、技術の獲得を喪失について、好奇心旺盛な読者に知りたいことのすべてを教えてくれる。
 山脈から砂丘、金脈に至るまで、地質学とその物理的表出は、ただ二つの言葉で説明できる。時間と圧力だ。生命とそのすべてのヴァリエーションもまた、二つの言い回しで説明できる。生き残るための圧力と適応するための時間だ。
 時間と圧力は、今ではより不親切なやり方で働いている。自然界に対して人間が加える圧力はかつてない過酷さで締め上げていく。救い出すための時間は尽きつつある。もちろん、『これが見納め』だけで世界を救うことはできないが、でもひょっとしたら、今この本を初めて読んでいる、あるいは再読しているあなたは、過去30年にわたり、本書がユニークな形で提示してくれる生命の素晴らしさや儚さ、ヤバさ、豊かさ、不安定さ、力強さ、機転、無謀、驚異といったものに目を開かされてきた仲間の一人に加わるかもしれない。ひょっとしたら、自分たち自身への見方を変えるきっかけになるかもしれない――私たちが、これまで存在し息をしてきたどんな生命よりもヤバくて無謀で力強くも不安定であることに。そしてひょっとしたらあなたは、世界的大企業や政治的リーダーに圧力をかけるような、何百もの、何千もの、何百万もの人々のうちの一人になるかもしれない――ひょっとしたら、手遅れになってしまう前に。

スティーヴン・フライ 2019

 

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