目次
能書き 何でこんなページを追加することになったのかについての言い訳
更新履歴・裏ヴァージョン(2001.4.28-12.15)へ
更新履歴・裏ヴァージョン(2002.2.16-12.14)へ
更新履歴・裏ヴァージョン(2003.2.15-12.13)へ
更新履歴・裏ヴァージョン(2004.2.14-12.11)へ
更新履歴・裏ヴァージョン(2005.2.19-11.26)へ
更新履歴・裏ヴァージョン(2006.2.18-12.9)へ
更新履歴・裏ヴァージョン(2007.2.17-12.8)へ
更新履歴・裏ヴァージョン(2008.2.16-11.29)へ
更新履歴・裏ヴァージョン(2009.2.21-12.12)へ
2010.2.20. 10周年まで、あと1年 2010.2.27. ジャクリーン・ケアリーとスーザン・サイズモア 2010.3.6. 『ジュリー&ジュリア』 2010.3.13. 本当はおもしろいのかもしれない序文 2010.3.20. 序文対決の行方
自分のホームページを初めて世界に向けて公開したのが2001年2月12日、それからほぼ毎週土曜日ごとに地道に更新を続けてきたけれど、その過程で実はひそかにストレスが溜まっていた。
表向き、私のホームページの内容は、ダグラス・アダムスとユーリ・ノルシュテインとアントニオ・ガデスの3人についての紹介で、そこには当然私の主観が色濃く反映されてはいるものの、一応ある程度の客観的な情報を記載するに留めている。その気になれば、誰でも調べられることではあるがそこまで調べようとは思わないだろうこと、たとえばアルメイダ劇場のこととか、または個別には知っていたとしても関連を意味づけようとはしないだろうこと、たとえばダグラス・アダムスとリチャード・ドーキンスの関係とか、そういう類の事柄だ。
だが、そうやって細々とした事どもを追いかけているうち、してやったりの体験や思いがけない幸運に出くわすことがある。だがそれらはあくまで私個人に属することなので、当然これまでホームページの中には一切盛り込まなかった。
たとえば、ロード・クリケット場。私は、ロード・クリケット場に入ったことがある。それも、一観客としてクリケットの試合を見たのではない。大体、私が訪れた日は試合をしてすらいなかった。では、会員でもなければ入れないはずのクリケット場に、どうしてクリケットのルールもロクに知らない私が試合のチケットもなしに入れてもらえたのかと言うと、その時私と一緒にロンドンを旅行していた友達の叔母さまがイギリス人と結婚してロンドンに住んでおられて、その結婚相手のイギリス人紳士がイギリス人紳士にふさわしくクリケットのファンで、ロード・クリケット場の会員だったのだ。そして、私の(かなり歪んだ理由でではあるが)ロード・クリケット場に対する思い入れを知ると、快く案内役を引き受けてくださった。
何年か前の3月。その年は常にない暖冬で、3月とは言えセーター一枚で汗ばむ程の陽気だった。叔母さまの自宅はリージェンツ・パークの東側で、そこからリージェンツ・パークを横切ってロード・クリケット場に歩いて行くことになった。私と友達とイギリス人の叔父さまの3人で、相当に怪しい英語で話しながら、柔らかい緑に染まった公園を散歩したこと、途中公園内にある休憩所で紅茶とお菓子をごちそうになったこと、友達はその時つましくスコーンを一つ手に取ったのに、私はやたらデカくて派手なフルーツタルトを食べたこと、いざクリケット場の前にたどりついて、施錠された門の前に立てただけでも感無量だったのに、叔父さまが中の人に話しかけて鍵を開けてくれるようお願いしてくださったこと、さすがにグラウンドの芝生の中には入れなかったがすぐそばまで行けたこと、私の全く知らないクリケットの名選手の写真が貼られたグラウンドの売店で、シンボルマーク入りのグッズやポスターを買えたこと、それらの記憶は褪せることなく今も鮮明に残っている。
おととしの初夏、叔父さまは早世された。さすがに私は行けなかったが、友達は直ちにイギリスに飛び、デヴォン州で行われた葬儀に間に合うことができた。その時、「クリケットに興味がある珍しい日本人」ということで、私の話も出たらしい。帰国した友達は、普段叔父さまが愛用されていたというロード・クリケット場のマグカップを、形見の品として私にくれた。マグカップには、ENGLAND V AUSTRALIA ASHES SERIES LORD'S 1993 という文字と、クリケットのバットを持った獅子(イギリス)とカンガルー(オーストラリア)のイラストが書かれている。
と、書き始めるときりがないが、それらはあくまで個人レベルの話である。故に、「ロード・クリケット場」の項目に載せるべきではないと考え、実際に書いたのは名称や最寄り駅や歴史についてのとびきり客観的な情報だけに絞った。絞ったものの、欲求不満は残った。
という次第で、「更新履歴・裏ヴァージョン」新設と相成った。こちらには、表の側には載せられない個人的な感想や思い出やその他もろもろについて、週間日記のような感覚で気の向くままに書いていくつもりでいる。
よろしければ、お付き合いください。
2001年2月12日にこのサイトを立ち上げてから丸9年が経過し、10周年を寿ぐまであと1年を残すのみとなった。立ち上げ当初の予定ではせいぜい「3年くらい続けばいいな」だったのだが、ここまで来たからには何とか「10周年」をクリアしたい、という欲も出てくる。
という訳で、少なくとも今年1年、どうにか踏ん張って地道な更新を続けていきたいと思います。よろしければ、またお付き合いくださいませ。
で、まずは例年通り今年も追加した、「My Profile」のコーナーの「2009年のマイ・ベスト」について。
小説の選出に関しては、今回はまったく迷わなかった。アラン・ベネットの小説が日本語に翻訳されるのはこの『やんごとなき読者』が初めてらしいけれど、引き続き他のベネット作品も出てくれればいいのにと思う。ついでに、この作品の中に出てくるこれまで日本語に翻訳されたこともない小説についても対応してもらえたら、なお嬉しいんだけど。
それにひきかえ、映画3本を選ぶのにはかなり迷った。迷った結果、いつもとは毛色の違うリストになった。実在の人物を描いた映画と、実在の人物のドキュメンタリー映画と、CGアニメーション映画。どれも、2001年から2008年までに選んだ24作品には見当たらない系列の作品ばかりだ。正直に言って、この3作は自分でも映画館に向かった時には「ほどほど」の期待しか持っていなかったのだが、実際に観て思いがけずガツンと一撃をくらった。
……と言うと、そもそもショーン・ペンとマイケル・ジャクソンとジョン・ラセター相手に「ほどほど」とはどういう意味だ、と憤る方も大勢いらっしゃることだろうが、遅まきながら「参りました」と平伏しましたので、私の無知に免じてどうかご容赦あれ。もっとも、ジョン・ラセターに関しては、私も『トイ・ストーリー』以来の割と熱心なファンではあったのだけれど、『ボルト』だけはピクサーから離れてディズニーで、という話だったのでいささか期待値を下げていたのだった。ええ勿論、下げた私が愚かでしたとも。なので、今年の夏に公開予定の『トイ・ストーリー3』は、期待値を目一杯上げて待つことにするぞ。
同じ続編でも、シリーズの生みの親であるジョン・ラセター本人による『トイ・ストーリー3』と、ダグラス・アダムス以外の作家による『銀河ヒッチハイク・ガイド』6作目とでは、私の中でどうしても評価の基準が変わってしまう。同じ「続編」という基準だけで、作品の出来不出来を語ることができない。作品本位で考えるなら、書き手が誰であろうと関係ない、と言い切るべきなのかもしれないが、でもそこまで徹底して透明人間扱いされることは、作家オーエン・コルファーにとってもきっと本意ではないだろう。
などと、この1、2ヶ月の間ぐずぐずと考えて私なりに出した And Another Thing... の感想が、こちら。これを書くにあたっては、ネットにアップされているさまざまな書評や感想を読んでみたけれど、当然と言えば当然ながら私同様、『銀河ヒッチハイク・ガイド』のファンとして今回のコルファー版をどう見るか、というスタンスのものばかりだった。そうではなく、逆に根っからのオーエン・コルファーのファンたちが今回の彼の作品についてどう考えたか、についても興味があるのだが、今のところそういう文章は見つけ損ねている。「アルテミス・ファウルは大好きだけど、『銀河ヒッチハイク・ガイド』て何?」な人なら、日本にもたくさんいらっしゃると思うんだけどな。
2010.2.27. ジャクリーン・ゲアリーとスーザン・サイズモア
毎年2回、夏と冬の二ヶ月に亘る更新休止期間中に、私は「関連人物一覧」のようなコーナーを一通りチェックし、必要に応じて最新情報を追記している。年々そういった確認事項が増える一方で手間はかかるがそれはさておき、『銀河ヒッチハイク・ガイド』をテーマに書かれたエッセイ集『宇宙の果てのアンソロジー』の執筆者一覧についても確認してみたところ、19人の執筆者のうち、これまで一度も翻訳されたことのなかった二人の作家の小説が、2009年に日本で出版されていたことに気が付いた。
その二人とは、ジャクリーン・ケアリーとスーザン・サイズモア。
ジャクリーン・ケアリーが書いた『宇宙の果てのアンソロジー』に寄せたエッセイ "Yes, I Got It" を読むと、イギリス人でない『銀河ヒッチハイク・ガイド』ファンの一人として、私もつい彼女に肩入れしたくなる。で、2009年に翻訳された彼女の長編ファンタジー小説『クシエルの矢』シリーズ3冊を、表紙の少女マンガ的イラストにちょっと怯みつつ、近所の書店で買ってみた。
普段の私は、ハヤカワ文庫FTは滅多に手に取らない。ジャンル小説としてのファンタジーは、実はあんまり得意ではないのだ(タニス・リーとか、例外的に好きな作家もいるけど)。なので『クシエルの矢』シリーズを買ったのも、どちらかと言えばご祝儀気分であり、その結果、買っただけで満足して今に至るも全く読んでいない。
勿論、近いうちに読むつもりではいるのだが、ただその前に気になることが一つある。『クシエルの矢』の文庫本表紙のそでの部分に書かれた著者紹介によると、「大学在学中に交換留学でロンドンに行き、書店で半年働いた」とあるが、私が自分のサイトにアップしているケアリーの紹介文は「卒業後、交換プログラムに参加して半年間ロンドンの書店で働いていた」。在学中と卒業後、瑣末な間違いかもしれないが、他でもないこの半年のロンドン書店務めの体験こそが "Yes, I Got It" の中核となっているだけに、私としては見過ごせないミスだ。それにしても、日本で紹介されていない作家等について自分のサイトに載せる時は、なるべくその作家の公式サイト等で確認するようにしているつもりだったのに、一体どこをどう勘違いしたんだろう、と思って改めてケアリーの公式サイトを訪ねてみたところ、After receiving B.A. degrees in psychology and English literature from Lake Forest College, she took part in a work exchange program and spent six months working in a bookstore in London.
この文章を読んだ限りでは、在学中というより卒業後にロンドンで働いたとしか思えないので、今のところ私のサイトでは強気に「卒業後」としておくことにする――あ、やっぱり私の誤訳とか誤解ということなら直ちに訂正しますので、お気付きの方は是非当方までご連絡ください(自分の英語力を考えると、やっぱり強気一色にはなれん)。
それから、2009年に翻訳が出たもう一人の作家、スーザン・サイズモアのほうは、秋に扶桑社ロマンスから『君を想って燃え上がる』という邦題で文庫本が出版された。が、サイズモアのエッセイ "You Can't Go Home Again, Damn It! Even If Your Planet Hasn't Been Blown Up by Vogons" を読んでいただければ、この私が彼女に肩入れだのご祝儀だのをするはずがないことは言わずもがなだ。しかし、『銀河ヒッチハイク・ガイド』をボロクソに時代遅れ呼ばわりした作家先生が、ご自身では一体どれほどの小説を書いていらっしゃるのか、という歪んだ興味は確かに湧く。だからって買って読むのも癪だよなあ、などとセコいことを考えていた矢先、地元の図書館の棚が並んでいるのを発見し、お、ラッキー、とばかりに借りて読んでみたのだが。
……『君を想って燃え上がる』は、今アメリカで流行っている「パラノーマル・ロマンス」というジャンルの小説らしいのだが、何のことはない、図書館の返却カウンターに出すところを誰かに見られるのが恥ずかしいくらいの、ベタなポルノだった。おとなしく買って読んでいれば、返却という要らぬ恥をかかずに済んだものを、よもやこんな形で作者に逆襲されるとは!
気を取り直して今回の更新は、二ヶ月の冬休み中に偶然発見した『銀河ヒッチハイク・ガイド』関連のちょっとした情報について。「Topics」欄に映画『ジュリー&ジュリア』を追加すると共に、「関連人物一覧」欄のヒュー・ローリーにも加筆した。
前回の更新で追加した映画『ジュリー&ジュリア』は、昨年12月末に映画館で観た。
が、今になって振り返ると、わざわざ映画館まで足を運んでまでこの映画を観たいと思った、その理由が自分でもよく分からない。監督がノーラ・エフロンだったから? 嫌いじゃないけど、そこまで好きかと言われると、微妙。メリル・ストリープの名演技が観たかった? いやいや、予告映像を観た限りでも、『プラダを着た悪魔』の時のほうがはるかに魅力的だった。それとも、美味しそうな料理の映像を堪能したかった? そういう映像は確かに好きだが、濃厚なフランス料理は胃の弱い私にはちょっと……。
考えれば考える程、分からない。
が、とにかく私は一人で出掛け、そして映画が始まって10分くらい経った頃には早くも眠気に襲われていた。つまらない、とまでは言わないものの、エイミー・アダムス扮するジュリー・パウエルは些細なことでいちいち大騒ぎするし(些細なことで大騒ぎするのは構わないが、大騒ぎする自分の姿に笑うだけの心の余裕というかユーモアのセンスがないのは困る)、メリル・ストリープ扮するジュリア・チャイルドの間延びした喋り方もかったるい(実在の人物に忠実に演じただけなのだから、役者に非はないんだけど)。うつらうつらしながらスクリーンを眺めているうち、ジュリーがブログ更新準備に追われて半ばヒステリー状態、というありがちな展開へと流れていった。
世の中には、お金儲けのためでも誰かに命じられたからでもなく、自分で自分にノルマや締め切りを設定し、サイトやブログを定期的に更新し続ける人はたくさんいる。勿論、私もその一人だ。でも、だからって締め切りに苛立つジュリーに共感できるかどうかはまた別の話。むしろ他人事ではないだけに、所詮は趣味に過ぎないものにのめり込んで実生活のバランスを欠いてしまうことのバカバカしさ、本末転倒ぶりに自ら笑うだけの客観性は持っていろよとつい苛立ってしまう。
と、かなり突き放した気分で事の成り行きを観ていると、ジュリーの夫エリック・パウエルが、そんなヒステリー妻を慰めるべく、締め切りにまつわる格言めいたことを言い出した。締め切りが通り過ぎる時の音がどうした、とか。おいおい、何だかアダムスからのパクリっぽいぞ、と思った矢先、台詞と日本語字幕の両方ではっきりと「ダグラス・アダムス、『銀河ヒッチハイク・ガイド』」が出たではないか。
一瞬にして眠気はふっとび、思わずシネコンの椅子の中で居住まいを正す。うひゃあ、これは私が映画館で観るべき映画だったんだ!
――で、話は冒頭に戻る。『ジュリー&ジュリア』に『銀河ヒッチハイク・ガイド』が出てくることなんか全く知らなかった私が、どうして敢えて映画館で観ようと思ったのだろう。ひょっとして、いつの間にかある種の第六感が備わって、どんなに遠く離れたところからでも『銀河ヒッチハイク・ガイド』に関するものを嗅ぎ当てられるようになった、とか?
まさかね。でも、まったくない、とは言い切れないかも。
気を取り直して今回の更新は、小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』30周年を記念して出版されたペーパーバックに、オーエン・コルファーが寄せた序文を紹介。彼が書いたシリーズ6作目 And Another Thing... と合わせて読むと、なお興味深い。
前回の更新で追加した、オーエン・コルファーによる小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』への序文を一読して私が抱いた感想は、2009年9月12日付の同コーナーに書いた通りであり、お世辞にも好意的/肯定的なものではなかった。
その感想は、コルファーが書いた6作目And Another Thing... を読み終えた今でもあまり変わらない。敢えて言うなら、2009年9月の時点では「この先一体どんな『銀河ヒッチハイク・ガイド』の続編を読まされることになるんだろう」と頭を掻きむしりたくなったけれど、結果が出た今となってはそういう不安は湧かない、というくらいの違いだ。
が、自分が好意的/肯定的な感想を抱いていない英語の文章を自分なりの日本語に移し替えるにあたっては、いつも以上に神経質にならざるを得なかった。『宇宙の果てのアンソロジー』にスーザン・サイズモアが書いた "You Can't Go Home Again, Damn It! Even If Your Planet Hasn't Been Blown Up by Vogons" のように、はなから『銀河ヒッチハイク・ガイド』に攻撃的/否定的な文章だったらまだいい。私が彼女の文章の概要をまとめ損ねたせいで、『銀河ヒッチハイク・ガイド』を意味もなく貶めたと言われる筋合いだけはないからだ。でも、コルファーはサイズモアとは違う。彼の序文は、当たり前だが『銀河ヒッチハイク・ガイド』に好意的/肯定的、なのに私はそれを読んで「褒め言葉なのは確かだけど、でも何か違う」と思い、そのくせ「何か違う」と思うのはひょっとしたら私の英文読解力不足のせいかもしれないという後ろめたさを拭い切れない。ああもう一体、何をどう訳せばいいのやら。
と、私がさんざん迷った挙げ句の結果をお読みいただいて、「何だ、おもしろいじゃないか」と笑ってくださる方がいらっしゃったとしたら、私としては万々歳である。確かに私にはあの文章のおもしろさがピンとこなかったけれど、だからってコルファーの足を引っ張りたくはないし、むしろ「きっとこういうところがおもしろいのだろう」と推測できる限りの推測を膨らませて日本語にしてみたからだ。
逆に、読んで「つまんねー」と思われた方には、本当にコルファーの原文もつまらないのか、単に私が原文のニュアンスを汲み取り損ね、翻訳し損ねているだけではないのかと大いに疑っていただきたい。何せ私のやることだ、後者の可能性は大いにありうる――勿論、そんなのはコルファーの序文に限ったことではないけどね。
そして今回の更新は、同日に発売されたパン・ブックスからのペーパーバック『銀河ヒッチハイク・ガイド』に付けられた、ラッセル・T・デイヴィスの序文を追加。これはやっぱり、コルファーのと並べて読むべし、でしょ。
追伸/2010年2月27日付の同コーナーで「近いうちに読むつもり」と書いた、ジャクリーン・ケアリーの『クシエルの矢』計3冊を、先日ようやく読了した。かわいらしい少女マンガ的イラストの表紙にも似ず、物語の設定が露骨にエロくて面食らったものの、派手な濡れ場を書くためにストーリーやキャラクターがあるといった感じだったスーザン・サイズモアの『君を想って燃え上がる』とは違い、主人公が特殊体質の被虐趣味という設定はストーリー展開の中で巧く使われていたと思う。思うがしかし、この分厚い3冊を片付けただけで私はもうお腹がいっぱい、現時点で早くも続編『クシエルの使徒』計3冊のうちの2冊が発売されたことは知っているけれど、私は脱落することにする。真性のファンタジーファンのみなさまは、どうか私の屍を踏み越えて、続きをお楽しみください。
2009年9月1日に同日発売された、小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』の2種類のペーパーバック。それぞれに付けられた、2種類の序文。オーエン・コルファーとラッセル・T・デイヴィス、二人の書き手がこの状況をどのくらい意識していたかは知らないが、これはもう「比較するな」と言う方が間違っている。
で、比較した結果、この序文対決はラッセル・T・デイヴィス版の圧勝だと私は思う。学校集会の話には「何だよ何だよ、(周りに誰一人『銀河ヒッチハイク・ガイド』をおもしろいと言ってくれる人のいなかった)私と真逆の学生生活は!」と地団駄を踏み、住居購入の話ではうっかりその情景を思い浮かべて羨ましさのあまり悶絶し、最終段落ではほとんど落涙せんばかりに感激した――というのは、大げさな表現なようで実はちっとも大げさではない。そのくらい、ものの見事に私の琴線に触れた、いや、心臓を射抜いてくれた。
しかし、感激する気持ちが強ければ強いだけ、前回の更新のためにその文章を日本語に翻訳するにあたっては、どうすれば原文のシンプルさと親しみやすさを損なわずに済むのかと頭を抱えることになった。前回の同コーナーに書いた通り、コルファーの序文を訳した時は、「ひょっとしたらとてもおもしろいのかもしれない文章を、私の読解力不足のせいで台無しにしているんじゃないだろうか」というプレッシャーを感じたのに対して、デイヴィスの序文の場合は「原文はもっとシンプルでもっと親しみやすいのに、私の文章力不足のせいで良さが半減しているよなあ」と途方に暮れた、とでも言おうか。"a shared knowledge of a piece of writing, a shared love" とか、意味は分かるよ、分かるけどさ、でも一体どう訳せば原文の持つ「みんなと分かち合っている」感が出せるというのだ。
という訳で、素人の私が我流で訳したデイヴィスの序文を読んで「どこがそんなにいいんだ?」と思った方は、どうか原文に目を通してから最終的な判断を下していただきたい。勿論、私に言わせればデイヴィスの圧勝でも、「何でだよ、コルファーのほうがずっといいじゃないか」と思う方もいらっしゃるだろう。そういう方がいらっしゃればなおのこと、私としても敢えて2作品並べてアップした甲斐があったというものだ。
にしても、2種類のペーパーバックが出版されてから半年が過ぎたにもかかわらず、日本語は勿論のこと英語のサイトの中でさえ、私は私以外の誰かが書いたオーエン・コルファー版とラッセル・T・デイヴィス版を比較した文章を未だに見つけられずにいる。おかしいなあ、いくら何でも2作を読み比べておもしろがるのは世界広しといえど私だけ、ということはないと思うんだけどなあ。きっと、単に私のネット検索のやり方が巧くないせいだな、うん、そういうことにしておこう。
気を取り直して今回の更新は、引き続き30周年記念のペーパーバックの序文を紹介する前に、30周年記念の序文を手掛けた計6人のうち、ダグラス・アダムス関連人物に入っていなかったダーク・マッグスを追加。とっくに紹介済みだと思っていたんだけど、まだだったのね。
それから、たまたま図書館で見つけた The Hitchhiker's Guide to Self-Management & Leadership Strategies For Success という本の著者、クリストファー・フリングスについても追加したので、こちらもよろしく。