目次
2021.2.6. めでたくない新年 2021.3.6. タオルがなくてパニック 2021.4.3. 第15回ダグラス・アダムス記念講演 2021.5.1. SFとBLは共存できるか 2021.6.5. Hulu版テレビドラマ『銀河ヒッチハイク・ガイド』速報 2021.7.3. 図書館の魔法 2021.9.4. 新型コロナワクチン接種 2021.10.2. Kindle で本を読む 2021.11.6. 祝・小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』42周年 2021.12.4. 女オタク?
今年も、今さらながらあけましておめでとうございます。
が、しかし。「おめでとう」と書いたそばからこういうことを言うのもなんだが、これほどまでにめでたさを感じられない新年も珍しい。何せ日本における新型コロナウイルス感染状況は、政府与党が何と言おうと悪化の一途を辿っている。事実上の医療崩壊も起こしていて、目下のところ緊急事態宣言が発令されていて、にもかかわらずテレビをつければ春のセンバツ高校野球だの夏の東京オリンピックだのという話が流れてくる。私には狂気の沙汰としか思えないんですけど。
もっとも、私がスポーツに冷淡なのはもともと関心がないからであって、私がもともと関心を持っている映画館や劇場については存続が気がかりなのも確か。営業している映画館や劇場には応援もかねて行きたい、でも新型コロナウイルス感染のリスクは気になる――昨年は、そんな葛藤の連続だった。
行くべきか、行かざるべきか。結局、どうしても観たい映画や美術展など、数を絞りに絞った上で、空いているであろう日程や時間帯を選び、何度か足を運んでみた。が、どんなに良い作品に出会えたとしても、どんなに劇場側が感染対策を徹底していたとしても、これまでのように能天気に楽しむことはできなかったし、それどころか、感染のリスクを感じひやひやしてまで出かける意味があるだろうかという気分にもなってくる。映画館や劇場の経営や従業員の収入の問題を無視するなら、いっそ最初から閉鎖してくれたほうが悩まずに済むのに、とさえ思えてくる。
というわけで、今回の更新で追加した「My Profile」欄の「2020年のマイ・ベスト」の映画ベスト3は、私としては不本意な選出となった。ここに挙げた3作品がたいしておもしろくなかった、という意味ではなく、もともとの分母が小さいせいで「たくさん観た中から選んだ」という感じがしないのだ。大当たりな映画だけでなく、「まあまあおもしろかった」とか「たいして期待してなかったんだからハズレでも文句を言うまい」とか、そういう気楽なノリで映画館に通えた日々が恋しいったらない。
その一方、「2020年のマイ・ベスト」の小説に関しては、大いに悩む余地があった。映画館に行けない鬱憤を本屋で晴らす、みたいなところがあって、新刊本をこれまでになく無造作に買って読んだからだ。その分、これまでになくハズレを買うことも多かったけど、コロナ禍にあっては経済を回すことも大事、と言い訳し、速攻で段ボールに詰めて「チャリボン」(古本の買取サービスの一種だが、査定額を自分で受け取る代わりに指定の団体に寄付する仕組み)送りにした。新刊本は発売から日が浅いほうが高値がつくので、手放すなら早いに越したことはない。それに、世評につられて趣味に合わないハズレ本を買ってしまったとしても、寄付になると思えば少しは気が晴れるというものだ。気を取り直して今回の更新から、マリレット・フォン・デル・コルフ(Marilette van der Colff)が出版した博士論文 One Is Never Alone with a Rubber Duck: Douglas Adams's Absurd Fictional Universe の読解を開始。なかなかの難物だけど、2021年中には片付けたいと思う(え、気長すぎ?)。
2021年になっても新型コロナウイルス感染拡大がおさまる気配はあまりなく、私にワクチン注射の機会が回ってくるのもまだまだ先になりそう、ということで、相変わらず映画館にも美術館にも足が遠のいたままである。それでも、この作品だけはどうしても映画館で観ておきたい、と思って出かけたのが、イギリス映画「どん底作家人生に幸あれ!」。この邦題からはまったく想像できないけれど、原題は「The Personal History of David Copperfield」であり、原題からは簡単に推測できる通り、チャールズ・ディケンズの代表作『デイヴィッド・コパフィールド』の映画化である。
私自身はディケンズの愛読者ではないが、ダグラス・アダムスがディケンズの愛読者だったと知った以上は素通りできない。というわけで、『デイヴィッド・コパフィールド』も読んだことはあるものの、好きかと言われればたいして好きでもないし、映画化されたからと言って馳せ参じたいとも思わない――はずだっのに、今回の「どん底作家人生に幸あれ!」が例外中の例外となったのは、監督したアーマンド・イヌアッチの前に撮ったコメディ映画「スターリンの葬送狂騒曲」がすごくおもしろかったことに加え、主人公で語り手のデイヴィッド・コパフィールド役にインド系の俳優デヴ・パテルを配役し、ヴィクトリア朝の原作小説を忠実に映像化するというより原作や著者のスピリッツを表現することに重きをおいた仕上がりになっていて、このチャレンジ精神は見逃せないと思ったからである(ヒュー・ローリーとかピーター・カパルディとかベン・ウィショーといった、私の好きな俳優がぞろぞろ出演していた、ってこともあるけれど)。
期待たがわず、この映画はとてもおもしろかった。活気があってテンポが良くて、おまけにベン・ウィショーのユライア・ヒープはその気色悪さで出色の出来。これだけでも映画館で観る甲斐があったけれど、おまけにエンドクレジットに「special thanks」としてジョン・「Cabin Pressure」・フィネモアの名前を発見した時は思わず変な声が出そうになった。
いや実はこの映画、原作同様に主人公デイヴィッドが生まれた日のことから話が始まるのだけれど、田舎の一軒家で産気づいたデイヴィッドの母親の世話をする家政婦ペゴティは、「タオルがない! もうパニック!」と叫びながら家の中を走り回るのだ。タオルがなくてパニック――これだけのセリフで咄嗟に『銀河ヒッチハイク・ガイド』へのオマージュを疑う私はかなりの重症患者だが、ケンブリッジ大学フットライツの元メンバーで『銀河ヒッチハイク・ガイド』のファンでもあるジョン・フィネモアも噛んでいるとしたら、まんざら私の思い込みでもないんじゃないの?
この映画の脚本はサーチライト・ピクチャーズの公式サイトにアップされている。が、この脚本にはペゴディは家の中を走り回り、タオルを持ってくる。「ほら、タオルですよ!」(PEGGOTTY running through the house, carrying towels. “Here comes the towels!”)」
としか書かれていない。ってことは、パニック云々のセリフは撮影現場でのアドリブだったんだろうか? 後で調べてみたところ、ジョン・フィネモアだけでなく監督のアーマンド・イヌアッチ自身も『銀河ヒッチハイク・ガイド』のファンだと分かったけれど、このシーンについての直接的な言及は見つからず、相変わらず謎のままである。さて真相はいかに?
そして今回の更新は、博士論文 One Is Never Alone with a Rubber Duck: Douglas Adams's Absurd Fictional Universe の読解の続き。さらに、2016年を最後に事実上終了していたダグラス・アダムス記念講演復活についての情報も、最新ニュースとして追加した。
2021年3月11日、ダグラス・アダムス記念講演が5年ぶりに開催された。しかも、新型コロナウイルス感染防止の観点から、初のオンライン開催――ということは、日本にいる私も参加できるではないか!
参加チケット代は4.2ポンドだけど、できれば主催の「Save The Rhino」への寄付も含めた10ポンドのチケットをお願いします、ちなみに42ポンドの高額寄付チケットもありますよ、とのこと。私はちょっと迷った末、10ポンドを選んだ。チケットをオンライン購入すると、登録したメールアドレスに配信を視聴する方法を説明したメールが届く。iPhoneで視聴するStellarとかいうアプリをあらかじめダウンロードしましょう、とか、よくわからないけれどとりあえずやれる範囲の準備をして、当日を待った。
とは言え、イギリス時間の午後7時スタート、ということは、日本では翌12日金曜日の午前4時になる。この日の私はたまたま振替休日だったけれど、こんな早朝に英語ネイティヴのスピーチを聴いて理解するのはあまりにつらいし、何よりしばらくすれば期間限定でオンデマンド配信してくれるという。だったら、無理して早起きしなくていいや、と、朝寝を決め込むことにしたのだが。
12日の夜、「Save The Rhino」から ”Thank you so much for purchasing a ticket” 云々で始まるメールが届く。お、オンデマンド配信の準備が整いました、というお知らせかな、と思いきや、メールを最後までちゃんと読むと、「放送終了後、技術的な問題で番組が録画されていないことに気付きました」。
えええええ?!
さらに読み進めると、どこかに記録が残っていないか、それを集めて何とかできないか、全力で画策しているところです、後日配信を楽しみにしていた皆様には大変申し訳ないのですがあと数日お待ちください、勿論チケット代の払い戻しには応じます、とのこと。
マジか……。
録画失敗を知った瞬間、担当者はさぞ青ざめただろう。どんなに頑張って準備したとしても、この種の思いがけないミスを起こりうることだ。それはもう、たいして有能でもない勤め人として長らく働いている私にはよーーく分かるから、くどくど文句を言うのは大人げない、と思う。というかむしろ、私自身の、リアルタイム視聴も可能だったにもかかわらず怠け心でみすみすその機会を逸したファンにあるまじき態度に対して、天罰が下ったとしか思えない……。
と、ひどく落ち込みながら待つこと数日、「Save The Rhino」からまたしても思いがけない内容のメールが届いた。結局、リアルタイム時の録画は見つからなかったけれど、何とメイン講師のスーザン・グリーンフィールドをはじめ出演者のみなさんが揃って配信用の再録を引き受けてくだったとのこと。ということで、もうしばらく時間がかかるけれど、配信できるようになったらまたお知らせします、とのこと。
マジか!
ああもう何てありがたい、と、手を合わせて拝みながら待つことさらに数日。日本時間の3月27日(土)午前2時、今度こそ「配信開始」のメールが届く。
いよっ、待ってましたーーー!動画は、全体で約1時間。まず、野生のサイの保護活動についての動画が流れ、コメディアンのレイチェル・ウィーリーによる司会進行で、まずはサミュエル・バーネットとハンナ・マークスの二人の掛け合いによる「私立探偵ダーク・ジェントリー」のスピンオフというかミニコント「Socially Distanced Dirk」、それからアルヴィンド・イーサン・デイヴィッドによる「ファンレターのすすめ」、最後にスーザン・グリーンフィールドによる約30分の講演、という内容だった。恐れていたよりもずっと理解しやすく、かつ、すごく刺激的、というのが初見の感想だが、今度はちゃんとメモをとりながらもう一度見直すつもりなので、詳しくは後ほど。
ということで今回の更新は、スーザン・グリーンフィールドの紹介と、博士論文 One Is Never Alone with a Rubber Duck: Douglas Adams's Absurd Fictional Universe の読解の続き。それから、またしても新しい『銀河ヒッチハイク・ガイド』本の刊行について、最新ニュースに追加した。
2週間ほど前、私のツイッターのTL上では「SFとBLは共存できるか」という話が一時的に炎上していた。
発端は、地方の書店の棚からSFのコーナーがなくなり、代わりにもっと売れるジャンル、BLコーナーになった、というもの。で、もっとSFを買って書店の棚を奪い返しましょう、との呼びかけに対して、そもそもSFとBLを対立させることがおかしい、とか、BLの要素を含んだSFはたくさんある、とか、これだからSF読者のミソジニーは、といった反発の声が上がっていた。
一連のツイートの流れをざっくりと眺めながら、私はちょっと論点がずれているなと思っていた。ことの始まりは、書店の棚の占有面積のことであり、つまりここで言う「SFとBL」とは「ジャンルSFとジャンルBL」、より正確には「ジャンルSFのレーベルで出版された本とジャンルBLのレーベルで出版された本」を意味する。つまり、「もっとSFを買って書店の棚を奪い返しましょう」とは、あくまで「ジャンルSFのレーベルで出版された本を買いましょう」という意味でしかない。
世の中には、BLの要素を含んだSFも、SFの要素を含んだBLも、探せばいくらもあるだろう。そもそもBLというジャンルには、直接的に男性同士の恋愛を描いていない作品にそういう要素を嗅ぎつけて二次創作するところから発展してきたという経緯があるし、「スター・トレック」はその典型だ。であるからには、「SFとBLは共存できるか」という問いかけ自体、根本的に間違っていないか?
SFのBL読みに関しては、「スター・トレック」に限らず『銀河ヒッチハイク・ガイド』も例外ではない。英語で読むのが億劫すぎて真面目に検索したことすらないけれど、噂によるとアーサーとフォードのコンビだけでなく、他にもいろいろな組み合わせ(?)があるらしい。ちっ、日本語だったら私も楽しく読ませてもらうのに。
それにしても、発端となったツイートに書かれていた書店のSFコーナーに『銀河ヒッチハイク・ガイド』は置いてあったんだろうか。海外の書店ではもれなくSFコーナーに並んでいるけれど、日本では新潮文庫でも河出文庫でも「ジャンルSFのレーベル」は貼られていないから、よほどマニアックな書店でない限り、SFコーナーには並ばないんじゃないだろうか。もともとSFだろうとBLだろうと「ジャンル小説」自体があまり好きでない私としては「それで良し!」だけど、逆に「ジャンルSFのレーベルで出版された本」を好む日本のSF読者の手元に『銀河ヒッチハイク・ガイド』は意外と届きにくかったりする!?気を取り直して今回の更新は、第15回ダグラス・アダムス記念講演の内容紹介と、そこで披露された寸劇「Socially Distanced Dirk」でサミュエル・バーネット扮するダークの相手役を務めた女優、ハンナ・マークスをダグラス・アダムス関連人物に追加した。あと、遅々として進まない博士論文 One Is Never Alone with a Rubber Duck: Douglas Adams's Absurd Fictional Universe の読解も、ほんの少しだけ加筆。
2021.6.5. Hulu版テレビドラマ『銀河ヒッチハイク・ガイド』速報
3月にダグラス・アダムス記念講演を開催した Save the Rhinoが、5月25日のタオル・デーにオンライン・イベントを企画した。イギリス時間の午後7時から開始で、かつ、リアルタイム配信オンリーだったため、私は参加できなかったけれど、このイベントの中で新しいテレビドラマ・シリーズ『銀河ヒッチハイク・ガイド』についての発表もあったらしい。
Huluで製作されているこの新テレビドラマ、もともとは2021年に放送(というか配信?)される予定だったけれど、新型コロナウイルス感染拡大の影響で延期を余儀なくされたそうな。が、こちらのネット記事によると、それでもついにタオル・デーに合わせて5月25日からカナダのトロントで撮影が開始されたという――その割に、今なお主要キャストすら公表されていないのだが。
正直言って、私はHulu版『銀河ヒッチハイク・ガイド』にはそんなに期待していない。そこそこ大掛かりにリライトされるようだけれど、『ダーク・ジェントリー』のドラマ化と違い、自由裁量を施すにも限度があると思うからだ。おまけに、ガース・ジェニングスによるキュートでクリエイティブな映画版『銀河ヒッチハイク・ガイド』を観た後とあっては、あれ以上の美的センスと音楽的センスをテレビドラマに望むのはハードルが高すぎると思ってしまう。
じゃあ新作テレビドラマの製作には反対なのかというと、さにあらず――だって、キャスティング次第でこれまで『銀河ヒッチハイク・ガイド』と無縁だった人たちを新たにがっつりダグラス・アダムスの世界に取り込めるのではないか。何しろ、映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』でマーティン・フリーマンがアーサー・デント役を演じてくれたおかげで、それから5年後のテレビドラマ「Sherlock/シャーロック」にハマった多くの日本人が、遡って『銀河ヒッチハイク・ガイド』を観てくれたからねえ。そういう過去の成功体験(?)があるだけに、Hulu版の主要キャストが気になって仕方ない。早く公表してくれないかなあ。新型コロナウイルス感染拡大のせいで遅れていると言えば、私が発売前にAmazon.co.jpで予約したクリス・リデルのイラスト付き『銀河ヒッチハイク・ガイド』も、まだ私の手元に届いていない。5月4日発売の新刊本が一ヶ月以上経っても届かないのはかなりの異例だ。ま、インターネット以前の世界では、洋書を取り扱う専門店に直接足を運んで注文し、それから早くて3ヶ月、下手すりゃ半年くらい待たされた後、専門店から入荷のお知らせをハガキで受け取り、それを持って再び専門店まで出向くのが普通だったことを思えば、一ヶ月や二ヶ月など待ったうちに入らない、とも言える。ということで私もおとなしく待っているけれど、ひょっとして新型コロナウイルス感染拡大だけでなく、ブレクジットの問題も関係しているのかな? だとしたら、一気にじれったさが増すんだけど。
気を取り直して今回の更新は、博士論文 One Is Never Alone with a Rubber Duck: Douglas Adams's Absurd Fictional Universe の続きに加え、ダグラス・アダムス関連人物コーナーにイギリスの労働党の政治家エド・ミリバンドを追加。
ここ二ヶ月ばかり、割と頻繁に近所の図書館に通っている。それもこれも、博士論文 One Is Never Alone with a Rubber Duck: Douglas Adams's Absurd Fictional Universe の読解のため。本文を読むだけなら電子辞書を頼りにわかりにくい英文とひたすら格闘するのみだが、引用箇所については既存の日本語訳が手に入る限り、そちらを利用したいからである。だって、どう考えてもプロの訳文のほうが正確だもの。
というわけで、新しい引用箇所にぶつかるたび、日本語訳の有無を検索し、あれば地元の図書館に日本語訳が入っているかどうか検索し、入っていれば借りに行く。ツヴェタン・トドロフの『幻想文学――構造と機能』なんか、日本語訳が出ているとは思えないけどまあ念のため、と思って検索したら見つかった。ありがたやありがたや。
とは言うものの、そもそもファンタジー小説全般に関心が薄い私にとって、ファンタジーの「構造と機能」など、根本的に関心が持てない。正直、日本語訳で読んでなお「だから何?」という気がしないでもなかったし、そもそも1975年に書かれたファンタジーの種類分けなんて2021年の今でも有効なんだろうか――と思っていたら、同じ図書館の新刊コーナーで見つけて軽い気持ちで借りてみた廣野由美子著『小説読解入門 『ミドルマーチ』教養講義』(中公新書)の「マジック・リアリズム」の説明箇所で、他でもないトドロフの名前を見つけてびっくりする。フランスの文学理論家ツヴェタン・トドロフは、超自然をめぐる物語を三つのカテゴリーに分類し、合理的に説明できない場合を「驚異」、合理的説明が可能な場合を「怪奇」、自然な説明と超自然の説明との間で決定不可能のまま揺れ動く場合を「幻想」と呼んだ(トドロフ、第二章・第三章)(p. 77)
ここで引用されている内容は、1975年の『幻想文学――構造と機能』ではなく1999年の『幻想文学論序説』だけど、ファンタジーを「驚異」「怪奇」「幻想」の三つに区分しているという点ではどちらも同じ。その区分が、よりにもよってジョージ・エリオットの社会派長編小説『ミドルマーチ』の読解に際しても有効というのは、良い意味で意外だった。
しみじみ、図書館ってありがたい。
さらに、「気分転換に、何がもう少し軽いものを読みたいなあ」と思いながら文庫本の棚を眺めていて、ふと目に止まったのがジョー・ウォルトン著『図書室の魔法(上)(下)』(創元SF文庫)。全く知らない作家だけど、タイトルといい表紙イラストといいジュブナイルっぽいというかヤングアダルトっぽくて、これなら気楽に読めるかな、と、下巻の巻末のあとがきをぱらぱらっとめくったら作中に登場する本のリストが載っていて、しかもその大半がSFやファンタジーで、こ、これはもしや……と思ったら、出たあ、ダグラス・アダムス『銀河ヒッチハイク・ガイド』!
ああ、しみじみ図書館ってありがたい(感泣)。ということで今回の更新は、博士論文 One Is Never Alone with a Rubber Duck: Douglas Adams's Absurd Fictional Universe の読解の続きに加え、ジョー・ウォルトン著『図書室の魔法』における『銀河ヒッチハイク・ガイド』の描かれ方を紹介する。
そして、この夏も例年通り、二ヶ月の夏休みをいただきます。次回の更新は、9月4日。それまでどうか、このコロナ禍を乗り切りましょう。
二ヶ月の夏休み、いかがお過ごしでしたでしょうか? いくら何でも本当に実施されることはあるまいとタカを括っていた東京オリンピック2020が本当に実施され、さすがに中止だろうと思っていたパラリンピックも続行され、明日が閉会式だそうな。で、案の定、新型コロナウイルス感染者の数が爆発的に増え、もはや事実上の医療崩壊状態――そんな二ヶ月の間に、私は職域接種で二回のワクチン接種を行った。
世の中にはワクチンを打ちたくないとか打つべきではないと考える人がいることは知っている。私自身、まったく迷わなかったと言えば嘘になる。でも現在、私は電車で片道1時間半かけて通勤しており、かつ、仕事柄100パーセントの在宅勤務に切り替えることができない、つまり、仕事として人と対面で話すことを避けられない。私の自主的な努力だけでは、感染リスクを限りなくゼロに近づけることはできないのだ。
それでもワクチン接種に最後まで不安が残る私の背中を押したのは、リチャード・ドーキンスがワクチン接種をしたと自らツイートしたことだった。無神論者としてはいろいろ面倒な人だなあと思うことも多々あるけれど、少なくとも分子生物学の科学的知見に関しては信頼がおける。というか、今から必死で勉強したところで、遺伝子の仕組みやら何やらについて私がドーキンス以上に正確な科学的知識を身につけられるとは思えない――だからって自分の頭で考えることを放棄して盲信するのってどうなの、と反論されるかもしれないが、すべてについて知りうるのが不可能である以上、ある程度は専門家の知見に委ねざるを得ないのが現実だ。だとしたら、残るはどの分野に関してはどの専門家の知見を信用するかであり、私は分子生物学や遺伝学については、徹底的に科学的検証を大切にするその姿勢ゆえに、ドーキンスの知見を信用する。
二回目の接種を8月上旬に終えて、副反応は丸二日かけてそれなりに出た(最高体温は38.4度)ものの、とりあえず今のところ目立った健康被害は出ていない。5Gにもつながっていない。摂取から二週間以上経過し、そこそこ免疫もついたとは思うけれど、勿論、まだ向こう当分の間は自主的な外出を控えるつもりだ。
それならそれで、一人で自宅に籠ってばかりいたのだからさぞかしこのホームページの更新準備もさぞはかどるだろう、と思いきや、そうでもないのが情けないところ。それでも、なかなか先に進まない博士論文 One Is Never Alone with a Rubber Duck: Douglas Adams's Absurd Fictional Universe の読解の続きに加え、この博士論文に出てくる引用文献を漁っているうちに思いがけない芋づる式で見つかった、SF解説本についても紹介する。
先日、アマゾンは専用の電子書籍リーダーKindle Paperwhiteの新しいヴァージョンを発表した。ディスプレイがより大きく、より明るくなり、それでいてバッテリーは10週間ももつという。
私が現在愛用しているKindleは、2011年9月に購入したKindle 3。当時はAmazon.co.jpではKindleは取り扱われておらず、わざわざAmazon.comから取り寄せたレアな一品である。そうか、あれからもう10年も経つのか。
10年前の製品だけに、画面はあんまり綺麗じゃないし(前のページの残像もどきが映ったりする)、タッチパネルじゃないから単語を調べたりハイライトを引いたりするのにいちいちボタンをぽちぽち押してカーソルを移動しなくちゃならないのも不便だ。おまけに、Amazon.comのアカウントと紐づけているせいで日本語の本は買えない――これまでは日本語の本はあくまで紙の書籍を本屋で買う主義だったため、特に不自由だと思わなかったけれど、昨今、老眼が進むにつれだんだん小さい活字が読みづらくなり、読み出したら止まらなくなるページターナーな小説の類であれば文字のサイズを自由に変更できる電子書籍のほうがいいかもな、と思い始めたのである。これぞ10年という歳月の重さってヤツか。
ともあれ、そんな次第でKindleについてあれこれググっているうちに、Kindleを使っての英語多読法ついてのコラム記事の一つにたどり着いた。「英語の多読ならこれ!Kindle英語勉強法を紹介」と題されたこのコラム記事では、Kindleで英語を学習するための一例として、マイケル・サンデル教授の『これからの正義の話をしよう』を取り上げたのに続き、小説を読む実例として『銀河ヒッチハイク・ガイド』が出てきた!今回紹介するのは、イギリスの傑作コメディ小説『The Hitchhiker's Guide to the Galaxy』(邦題:銀河ヒッチハイクガイド)です。イギリスの放送作家ダグラス・アダムスの作品で、英国風のブラックユーモア満載の作風は世界中で人気があります。
正確な邦題は『銀河ヒッチハイク・ガイド』だよ「・」が抜けているよ、とか、アダムスの肩書として「放送作家」ってのは2018年の記事としてはちょっと微妙、とか、細かいツッコミどころはあるものの、こういう形で取り上げてもらえるのは私としても勿論嬉しい。この記事で解説されている英文は冒頭のほんのさわりだけだけど、「1ページ目から皮肉が全開の文章でした。本当に面白い作品なので、続きはぜひご自身で読んでみて下さい」という文章には両手を上げて賛同するし、この記事につられて The Hitchhiker's Guide to the Galaxy をダウンロード購入した人が多いといいな。
そして今回の更新は、例によって博士論文 One Is Never Alone with a Rubber Duck: Douglas Adams's Absurd Fictional Universe の続き。まだまだ終わりそうにありません。
2021.11.6. 祝・小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』42周年
2021年10月12日は、小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』の発売からちょうど42年目にあたる。42年経った今なお、日本を含む全世界で読み継がれているのは本当に嬉しい。あらためて、私の目に狂いはなかったと悦に入る。
ただ、昨年がラジオドラマの42周年だったためか、42周年の祭として今年はイマイチ盛り上がっていないような気がする。表紙に「42」と描かれた小説のペーパーバックの類も、去年のうちに発売済みだし。
と思っていたら、先月、『銀河ヒッチハイク・ガイド』シリーズではなく『ダーク・ジェントリー』シリーズのほうで、私が気づかぬうちに新しいものが発売されていた。スティーヴン・マンガンによる、小説『ダーク・ジェントリー全体論的探偵事務所』と『長く暗い魂のティータイム』の朗読。Audible.comで見つけるや否や、速攻でダウンロード購入した。
スティーヴン・マンガンと言えば、勿論、BBCのテレビドラマでダーク役を務めた俳優だ。Netflix製作のテレビドラマもおもしろかったけれど、より原作に近いニュアンスを持つBBC版のほうを私は大いに気に入っている。それだけに、朗読者としてスティーヴン・マンガンが選ばれたのは嬉しい。本音を言えば、BBC版テレビドラマの続編が製作されるほうがもっと嬉しいけど、あれからもう10年近く経つ以上、さすがにもう厳しいよな。
思い返せば、小説『ダーク・ジェントリー』シリーズの朗読と言えば、随分昔に発売されたダグラス・アダムス本人によるものだけだった。それも、第一作目『ダーク・ジェントリー全体論的探偵事務所』のほうは約3時間の長さの「簡略版」しか作られていない。何せ当時はカセットテープでの発売だったのだ。にもかかわらず、ダーク・マッグスによるラジオドラマ版『ダーク・ジェントリー』がCDやDL音源で出回っているせいもあって、小説の朗読版そのものがないことに気付かなかった。
意外な盲点だった、としか言いようがない。
ともあれ、今後はこれで安泰というもの。スティーヴン・マンガンが『ダーク・ジェントリー全体論的探偵事務所』に出てくるサミュエル・テイラー・コールリッジの詩「クーブラ・カーン」をどんな調子で読み上げてくれるのか、わくわくしながら聴くことにする。そして今週の更新もまた、博士論文 One Is Never Alone with a Rubber Duck: Douglas Adams's Absurd Fictional Universe の続き。全然終わりません。
先日、発売から1年以上経った雑誌『ユリイカ2020年9月号 女オタクの現在――推しとわたし』を借りて読んだ。
私自身について言えば、このようなサイトを20年以上(!)もちまちま更新し続けている以上、世間的には間違いなく「女オタク」に括られるだろうという自覚はある。実際、学生の頃からずっと「あなたがオタクでなかったら、一体誰がオタクだというの?」と言われ続けてきた。が、それでもオタク呼ばわりされるたび、私は頑として否定してきた。私はオタクじゃない、ただのマニアだ、と。
そもそもオタクという言葉の定義やイメージが曖昧すぎるため、その人がオタクか否かの議論が成り立たない、という前提がある。オタクを自称する人の多くは、「ちょっと度を越した熱心なファン」程度の、適度に自虐をまじえた肯定的な言葉として受け入れているのかもしれないが、私にとっては「内輪受けに終始し、外部への語りかけに関心がない」という否定的な意味合いのほうが強い。実際に私が『銀河ヒッチハイク・ガイド』のおもしろさについて語る時、それが『銀河ヒッチハイク・ガイド』を知らない人に届いているのか、単にドン引きされているだけなのかは不明だけれど、私が目指すのはあくまで前者だ。だからこそ、私はオタクじゃない、オタクじゃないったら!
とは言え、言葉の定義は移ろいゆくものである。いつの間にやら「推し」という言葉もすっかり世間に定着したようにみえる昨今、イマドキのオタクとは何ぞや、と、ユリイカの『女オタクの現在――推しとわたし』の分厚い特集号を手にとってみた次第だが、読んでみると書き手の多くが「女オタク」とカテゴライズされることに疑問や反感を抱いていて、「やっぱりそうだよね」と思う一方、ここで取り上げられているさまざまな趣味嗜好や行動形式などについては、個々人が楽しく活動すること自体は支持しつつも、「やっぱり相容れないな」とも思った。
が、しかし。この雑誌が私に提供した情報のうち、一番大切で一番肝心なことは、雑誌の本文ではなく、何と雑誌の裏表紙に掲載されていた。それが、こちら。うわあああ、通訳&翻訳でお馴染みの児島宏子さんによるノルシュテインの評伝本が既に発売されてたなんて! ずっとずっと「あなたこそが書くべきなのに」と思い続けていたくせに、この裏表紙を見るまで出版されてたことに全く知らなかったじゃないのーーー!
直ちに注文し、手元に届くや否や、一ページ一ページを丹念に拝読させていただいた。節穴な私と違い、ノルシュテインのファンの多くはとっくに読了済みだとは思うけれど、うっかりスルーしている人のためにも今更ながら叫びたい。これは必読必携、と。児島宏子著『アニメの詩人 ノルシュテイン』についての感想は後日に回すとして、今回の更新もやはり博士論文 One Is Never Alone with a Rubber Duck: Douglas Adams's Absurd Fictional Universe の続き。それから、ダグラス・アダムス関連情報として、ラジオドラマ版『宇宙船タイタニック』の情報も追加した。
さて、今回をもって2021年度の更新はおしまい。次回の更新は、2022年2月5日の予定。皆様、よいお年を。