以下は、2016年3月に出版された、ジェイムズ・ゴスとアルヴィンド・イーサン・デイヴィッドによる戯曲、Dirk Gently's Holistic Detective Agency に添えられた序文である。ただし、訳したのが素人の私なので、少なからぬ誤訳を含んでいる可能性が高い。そのため、この訳はあくまで参考程度にとどめて、全貌をきちんと知りたい方は、必ずオリジナルにあたってくださるようお願いする。
序文
Dirk Gently's Holistic Detective Agency の舞台にようこそ。照明も作動しているし、重力も作動している。でもそれ以外は、当たって砕けろだ。
『銀河ヒッチハイク・ガイド』に続き、ダグラス・アダムスはダーク・ジェントリーという名の、根源的にすべてのものは繋がっているという信念を持ち、可能性の法則と奇妙な間柄にあって、かつ猫とピザを愛している探偵を生み出した。Dirk Gently's Holistic Detective Agency(ダグラスが書き上げたシリーズ2作のうちの最初の1作目のこと。ダグラスは3作目 The Salmon of Doubt を執筆していたが、2001年、完成する前に死去した)では、ダークは自ら残酷な殺人犯を追いかけるが、犯人はコールリッジの詩作や量子物理学やケンブリッジの年代学教授の謎めいた研究といったものと深く結びついていた。舞台は、この冒険譚に基づいている。
僕たちにとって、事の始まりは寄宿学校にいた頃、学校劇の演出を頼まれたことだった。やりたい戯曲を見つけることができず(主な理由は怠け者すぎてそもそもどんな戯曲も読まなかったからだが)、ティーンエイジャー特有の後先を考えない思い上がりにより、小説を舞台化することにした。それも、ただの小説ではなく、Dirk Gently's Holistic Detective Agency を、だ。400万年ものタイムスパンがあって、少なくとも3つの平行宇宙が絡む、とんでもなく複雑なプロットの小説で、主要登場人物にはヴァンパイアみたいな探偵やエイリアンや幽霊に加え、電気仕掛けの修道士なんてものまで出てくる。それらすべてが、作品の主要テーマである「すべてのものは繋がっている」(つまり全体論)通りに関連し合っているのだ。
僕らは16歳で、著作権のことなどおかまいなしに舞台化した。すごく短くて(約1時間)、みんなの意見では、おもしろいけどさっぱり意味不明だったとか。予算は40ポンド。この舞台を録画したビデオは残っているが、録画した理由については分からない。
にもかかわらず、学校という狭い世界に限ってのこととは言え、この劇は大成功をおさめた。そのせいで、僕らの学歴上の転換点となったくらいだ。あまりにも頭がいいとか、すごくアカデミックだとか、詩を引用したりだとか、青臭い戯曲を書くといった行為は、イギリスの寄宿学校においては滅多に人気を得られないものだが、「ダーク・ジェントリー」の人気が広まったおかげで、僕らは突然、思いもかけず、「イケてるヤツ」になった。
その3年後。僕らはオックスフォード大学の学部生で、大学の演劇シーンに名を刻もうと画策していた。Dirk のことが再び脳裏に浮かび、それを書き直したり継ぎ足したり特殊効果をたっぷり追加したりして上演した。今回は、ちゃんとダグラスのエージェントから上演許可をもらわなくてはいけないだろうな、と思っていたら、エド・ヴィクターとマギー・フィリップスが恐ろしく気前よく僕らに許可を出してくれた。さらに驚いたことに、実際の舞台を観にきてくれて、おまけにとても楽しめたから是非観たほうがいいとダグラス本人に話してもくれた――そうしたら、最終日の1日前に、かの大男が来てくれたのだ。さらに予想外なことに、彼はこの舞台を気に入ってくれた。
その日の夜、モロッコの羊肉と赤ワインの食卓で、憧れの人に会えて興奮しきりの僕たちに、ダグラスは舞台のことやインターネットのことやコメディとサイエンスフィクションを書くことや共同作業の喜びについて語り、僕らの理性を吹っ飛ばした。振り返ってみると、あの夜が僕らのキャリアの始まりを形作ったのだと思う。あの時から、僕らは生計を立てるためにストーリーを作り始めたのだ。
あれから何年経っても、僕たち自身も大いに驚いたことに、この舞台を上演したいという申し出が世界のあちこちから途切れることなく届いている。どういう手を使ってか、世界中のダグラス・アダムス・マフィアたちが脚本の存在を知り、インターネットの大海原を探索して、僕たちにメールを送ってくるのだ。ミネソタからメルボルン、ブエノスアイレスからディドコット、大学から高校、アマチュア演劇グループからダグラス・アダムスのファンクラブまで、申し出は続いた。おかげで、戯曲はコンスタントに書き直され、(多分)改良された。
20年以上経って戯曲は出版の運びとなり、今では世界中にたくさんある「ダーク・ジェントリー」関連作品――コミックス、複数のテレビ番組、「ダーク・ジェントリー」の元ネタであるダグラスが脚本を書いた「ドクター・フー」の幻のエピソードのノベライズとポッドキャスト――の一つに加わった。僕たちは、二人ともダグラスと会ったあの夜に自分たちのキャリアをスタートし、以来、作家とか編集者とかプロデューサーといったさまざまな形で作品に関わっているが、あの頃に思い描いた通りの素晴らしい体験だった。
アーサー・コナン・ドイルは、とある探偵のことを「才能ある人物はひと目で天才を見ぬく」(延原腱訳『恐怖の谷』、p. 19)と書いたが、僕たちの青臭い才能はダーク・ジェントリーの天才を見ぬき、人生の大半を彼の保護者として過ごせたことを幸運に思う。
一人の作家や、一人の虚構のキャラクターが、長年に亘ってさまざまな物事に永続的かつ直接的な影響を与え続けるというのは、生半なことではない。僕たちの話は、ダグラス・アダムスが影響を与えたさまざまな事例の中でも飛び抜けて極端な事例かもしれないが、彼の死から14年経ってなお、今日の世代のSFやコメディの作家やフィルムメイカーたちが彼に感化されていることはますますもって明らかだ。
このようなポジティヴな影響を与えてくれたことについて、生前のダグラスにもっと感謝しておけばよかったと思う。その機会は失われてしまったけれど、この場を借りてせめてもの謝意を表したい。
でも、ダグラスの反応なら予想がつく。大きな肩をちょっとすくめて、すかさず切り返すだろう。「君たちが僕に感謝する必要はないよ、でもほら、何しろ『すべてのものは繋がっている』からね……」。
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