You and 42 への序文

 
 ダグラス・アダムスや『銀河ヒッチハイク・ガイド』のファン活動や研究活動をしている人たちのエッセイや論文を集めて、アダムスの生涯とその作品を網羅した本、You and 42 には、アダムスの公式伝記本を書いたジェム・ロバーツが序文を寄せている。以下はその序文だが、訳したのが素人の私なので、少なからぬ誤訳を含んでいる可能性が高い。そのため、この訳はあくまで参考程度にとどめて、全貌をきちんと知りたい方は、必ずオリジナルにあたってくださるようお願いする。

 


 
Preface 

ジェム・ロバーツ
お気に入り:ラジオドラマ『銀河ヒッチハイク・ガイド』

 世の中の非公式伝記作家たちには誠に申し訳ないが、この100年以内に生きていた人について、現時点で生者だろうと物故者だろうと、対象者の公式な記録をすべて手に入れられない状態で本を書くこと以上に厄介なことは思いつかない。何を書いても対象者の意に反することになってしまうのだ。ビリー・ブラッグの庭に置くために、かわいいサッチャーのノーム像を作るようなものではないか。私はこれまでに「I'm Sorry I Haven't a Clue」(BBCラジオ4のコメディパネル番組)、「ブラックアダー」「フライ&ローリー」の本を書いたことがあるが、どれも自分の愛するアーティストにつけこんで利用しているという感情を持たずに済んだ上でなお、とても大変だった。であればこそ、ダグラス・アダムスの新しい伝記本を書くにあたっては、全面的で温かいサポートや、アダムスの家族やエージェントや財団の人たちの協力は不可欠だった。実際、最高に名誉なことではあるけれど、アダムスの公式伝記本の作者になることは、そもそも私からの発案ではなかった。
 ならば、どうやって20世紀でもっとも愛された作家の一人について、コンベンションに参加することもなければファンクラブのハードコア会員ですらないのに、新しくてわかりやすいガイド本を書くという不思議な手柄を打ち立てられたのか? 言ってみれば、空の飛び方を覚えることに挑戦するのと似ていなくもない。この世界には、『銀河ヒッチハイク・ガイド』の新しい歴史本を書く仕事を手に入れるためなら総合認識渦動化装置に率先して頭から飛び込むことも辞さない人たちがたくさんいるが、エド・ヴィクターたちが探していたのはそういうタイプの書き手ではなかった。フィクションの世界にどっぷりハマりすぎると、まっとうな認識ができなくなり、ましてや全体像など叶わなくなるからだ。
 私が生まれた1978年当時、BBCラジオ4で『銀河ヒッチハイク・ガイド』第1シリーズが繰り返し再放送されていた。子供の頃にテレビドラマ版の一部を見て怖い思いをしたことを今でも覚えているが、多分、子供番組「ブルー・ピーター」に出てきた不幸そうなマーヴィンのせいだろう。その後、なりたてほやほやのコメディオタクとして、学校と地元の図書館のおかげで思春期前までにはアダムス作品を全制覇し、ダグラスの想像の世界に初手からどっぷり浸って享受した。思春期を通して『銀河ヒッチハイク・ガイド』のアルバムのカセットやラジオドラマの全シリーズは刺激的なコメディの宝庫して常に身近にあったし、私にとってダグラス・アダムスは、イギリスのコメディ界において愛しくも苛だたしい、それでいて好きにならずにいられない存在だった。それから、2001年、インターネットで彼が死亡したとのニュースが流れた忘れがたい瞬間――内臓のどこかがでんぐり返ったような感覚は、今でも私の中に残っている。私は、ダグラス・アダムスと『銀河ヒッチハイク・ガイド』が大好きだったのだ。
 が、オタク用語で言うところの私の「沼たち」(複数扱いしていいものかどうかはさておき)は、「リーヴス・アンド・モーティマー」や「ブラックアダー」や「フライ・アンド・ローリー」やP・G・ウッドハウス、あるいは広義での英国神話たるビートルズやトゥイグレッツ(イギリスのスナック菓子)だった。こんな調子でどんどん例をあげていけばそのうち『銀河ヒッチハイク・ガイド』が出てくることは確かだが、世界中の『銀河ヒッチハイク・ガイド』ファンたちがただ一筋に献身的であるのとは決定的に違っていた。何十年もの間、『銀河ヒッチハイク・ガイド』ファン同士でともに楽しむ喜びは容易に理解できるけれど、ダグラス・アダムスのファン大会のようなものに参加したら私は居心地の悪い思いをしただろう。彼自身も彼の作品も好きだけれど、そこまでの強いこだわりを持ったことはないし、また常に一定の距離を保っていたからこそ、映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』が封切られてから10年後、新規の伝記作家に求められた、ダグラスが創り出した世界を新鮮な目で見るという極めて重要なことが可能になった。
 空を飛ぶコツが地面に身を投げ出して自分が飛んでいることを忘れることであるように、『銀河ヒッチハイク・ガイド』以外の「沼」にハマっていたからこそ、私は正しい視点を持つことができ、2013年、ダグラスのコメディを再び蘇らせる書き手として選ばれた。金の匂いがしなければ出版社は契約を結ばないが、私はダグラスの作品が新たに注目されてしかるべきと思っていたし、自分なら彼のことを同世代の人間にうまく伝えられるとも感じていた。
 今は亡きエド・ヴィクターからゴーサインをもらった瞬間から執筆中の1年は、濃密で、悩ましく、心が折れそうになったり迷ったりの日々だった。(マンディ・マーヴィンという素晴らしい名前の公文書補完人に監禁されて)ケンブリッジ大学セント・ジョンズ・カレッジに保存されているアダムスの書類をしらみつぶしに調べる最初の人間となって夥しい量の未発表ジョークを発見したり、アダムスの今は亡き母親ジャネットも同席するアダムス一家の日曜ディナーに招待され、ジャネットから歓迎のハグをされたり、娘のポリーに彼女がごく幼いうちに亡くなった父親について質問することもできた……生きていてよかったと思える名誉もあれば過酷な挑戦もあり、うつ病とロボットについての思索をめぐらす長くて寒い孤独な冬を過ごすことでもあった。
 が、そうするだけの値打ちはあった(金銭的に、という意味ではない。コメディのノンフィクションなんて儲からない)。これまで以上にダグラス・アダムスと彼の作品への愛情と理解が深まるという別の側面が浮かび上がってきたからである。Salmon of Doubt の弱い者いじめをして憂さ晴らしする伝記作家が示唆するように、対象者を呪いながら日銭稼ぎのためにとっくの昔に動きを止めたボロ儲けマシンからおこぼれをあずかろうとするのではなく、今やすっぱりきれいに金儲けとは手を切ることができた。
 書き手にとって、執筆の動機が愛であるのは決定的に大切なことだ。そもそも、うまく金儲けできる可能性は恐ろしく低い。1980年代や90年代なら、本であれメディア製品であれ、そこにダグラス・アダムスの名前がありさえすれば、「これを買え!」と命令しているも同然だったが、時は流れ、そのような魔法の呪文は威力が弱まってしまった。The Flood は華々しく出版された――テリー・ジョーンズクライヴ・アンダーソン、そしてダグラスの弟ジェイムズと一緒にチェルトナム文学フェスティバルの舞台に立った日のことは今でも大切な思い出である――にもかかわらず、その時の思い出と名誉が The Flood で私がお示しできるすべてだ。先のイベントを除けば、出版社は、この貴重な素材がいっぱい詰まった伝記本に関して、宣伝は地味でかわいらしくまとまっていればいい(正確な引用ではないかもしれないけれど)と決めたようで、圧倒的に高評価されおおむね5つ星の批評を得たにもかかわらず、『新・銀河ヒッチハイク・ガイド』と同じ運命をたどり、ベストセラーリストを騒がせることなく終わった。改訂したアメリカ版を出せれば、と期待したこともあったが、実現までに越えなければならないハードルはあまりに多かった。
 とは言え一番大切なのはそんなことではなく、この仕事はあくまで愛情から、アダムスの生涯と作品を正しく伝えたいという、深く真摯な気持ちから引き受けたということだ。彼の遺産を引き継ぎ、間違った神話の数々を取り除き、長く忘れられていたジョークを共有し、この星でダグラス・アダムスと共に時を過ごせたことのありがたさを読者に改めて感じてもらうこと。こういったことは、ファンの望みはこういうことだろうなと当て推量するのではなく、他でもない私自身が今も昔の彼のファンだったからできたことで、確かに私は公式版を書いたけれど、自分が未来永劫アダムス財団の代表でありたいとまでは妄想していない。
 予想した通り、The Flood が出版されてから4年の間にいろいろなことが起こった。エドとジャネットが亡くなり、BBCアメリカで『私立探偵ダーク・ジェントリー』の勃興と衰退があり、『ドクター・フー』のノベライズがたくさん書かれ、またダーク・マッグスによるラジオドラマ『銀河ヒッチハイク・ガイド』第6シリーズについては、私も The Flood に収録した未発表の素材を使ってもらうという形で微力ながらもお手伝いできたことを誇りに思っている。そしてこの本も、今なお続く『銀河ヒッチハイク・ガイド』のサーガに加わった。ジェシカとアンソニーは多くの文章を一つにまとめたが、肝心なのはそのいずれもがアダムスの才能に対する真摯な愛情と感謝という、同じ精神で書かれていることである。さらにもう一つ美徳があるとすれば、この本の収益はすべてチャリティと、ダグラスが情熱を傾けていた Save the Rhino に捧げられる、ということか。
 結果として絶滅寸前のサイのための基金が潤沢になりますよう、でもコメディのノンフィクションを出版することが出世への近道とはなりませんように。この本にたくさんの愛が詰まっていることだけは否定できない事実なのだから。それゆえに、この地球上で21世紀に向けてアダムスの世界観が広まり続け、大勢のファンが愛し続けることができるのだ。

ジェム・ロバーツ
春まだ遠き2018年

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