42: The Wildly Improbable Ideas of Douglas Adams

 

 以下は、2023年8月23日に発売されたアダムスの遺稿集、42: The Wildly Improbable Ideas of Douglas Adams に収録された、アダムスのメモや記録の中から一部を選んで日本語に訳したものである(この本の序文等についてはこちらへ)。
 ただし、訳したのは素人の私なので、とんでもない誤訳をしている可能性は高い。そのため、これはあくまで参考程度にとどめて、全貌をきちんと知りたい方は、必ずオリジナルにあたってくださるようお願いする。



GSM new!


『銀河ヒッチハイク・ガイド』紹介の手紙 pp. 130-131 

1978年2月21日付で、雑誌 Time Out の仕事をしていた映画評論家兼脚本家のデイヴィッド・ピリーに宛てアダムスが書いた、まもなく放送予定のラジオドラマ『銀河ヒッチハイク・ガイド』を紹介する手紙。。

デイヴィッド・フリー様

 貴殿に興味を持っていただけそうなラジオ番組を紹介したく存じます。『銀河ヒッチハイク・ガイド』というタイトルで、3月8日午後10時から6週間にわたってステレオ放送される予定です。内容としては、『銀河ヒッチハイク・ガイド』の改訂版を作るために2人の人間が調査で宇宙を放浪する、それというのも初版がひどく不正確な上に時代遅れだからですが、そうなった理由は編集者たちがほとんどの時間を「汎銀河ウガイ薬バクダン」を飲んで前後不覚になっており、真実は過大評価された概念だと感じていたからです。にもかかわらず、この本は大変な成功を収め、人気という点では『天上住宅維持管理法選集』を超え、販売部数では『無重力でやるべきその他五十三のこと』をしのぎ、多くの論争を呼んだという点では、ウーロン・コルフィドの哲学三部作にして大ベストセラー『神はどこでまちがったか』『神の最大の誤りについてもう少し』『そもそもこの神ってのはどういうやつだ』にもまさるほどでした。銀河の東外縁にある、肩のこらない文明下では、『銀河大百科事典』を押しのけて『ヒッチハイク・ガイド』のほうがあらゆる知識や知恵の出典として広く認められるようになっています。欠落は多いし、いかがわしいとは言わないまでも、少なくとも大いに不正確な記述も少なくないのですが、古くて退屈な『銀河大百科事典』よりもふたつの重要な点ですぐれていたからです。第一に、ちょっとばかり値段が安いこと。第二に、大きな読みやすい文字でカバーに「あわてるな」と書いてあること。
 主な登場人物は、次の通りです。まず、アーサー・デント。イノセントな地球人(演じるのはサイモン・ジョーンズ)で、地球が超空間高速道路の建設のために思いがけず取り壊された時に救い出されます。彼を救い出したのが、彼の古くからの友人フォード・プリーフェクト(ジェフリー・マッギバーン)。彼は、15年もの間、身元を偽って地球で生活していましたが、本当のところはベテルギウスの近くの小さな惑星の出身でした。どうしてこんな偽名を選んだかというと、地球に来たばかりの頃、手抜きな事前調査のせいで「フォード・プリーフェクト」がごく普通で目立たない名前だと思い込んでしまったから。彼らはこの後、フォードのまたいとこで、エロティコン星系第六惑星の乳房が三つある娼婦エクセントリカ・ギャランビッツからビッグ・バン以来の最高のセックス相手(ベスト・バン)と言われたゼイフォード・ビーブルブロックス(マーク・ウィング・ダーヴェー)、それから、無職の宇宙物理学者で、イズリントンで開かれたパーティでゼイフォードからナンパされたトリリアン(スーザン・シェリダン)と出会います。
 この番組の真の主役はナレーターを務めるピーター・ジョーンズで、彼が『ガイド』の抜粋を読み上げます。さらに、リチャード・ヴァーノンがゲスト出演し、惑星マグラシアの建設家の一人、スラーティバートファスト(海岸線のデザインが専門で、彼が手掛けた「ノルウェー」は賞に輝きました)を演じます。ロイ・ハッドが「宇宙の果てのレストラン」の司会者役を、ナショナル・シアターのスター、スティーヴン・ムーアが鬱病ロボットのマーヴィンを、ジム・ブロードベントとジョナサン・アダムスが、「ディープ・ソート」という巨大コンピュータのせいで失職するのではないかと恐れる哲学者の二人組を、ロイ・ハセットが究極に人間的な理由に基づいて目に入るすべての人を撃ち殺そうとする、啓蒙された警察官を演じます。
 番組では、人類の始まりと存在目的に関する恐るべき事実が明らかになりますが、それ以外は……私はコメディだと思っています。
 当然ながら、誰もが私たちが『スター・ウォーズ』の二番煎じを狙っていると言うでしょうから、少しばかり言い訳をさせてください。私は何年もの間ずっとSFコメディのアイディアを言いふらしていましたが、半年前になってやっと採用されたのです。実際にアイディアを軌道に乗せてくれたのはサイモン・ブレットでしたが、彼はLWTVに移ることになり、今ではジェフリー・パーキンスがプロデューサーを努めています。実際、軽演芸部門としてはこれまでになく技術的に複雑な作品になっています。第2話の4分間を録音するのに丸3日もかかったほどです(ですがどうかこの件は内密でお願いします。部門が知る必要のないことですし、もともとたいして優秀な部門でもないですから)。
 貴殿は個人的な事柄を細部まで知りたいとはお思いにならないでしょうが、このことだけはお伝えしておきます。私はモンティ・パイソンのメンバーであるグレアム・チャップマンと1年間一緒に仕事をしていました。いくつかの企画はある程度の段階まで進みましたが、他にも興味深い素材が棚の上で埃を被ったままになっており、『空飛ぶモンティ・パイソン』に採用されてもおかしくないものもあります(たとえば私が書いて『ホーリー・グレイル』のアルバムで部分的に採用された、マリリン・モンローのスケッチのオリジナル版とか)。少しばかり財政難になり、アラブのロイヤルファミリーのボディガードの仕事をしたこともありますが、その後は the Burkiss Way に作品が採用されて元の道に戻り(第2シリーズをお聴きになっていらっしゃれば「the Kamikaze sketch」を思い出していただけるかと思います)、目下、『ドクター・フー』の次シリーズの仕事をしながら、ジョン・クリーズのビデオ・アーツ・フィルム・カンパニー向けの作品を執筆しています。

 


ファンレターへの返信 p. 179 

『銀河ヒッチハイク・ガイド』の人気が高まるにつれ、アダムスの許に届くファンレターの数も膨れ上がった。すべてのファンレターに個別に対応して返信できなくなり、アダムスは返信の定例書面を複写して送ることにした。以下は、179ページに転載されていた定例書面の日本語訳である。内容から判断するに、テレビドラマ版『銀河ヒッチハイク・ガイド』の放送が終わってから、小説『宇宙クリケット大戦争』を書き上げられるまでの期間、おそらく1981年2月頃からこの年の終わり頃まで使用されたものだろう。

ハイベリー、ロンドン N5

 複写の手紙を送ることになってごめんなさい。でも、私には秘書がおらず、すべての手紙に個別に返事を書いていたら、他のものを書く時間がなくなってしまいます。割と頻繁に同じ質問に答えていることもわかったので、ここにそれらの質問に対する答えをまとめました。

1)残念ながら私は自分の写真を持っていません。母は、5年ほど前に母の庭で撮った私の写真を何枚か持っていると言っていましたが、それを見せてもらったところ、あまり良い写真ではありませんでした。どれもピントがずれていました。

2)『銀河ヒッチハイク・ガイド』のプロットについて、これ以上説明したり正当化したりしようとすることを、かかりつけ医から禁じられています。

3)小説がラジオドラマ・シリーズと異なっているのは、ラジオドラマ・シリーズを書いていた時の私は、次に何が起こるのかわかっていなかったからです。小説はすべてわかった上で書かれましたし、私としてももっとよくしよう、素材をもっと上手に活用しようとしました。

4)テレビドラマ第2シリーズは、少なくとも当面の間は、製作の予定はありません。私に理由を訊かないでください。というのも、a) 秘密だから、b) それで……

5) 今はシリーズ3作目の小説の執筆に専念しています。『宇宙クリケット大戦争』というタイトルになる予定で、まったくの新作です。前2作の小説が終わったところから始まり、来年の春の終わり頃に出版予定です。

6)新作レコードアルバムは出るかもしれませんが、どうなるかは私もわかりません。

7)ラジオドラマ・シリーズの新作もありうるかもしれませんが、今は何も考えておらず、来年以降になるでしょう。

8)いつか『銀河ヒッチハイク・ガイド』が映画化されたらいいな、とは思いますが、私から言えるのはこれだけです。

9)ソロアーティストとしてのマーヴィンのニュースについては、マーヴィン減価償却協会にお問い合わせください。住所は、2 Whitechurch Lane, London E1 です。

 あなたの疑問に漏れなくお答えできていますように。
 それでは。

 ダグラス・アダムス


GSM  pp. 266-269 

2001年2月、アダムスは、フランスのカンヌで開催されたGMS(the Global System for Mobile Communication)のイベントでスピーチを行った。以下は、そのスピーチのために前もって用意されたメモである。

・ここ数日、ヨーロッパに戻ることができて喜ばしく思います。私は現在、世界的にみてどちらかというとテクノロジー後進エリアの、カリフォルニアに住んでいます。

・そこにはまともな電力もなく、ましてや携帯電話の受診サービスなんて望むべくもありません。

・数年前、初めてそこに引っ越した時、私たち家族は家を借りました。皿洗い機の修理員に連絡すること三度目にして、彼は私たちを座らせ、そして言いました。「あんたたちはわかってない。きっとヨーロッパからやってきたんだな、で、向こうではそうだったんだろう。あっちでは、あんたたちに代わって皿洗い機が皿を洗ってた。でも、ここアメリカでは、皿洗い機に代わってあんたたちが皿を洗うんだ」

・私たちが住んでいるサンタバーバラは美しい小さな街で、ロサンジェルスとサンフランシスコをつなぐメイン道路、101幹線道路沿いにあります。101号線を車で行き来していると、しょっちゅう電波が途切れます。GSMの携帯電話を持って走っていて、どうあがいても絶対に電波が届かないエリアの一つが、我が家から1マイル圏内です。

・クリスマスに、私たちはフィジーに行きました。素晴らしい時間を過ごしました。スキューバダイビングとかね。ある日、ボートを借りて海を渡り、映画『キャスト・アウェイ』のロケ地となった島に行きました。モンドリキという、絵に描いたような熱帯の無人島でした。白い砂に、無限に広がる青い海にぐるりと囲まれている。ぽつんと、小さな丘が一つ。ヤシの木の一群。そして、携帯電話の電波は完璧に受信できる。

・どうして携帯電話の電波が完璧に届くのでしょうか。きっと、トム・ハンクスとの契約にそういう条件がついていたのでしょうね。

・かくなる上は、トム・ハンクスに101号線のロードムービーを撮ってくれとお願いするのが一番ですね。

・でも、少なくともカリフォルニアには無料の市内通話があり、DSLがあり、実際に機能しています。公平を期すためにも、カリフォルニアではコミュニケーション技術がすごく遅れているので、私たちのほうが進んでいると言えるのはブリティッシュ・テレコムだけだと言っておかねばなりません。

・携帯電話は、テクノロジーです。そしてこの言葉は、ダニー・ヒリス氏が指摘しているように、まだちゃんと機能していないもののことを指しています。

・では何がテクノロジーで何がそうでないか、どうすればわかるでしょう?

・典型的なのは、登録証付きで箱に入って配達されてくることです。花束だったら、そんなものはついていません。

・ひょっとすると、きらびやかなカラーパンフレットの一揃いもついてくるかもしれません。受け取ったあなたはそっくりそのままゴミに出し、受け取ったゴミの清掃員は地面に埋めることでしょう。将来そこから何かが育ってくれることを期待して。

・マニュアルがついてくることもあるでしょう。ティーカップとかイスだったら、そんなものはついていません。

・とは言え、レバーとかロックとかスプリングとかがいたるところについているオフィス・チェアなら話は別です。この手のものは、あなたの生産性を高めるようデザインされています。実際の仕事をする代わりに、それらを使って一日中遊んでいられるように。

・中に入っているのが携帯電話だったら、マニュアルがあなたに指示することの一つが、17時間ほどかけてマッチ棒を使って電話番号を登録することです。6ヶ月前に買った別の携帯電話に同じことをやったばかりだとしても、です。どちらもコミュニケーションのための装置だとしても、です。ましてや、あなたがすべての名前や電話番号を自分のコンピュータに登録済みだったとしても、そしてそのコンピュータが、ご推察通り、コミュニケーションのための装置だとしても、です。

・確かに、それらをすべて繋ぐことはできます。あなたが小さなケーブルをちゃんと保管していれば。そしてそのケーブルが両方の携帯電話の挿し口に適合していれば。コンピュータに入っているソフトウェアが機能していれば。何より、あなたがマニュアルをちゃんと保管していて、かつ、それを読むより他にすることがない人生を過ごしていれば。

・それからもちろん、あなたが古い携帯電話から機種変更しようと思った理由が、前の携帯電話を失くしたからでなければ。

・テクノロジーで次に問題になるのは、電源アダプターです。今では電力は、カリフォルニアを除き、広く普及していますが、ハーゲンダッツとサーティーワンとiMacを全部合わせたよりもたくさんの種類があります。

・電源アダプターは装置ごとに異なります。私たちは、小さくて黒いバラバラの四角形の物体を、引き出し一杯分も所有することになります。

・運転中に手を使わずに済むよう携帯電話を車に据え付ける装置も、機種ごとにバラバラになることでしょう。同じメーカーの機種だったとしても、です。

・こうしたことの背景には、何か経済的な必然性があるのではないかと私は考えています。携帯電話本体の値段を上げることはできない以上、付属のアクセサリで金儲けしよう、というものです。ですがその結果、私たちは運転中に手を使わずに済むキットのことなど気にしなくなりました。私たちは高速道路を疾走しながら電話を耳に押し当て、小さな画面を覗き込み、片手でボタンを操作しています。きっと、このために私
たちは母指対向性(opposable thumb、親指が他の四指と向かい合う配置になっていること)に進化したんですね。

・101号線の人々は、電波受信可能エリアから次のエリアまで車をぶっ飛ばし、受信可能エリアに入ると速度を落とし、道路を行ったり来たりしながら携帯電話を指で操作しようとします。

・というわけでこの販売戦略は、単に消費者に不便を強いるのみならず、実際に彼らを殺して数を減らすことにもなっています。

・しかしながら、私たちがこうしたものに辛抱しているのも不思議ではあります。何なら、ごちゃごちゃしていて使いづらいことを良しとしているフシすらあります。そうでなければ、どうして人はマイクロソフト・ウィンドウズに耐えているのでしょう。

・私たちは、開発し、開発し、開発し続けています。

・時に私たちは成功するけれど、でも大抵の場合は間違っていて、もう一度挑戦しなければなりません。

・時に私たちはすでにうまくいっているものにまで挑戦せずにいられなかったりします。

・トイレの蛇口を例にあげてみましょう。かつては、とても単純な装置でした。それが今では、空港やホテルのトイレに入り、洗面台に近づく時には用心しなければなりません。蛇口をひねって水を出すのか、それとも何かを押すのか? 押すとしても、手を使うのか、それとも足で押すのか? 近づいたら自動で水が出るようになっている? 手を振って合図する必要がある? 手を洗い終わったら、水を止めるのは自分、それとも自動で止まる? あるいは、誰かを呼んでこなきゃダメ?

・もちろん、既にちゃんと機能しているものまで延々といじくり回してしまうのは、私たち自身の進化の過程と呼応しています。どんなささいな思いつきも、新たにサイコロを振る行為であり、何かが混ざることで他よりよくなっていきます。これは私たちの適応性の鍵です。本当に改良されたものなら必ずや急激に増殖しますし、また既に機能しているように見えるものでも改造を繰り返し、失敗を重ねてこなかったなら、ここまでたどり着けなかったことでしょう。

・新世代のスマート・オフィス・チェアは、ノブとかレバーといったものを全部取り除いた形で配達されることでしょう。もたれかかるためのスプリングとか支柱といったものはすべて揃っていますが、自動的にあなたの姿勢や動きに合うよう調整してくれるので、あなたがああだこうだと指示する必要はありません。

・これは未来予想ですけどね。もしそういうふうに機能するソフトウェアを開発できたら、この世界はより素敵に、より幸せな場所になるでしょう。

・何年か前、私は『銀河ヒッチハイク・ガイド』なるものを発明しました。私は、アーサー・ C・クラークのような意味での、未来予測型SF作家だというつもりはありません。私があれを発明したのは、単に物語を語るのに必要だったからであり、自分でもどう取り扱っていいかわからないちょっとしたストーリーがたくさんあったからでした。当時、私はテクノロジーについてまったく何も知りませんでしたし、たいして関心もありませんでした。そこで、自分が既によく知っているものを利用してみることにしたのです。小型電卓っぽくて、テレビのリモコンぽいもの。上部に画面がついていて、正面にはたくさんの小さなボタンがついている。そして、何か知りたいことがあったらインデックスから探し出して正しい番号を見つけ出し、それを入力してしばらく待つと、小さな画面に答えが浮かび上がる。やった、私は携帯電話を発明した! さきほど言った通り、私はテクノロジーについて何も知らなかったのに。ゼロックス・パーク(アメリカの企業ゼロックスによって設立された、コンピュータ技術開発のための研究施設)も知らなかったのに。dynabookも知らず、ユーザー・インターフェイスも知らなかったのに。というのが私の言い訳です。で、あなたの言い訳は?

・もちろん、私たちが何か新しいものを発明する時はいつだって、前からよく知っている何かがベースになっています。

・だからこそ、最初の映画は舞台をただ撮影したものであり、額縁舞台そのものでした。

・だからこそ、私たちはもともと、電話というものは誰かに電報を送った時に相手をびっくりさせないよう事前にお知らせするために使うものだと考えていました。

・今でも私たちは、相手に電子メールを送ったよと伝えるために電話をかけていますよね。それと同じようなものです。

・だからこそ、最初にデザインされたコンピュータは多機能スーパー電卓のようなものでした。

・それから、多機能タイプライターになりました。

・それから、タイプライター機能つき卓上テレビになりました。

・それが今では、ワールド・ワイド・ウェブの到来により、コンピュータは巨大パンフレットの一種になりました。

・コンピュータとはそういうものではありませんが、でもそれらはどれも私たちには前から馴染みにあるものであり、私たちにも使えるようにするため、そういったものにモデルにしてコンピュータを作ったのです。

・私たちが犯した間違いは、もちろん、有用性に沿ってモデル化したものに限界を設けてしまったことです。だからこそ、ワープロは文字入力の過程をモデルにして作られ、執筆の過程をモデルにしませんでした。この二つは全くの別物です。

・みんな、お店に行って「これ、いいな。青い色のはある?」と訊いて、「ありません」と言われた経験があることでしょう。話はこれで終わりです。小売チェーン店の先にいる人には、あなた以外にも青い色を欲しがる人がどのくらいいるかなんて知りようがありません。ウェブサイトでもまったく同じことが起こっています。そこにない商品を欲しがっている人がいても、取引が行われないからです。この映画のDVDが欲しいと思ってもVHSしかない。36インチのジーンズが欲しいのに34インチまでしかなかった。何も起こりません。でも、消費者が本当は何を欲しがっているのかを記録できる形のソフトウェアにデザインし直せば、世界はいとも簡単に変わるでしょう。私たちがそうしようと思わないのは、レンガとモルタルで出来たお店でそれをやるのは大変だからであり、レンガとモルタルで出来たお店をモデルにしてしまうからです。

・最新のコンピュータのモデルは、電話です。すごい多機能付きの。少しずつ追加され積み上げられたたくさんの余計な機能が、平均的なユーザーなら気づきもしないようなメニュー画面の奥深くに埋もれています。マイクロソフトの世界と同じです。マイクロソフト・ワードのユーザーが希望している機能の半分以上が既にプログラムの中に組み込まれていることをご存知でしたか? 単に見つけられないか、あるいは見つけられたとしても面倒くさくて使う気になれないかのどちらかなのです。

・さて、コンピュータがタイプライターでもテレビでも電話でも、私たちがモデルにしてきた他のどんなものでもないとしたら、実際のところ、一体何なのでしょう?

・答えは、もうお分かりですね、モデリング装置です。

・コンピュータの中では、気になることは何でもモデル化することができます。おまけにコミュニケーション装置でもあるので、可能性は無限です。あなたのモデリング装置は、あなたが持っている他のモデリング装置と繋がることができて、より強力でより複合的な装置となります。「複合」であって「複雑」でないことに注意してください。生物の目は「複合」です。でも、箱いっぱいのマニュアルとケーブルとソフトウェアインストール装置つきのデジタルカメラは「複雑」です。

・それでは、私たちはコンピュータを使って何をモデル化すればいいのでしょうか。

・そうですね、まずはとっかかりとしてこの「世界」をモデル化してみましょう。

・大変な作業ですが、人はたくさんいるし、コンピュータもたくさんあります。トーマス・ワトソンが想像したより多いくらいです。彼がIBMのトップとして、この世界には実際のところ何台のコンピュータが必要なのかを算出する研究をしていたことを憶えていらっしゃる方もおいででしょう。当時、その答えは「6台」であり、彼はIBMでそのすべてを作るつもりでした。

・これは昔のトップダウン型、ビッグ・ブラザーが世界を監視する時代の話です。頂点に君臨するたった1台のコンピュータが世界を支配するのではなく、むしろ情報を握っているのは最下層で、そこにいる何万、何億ものちっぽけなブラザーやシスターやいとこたちが告発することになろうとは、私たちには予想できませんでした。その結果、私たちは徐々にではありますが階級を必要としなくなるかもしれません。

・もう一度言わせてください。この世にはたくさんのコンピュータがあって、それらは常に情報を操作しており、私たちがそう仕向けさえすれば、もっとたくさんの情報を操作することができるでしょう。

・一つ例をあげてみましょう。この世界には夥しい数のCDがあります。これまでに製作されたすべてのCDの完璧なディスコグラフィを作るのは、気が遠くなるような作業です。でも、頭のいい会社 CDDB.com、今では改名して gracenote.com になっていますが、多くの人が自分が持っているCDをCD-ROMドライブを使って自分のコンピュータに読み込んでおり、おまけにそれらのコンピュータはインターネットで繋がっている以上、そのようなディスコグラフィを自動的に作り上げることができるはずだと考えつきました。これまでにまだディスコグラフィが作られていない真新しい録音を手に入れるたび、その人が2分ほどかけてトラックリストを手入力してくれたら、他の人が同じ作業をする必要はありません。たとえその人がやってくれなくても、そのうち他の誰かがやってくれるでしょう。

・誰か一人がやってくれるだけでいいのです。そうすれば、世界中のどこにいようと、CDをCD-ROMドライブに入れたらすぐにトラックリストが表示されるようになります。CDという媒体である必要もなく、デジタル情報をトラックに追加する前にCDフォーマットで登録されていればよし。CDには、指紋のように、固有のデジタルバイトが振られているので、共有ネットワークで認識して情報を拾うことができます。というわけで、gracenote.com は世界中のありとあらゆるCDのディスコグラフィを網羅しており、またそれは日々更新されているのです。

・これは単なるCDの話。

・もし、世界中でコンピュータを使って生成されている情報のすべて、たとえば

・どこかのレストランで入力された、その日の晩のメニューとか、

・どこかの店の在庫リストとか、

・車がどのくらいのスピードで走っているか、ガソリンはどれだけ残っていて近くのガソリンスタンドまでどのくらいの距離があってガソリンを補充したらいくらになるのかとか、

・誰かが測定したアフリカのツバメの飛行速度とか、

・祖母が生まれた場所と日時の記録とか、

・ピラミッドの頂上から撮影したデジタル写真とか、あるいは

・今年最初に咲いた花のデジタル写真とか、

・あるいは後から咲いた花とか。あるいは、サーモスタット(自動温度調整器)の電源のオン/オフの設定時間とか、

・あるいは、子供の体温を測るたびにネットワークに記録しておく、とか、

・世界中のそういった情報のすべてが共有のソフトウェアモデルに蓄積されていくとしたら。ちょっと想像してみてください。

・『銀河ヒッチハイク・ガイド』を思いついた時、私が正しかったことの一つが、人の居場所が適切に情報化されるということです。そしてそれは、先に挙げたどんな例とも決定的に異なっています。どんなささいな情報もその時間と場所に紐づいているとしたら、私たちが作り出すヴァーチャル・ワールドは、本物の世界とそっくり同じ、まるで目に見えない球体のようになるでしょう。

・そして、それらの装置、今のところ携帯電話とか携帯情報端末のようなものを考えていますが、そういったものは見えない世界を見えるようにし、モデルを操作したり私たちに現出してみせてくれたりします。現実の世界から仮想の世界へと繋がる窓となり、それらが私たちの周りのどこにでもある。

・もちろん、そのようなことにはならないでしょう。実際には、いろんな機能がついた電話にすぎません。そういったものは姿を消すでしょう。数年以内に到来するであろう、テクノロジーの次なる大波はナノテクノロジーであり、私たちの予想以上の速さで実現することでしょう。その違いは、これまでのようにモノでコンピュータを作るのではなく、コンピュータでモノを作ることです。小さなスクリーンの代わって、私たちのディスプレイは薄い紙とか、窓とか、鏡とか、あるいは水溜りといった、イメージを反射するものなら何でも可になります。音は何かの表面から人に向けて放射されるでしょう。

・このようなアイディアを、おぞましいとか、あるいは心が落ち着かないと思う人がどれくらいいるでしょうか。「携帯電話がこれだけうまくいったんだから、さらに先に進んでみよう」と思う人はどのくらいいるでしょうか。

・私は、このような現象を説明する規則を思いつきました。

・私の6歳の娘が電子メールや携帯電話やDVDがある世界で育っていく一方、私の母がそういったものを怖がっているを見て、思いついたものです。

・規則1)自分が生まれた時に存在していたものは、どれも正常で普通であり、世界が機能するために必要である。

・規則2)15歳から35歳までの間に発明されたものは、どれも新しくて刺激的で挑戦的で、その分野でキャリアを積むことができるだろう。

・規則3)35歳以降に発明されたものは、どれも自然の摂理に反している。

・私の友人で分子工学者のブロスル・ハシュラヒャーの言葉を引用します。「古代ローマ人は地元のもの、泉とか木とかに小さな神々が宿っていると信じていましたが、それは基本的に、そこに神々がいるように思えたから世界がそのようなものに見えたのですが、でも基本的に絵の中とかビニールの中にコンピュータだけが何台か置かれていて、巨大な機能的空間がそこに繋がっているけれど、絵を見ることはできないけれど、聞くことも録音することも相互のやりとりもできるとする。ひどくややこしい世界だけれど、でもややこしい世界であってもわかっていることが一つあります。若い人はすぐ馴染むということです」

・では、今の現実社会に戻ってみましょうか。私がさきほどから話しているのはまだ何ヶ月か先のことですからね。

・今、私たちには何ができるでしょう?

・さて、私たちにはコミュニケーション装置があることを思い出さなくてはなりません。せっかく身の周りにあるのですから、賢く使ってコミュニケ7ートする道を探しましょう。ケーブルとか、設定とかはなし。Bluetooth でどこまで届くか見てみましょう。携帯電話をちゃちゃっとコンピュータに、テレビに、ラジオに繋いでみましょう――おっと、車にも繋げないとね。携帯電話を車に持ち込むだけで、カーラジオをハンドフリーの電話に変えたいのです。運転中に他の人の携帯電話と混線してぐちゃぐちゃになったりすることなしにロスアンジェルスに着きたいですからね。

・あと、この世界をモデルにしたデータベースを作り始めることもできますね。

・ここ最近、私が推し進めているアイディアがあり、『銀河ヒッチハイク・ガイド』から派生したということで「h2g2」と呼んでいます。コミュニティ・ウェブサイトとしてスタートし、ボランティアの調査員たちが有益そうなガイド情報を組み立てています。先の gracenote.com が共同作業でCDのデータベースを作り上げたような、共同作業のガイドです。子どもっぽい試みかもしれませんが、とびきり熱心な調査員たちが精力を注ぎ込んでくれたおかげで、すでにかなり出来上がっています。この種のインフラをさらに前進させるためには、自走的で自己増幅的なものにする必要があります。というのも、地球上のどのウェブサイトとも同じで、私たちは資源を使い切ってしまったのです。お金、と私たちは呼んでますけどね。

・しかしながら、今日ここでサイトが復活したことを高らかに宣言します。h2g2の権利は、みなさんもきっとお聞きになったことのある人々に譲されました。BBCと呼ばれているんですけどね、『銀河ヒッチハイク・ガイド』の生誕の地に移ったことを私はとても嬉しく思っています。BBCの運営によって、最高に素晴らしい情報供給源に生まれ変わるよう願っています。どうか覗きにいってみてください。気に入らなければ、よくなるように書き足してください。9時のニュース相手にこんなことはできませんよ。

・いつの日か、私の書いた『銀河ヒッチハイク・ガイド』のようなものの元となり、携帯式で、個人的で、相互協力的な実生活のガイドが作られますように。

・私としては、とりあえず自宅周辺で携帯電話の電波を受信できるようになれば満足です。


電子書籍について (アダムスが遺した手書きのメモ) pp. 266-269 

 著者が書いたものを読むために読者が支払う金額の85パーセント、もしくは90パーセントはそれを書いた著者の懐には入らない。
 著者には、この85パーセントがものすごく気になる。そこには恐ろしくたくさんの木材が存在しており、みんなの利益のためにも電子配信みたいな形に切り替えたほうがいい。
(完全に切り替えろというのではなく、この金額の差を大幅に減らし、より多くの本が売れることを望んでいる)
 電子配信は、私たちが知っている本の流通方法をどのように変化させ、本そのものの特性をどのように変化させるだろうか。
 著者への支払い方法は?
 これまでにも電子ブックの試みは何度も行われてきたけれど、技術が未発達だったせいで、どれもかなり手酷い失敗に終わった。
 自分でも経験がある。「Voyager expanded books」だ。
 電子書籍というアイディアには、一般の人たちから大きな抵抗があった。中でも10歳の人間からはコンピュータでタイピングする意味がわからないと言われた。
 この手の抵抗は少しずつ消えていくだろうと私は思う。電子書籍が改良され、より小さく、軽く、シンプルかつ安価、言い換えると、もっと本に近くなれば。
 他にも、とことん改善されねばならない、決定的かつ重要な課題があって、思うにこれが鍵となる。本は、通常、600〜2400 dpi程度の解析度を持っている。コンピュータの画面は74だ。快適に読めない。私はコンピュータで1日の仕事を終えると、それをプリントアウトしてソファに座って読んでいる。
 解析度が改善して、画面のバックライトの問題も付随して改善されれば、電子書籍化への対応の流れは急激に進むにちがいない。
 本の感触が好き、本の匂いが好き、という人は多い。これは事実だと思うが、自動車が発明された当初、大勢の人が馬について同じようなことを言っていた。我々は変節を受け入れてきたのだ。
 装置は本に似せたものにならなければならず、この点は譲れないと言いたい。
 アラン・ケイ、電気モーター。
 あくまで本から派生したものであって、コンピュータの変化形ではない。
 だが、先走りしすぎるのはよそう。電子書籍でバーチャルなページをめくるモデルは必要なのか、確信が持てない。それは車に手綱と鎧をつけるようなものではないか。
 基本的に私たちが知っている本というものは、最大で10万語くらいのテキストを持ち、始まりと中間と終わりを備えたストーリーを語る。私たちが読むための装置は、もっともわかりやすく、もっともシンプルに素材にアクセスできるようにならなくてはいけない。紙の本にはできないことをさせてくれる。コンピュータに向かって長時間過ごす人なら本を読んでいて欲求不満を感じたことがあるはずだ。このキャラクターは誰だったっけ、とか、前に何を言ったりやったりしてたっけ、とか思った時に、検索するのにやたら時間がかかる。研究をしていたら、さらなる参考書にあたりたくなるかもしれない。デジタルの世界では、実存の境目は消えていく傾向にある。海に流れ込む川のように、流れに乗っているだけなのに、もはや川岸にはたどり着けない。
 ということで、装置はすごくシンプルでなければならない。コンピュータではなく、コンピュータが搭載された本だ。でも、パワフルでなくては困る。通信機能が必要で、初期のモデルはコンピュータに接続する必要があるんじゃないかと思うが、私の頭にある本物の電子書籍とは独立型の装置でネットとワイヤレスで繋がっている。
 ネットこそがすべてを変える。
 著者は、フィードバック・ループに慣れるだろう。それがほとんど無意味なものである限りは。
 カート・ヴォネガット、即時性……。


Bureaucracy (コンピュータ・ゲーム Bureaucracy 作成時のプラン。イズリントンに新しい住居を手に入れた時に、アダムスの身に実際に起こったことをベースにして書かれた) p. 273

 最初、あなたはとても快活な気分でいる。
 新しい家に引っ越してきたばかり。今のところ、ちょっと散らかっていて、何もかも段ボール箱の周りに置かれているけれど、とっても素敵な家だし、それを購入することができたのも前職の2倍の給与がもらえる新しい仕事に就けたからで、万事が順調。きっとすぐに落ち着くだろう。数週間前には、住所変更のお知らせハガキを送った。とりわけ、新生活を始める前にまずは数週間の休暇があって、新しい雇用主たちはあなたにとても親切で、しばらく楽しんでおいで、と、パリ行きの飛行機の戻りのチケットをプレゼントしてくれた。
 最初の問題は電話だ。鳴り続けているので、これは取らなくては、とあなたは思う。箱だらけの中から電話にたどり着くまでが一悶着だ。
 また、段ボール箱の中には、ここ数日であなたが必要となるいろいろなものが入っていて、それらを壊さず見つけ出すことがまた問題となる。まず、ボイセンベリー・コンピュータがあり、そこにはバカでも使えるプログラミング言語が搭載されているが、使いたがるのはバカだけだ。ありとあらゆる問題があるが、あなたは箱の中から見つけ出さなければならない。コンピュータを見つけられたら、辺りに散らばる夥しい量の意味不明な書類の山から解放される、と、あなたは思った。が、辺りに散らばる夥しい量の意味不明なフロッピーディスクの山を手にする羽目になっただけ。
 他にも、小切手帳の収支問題や、分割ローン、月蝕の予測、レシピ問題、コミュニケーション問題、簿記の問題などなど。
 玄関に、何か(さらなる問題? それともステレオ?)を抱えた配達員がやってくる。あなたには注文した覚えはない。同じ通りに住む同姓同名の別人のものだとわかる。配達員は、この辺りではこうした住所間違いはしょっちゅう起こっていて、頭がおかしくなりそうだと言う。
 あなたは、よかったから代わりに運んであげますよと提案することもできるが、その場合、クレジットカードで支払わなければならない。配達員は「US Excess」か「Beezer」なら受け付けられるとあなたを急き立てる。
 あなたはあなたの「US Excess」が期限切れになっていることに気付く。「Beezer」のほうは支払い上限ぎりぎりだが、そうしたければこの商品を買い取れないこともない。


Secret Empire  p. 284

 「Secret Empire」とは、デジタル・ヴィレッジのプロジェクトの一つとして企画され、実現しないままに終わったSFテレビドラマシリーズの名称である。何千年もの時間の中で人類が宇宙を植民地化していく様を描く、というもので、アイザック・アシモフの『ファウンデーション』シリーズにテイストが似ている。42: The Wildly Improbable Ideas of Douglas Adams には1996年4月に作成された企画書の一部が掲載されていて、それを見るとまだ何も始まっていない段階から第2シリーズの内容にまで言及されていたことがわかる。ここでは第1シリーズの概略を紹介する。

 第1シリーズでは特に2人の人物に焦点を当て、この2人の視点を通して事態の深刻さを明るみにする。

 一人目は、ロバート・ダーウィン。第1話の開始早々に登場する。

 彼はコンピュータ・ゲームのデザイナーで、自身の会社を所有しており、大変な資産家だ。イギリス人だが、主にアメリカで仕事をしている、現在はオーストラリアの北クイーンズランドの湾沿いに建てられた、とんでもなくハイテク装備の大邸宅に住んでいる。彼はグレート・バリア・リーフを愛していて、現代のコミュニケーション技術を用いれば彼はその家からでも会社を経営することができる(大掛かりなロケ撮影になるだろう)。

 彼がコンピュータ・ゲームに携わることになったのはたまたまだった。その手の製品にあまり関心がなく、ゲーム製作の元となったアイディアのほうが大事だった。彼の資産は大いなる野心で築かれたというより、生得的な知性の副産物にすぎない。彼にとって、何かを上手に回していくことに興味があり、トラブルも下手を打ったときより少なくて済む。ゲーム理論に知悉していることが助けになっている。40歳で、外見に恵まれ、未婚だ。非嫡出の娘が一人いて、今では19歳になり、ケンブリッジにいる。二人の仲は良好だ。

 二人目は、ジェニー・チャオ(Tchao)、日系アメリカ人のジャーナリストである。彼女はロバート・ダーウィンに関するネタを探している。もちろんたくさんあるにはあるが、もっと興味深いものがほしい。もっと彼に近づき、いざとなったら彼と寝ることも視野に入れている。仕事のためなら手段を選ばない、というだけでなく、彼女は彼に強く惹かれているのだ――そのせいで彼女にとって事がややこしくなる。

 二人とも、まったく違う方向から、「秘密の帝国」について知ることとなる。彼は第1シリーズの冒頭で、彼女は第13話目で。

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