メイキング・オブ・映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』


 以下の文章は、The Making of The Hitchhiker's Guide to the Galaxy (2005)の内容を簡単に紹介したものである。実際の本には、たくさんのカラー写真と、写真に添えられた説明が付いていて、見応え・読み応え共にたっぷりなので、興味を持たれた方は是非お求めあれ(今では絶版だけど、中古ならネットで割と簡単に手に入ると思われる)。


目次

Earth
  The Opening Title
  Arthur's House
The Cast
  The End of the World
  The Guide
The Vogons
  Vogon text
  The Vogon fleet
  The Vogon toilets
  The Bable Fish
  Vogon poetry
  Clearing the trash
The Heart of Gold
  Marvin
  Zaphord's second head
Vogon Command Headquarters
  Zaphod's Quest
  The Infinite Improbabiliity Drive
Viltvodle 6
  The Temple of Humma Kavula
  The Vogon soldiers
Vogsphere
  Vogcity
  The Ravenous Bug Blatter Beast of Traal
  The Whale
Magrathea
  The Point of View Gun
  Slartibartfast
  The Planet Factory
Earth II
  Arthur's House
  The Battle for Earth
  Earth II boots up

Earth
The Opening Title

 映画版『銀河ヒッチハイク・ガイド』のオープニングは、これまでのどんなヴァージョンとも異なっている。監督ガース・ジェニングスは、観客の心を一気に掴むため、映画を大プロダクション・ナンバーで始めることに決め、冒頭の2分間のために大変な労力をかけたという。自分たちの映画の方向性を明示する同時に、原作ファンに対して「大丈夫、この映画を作った人たちは信頼できますよ。大掛かりだし、いつもとは違うけど、でも原作の精神はちゃんと尊重していますから」と観客に伝えるには、音楽を使うのが一番だと考えた(実際、原作ファンの私が初めてこの映画を観た時には、ジェニングスの戦略に見事にハマり、「この監督なら間違いない」と胸を撫で下ろしたが、M・J・シンプソンを筆頭に、納得していない原作ファンもいることは付記しておく)。
 この映画の音楽を作曲したのは、作曲家のジョビィ・タルボット。プロダクション・ナンバーは、ジェニングスの希望で50年代のミュージカル映画の音楽をイメージして作曲された。そこで、作曲にとりかかる前に、タルボットはバスビー・バークレイのミュージカル映画をたくさん観てリサーチしたという。実際の作曲自体は、ジェニングスいわく、「こんなに簡単なことはなかった。(ニック・ゴールドスミスと一緒に)ジョビィの家に行って、6時間か7時間くらいで完成した」とのことだが、タルボットは「分かっていたのはタイトルが ‘So Long, and Thanks For All the Fish’ということだけで、この言葉のリズムからあのメロディーを思いついた」らしい。
 と言っても、「6時間か7時間くらいで完成した」のは曲のメロディーラインだけであり、タルボットは編曲担当のクリス・オースティンと一緒に作曲して仕上げた。その結果、出来上がったものは、「すごくゆっくり演奏したり、アレンジして弦楽器で演奏したら、まるでサミュエル・バーバーの「弦楽のためのアダージョ」みたいに切なく聴こえてるのに、うんと早く演奏すると元気いっぱいでド派手になる。両方のヴァージョンを用意して、ガースを夕食に招待した。彼の反応は上々だったが、曲の半ばを過ぎる頃には笑い出し、部屋の中を飛び回って大喜びしてくれた。そして、ペンと紙を掴んで作詞のアイディアをメモし始めた。数週間後、みんなで集まって作詞を完成させ、私は詞に合わせて音楽をもう少しシャープにまとめた」。
 音楽と一緒に流すイルカの映像は、当初の予定では、ガース・ジェニングスニック・ゴールドスミスがサンディエゴの水族館で撮影したホームビデオに既存の研究資料映像をつなげて作る予定だった。が、実際に音楽と合わせてみるとそれではうまくいかないことが分かり、第二班監督のドミニク・レオンらがスペイン・カナリア諸島のテネリフェ島にあるロロパーク(Lauro Park。ロロとはオウムのことで、世界最大級のオウム園があるそうだが、イルカショーの規模も欧州最大級らしい)に行き、撮影した。ドミニク・レオンいわく、ロロパークのスタッフはとても親切で、普段はやらない夜間の撮影にも協力的だったとか。でも、撮影のためにカメラマンがプールの底に潜り、かつ、プールサイドのドミニク・レオンとやり取りするため、水の中にラウドスピーカー・システムを持ち込んだため、イルカたちをひどく驚かせてしまったらしい。

Arthur's house

 「一軒家で、広々とした西部地方の農地を見おろしている。どこから見ても目立つ家ではない。築三十年ほど、ずんぐりむっくりで角張っていて、レンガ造りで、正面には窓が四つはまっているが、大きさも配置も見る人の目を喜ばせることにほぼみごとに失敗している」(安原訳『銀河ヒッチハイク・ガイド』、p. 8)――映画の冒頭に出てくるアーサーの家は、まさに小説で描写された通りだ。ロケ班のメンバーたちが、イングランド東部のハートフォードシャーを2日に亘ってドライヴし、この家を見つけ出した。
 この家が理想的だったのは、外観が小説の描写そのものだったからだけでなく、近くに撮影用のトレイラーやトラックを止めておける空き地があったことに加え、「ブルトーザーに破壊されたアーサーの家」のセットを建てられるような、周囲の光景がそっくりな場所もあったからだった。壊された家を一から造るのは、天候に振り回されたこともあって、想像以上に大変な作業となったようだ。美術監督のジョエル・コリンズや装飾担当のケイト・ベックリーらはがれきの細部にまで気を配り、一方、大道具マネージャーのスティーヴ・ボーハンは、家をブロック単位で造ってブルトーザーがぶつかったら巧く崩れ落ちるような仕掛けを施した。
 内装については、幸いなことに、ロケに使用することになった実際の家を大きく改装する必要はなかった。ケイト・ベックリーいわく、あらかじめジョエル・コリンズと話し合ってイメージしていた通りの内装だったのだとか。「アーサーの寝室の壁紙が縦縞なのは、アーサーにとってこの家がある種の牢獄であるかのような印象を与えてくれる。家の雰囲気そのものも、ほとんど私たちがイメージした通りだった。あとは、年輩のカップルが住んでいる家を、30歳くらいの男性が一人暮らししているような内装に手直しするだけだった」。
 ケイト・ベックリージョエル・コリンズは、アーサーがどんな生活をしているかをとことん検証し、地方税の請求書から図書館の延滞料請求書まで用意した。二人は、アーサーがどんな本を読んでいるかまで話し合い、雑誌「ラジオ・タイムズ」には、アーサーが観たいと思うテレビ番組に丸を付けるという念の入れようで、これにはアーサー役のマーティン・フリーマンも驚いたという。
 アーサーの家のすぐ近くには、撮影にぴったりのパブまであった。おかげで、天気が悪くて外での撮影が不可能になると、パブの中での撮影に切り替えることができた。
 映画はアーサーの家のシーンで始まるが、実際の撮影はセットごとに行われたため、2004年4月19日の記念すべき最初の撮影は、アーサーとトリリアンが出会う仮装パーティーのシーンだった。当初の計画では、〈黄金の心〉号のセットから撮影を始める予定だったが、共同製作者の一人トッド・アーナウの提案で変更された。「〈黄金の心〉号での撮影だと、主要キャスト4人全員が一緒になるシーンが多いが、ガースにとっても、まずは4人ではなく(アーサーとトリリアンの)2人から撮影を始めたほうがいいんじゃないかと思ったんだ。ズーイーマーティンの親しげな自己紹介的シーンから始めたほうが、俳優たちがキャラクターを作り上げる助けにもなるし。背後には大勢のエキストラもいて、楽しい場面だった。ガースも気持ちよく監督できたんじゃないかと思う」
 パーティーのシーンは、エルストリーのスタジオに造られた、二階建てのセット(パーティ会場と屋根の上)で撮影された。トリリアンがチャールズ・ダーウィンの仮装をしているのは、単純にかわいい女の子が大きな白いヒゲをつけていたらおもしろいのではというアイディアに加え、アダムスが進化論に関する本を愛読していたという、ファンの間ではよく知られた事実に基づいている。同様に、パーティーの会場でアーサーが読んでいるのは、リチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子(The Selfish Gene)』。本棚にはニューヨークの42番街のポストカードが貼られていて、これも究極の答えである「42」へのオマージュとのこと。


The Cast

 キャスティングを決定する上で重要だったのは、主要キャラクター4人のアンサンブルだった。ガース・ジェニングスいわく、4人が顔を揃えた時にどのように見えるかを確かめるため、インターネットで俳優たちの顔写真をダウンロードして、デスクトップに並べてみたりもしたのだとか。その甲斐あって(?)、決定した4人のキャストたちはみんな協力し合ってうまく仕事をしてくれたという。

Arthur Dent (Martin Freeman)

 ガース・ジェニングスらが望んでいたのは、『アパートの鍵貸します』のジャック・レモンのイメージだった。自分の流儀にこだわりがあり、心気症的で、神経質で、ひどいバカをやらかすこともあれば人をイライラさせることもあるけれど、それでもなお思わず共感せずにはいられない、そんな人。マーティン・フリーマンは、監督たちの頭に真っ先に浮かんだアーサー役の候補の一人だった。
 アーサーは、映画の間ずっと、ドレッシングガウン姿で通す。マーティン・フリーマンとしては、数少ない自分の衣装を「ふざけた格好ではなく、普通の人が普通に着るような格好にしてほしい」とだけ希望した。マーティンが演じるつもりのアーサーは、道化ではなく普通の人なのだから。
 が、そんな普通の人の普通の服は、衣装担当のサミー・シェルドンにとって予想以上に難しい課題となった。タオル地のドレッシングガウンを作ろうとして、チェコから布地を取り寄せるのに5週間も待たされたり、特殊撮影のため青や緑の色が入ったパジャマを使うことができないため、感じのいい縦縞パジャマを見つけることができず、トルコから服地を取り寄せてプリントしようとして大失敗したりと、トラブルの連続だったようだ。冒頭の仮装パーティーで着るためのサファリスーツですら、メーカーが既に生産を中止していたため、どこかの店の倉庫に眠っていた生地を苦労の末に見つけ出したのだとか。

Ford Prefect (Mos Def)

 キャスティング・ディレクターのスージー・フィッギスは、ロンドンのロイヤル・コート・シアターで上演されていた舞台『トップドッグ/アンダードッグ』を観て、フォード役の候補にモス・デフを推薦した。ニック・ゴールドスミスガース・ジェニングスは、この舞台をニューヨークのソーホー・ハウスまで観に行き、役柄の掴み方や考え方に感銘を受けてフォード役をオファーすることにしたという。
 フォードの衣装は、エイリアンっぽくするべきか、それとも人間っぽくするべきか。話し合いの末、サミー・シェルドンは「とても古風な三つ揃いのスーツ、でも彼がそれを着るとちょっと奇妙な感じがする」路線を選んだ。シェルドンいわく、「モスはとてもスタイリッシュで自分に何が似合うかよく分かっている。彼の帽子はアーミーストアで調達し、裏地を紫に変えた。彼のイメージカラーは紫で、いろいろなところに紫色をしのばせたの」

Trillian (Zooey Deschanel)

 ガース・ジェニングスは、トリリアンを、イマドキのやたら暴力的なカンフーガールにも、単なる天才科学者にもしたくないと考えていた。ロビー・スタンプいわく、ジェニングスがトリリアン役としてズーイー・デシャネルを選んだのは、彼女の中にある、ちょっと奇妙で普通じゃない感じが気に入ったから、とのこと。マーティン・フリーマンと一緒に行った最初のスクリーン・テストでも、それが見て取れたという。
 そんな「ちょっと奇妙」なトリリアンのための衣装は、当然、「宇宙のセクシーガール」であってはならなかった。ジェニングスの希望は、機能重視の服。ズーイー・デシャネルのジャンプ・スーツは、撮影用に全部で7着用意された。また、彼女の読書用眼鏡は1950年代のものだったが、これは彼女の持ち物がさまざまな場所から集められているという印象を与えるためだった。
 トリリアンの地球人離れした印象は、観客に、アーサーが地球最後の生き残りであると思わせるためにも重要だった。ロビー・スタンプは「原作を改変してでもそうするべきと考えた」と言うが、原作のトリリアンだってかなり地球人離れしていたし、むしろ映画のトリリアンのほうが地球人として振る舞っていたような気がする。

Zaphod Beeblebrox (Sam Rockwell)

 サム・ロックウェルは、もともと、フォード役の候補としてオーディションを受けていた。が、オーディションをしているうちに、ロックウェル本人としてはどちらかというとゼイフォード役のほうに興味があるということが明らかになる。ガース・ジェニングスは、エネルギッシュでセクシーなロックウェルなら、セックスアピール過多でロックの王様めいたゼイフォードを演じられるのではないかと考えた。
 サム・ロックウェルは、ゼイフォードの衣装についてもさまざまなアイディアを出して協力した。サミー・シェルドンいわく、「ゼイフォードは悪趣味かもしれないけれど、すごくセクシーでもある。そこで、ゼイフォードの衣装にはクジャクのイメージを与えることにした」。彼のコートは、身体の動きによって、クジャクの尾羽を思わせる形になっている。観客は直接的には気付かないが、サブリミナル効果でゼイフォードのセックスアピールを感じさせる仕掛けだ。
 ゼイフォードの大きすぎるサングラスも、彼のクールさを強調する小道具の一つだった。バカバカしければバカバカしいほどいける、ということで、最終的には車のバンパーを思わせるサイズのサングラスになったが、ロックウェル本人もとても気に入ったらしい。

※ ロビー・スタンプによる、主要キャストへのインタビューはこちらへ


The End of the World

 『銀河ヒッチハイク・ガイド』では、物語の冒頭で地球が破壊される。シリアスになりすぎず、かつ、月並みな映像にしないためにはどうすればいいか。

 まずは、巨大な宇宙船の到来にパニックする地球上の様子から。ロンドンでの撮影は、人の往来が少ない週末を選んで行われた。担当したのは、第二班。エキストラを使い、いかにもロンドンらしい通りや地下鉄の表示板などを入れて撮影した。
 オープンカフェのシーンでは、アダムスの遺族がカメオ出演している。スーザン・アダムス、ブローンウェル・スリフト、ジェイムズ・スリフト、ジャネット・スリフト、ポリー・アダムス、そしてポリーの友達の、計7人(詳しくは家系図参照)。
 遺族のカメオ出演は、もともとはアーサーの家の近くのパブのシーンで行われる予定だった。が、このシーンの撮影は天候によってスケジュールが変更になってしまうため、ロビー・スタンプの配慮により、撮影日が確定していて遺族が集まりやすいロンドンでのシーンに切り替わったのだとか。撮影場所は地下鉄のムーアゲート駅近くで、特に演技指導等はなかったらしい。ちなみに、宇宙船がやってきたという大騒ぎの最中にも全く動じることなく新聞を読み続ける老婦人が、アダムスの実母ジャネットである。
 ロンドンから遠く離れた田舎で、宇宙船に驚いた羊たちがめえめえ鳴きながら走って行くシーンで映るのは、イギリス北部チェシャー州にある、マンチェスター大学のジョドレルバンク天文台である。この天文台に務める科学者たちは、エキストラとして出演するのみならず、一時的に本来の目的である宇宙探査を中断し、天体望遠鏡を映画の撮影のために使用することを許可してくれたという。
 当然、普段はそんな場所に羊はいない。映画に登場する羊たちは、アシスタント・ロケーション・マネージャーのカミーラ・スティーヴンソンが農家にお願いして所定の場所に連れてきた。が、羊たちはなかなか人間の都合通りには動いてくれない。そのため、画面に入らない場所で農家の方がエサの入ったバケツを振って羊たちを誘導することになった。

 続いて、宇宙から見た地球爆破のシーンについて。
 このシーンに限らず、映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』は基本的にガース・ジェニングスが描いたストーリーボードに沿って作られた。中でも、大掛かりにCGを使うようなシーンは、まずこのストーリーボードに従って美術監督ジョエル・コリンズと彼のチームが簡単なCGアニメーションを何パターンか用意する。このアニメーションを叩き台に、監督の要望に応えて仕上げていく。
 地球爆破のシーンの場合、ジェニングスが希望したのは、カメラをスムーズに後退させて町の地球全体の俯瞰を捉えるのではなく、ジャンプカットにしてほしい、ということだった。そのためには、アーサーの家のサイズと宇宙船のサイズの比率をきちんと設定して、それぞれのカメラの位置ごとにその比率が狂わないよう計算しなければならない――が、実際には比率の正確さより映像の効果というか画面デザインのほうが優先された(正しく作ったら、地球を取り巻くヴォゴン人の宇宙船は小さすぎてよく見えない)。
 視覚効果監修のアンガス・ビッカートンいわく、このジャンプカットの効果は、ジョビィ・タルボットが作曲した音楽で際立った、とのこと。

The Guide

 『銀河ヒッチハイク・ガイド』を映像化するにあたっては、そもそも「銀河ヒッチハイク・ガイド」をどういう形にするかが重要な問題となる。
 ガース・ジェニングスいわく、「ガイド」がハイテクっぽく見える必要はない、とのこと。それより大事なのは、ヒッチハイクする人が持ち歩いて便利だと思うかどうか――故に、ガイドのコンセプトは、本でもノートブックパソコンでもなく、コンパクトだけど使用用途満載の、スイス・アーミー・ナイフだった。だから、数多く作られたガイドの試作品の中には、スイス・アーミー・ナイフを思わせる赤い色のものもあった。
 その上で、ガイドそのものにはボタンを付けず、タッチスクリーン式にする、というのもガース・ジェニングスのこだわりの一つだった。その上で、情報を文字や数字で流すのではなく、シンプルなデザイン/色彩設計のグラフィック・アニメーションとして見せる。ガイドとは、本来、万人が見て理解できるスタイルでなければならない。そういう意味でも、グラフィック・アニメーションにすることは理に叶っていた。
 ガース・ジェニングスニック・ゴールドスミスの意向に従って、各種グラフィック・アニメーションを製作したのは、映像クリエイター集団のシャイノーラシャイノーラのメンバーの一人であるギデオン・バウズいわく、まずは与えられたガイドの文章を元にストーリーボードを描き、ジェニングスゴールドスミスに見せたところ、「抽象的すぎる、もっと機能的に、もっと字義通りに」という注文を受けたのだとか。また、使用する色についても、明るくて親しみやすいレインボーカラーを選んでほしいと指示された。
 ストーリーボードからアニメーションを作る段になって、使用されたコンピュータ・ソフトはアドビのPremiereとAfter Effects。こうして出来上がったアニメーションを、今度は編集担当のニーヴン・ハウィーが他のシーンと繋ぎ合わせると、アニメーションだけを単体で見ていた時には問題ないと思われたタイミングのズレが表面化した。そのため、アニメーションは再びシャイノーラの元に差し戻され、映画全体とタイミングが合うよう長さの調整が行われた。

 一方、「ガイド」の声を担当したのは、アダムスの長年の友人でもあるスティーヴン・フライ。アダムスとフライは、1985年からマッキントッシュ・コンピュータという共通の趣味を通じて親しくなった。「彼は愉快な仲間だったし、彼の奥さんのジェーンとも仲良くなった」。
 それだけに、ガイドの役をオファーされたことが嬉しかったようだ。2004年11月に収録したものの、「大勢の人の名前が候補に上がっていたのは知っていたし、きっと本番はトム・ハンクスみたいな人がやるんだろうなと思い込んでいた」。
 ガイド役の要は「権威と親しみやすさの絶妙な融合」だとフライは言う。ラジオドラマ版やテレビドラマ版でガイド役だったピーター・ジョーンズはまさにそういった語りで多くの視聴者を魅了し、多くの人にとって「ガイド=ピーター・ジョーンズ」なのは致し方ない、と語った上で、「でも映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』を観る人の多くはアメリカ人だし、アメリカ人はラジオドラマ版にはあまり馴染みがないだろう。むしろ彼らの耳に馴染みがあるのは、ダグラス本人が朗読したオーディオテープなんじゃないかな」。
 フライのナレーションは、ラジオドラマよりスローペースだが、これは映像のペースに合わせたため。と言っても、必ずしも完成したアニメーションや映像に合わせて収録した訳ではなく、何も映っていないスクリーンやシーンを説明する簡単なスケッチ画を見ながら、ガース・ジェニングスの指示に従って読むこともあったのだとか。その上で、映像がこれで完成、という段になると、最後の収録作業が行われたらしい。


The Vogons

 ヴォゴン人のデザインを決めるにあたり、ニック・ゴールドスミスガース・ジェニングスは、まず小説版『銀河ヒッチハイク・ガイド』ではヴォゴン人がどのように描写されていたかを再確認した。その中で二人が注目したのは、ヴォゴン人が「銀河帝国の官僚機構においてとりわけ強力な屋台骨を構成している」(安原訳、p. 63)と書かれていたこと。何を措いてもまず、ヴォゴン人はお役人なのだ。そこから、ヴォゴン人を政治家や判事の風刺画のように描くという基本方針が固まった。
 具体的なイメージの原点となったのは、18世紀後半に活躍したジェイムズ・ギルレイの風刺画だった。「デカい鼻、細い足、巨大な腹、役立たずの腕、と大きく膨らんだ顔」に戯画化されたグロテスクな人間像は、ガース・ジェニングスにとってヴォゴン人そのものだった。さらに、ギルレイの風刺画は、ジェニングスに、ヴォゴン人にいかにもエイリアンなメタリックの服装をさせるのではなく、ベストやカーディガンやカフスやカラーを身につけさせたらおもしろいのでは、というアイディアを提供することにもなった。「ディケンズの世界っぽくて、古臭いイングランドの匂いがしないかい? 僕らのエイリアンは、僕らが日常生活で出会うヘンな人々の延長線上にあるんだ」。かくして、ヴォゴン・ジェルツは、頭に判事のカツラを乗せることに。
 さらに、アダムスが映画のために作り出した惑星ヴォグスフィアのアイディアも、デザインを決定する要因の一つとなった。ヴォグスフィアには、何かを考えると地中から飛び出して顔をひっぱたく生き物が生息している。また、小説には「進化の力に見切りをつけられた」(安原訳、p. 62)とも書かれている。この二つの要素を合わせ、ヴォゴン人の大きな鼻は顔の上部に付けられた。

 ヴォゴン人のデザイン・イメージが固まると、今度はジム・ヘンソン・クリーチャー・ショップの出番となる。ニック・ゴールドスミスガース・ジェニングスは、これまでにもこの工房と仕事をしたことがあったから、話は早かっただろう。工房のスーパーバイザー、ジェイミー・クルティエいわく、ジェニングスはこういうキャラクターのタイプにしてほしいという希望ははっきり持っていても、デザインそのものに特別なこだわりは持っていなかった――むしろ、ジェイミー・クルティエや彼の同僚シャロン・スミスが自由に意見やアイディアを出すことを望んでいたという。
 キャラクター・デザインが確定したら、次は粘度でヴォゴン人の小さな3Dモデルを用意する。このモデルに基づいて、撮影用の9フィート(約2メートル70センチ)の実物が作られた。
 ヴォゴン人は、中に人が入って動かすいわゆる「着ぐるみ」だが、腕は長くて細すぎるため、人の腕を通すことができない。そのため、両腕の動きは電子制御となる。また、顔の表情も電子制御となる。そのため、「着ぐるみ」と言っても、ヴォゴン人の中に入って動き、演技するのは恐ろしく難しい。人形遣いのマーク・ウィルソンに言わせれば、「恐ろしく複雑なバンジョーを演奏しながら、演技と動きとぴたりと合わせるようなもの」だったとか。

 ヴォゴン人たちの衣装は、サミー・シェルドン率いる衣装スタッフではなく、ジム・ヘンソン・クリーチャー・ショップが手掛けた。撮影の都合上、クリーチャーの製作が、映画の衣装部門が本格始動する前に始められていたためだ。ヴォゴン人たちの多くの衣装は、わざとボロボロになった古い布で作られた。カーディガンは今にもバラバラにほどけてしまいそうで、靴下には穴が空いている、といった具合。一体一体のサイズも大きいため、布を広げるためにドアを開けっ放しにしなければならなかった。
 ようやく衣装が完成し、いざヴォゴン人に着せてみると、ヴォゴン人の身体はさらに重くなり、中に入った人はますます動けなくなった。そのため、急遽ヴォゴン人の支柱を強化して、中の人にかかかる負担を減らした――とは言え、中の人にできることには限度がある。ヴォゴン人の中でも目立った動きをするものについては、顔の表情や腕など、複数の人が外部から操作し、ベテラン操作員が全体の動きを監督して指示を出した。その他の、たいした動きのない多くの脇役ヴォゴン人については、ウィンブルドン・カレッジ・オブ・アートの学生が中に入っていた。

Vogon text

 ヴォゴン人は書類が大好きである。何をするにも三枚複写の書類にサインが必須。そんなヴォゴン人を主要キャラクターとして登場させるからには、ヴォゴン人の文字を用意しなければならない。
 美術監督ジョエル・コリンズがヒントにしたのは、「ピットマン2000式」と呼ばれる速記文字だった。だが、効率を追求した速記法は、何かにつけて効率の悪いヴォゴン人にはそぐわない。そこで、数字はすべてアラビア数字ではなく棒線で表すことで、バランスを取ることにした。
 ヴォゴン人の文字は、書類だけでなく、彼らの宇宙船の中の掲示といったちょっとしたものにも使用されている、というかデザインされている。グラフィック・デザイナーのアニタ・ディロンいわく、全く新しい文字だけれど、それでもデタラメではなくちゃんと読めるものになっているかチェックした、とのこと。そして「破壊しろ」とか「攻撃しろ」という意味の文字は、ヴォゴン人たちの衣装にも組み込まれているのだとか。

The Vogon Fleet

 地球を破壊すべくやってきたヴォゴン人の土木建設船団は、 「地球上のすべての国の上空にぴたりと停った」。そして「煉瓦なら落下するところだが、宇宙船は落下もせずに滞空していた」(風見訳、p. 45)。
 ガース・ジェニングスがヴォゴン人の土木建設船団をほぼ真四角にしたのは、アダムスの「煉瓦」という言葉に呼応してのことだった。最初は、もっと煉瓦っぽい外見にしようかとも考えたようだが、最終的には窓一つないコンクリートの高層ビルのようなものに落ち着いた。初期のデザイン画を見ると、「巨大な黄色い機械」(安原訳、p. 43)という描写に合わせて、宇宙船の底の部分は黄色くペイントされている(そのため空に浮かぶ姿を地表から眺めれば黄色く見える)が、映画では特に黄色にはなっていない。

Vogon Toilet

 ラジオドラマや小説では、アーサーとフォードはヴォゴン人の土木建設船団で働くデントラシ人コックにヒッチハイクされ、彼らが働く小さな調理場にテレポートする。映画では、デントラシ人は省略され、アーサーとフォードがテレポートした先は、ヴォゴン人のトイレだった。
 ヴォゴン人の大きな身体に合わせて、トイレの備品もすべて大きく作られた。デザインの基本コンセプトは、コンクリート製の駐車場。装飾を担当したケイト・ベックリーは、ヴォゴン人っぽいトイレを作るのを楽しんだとか。「ヴォゴン人の歯ブラシとか歯磨き粉も用意したのよ!」。勿論、ベックリーのチームは、トイレ用品だけでなく、別のシーンのためにホッチキスとかスタンプとか鉛筆とか電卓といった文房具も用意したのだが。

The Bable Fish

 バベル魚は、ジム・ヘンソン・クリーチャー・ショップ製の模型とCGを合成して作られた。模型は、ガース・ジェニングスのデザイン画に基づいているが、デザイン画に描かれていた毛のような突起物は、製作時間の都合で省略された。フォードがアーサーの耳に無理矢理バベル魚を突っ込むシーンでは、3Dアニメーションで差し替えることも可能だったが、本当に短いショットなので、模型を使ったほうが手間がかからないという結論になったのだとか。

Vogon Poetry

 ヴォゴン・イェルツが登場して詩を読むシーンは、映画製作の終盤に撮影された。ガース・ジェニングスいわく、実際のセットとクリーチャーが用意されていたので、ブルースクリーンを使って合成するといった複雑な過程が不必要となり、技術的に厄介なことはなかったとのこと。そのため、事前に用意されたストーリーボード通りに撮影することができた。
 アーサーとフォード以前にも、ヴォゴン人の詩の朗読の犠牲となった者たちは大勢いて、彼らは柱に縛りつけられたまま息絶えている。当初は、中に人が入って動かす計画もあったらしいが、全員死んだという設定のほうがおもしろいという判断で、敢えて動かない模型を並べることになった。映画ではちらっと映るだけだが、それぞれのクリーチャーは、一応、アダムスが小説の中で書いていたエイリアンからイメージして作られている。

Clearing the trash

 ヴォゴン人の宇宙船のセットは、それぞれのパーツを別々に作って撮影し、編集で一つの巨大な宇宙船のように見せかけるのではなく、どの小部屋も実際の宇宙船同様の正しい配置で作られていた。
 ただし、アーサーとフォードが宇宙に放り出されるエアロックの部屋は別。この部屋のデザインは、「ゴミ箱」。ケイト・ベックリーいわく、「このエアロックは、普段、ヴォゴン人がゴミを宇宙空間に捨てるために使っている。だからエアロックのデザインは、空にしたゴミ箱の中を覗いた時のイメージ」とのこと。


The Heart of Gold

 小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』では、宇宙船〈黄金の心〉号のコントロール室は「ふつうの直線的な長方形にしたほうがずっと単純で実用的だっただろうが、そんなことをしたら設計者たちが気落ちしたにちがいない」(p. 119)と描写されている。映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』の設計者たるガース・ジェニングスも、当然、原作の描写に従って〈黄金の心〉号をデザインすることにしたが、デザインが最終決定するまでにはかなりの試行錯誤があった。
 かっこいい宇宙船をデザインするだけなら簡単だが、そういう宇宙船は他のどんな映画に登場してもおかしくない。そうではなくて、ジェニングスが求めたのは『銀河ヒッチハイク・ガイド』ならではの宇宙船だった。
 そこで、ジェニングスニック・ゴールドスミスジョエル・コリンズの3人は、〈黄金の心〉号が無限不可能性ドライブで動く宇宙船だということを最重要視することにした。無限不可能性ドライブは基本的に無作為に機能する――まるでルーレットのように。そこからまずは円錐形のイメージが生まれ、さらに、もっとも効率的に無限不可能性ドライブを内包するなら球体がいいんじゃないかという結論になった。ヴォゴン人の宇宙船が長方形なら、〈黄金の心〉号は円形。
 でも、単に球体というだけでは個性に欠ける。そこでジェニングスらは、無限不可能性ドライブの中心には紅茶があることに着目した。「どれくらい不可能なのか正確に計算し、その数値を有限不可能性再生機に入力し、火傷しそうに熱いお茶を入れてやれば……あとはスイッチを入れるだけでいい」(p. 117)。かくして、陶器で出来ているかのようなデザインの宇宙船〈黄金の心〉号は誕生した。
 なお、映画の中の宇宙船〈黄金の心〉号の外観は、ミニチュアではなく、すべてコンピュータ・グラフィックスとのこと。

 外観はCG製でも、宇宙船〈黄金の心〉号の内観は、巨大なセットが建設された。しかも、単に大きいとか美しいとかいうだけでなく、どのアングルからも撮影可能なようにしてほしい、との監督ジェニングスの要望に応えるのは、美術監督のジョエル・コリンズにとってなかなかの骨折りだったようだ。
 円形のデザインも、現場泣かせの代物だった。ヴォゴン人の宇宙船のような四角であれば、何かトラブルがあれば後からその部分だけを取り外して手直しするのも簡単だが、円形だといったん取り付けたものを外すのは容易ではないし、どこか一カ所のピースのサイズが寸足らずでも、そのピースだけ直せば済むというものでもない。あらかじめ別の場所で5週間かけて素材を組み立て、巨大スタジオに持ち込み、9週間かけて完成させたそうだが、大道具マネージャーのスティーヴ・ボーハンいわく、最後の2週間は部署の全員に重責がかかっていたという。
 パネルは合板を曲げて固定し、そこに何千もの穴を開けて、パースペックス製の照明球を取り付けられた。が、素材が素材だけに、セットが焼けて火事になる危険が高まるため、撮影時にも照明は6分間以上続けて点灯させることができなかったらしい。

Marvin

 マーヴィンのデザインは、映画製作の最初の段階から始められた。脚本がまだ確定していなかったため、他のデザインにはまだ手を付けることができなかったからだ。
 マーヴィンの外見は、小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』では「輝くブラシ仕上げステンレススチール」(p. 119)と描写されている。が、ジェニングスは必ずしも小説の一字一句従う必要はないと考えた。肝心なのは、そのエッセンスを捉えることだ、と。
 マーヴィンの目が「逆三角形(flat-topped triangular)」と書かれていることについては、ジェニングスは、抽象的な形でキャラクターの感情を表す、日本のデザイン作法を参考にしたという。ジェニングスいわく、「とびきりかわいい見た目に匹敵するレベルで中身はすこぶる陰気、こんなに悲しいことはない」。小説ではマーヴィンの目の色は赤と書かれているにもかかわらず、映画では緑色にしたのも、見た目のかわいさを優先したせいかもしれない。
 ジム・ヘンソン・クリーチャー・ショップのジェイミー・クルティエが製作に参加した時には、マーヴィンのデザインは既に確定済みで、直ちに模型作りに取りかかることになった。
 マーヴィンの中に入る俳優を選ぶため、ウォーウィック・デイヴィスが工房にやってきた。彼自身が演じるためではなく、背の低い俳優を多く抱えるウィロー・エージェンシーの代表として誰を推薦すべきか打ち合せるためにやってきたのだが、ためしにマーヴィンの衣装(?)を着せてみたところ、まるで誂えたかのようにサイズがぴったりだったため、結局彼が役を引き受けることに。デイヴィスいわく、「何てゴージャスなデザインなんだろうと思った。まるで動くアート作品だね」。
 しかし、「動くアート作品」を装着して動かすのは、これまで数々のかぶり物をこなしてきたデイヴィスにとっても、予想以上に大変だったようだ。軽いファイバーグラス等の素材で作られているとは言え、大きな頭はどうしようもなく重かった。製作初期の段階では、大きいとは言え実際的なサイズに作られていたが、ジェニングス監督からスケッチ画通りにもう少し頭を大きく作ってほしいとの指示が出る。が、頭の球体を15パーセント大きくすると、重さのほうは60パーセント増しになってしまい、これでは中に入ったデイヴィスが頭をコントロールすることができなくなる――最終的には、デイヴィスが自分で動ける余地を残しつつ、頭の重さを別に支える装備を付けることで、どうにか解決することができた。
 白くて丸いマーヴィンの外見は、同じく白くて丸い宇宙船〈黄金の心〉号の外見とよくマッチしている。でも、先に書いた通り、実際に〈黄金の心〉号のデザインを考えている時、ジェニングスは特にマーヴィンのデザインを意識していなかった。後になって、ジェニングスはこう回想している。「マーヴィンをデザインした時、彼は〈黄金の心〉号がどんな姿をしているか、僕たちに必死で伝えようとしていたんだね。ほら、僕もあの船の一部なんだよ、って」。

Zaphod's second head

 映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』のゼイフォードは、二つの頭が肩の上で横並びになっているのではなく、ときたま二つ目の頭が首の下から飛び出す形になっている。この変更は、ジェニングスらが決めたというより、彼らがこの仕事に取りかかる前の、最初の脚本段階で決定済みだった。
 ゼイフォード役のサム・ロックウェルは、二つ目の頭が出ているシーンでは、一つ目の頭として演じた。その後、別途作成された二つ目の頭が、彼の首の当たりにCGで合成される。言い換えると、ロックウェルは演技の間ずっと頭を後ろに大きくそらしていなければならず、意外とつらい撮影になったようだ。また、その体勢では台詞を言うこともできず、撮影現場では別の人が代わりに彼の台詞を言い、ロックウェルは撮影後にアフレコした。
 二つ頭の大変さに比べて、ゼイフォードの三本目の腕はかなり楽だった。ジム・ヘンソン・クリーチャー・ショップの担当者が、基本、その場でロボットアームを操作したとのこと。


Vogon Command Headquarters

 脚本家カレイ・カークパトリックは、『銀河ヒッチハイク・ガイド』の脚本を書く際、『スター・ウォーズ』っぽくならないよう常に心がけていた。「『スター・ウォーズ』ならここで宇宙船の一団が超空間に飛び込んで追跡するぞ、と思ったら、『銀河ヒッチハイク・ガイド』では超空間に入るための通関の列に並ばせる、といった具合」。
 映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』において、ヴォゴン人の司令部は、ヴォゴン人の官僚主義の中心とも言える場所だった。それだけに、かなり念の入ったセットが用意され、ロビー・スタンプは、その中でもヴォゴン人たちの戦略立案用テーブルが特に印象的だったと語る。「私たちが作ったものの中でも最高に素晴らしいものの一つだった。そのテーブルには、私たちの銀河の超空間道路地図が刻まれていたのだから」。
 美術監督のジョエル・コリンズは製作の前段階からジム・ヘンソン・クリーチャー・ショップに足しげく通い、実際の作業がスムーズに行えるよう事前に細かく打ち合わせをした。それというのも、この司令部のシーンでは、ヴォゴン人一体を動かすために4人ほどの人員が必要となり、もっとも人口密度の高い撮影となったからだ。それだけの人数を、実際の撮影時にはカメラに映らないようにうまく配置するためには、あらかじめセットをどう組み立てどう移動するかを計算しておく必要があった。
 それだけに、このシーンの撮影初日は不安だったとニック・ゴールドスミスは言う。ヴォゴン人のアニマトロニクスが動かず撮影が進まなくなるんじゃないか、とか。でも、実際の撮影では大きなトラブルもなく、ヴォゴン人たちもさくさく動いてくれたらしい。ゴールドスミスいわく、「プロダクション・マネージャーやアシスタント・ディレクターたちが一丸となって対処してくれたおかげで、ヴォゴン人操作担当者やバックアップ要員も十分確保することができ、万全を期すことができた」。

Zaphod's Quest

 美術監督のジョエル・コリンズいわく、ディープ・ソートのデザインが決定するまでにはかなりの試行錯誤があったとのこと。何となく仏像っぽいもの、トーテム・ポールっぽいもの……考えれば考えるほど、どんどん奇抜なものになっていき、最後にはロダンの「考える人」よろしく便座に座って考えている人の像にまでたどり着いた。さすがにそれはやり過ぎ、ということで、頬杖をつくというアイディアだけを採用し、ジェニングス監督の希望に沿って「巨大な頭」を作ることにした。
 その結果、出来上がったものは、ジェニングスがデザインしたものではなかったにもかかわらず、まるでジェニングスがデザインしたもののように見えた。また、実際のディープ・ソートは全く動かないにもかかわらず、まるで動いているかのようにも見える――恐らく、ちょっと頭を傾けているディープ・ソートの姿勢が功を奏したのではないか。
 映画の中で、ディープ・ソートは3つの時制で登場する。第一に、「生命と宇宙と万物についての究極の答え」を計算するよう命じられるシーン。第二に、その750万年後、「答え」を発表するシーン。そして、映画の終盤、ゼイフォードが訪ねてくるシーンである。それぞれの時制で、ディープ・ソートを取り巻く環境は大きく異なっているが、装飾担当のケイト・ベックリーにとっては、その中でも第二のシーンの装飾、答えが出るのを今か今かと待ち受ける大勢の人たちが持っているさまざまなディープ・ソート・グッズ――ディープ・ソート・アイスクリームだのディープ・ソート・Tシャツだのを用意するのは特に楽しかったという。
 一方、ディープ・ソートに答えを求めるフークとランクウィルの二人を子供に演じさせるというアイディアについては、ロビー・スタンプは最初のうちは心配だったという。だが、結果としては、「ディープ・ソートの声を女性が担当したこともあり、原作ではモンティ・パイソンのスケッチみたいだったシーンがまったくの別物に生まれ変わった」と語る。
 フークとランクウィルをはつかねずみっぽい白い装いにしたのは、衣装担当のサミー・シェルドンの発案だった。頭につけた装飾品も、はつかねずみの耳を彷彿とさせるデザインになっている。さらに二人のはつかねずみっぽさを強調するため、二人がディープ・ソートに嘆願するシーンでは、二人の前に茶色い壇を設置して、白い手袋をつけた二人の手をその上に置かせ、あたかもはつかねずみが箱からひょこっと顔を出したかのような演出が施された。

The Infinite Improbabiliity Drive

 映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』では、宇宙船〈黄金の心〉号は、ラジオドラマや小説とは違い、惑星マグラシアに着くまでに何度も無限不可能性ドライブを使っている。どのように演出するかについては、さまざまな案が検討された末に、毛糸アニメというアイディアにたどり着いたという。
 毛糸を使ったアニメーションのシーンを担当したのは、ショーン・マティーセン。彼は、ストップモーションアニメーション映画『ティム・バートンのコープス・ブライド』の製作に参加したことがあり、またMTV用に具体的なモノを使ってアニメーションを仕立てる仕事もしていた。映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』では、製作の前段階であるプリビズ作りに関わっていたが、彼のアニメーターとしての前歴を知ったジェニングスは、毛糸アニメのシーンを託すことにした。
 マティーセンは、ジョエル・コリンズから舞台の衣装製作者で編み物もできるトレヴァー・コリンズを紹介された。コリンズがジェニングスのイメージ画に従ってキャラクターの編みぐるみを作る一方、マティーセンは編みぐるみの中に入れて動かすための骨格を用意した。芯となる骨格の上に、形を整える皮膚をかぶせ、その上に編みぐるみをかぶせて仕上げる。最後に、あらかじめキャストたちが録音した台詞に合わせて顔を動かすため、目や鼻や口をつける。
 こうして完成した毛糸アニメのシーンは、ジェニングスの狙い通り、他のどのシーンとも全くテイストが違うものとなった。ショーン・マティーセンいわく、「手に持って動かせる人形や毛糸と実際に取っ組み合うのは格別なものがある。コンピュータでやろうとしても、こうはいかない。人形だからこそ、ありえないことができるんだ」。
 映画で観ていると小さすぎて分からないが、無限不可能性ドライブの丸いボタンの周りには、無限不可能性ドライブ完成までの歴史が細かく描き込まれている。この絵を描いたのは原作小説の熱烈なファンで、12週間もかかったのだとか。歴史に加え、ワイングラスをかかげたアダムス本人の姿や、ガース・ジェニングスニック・ゴールドスミスロビー・スタンプの姿も見ることができる。


Viltvodle 6

 映画版『銀河ヒッチハイク・ガイド』では、主人公たちを乗せた〈黄金の心〉号は直ちに惑星マグラシアに行く前に、ヴィルトヴォードル星系第六惑星に立ち寄る。
 ヴィルトヴォードル星系第六惑星は、ラジオドラマでは第1シリーズ第5話、小説では『宇宙の果てのレストラン』の冒頭で、簡単に触れられているにすぎない。

ヴィルトヴォードル星系第六惑星のジャトラヴァート人の考えでは、この宇宙はすべて大きな緑のアークルシージャー≠ニいう生物がくしゃみをしたときに鼻から飛び出してきたのだという。
 このジャトラヴァート人は、いつか大きな白いハンカチの到来≠フ時が訪れて、すべてがきれいさっぱり拭きとられてしまうとつねにびくびくして生きている。かれらは小さな青い生きもので、腕が五十本以上もついているため、車輪より先にエアゾール式制汗剤を発明した歴史上唯一のめずらしい種族となった(安原訳、p. 7)

 この改変は、『銀河ヒッチハイク・ガイド』を映画脚本としてのフォーマットに整えるため、アダムスが考え出した解決案だった。アダムスの死後、脚本家の修正を任されたカレイ・カークパトリックも、この改変をそのまま残したが、今度は予算配分の問題が出てくる。アダムスが残した脚本には、ヴィルトヴォードル星系第六惑星は「ラスベガスの強化版」というト書きがあったが、この惑星のシーンにそんなにたくさんの予算をかけることはできない。
 そこでジェニングス監督は、ヴィルトヴォードル星系第六惑星を霧で覆うというアイディアを思い付く。車輪より先にエアゾール式制汗剤を発明するような種族の星なら、エアゾールの霧が辺り一帯を覆っていたとしても不思議はない、という訳だ。アーサーたちが歩くにつれ、霧の中から次々とエキゾチックなエイリアンが登場しては消えていく。これなら大量のエイリアンを用意する必要も、巨大セットを用意する必要もない(代わりに小道具係が1000個もの使用済みエアゾールスプレーの缶を揃える羽目になったけれど)。
 その上で、霧に包まれて見えないからという理由でエイリアンの膝から下の部分は作らなかったりと、さまざまな工夫がなされた――ただし、そのせいで撮影が厄介なことになり、結局撮影をし直したシーンもあったのだとか。
 大量のスモークを使う撮影になるので、このシーンの撮影は通常のエルムストリーではなくフロッグモア・スタジオで行われている。程度な濃さの霧を作るための試行錯誤が繰り返され、ちょっとしたシーンについても必ず事前にテストが繰り返された。
 数々のエイリアンのデザインは、ジェニングスのデザイン画に基づいている。ジェニングスは、これまで誰も見たことがないようなエイリアンを作ろうと考えていたが、ビートルズのアニメーション映画『イエロー・サブマリン』を新しいアイディアを生み出す際の参考にしたという。
 こうして作り出されたエイリアンたちに服を着せるのも、衣装デザイナーであるサミー・シェルドンの仕事だった。奇妙さを際立たせるためにわざと異なる時代の服装を組み合わせたり、また、霧の中で生えるような色を選んだりと、さまざまな工夫がなされている。

The Temple of Humma Kavula

 ジョン・マルコヴィッチ演じるハーマ・カヴーラは、映画オリジナルのキャラクターである。最初のうち、ハーマ・カヴーラをナイトクラブのオーナーにするというアイディアもあったという。が、最終的には宗教の伝道師ということで落ち着いた。
 ガース・ジェニングスいわく、ハーマ・カヴーラの寺院は地球人の目からもごく普通の寺院らしく見えるようにデザインしたという。人々が静かに行き交い、賛美歌らしき音楽が流れる――が、シーンが進むと、パーマ頭の男が大きな緑のアークルシージャーの鼻がどうのと言い始め、さらにその男が眼鏡を外すと、目があるはずの場所には二つの穴があいており、立ち上がると胴体から金属製の足が現れる。観客にその意外性を楽しんでもらうためには、まず最初はごくありふれた寺院として演出したほうが効果的だ、と。
 ハーマ・カヴーラの寺院内部は、ロンドンのフリーメイソン本部で撮影された。ロケーション・マネージャーのデイヴィッド・ブローダーによると、いかにも教会とか会議室といった感じの場所は避けたかったそうだ。イギリス領ジブラルタルの洞窟が候補に上がったこともあり、下見に行ったのだとか。が、撮影監督のイゴール・ジャデュー=リロはロンドン都心部にあるフリーメイソン本部を気に入ったため、そんな遠方でロケをする必要はなくなった。
 とは言え、場所が場所だけに、そもそも映画の撮影なぞ許可してもらえないのではないか、という危惧もあった。が、意外にもあっさり許可が出ただけでなく、とても親切で協力的だったようだ。これまで撮影されたことのないエリアでさえ、撮影することができた。
 フリーメイソンのホールを寺院らしく見せかけるための飾り付けにはたいして手間はかからなかったという。それより、ホールをハーマ・カヴーラの信者で埋め尽くすほうが余程大変だったとか。とは言え、寺院の祭壇には、ハーマ・カヴーラの標語 “Sneeze, blow, clean a nose”(くしゃみをして、鼻をかんで、ハンカチで拭け)のラテン語訳 “Sternumentum Beoare Munctum” のロゴを用意するなど、細かいところまでこだわっている。
 装飾担当者が飾り付けに手こずったのは、ハーマ・カヴーラのオフィスのほうだった。オフィスの中央に設置する巨大なテーブルは、フリーメイソンの建物内にある小さなエレベーターに入らなかったため、階段で持って運ぶしかなかったのだ。そのため、テーブルと一体化した飾り物の数々は、ファイバーグラスやプラスチックといった素材を使って極力軽くなるよう工夫された。
 一方、寺院の外見はアダムス本人の鼻を巨大化したものである。生前のアダムスは自分の鼻の大きさを気にしていて、’My Nose’ というタイトルのエッセイも残したくらいだから、映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』で40フィートもの高さにまで拡大されたことをきっとおもしろがったにちがいない。

The Vogon soldiers

ヴィルトヴォードル星系第六惑星を包む霧の中から登場する、ヴォゴン人戦士の群れ。頭にはヘッドライト、口には映画『羊たちの沈黙』に出てくるハンニバル・レクターばりの拘束マスクを着けている。ただし、これは噛み付き防止ではなく、ヴォゴン人の戦士らしく顔の表情を固定させるための処置とのこと。
 ヴォゴン人戦士のデザインは、『羊たちの沈黙』だけでなく、ガース・ジェニングス監督の頭に浮かんだいくつかのイメージが組み合わされている。ジェニングスいわく、ヴォゴン・イェルツの最初のイメージは、怖いというよりデカくて滑稽――映画『ウィズネイルと僕』でリチャード・グリフィスが演じたモンティ叔父さんみたいなキャラクターだった(映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』でも、グリフィスはヴォゴン・イェルツの声を担当している)。ただし、滑稽なだけでなく戦士としての威圧感を出すため、ジェニングスが子供の頃に見て夜な夜なうなされたという、映画『エレファント・マン』で主人公が頭から紙袋をかぶって通りを歩いているスチール写真や、生気なく命じられるままに行進するゾンビのイメージ等が追加された。
 ヴォゴン人戦士は、基本的に15体セットでスクリーンに登場する。中に入っているのは、ヴォゴン人戦士の演技指導を任されていたピーター・エリオットによるオーディションで選ばれた、北部ロンドンにあるオペラスクールの生徒たち。巨大で複雑なヴォゴン人戦士の着ぐるみを装着するため、一人一人に専属のサポートチームが付いたが、最初のうち、15体分用意された着ぐるみのどれが誰のものか分からなくなって混乱したのだとか(最終的に、それぞれに番号を記入することで解決したらしいが)。
 着ぐるみの中は、暑い上に視界があまり効かず、イヤーピースから聞こえてくる音声の指示だけを頼りにほとんど何も見えないまま動くしかなかった。が、ヴォゴン人の巨大に膨らんだホディの中では、両手は自由に動かすことができたので、衣装を装着したままの休憩時間中に、真っ暗なボディの中に小さな懐中電灯を持ち込み、読書している人もいたという。
 撮影中に、何かの拍子でヴォゴン人のゴム製衣装が破れたら? そういう時は、自転車のタイヤ修理用のパッチを利用したそうな。


Vogsphere

 ヴォゴン人の故郷の惑星、ヴォグスフィア。撮影場所の候補の一つは、火山性の地層が広がるアイスランドの荒野だった。緑色の平らな大地が、50マイルに渡って海まで続いている。現地を訪れたガース・ジェニングスも、ヴォゴン人の故郷として理想的だと感じた。が、大地を緑に染めている苔は1000年もの年月によって育まれたものであり、その上に人が立つだけでダメになってしまう。そんな場所で、大勢の人間が大量の機材を持ち込み、映画の撮影を敢行したらどうなることか、という環境保護的な観点もさりながら、そもそも予算が足りない、ということで、アイスランドでのロケはあえなく却下となった。
 予算内で収めるために、イギリス国内でのロケーション場所を探すに辺り、監督がロケーション・マネーシャーに出した唯一の希望は、「採石場以外の場所」だった。ジェニングスが採石場にしたくなかった理由は簡単、テレビドラマ『ドクター・フー』で異星人の惑星というとしょちゅう採石場がロケ地になっていたからである――にもかかわらず、ヴォグスフィアは結局ウェールズの採石場で撮影されることになったのだが。
 ともあれ、緑色の苔の代わりに灰色の石が転がっているだけの殺風景な景色に、アーサーたちが乗っていた避難用ポッドの赤い色はよく映えた。この避難用ポッド、アダムスの原作には出てこないが、「トリリアンがヴォゴン人たちにさらわれてヴォグスフィアに連れていかれた」という新設定を追加した際、アーサー自身に文字通り「舵を握らせる」ことが必要だ、ということになったらしい。美術監督ジョエル・コリンズに言わせれば、「避難用ポッドというより豪華なヴェネツィアのゴンドラみたいだね」。
 実際の撮影は、寒さとの戦いとなった。ジェニングスいわく、重いマーヴィンの衣装(?)を着けたウォーウィック・デイヴィスは、ラバースーツの隙間から風が入って相当寒かったはずなのに、文句一つ言わずに雷雨の最中でも黙って外で待機していたのだとか。サム・ロックウェルは、どんなに重ね着してもきっと低体温症で病気になる、と思ったそうだ(ならなかったけど)。とは言え、地面から出て来たペダルに顔をひっぱたかれたフリをするシーンの撮影は、マーティン・フリーマンモス・デフも、みんな子供に還った気分で、演じるのを楽しんだらしい。

Vogcity

 宇宙船〈黄金の心〉号の内部がアーサーにとって安心できる居心地の良い場所となるようデザインされたのに対し、〈黄金の心〉号の外の世界はどこも意味不明で全く馴染めない空間になるようデザインされた。その中でも、最もくつろげない場所であるはずのヴォゴン人たちの都市Vogcityは、いわゆるエキゾチックな宇宙港であってはならない。美術監督のジョエル・コリンズいわく、「ヴォゴン人たちが故郷の星に戻るのは、必要な物資や燃料の補給のためだけだ。だとしたら、コンセントの形をした地面に、真四角の宇宙船をかぱっと嵌め込むだけで十分なのではないか?」
 映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』の製作を始めるにあたり、ガース・ジェニングス監督が最初に美術効果のスタッフに示したガイドラインがあって、それは「『ファントム・メナス』ではなく『帝国の逆襲』を」というものだった。どれほど巧妙に作られていても、コンピュータ・グラフィックスとミニチュアとでは質感が違う。そして、『銀河ヒッチハイク・ガイド』に求められるのは前者ではなく後者だ、ということで、Vogcityの真四角のコンクリート・ジャングルは、CGではなく1/500サイズのミニチュアの模型を使って撮影された。ちなみに、コストとしてはCGもミニチュアも大差なかったそうな。
 Vogcityでは、トリリアン救出のための書類にハンコを押してもらうため、アーサーたちはエイリアンたちの行列に並ぶ羽目になる。このシーンで登場するエイリアンの多くを作成したのは、ウィンブルドン・アート・カレッジの学生たち。中にはヴィルトヴォードル星系第六惑星にいたエイリアンも混ざっているらしいが、やはり一番人目を引くのはテレビドラマ版『銀河ヒッチハイク・ガイド』のマーヴィンだろう。この旧型マーヴィンは、映画用に一から作り直すのではなく、実際に23年前に撮影用に製作されたものを改造して使われた。
 実際の撮影現場では、人形遣いのマック・ウィルソンいわく、サム・ロックウェルマーティン・フリーマンが即興的な芝居をするのに合わせてパペットたちにリアクションの演技をさせるのが大変だったらしい。ただ、そのおかげで俳優もパペットも一体となり、生き生きとしたキャラクターを作り上げることができた、とも。

The Ravenous Bug Blatter Beast of Traal

 Asylum社が製作した数ある小道具の中でも最大級のものが、トラールの貪食獣バグブラッターが入っている箱だった。単純な造りの箱だが、とにかく大きいのと、トラールの貪食獣バグブラッターが潜んでいる(ということになっている)大量のスライムのせいで1トン以上の重量があり、トリリアン役のズーイー・デシャネルに怪我をさせないためにも慎重に取り扱う必要があった。
 当のズーイー・デシャネル本人は、高いところから吊るされることについては、子供の頃にロック・クライミングをやった経験もあり、特に怖いと思うことはなかったそうな。「安全なのは分かっていたもの。それに、自分でやったほうがあれこれ好きにできるし。ところどころでスタントの人にお願いしたけど、でもやれるなら自分でやるほうがいい」。

The Whale

 監督のガース・ジェニングスと視覚効果監修のアンガス・ビッカートンは、クジラは限りなくリアルなものにしようということで、最初から意見が一致していた。そのため、クジラに関する資料を集めるだけ集め、映画の小道具ではなく博物学の展示としての模型を作ったことのある人に仕事を任せることになった。
 模型のサイズは、アップで撮影しても細部まで本物らしく見えるためにはある程度大きくなければならないが、大きすぎてもセットの中に収まり切らない。試行錯誤の末に約3メートルの長さの模型が作られ、腹を上にした状態で固定され、雲の中を落下していく際につくであろう水滴がスプレーされた。本物らしさを追求するため、クジラの皮膚にはウレタンゴムが使用されたが、その重さは何と140キロ。その皮膚には、仕上げとしてフジツボまで付けられた。なお、ヒレや眼球はラジコン操作、胴体部分は空気圧シリンダーを使って動かしたらしい。
 大きなクジラと対照的なのが、小さなハツカネズミたち。クジラが模型だったのに対し、こちらは本物のハツカネズミで撮影されている。
 ハツカネズミを担当したのは、第二班監督のドミニク・レオンだった。小さなカメラでハツカネズミの顔の表情をアップで捉えてみると、ハツカネズミたちの動きが予想以上に素早くちょこまかしていたため、まずハイスピード・カメラで撮影し、それからアフレコの話し言葉と合う速度にスローモーション再生して調整するという手間をかけることになった。また、右から左へまっすぐ進んでほしいのに、本番になると絶対こちらの希望通りに動いてくれず、わざとカメラだけセットしてスタッフ全員が休憩に入ってみたら、人の見ていないタイミングであっさり希望の動きをしてくれたこともあったとか。二匹一緒のシーンも、二匹一緒に撮影しようとすると巧くいかないので、一匹ずつ別々に撮影して後から合成したらしい。


Magrathea

 惑星ヴォグスフィアのロケ地候補としてアイスランドが挙がったのは、「アイスランドなら、惑星マグラシアの氷河も同時に撮影できるのではないか」という計算があってのことだった。確かに、ロケにふさわしい純白の氷河は見つかった。が、天候が不安定なことに加え、たとえ天候に恵まれても自然の光だけを使って撮影するなら1日の中でも撮影できる時間がひどく限定される。かと言って、気候が良い夏場は観光客が押し寄せるため、雪が汚れてしまう。
 かくして惑星マグラシアのシーンは、シェパートン・スタジオのブルースクリーン前で撮影されることになった。

The Point of View Gun

 「価値観転換銃」は、映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』のためにアダムスが考案した、映画オリジナルのアイディアである。
 映画版『銀河ヒッチハイク・ガイド』では、アーサーとトリリアンはより親密な間柄として描かれている。が、最初からトリリアンに片思いのアーサーはともかく、トリリアンがアーサーに好意を募らせていることを、センチメンタルに陥ることなく語らせるにはどうすればいいか。そこでアダムスが思い付いたのが、トリリアンに自分の心情を正直に吐露させるための仕掛けとしての「価値観転換銃」だった。
 ズーイー・デシャネル扮するトリリアンが、サム・ロックウェル扮するゼイフォードを「価値観転換銃」で撃つ。ガース・ジェニングスいわく、「トリリアンの感情に囚われたサムが、トリリアンの目の前で彼女自身の気持ちを露にする。そんなサムに反応するズーイーの演技は素晴らしかった」。
 「価値観転換銃」のデザインを決めるにあたり、美術監督ジョエル・コリンズは、「見た目が怖そうな銃にはしたくなかった。何てったってこれはディズニー映画なんだし。それにこれは、M16のような大量虐殺用の銃じゃないんだ。そもそも銃といっても機能が違う。銃を見ると、中に鏡付きの閃光電光(フラッシュバルブ)みたいなものが入っていて、フラッシュは銃を撃った本人からそのパーソナリティーを吸い出し、レンズを通して銃を向けられた相手にそれを送り込む。大勢に向けて撃ちたい時は、銃の先端を開け、広角レンズに切り替える。望遠鏡と同じような仕組みだと思えばいい」
 映画の中では、「価値観転換銃」はディープ・ソートが作ったということになっている。故に、「価値観転換銃」は作り主と同じゴールドで、ディープ・ソートと同じエンブレムが付けられている。

Slartibartfast

 ビル・ナイは、スラーティバートファスト役の第一候補だった。ガース・ジェニングスいわく、「僕らはみんな、彼が出演しているテレビドラマ「ステート・オブ・プレイ」を観ていた。どんなつまらない台詞でも、彼が口にすると途端におもしろくて愉快なものになる。「愛している」と感情を込めて言うのは簡単だ、だってとても感情的な台詞だから。でも、「輪転機を止めなきゃならん、担当者に電話をつなげ」という台詞を美味しいものにするのは、はるかにはるかに難しい。だから、彼なら完璧なスラーティバートファストになると確信していた」。
 ビル・ナイ自身、『銀河ヒッチハイク・ガイド』の大ファンであり、映画版への出演はまさに本望だった(詳しくはこちらへ)。
 スラーティバートファストの衣装は、異世界の人のものであると同時に、惑星デザインというアーティストらしさも兼ね備えたものとして作られた。彼が上に羽織っているのは、芸術家のスモックのイメージに基づいている。素材は、100%のシルク。その下に着用しているネクタイも、勿論、100%のシルクだった。

The Planet Factory

 マグラシアの惑星製造工場のシーンは、ロンドンのVFX制作会社シネサイトでも最大級の仕事の一つだった。そもそも、「エアカーが突入した部屋は無限などではなかった。ただ、とてもとてもとても大きいだけだった。本物の無限よりずっと無限らしく見えるくらい大きかった」(風見訳『銀河ヒッチハイク・ガイド』、p. 208)という部屋を、どうやって映像化すればいいのだろう?
 美術監督のジョエル・コリンズいわく、デザインを決めるのに1年半もかかったとのこと。いくつもの惑星を製造している部屋を、もし現実と同じスケールで設計したら、惑星が大きすぎ、人が小さいすぎて何が何だか分からない。だから、実際のスケールとは異なるけれど、でも本当に実物大の惑星を製造しているように見える、という適切なスケールを見つけ出さねばならない。そして、決定したスケールに基づいて、ジョエル・コリンズと共同作業していたダン・メイが部屋の中のさまざなな要素をコンピュータに落とし込み、それをシネサイトのアンガス・ビッカートンが受け取って仕上げを行った。
 シネサイトの仕事は、ダン・メイが作ったものにリアリティを与えることだったが、実際のアンガス・ビッカートンの仕事はそんなに単純なものではなかった。ポスト・プロダクションの段階でも、変更や訂正の要請が常に入り、また、どんなに手間をかけて作ったシーンであっても、ストーリー進行の妨げになると判断されればカットになったという。どこのVFX制作現場もそういうものなのだろうが、想像しただけでなかなかキツい。


Earth II

Arthur's House

 映画のオープニングに登場するアーサーの家は、ハートフォードシャーにある個人宅を借りて撮影された。内装に少し手を入れたこの家で、アーサー・デントに扮したマーティン・フリーマンはベッドから起き上がり、階段を降りようとして頭をぶつける。
 が、映画のラストで登場するアーサーの家は、わざわざスタジオにセットを作って撮影された。ハートフォードシャーの本物の家を使いたくても、適切な照明を配置するためには壁をぶち抜かなければならなかったからだ。その点、セットでの撮影なら壁を簡単に取り外すことができる。
 そもそも、同じアーサーの家と言っても、ラストシーンに登場するのは惑星マグラシアの技師たちが作った複製品だ。だから、そっくり同じでなくても構わない――というより、マグラシアの技師たちが遊び心を発揮したという設定で、いろいろなものが新品に置き換わっていたり、ダイニングルームが少し広くなっていたりする。
 その少し広くなったダイニングルームでのティーパーティのセッティングは、ケイト・ベックリーとチーム仲間にとって、楽しい仕事だったようだ。アーサーは、宇宙をさまよっている間ずっと、紅茶が恋しくて恋しくてたまらないが、アーサー以外の登場人物たちは何に恋いこがれているだろう、と、想像するところから始まり、ケーキやトライフルやサンドイッチや果物やゼリーやエクレアやスコーンやチキンスティックをありえないレベルで山盛りにした。また、このシーンの撮影には5日の日程が見込まれていたから、どうせなら俳優たちが毎日喜んで食べたいと思うものを用意したという。実際の撮影時には料理担当が常に待機していて、何かが足りなくなったらすぐ補充する体制も整っていた。モス・デフズーイー・デシャネルが葡萄や苺を摘んで食べる一方、サム・ロックウェルは思い切りよくクリームケーキにかぶりついていたが、これはサム・ロックウェルがゼイフォードならきっとそうするだろうと考えたからだった。
 ティーパーティのシーンにおける難題の一つが、山のように積まれたお菓子の中で、ハツカネズミを思い通りに動かすことだった。普通、動物に人間の希望に沿った動きなり仕草なりをさせる際には、エサを使って注意を惹く。だが、お菓子を山と並べたテーブルにハツカネズミを置いたら? あっという間にクリームケーキの中に走り込むのがオチではないか。
 第二班監督のドミニク・レオンは、当初、ワイドショットでのみ本物のハツカネズミを使い、クローズアップはすべてCGに頼るつもりだった。が、実際にティーパーティのシーンの撮影を始める頃には、素晴らしく訓練されたネズミが用意されていた。まず、撮影したい場所にネズミたちを置いて、彼らが落ちつくのを待つ。さらに、照明の熱で眠たくなってきた頃合いを見計らって、ネズミたちが思わずカメラのほうを向くように、チョコレートを噛んだり、ストローで彼らの顔に軽く空気を吹きかける。効果は絶大で、必要なシーンをすべて実写で撮ることができたらしい。
 とは言え、ティーパーティのシーンでCGが不必要だった訳ではない。テーブルの上にいるネズミをクローズアップで撮影しようとすると、そばにある銀のスプーンにカメラマンの姿が映り込んでしまった。それを消すのに、CGが(極めて地味に)使われている。

The Battle for Earth

 映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』のクライマックスは、アーサーら〈黄金の心〉号の一同とヴォゴン人との戦闘シーンだ。アーサーの家の前で行われる最後の銃撃戦は、最大規模のロケ撮影となった。
 だが、もともとこのシーンは、新しい地球に建てられた新しいアーサーの家の芝生の庭ではなく、原作通り、惑星マグラシア本体で行われる予定だった。たくさんの戦闘ロボットを相手にフォードがタオルを振り回して『マトリックス』ばりのアクションを披露する、というのが、最初のシナリオだったらしい。
 が、ガース・ジェニングスの希望は、できればラストシーンはアーサーの家に前に設定したい、というものだった。さらに、戦闘で相手を倒して勝利する、というのは『銀河ヒッチハイク・ガイド』らしくないのでそれも変更したい、と。そこで脚本家のカレイ・カークパトリックと話し合って、マーヴィンに「価値観転換銃」を撃たせるというアイディアが生まれた。
 マーヴィンに「価値観転換銃」で撃たれたヴォゴン人たちは、マーヴィン級に落ち込んでしまい自ら戦闘を放棄する。ただし、当初の案では、落ち込んだヴォゴン人たちは自分で自分の頭を撃ち抜いて自殺することになっていた。でも、本当にそんなことをしたら、辺り一面にヴォゴン人の脳みそが飛び散って、過激な暴力シーンありと言う理由で成人映画に指定されかねない、というジェニングスの判断でこのアイディアは却下された。実際、野原に寝転がってジタバタしているだけのヴォゴン人をまとめて車に押し込むほうが、よほど『銀河ヒッチハイク・ガイド』らしいのは間違いない。
 マーヴィンが後頭部を撃たれるシーンの撮影は、中に入っているウォーウィック・デイヴィスにとって負担のかかるものだった。頭部に四つの爆発物を仕込まれ、前へ後ろへとぐらぐら揺れながらも、でも監督からの指示が出るまで倒れないようふんばらなくてはならない。後頭部に穴があいた状態の時は頭部の重さの比重が崩れ、ますますバランスが取りにくくなったのだとか。それでも、ウォーウィック・デイヴィスは見事に1テイクで決めてみせた。
 メインキャストが出演するシーンの撮影が終わると、第二班監督のドミニク・レオンは、ヴォゴン人側の戦闘シーンの撮影を始めた。天候には恵まれていたものの、問題はヴォゴン人が撃つ銃から吹き出させる二酸化炭素が入ったガス缶が一回につき数分しかもたないこと。ガス缶へのガスの補充にいちいち時間がかかったせいで、日暮れ前に撮影を終わらせるのが大変だったらしい。

Earth II boots up

 新しく作られた地球が始動すると、まずは太古の昔に戻って大地に雷が落ち、生命が誕生し進化していく過程が再び辿られる。ガース・ジェニングスいわく、「そしてダグラスのお母さんも元通り、カフェで新聞を読んでいるんだ」。

Top に戻る