ジョン・カンター著 Seeds of Greatness

 Seeds of Greatness は、ジョン・カンターが2006年に発表した最初の小説である。主人公デイヴは、子供の頃から優等生でケンブリッジ大学に進学するが、卒業後は大学仲間たちと一緒に暮らしながら将来の展望を探るものの、結局は地方の本屋でアルバイトして生計を立てている。一方、幼なじみのジャックは、デイヴとは対照的な問題児だったけれど、テレビ番組のホスト役として大ブレイクし、セレブの仲間入りを果たす。そんなジャックが死亡した時、「ジャックを子供の頃からよく知る人物」として、デイヴにジャックの伝記本執筆の話が舞い込んだ。
 "A First nevel, they say, is always autobiographical. Why can't a first biography be autobiographical too?" は、この小説の第1章を締めくくる文章である。いかにしてジャックの伝記を書くべきかとあれこれ考えた末、デイヴは自分自身の伝記のような形でジャックについて語ることにするのだが、Seeds of Greatness という小説自体がジョン・カンターの処女作であることを考えると、別の含みを感じずにはいられない。
 ジョン・カンターは、Seeds of Greatness の主人公のデイヴ同様、ロンドン近郊の Golders Green という町で生まれ育ち、ケンブリッジ大学に進学した。ケンブリッジ大学ではフットライツに所属し、最終年ではフットライツの代表を務めている。大学卒業後は、コメディ作家として身を立てようと悪戦苦闘する日々が続き、大学の仲間たちと一軒家を借りて生活していたが、その一軒家に転がり込んできたのが、やはりコメディ作家の仕事で食べていけず金欠状態だったダグラス・アダムス。大学時代は、アダムスはフットライツになかなか参加させてもらえなくて悔しい思いをしたが、コメディ作家として大ブレイクするのはアダムスのほうが先だった。カンターのほうは、レニー・ヘンリー、ヒュー・ローリースティーヴン・フライ、ローワン・アトキンソンといった有名人たちと仕事し、そのこと自体はたいしたことかもしれないけれど、自身の代表作と言える作品を手掛けることはできずにいた。
 無名の自分と有名人の友達。Seeds of Greatness のデイヴとジャックの関係がカンターとアダムスの関係を思い起こさせることは、カンターも織り込み済みだったはずだ。何しろ、わざわざ "A First nevel, they say, is always autobiographical." とまで書いているのだから。
 デイヴの友人ジャックは、アダムスとは生まれ育ちも性格も違う。完全に架空の存在なのか、それともカンターが自分の知っている有名人を混ぜ合わせて作り出したのかは分からないが、ジャックは、デイヴの幼なじみであり高校中退者でありユダヤ人でありテレビタレントである。にもかかわらず、大金を手にしたセレブリティの羽振りの良さで悪意なくデイヴを振り回す様は、時に『銀河ヒッチハイク・ガイド』の大ヒット後のアダムスとカンターの関係をほのめかしているようにも思えるし、何より、いささかブラックすぎる気もするが、ジャックが49歳の時に突然の心臓発作を起こしてジムで急死するという設定は、アダムスが死亡した時の状況と酷似している。
 だが、Seeds of Greatness の本当のおもしろさは、むしろ一見「カンターの自伝的な処女小説」に見せかけておいて、単純な自伝とは似ても似つかない、複雑な虚実の入れ子構造を作り上げているところにある。これ以上の詳細はネタバレになるので敢えて書かないが、実によく出来ているので、興味のある方は是非ご一読あれ。

 なお、カンターが2012年に手掛けたラジオのコメディ "Believe It!" は、スコットランド人俳優のリチャード・ウィルソンがラジオで自分の人生を(嘘っぱちを交えて)語るという仕掛けになっており、それを踏まえてBBCの番組紹介サイトでは "Ghost written by Jon Canter" と紹介されている。このドラマは、2013年、BBC Audio Drama Awards の Best Scripted Comedy 賞を受賞した。

 

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