『宇宙船タイタニック ゲーム項略本』序文


 以下は、コンピュータ・ゲーム『宇宙船タイタニック』の攻略本にアダムスが寄せた序文である。ただし、訳したのが素人の私なので、少なからぬ誤訳を含んでいる可能性が高い。そのため、この訳はあくまで参考程度にとどめて、全貌をきちんと知りたい方は、必ずオリジナルにあたってくださるようお願いする。
 (このノベライズの内容については、こちらへ)


 私はとうとうプログラマーの部屋への立ち入りを禁止されてしまった。ゲームの最終出荷まで残すところあと2日。プログラマーたちは最後のバグを追跡し、どんな場所でもカーソルがちゃんと動くか、画面上にこれまで気づかなかった誤作動はないかどうかを確認している。だから、私がいつものように入ってきて「やあ、ちょっとしたアイディアがあるんだが、こういうのを入れてみてはどうかな?」などと言い出すのに、彼らは嫌気が差し始めているのだ。このところ幾晩も、彼らはオフィスの床やカウチで仮眠を取り、コーヒーと冷えたピザ、それから私のような人間の「オウムはやっぱり緑のほうがいいんじゃない?」などというしょうもない励ましの言葉だけでやり過ごしてきた。彼らは全員真性の英雄である、と私も敬意を表しはするが、と同時に彼らが今週はもう私の顔を見たくないのも無理はないと思う。
 これまで多くの人が、心配そうな、あるいは探るような顔で私に「CD-ROMが半年も遅れているのはどうして?」と尋ねてきた。答えは簡単。なぜって、それがCD-ROMというものだから。CD-ROMというものはすべからく半年遅れになるものなのだ。最低でも半年、というべきか。これは不変の法則である。遅れたことで驚くに値することがあるとしたら、遅れたことに驚いているという、そのこと自体だ。これほどまでにスケールの大きい企画を、我々は、いや少なくとも私は、他には知らない。
 恐らく今回の企画における一番の難題、未知の領域への最大の飛躍は、言語による対話の実現にある。これほどの規模でこの問題と対峙したコンピュータ・ゲームはこれまでなかった。実際、我々がアドバイスを求めた人々はみな口を揃えてそんなことは不可能だし、企画そのものが既に正気の沙汰ではないとさえ言った。そこまで言われれば、挑戦する甲斐もあるというものだ。この仕事が個人一人の手に負えるものでないことは明らかなので、私と一緒にダイアローグを書く作家のチームを編成し、ニール・リチャーズとマイケル・バイウォーターをスカウトした。マイケルは昔からの私の友人で、ゲームの骨子を作るのに一緒に仕事をした仲でもある。ニールは、コンピュータのことはまるっきり知らなかったため、私の口車にまんまと乗せられてダイアローグを管理・編集するという仕事を引き受けた――そしてこの仕事は、その翌年の彼の全生活を占めることになる。そのくらい膨大なものになった。
 我々はまず簡単に、プレイヤーがキャラクターにこう言うだろう、それに対してキャラクターはこう答えるだろう、というものを想定していくつか書き出してみた。そして役者にセリフを読ませて録音し、それをゲームの中にプログラミングして、巧くいくかどうか試してみた。その結果は、惨憺たるものだった。我々があらかじめ用意した程度のセリフでは、まるで足りなかったのだ。そこで我々は次に、予想される局面をカバーすべく階層をもっと深く掘り下げた長い長い脚本を準備し、再度役者を呼び、今度は夥しい量の文章に加えてフレーズや単語や数字や名前やげっぷやくしゃみやチキン料理のレシピまで録音した。それらはすべてゲームの中にコード化して組み込まれたが、それでもまだ完成にはほど遠い状態だった。問題は次元分裂の要領で増え続け、解決不可能なまでに複雑化していったが、その最たる理由は私が、Bot(訳者註:ゲームに登場するロボットたちのこと)にはそれぞれ、状況に応じて態度や振る舞いを変化させようと考えたことにあった。たとえば、BarBotは、友好的かもしれないし好戦的かもしれない、また本当のことを言っているかもしれないし嘘をついているかもしれないし、おおむね要点だけをさっさと話しているだけかもしれない。あるいはそれらの状態が渾然一体となっているのかも。どうです、とてつもない問題でしょう? とりわけ、BarBotを担当したニールにとっては大問題であり、セリフを書き、録音し、テストし、また書き直すという作業を丸一年以上かけて繰り返すうち、彼はげっそりとやつれてしまった。
 最終的に、ダイアローグの切れ端をすべて集めると16時間以上にもなった。セリフの総数は1万を超える。だからロボットと話していて退屈するということは絶対にない。このゲームを試した人から、これは人工知能で動いているのかと質問されたことさえある。そうではない。人工知能とはこれっぽっちも似ていない。舞台で魔術師が助手の身体をまっぷたつにしてまたくっつけてみせるのが、医学の実験と何の関係もないのと同じである。どんなに複雑で洗練されていようとも、所詮はトリック、錯覚にすぎない。『宇宙船タイタニック』をプレイしている時、コンピュータは何かを「理解」したりはしない。プレイヤーが入力したものを単純な規則に従って査定し、もっとも適当と思われるものを出力しているだけである。大統領選のディベートと似たようなもの、と言えばおわかりいただけるだろうか。とは言え、この問題をめぐってこれだけ頑張ったのに、人工知能の達成とはまるで何の関係もない、というのも情けない話だ。くそう、コードを最終的に凍結してしまうまでにはあと何日か残っているし、今からでもプログラマーの部屋に行って、何とかならないものか訊いてみよう。

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