ロンドン旅行記2023

 2008年12月のロンドン旅行から15年後(!)の2023年12月、私は再びロンドンの地に戻った。7泊9日の日程で、ただし今回の主な目的は観劇である。私の大好きな俳優二人がウエストエンドで二人芝居をやるのにつられたからで、そのため前回のロンドン旅行にもまして今回のロンドン旅行ではダグラス・アダムス関連のネタを追うつもりはなかったのだが、この15年の間に私自身が歳を取ったのみならず、社会情勢も変われば為替レートも変わり、ヨーロッパ旅行のハードルが異様に高くなってしまった。そのため、私がロンドンに行くのもこれが最後になるかもしれない。だとすれば、私としては今回の旅行でどうしてもやっておかねばならないことがあった。
 そう、ダグラス・アダムスの墓参りだ。
 ……おいおい、まだ行ってなかったのかよ、と言われたら返す言葉もないが、行ってなかったんだから仕方ない。歴史上の人物ならともかく、2001年に49歳の若さで急死した人のお墓参りなんて身内でもない人間が興味本位でやっていいことではないのでは、と思って遠慮していたのだ。が、アダムスが亡くなってから10年以上の年数が経ち、インターネットやSNSでアダムスのお墓参りしたファンのニュースが流れてくるのをたびたび目にするようになって、よし、これなら私が行っても失礼にはあたるまい、とようやく確信が持てたのはよかったが、それから数年間、ロンドンに行く機会がなかった。が、ついに、満を持してその時がやってきた。

 ということで、ハイゲート墓地とその他のアダムス関連場所巡礼の記録はこちら(なお、2005年5月の映画『銀河ヒッチハイク・ガイド』鑑賞記についてはこちらへ


 ハイゲート墓地
 St Albans Place
 キングズクロス駅&セントパンクラス駅
 ザ・バークレー&パークタワー・ホテル
 BBC&アーガイル・アームズ
 紅茶とビスケット


ハイゲート墓地

 ハイゲート墓地は西側と東側に分かれていて、東西共通チケットは大人10ポンド、東側だけのチケットは大人6ポンド。お墓参りにいちいちお金を取るのかよ、という気もしないでもないけれど、ひょっとして埋葬された方のお身内には特別無料パスとかがあるのだろうか。
 アダムスのお墓があるのは東側なので、私は6ポンドのチケットを買えばいい。公式サイトからオンラインチケットを購入できるので先に買っておこう、と思ったら、このチケット、入場時間が15分単位で区切られている。え、ハイゲート墓地って15分単位で区切らなきゃいけないほど混んでいるの? っていうか、最寄りの地下鉄駅からも結構歩かなきゃいけないみたいなのに、もし途中で迷子になって所定の15分以内にたどり着けなかったら、その場合、先払いした6ポンドは無駄になっちゃうの?
 だったら、当日その場で支払うほうがマシだろう、と、考え直し、事前にチケットを購入するのはやめにして、12月3日、日曜の朝10時の開門を見計らってホテルを出た。
 公共交通機関を使ってハイゲート墓地に行くには、地下鉄 Archway 駅で降りて歩くのが一番わかりやすい。iPhoneの地図アプリも利用したけれど、ハイゲート墓地の公式サイトに載っていた「HOW TO GET HERE」PDFもすごく助けになった。というのも、駅を降りてHighgate Hillという通りの坂道を上っていくまではいいが、10分ほど歩いてから左折してWaterlow Park という公園の敷地内に入り、公園のくねくねした遊歩道を歩き出した途端、紛らわしい脇道だらけになったからだ。そのくせ立て看板とか表示の類は見当たらず、本当にこの先にハイゲート墓地があるのかと何度「HOW TO GET HERE」PDFに目をやったことか。
 おまけに、駅を出てからも公園に入ってからも、ハイゲート墓地に向かって歩いているっぽい人なんか私の他には一人もいない。たまに人を見かけても、たいてい犬を連れて散歩している。ついでに言うと、ほとんどの犬がリードをつけていない。立派に訓練された立派なお犬さまばっかりである。さすがハムステッド、ここはそういうお土地柄なのだな。
 公園を10分ほどかけて横切ったところで、ようやくハイゲート墓地の入場口に到着する。私が着いた日曜の午前10時半の時点(午前10時頃に着くようにホテルを出たんじゃなかったのか、これだから15分刻みのチケットを事前に買わなくて正解)では、チケットを買おうと並んでいる人はおろか、入場しようとしている人すらいない。だったらあの15分刻みの入場チケットは何なんだ、せめて30分刻みで売ってくれていれば私だって事前に買っておいたものを(後日、改めてハイゲート墓地の公式サイトを確認したら事前チケットは30分刻みに変更されていた。だよねえ、絶対そのほうがいいよねえ)。
 どうにか東側だけのチケットを買い(現金での支払いは不可なので要注意)、チケット売り場に置いてあるガイドをもらう。

中の地図は、こんな感じ。

map

 地図を見ると、アダムスの墓は入り口から割とすぐのところにあるのがわかる。地味で小さい墓石だからうっかり通りすぎてしまう人が多いらしい、との前情報は得ていたが、めいっぱい気を付けて歩いていたにもかかわらずまんまと通り過ぎてしまった。単に通り過ぎるのみならず、地図によるとこの辺りにあるはずなのに見つからないぞ、困ったな、と焦ったくらいである。というのも、

 通路沿いではなく、通路沿いに並んでいる墓の、さらに奥にあったからだ。私の写真ではわかりにくいけれど、実際にはここはかなりの急な斜面であり、通路からそんなに離れていない。とは言え、雨に濡れた墓石に刻まれた文字(Douglas Adams/Writer/1952-2001)はすごく見えにくいし、そもそも地図を参考に探してたらまさか他の人の墓の奥にあるとは思いませんって。

 昨夜の雨で、土の地面はぬかるんでいた。ほんの数歩とは言え、アダムスの墓の前に立つには見るからに滑りやすそうな急斜面を歩かなければならない。ふっふっふ、こんなこともあろうかと雪道用の靴を履いてきた私はエラかった。

 私ほど準備の整っていなかった墓参者のために、通路沿いからでも献花ならぬ献ペンできるようにと容器が用意されている。容器の上の紙には、"So Long And Thanks For All the Fish"と書かれていた。この日、この時にたまたま誰もいなかっただけで、やはりアダムスの墓参りをする人は大勢いるんだね。


 アダムスの墓参りが済んでしまえばハイゲート墓地に用はないが、せっかく6ポンドも払ったので、カール・マルクスの墓を見に行く。こちらはさすがに見逃しようのない大きさだった。

 他の墓石も何となく眺めていると、通路沿いの大きなお墓であっても、決して大昔ではなく、ここ数年以内に立てられたものも意外とあった。アダムスは火葬だったから大きな区画は必要なかったとは言え、一体どういう基準で墓地の場所が決められているのだろう?  


St Albans Place

 2023年4月に発売された「Douglas Adams' London」という地図には、アダムスが実際に住んでいたことのあるロンドンの住所の地番も掲載されている。そのうちの一つ、イズリントン地区の St Albans Place は、アダムスが1980年代の一時期に暮らしていた場所だが、現在、その住所のすぐそばにコーヒー・チェーン、カフェ・ネロ(Caffè Nero)の支店がある。アダムスを偲ぶよすがとしてハイゲート墓地からの帰りに寄ってみた。

 注文したのはカプチーノ。もっとも、カフェ・ネロは1997年の創設だから、アダムスがSt Albans Placeで暮らしていた時期にこの店が存在していなかったことは絶対確実なんだけどね。


キングズクロス駅&セントパンクラス駅

 小説『長く暗い魂のティータイム』でダークがタバコを求めて歩いたのと同じ道筋を、私も St Albans Place 付近からセント・パンクラス駅まで辿ってみる。

  ペントンヴィル・ロードで右折してまっすぐ進むと、やがてセントパンクラス駅の隣にあるゴシック様式の建物が見えてくる。『長く暗い魂のティータイム』が書かれた当時、この建物は閉鎖された「旧ミッドランド・グランド・ホテル」だったが、2011年、外観はそのままにマリオット系列の5つ星ホテル「セントパンクラス・ルネッサンス・ホテル・ロンドン」として営業が再開された。

 ホテルのみならず、セントパンクラス駅とその手前のキングズクロス駅も、駅周辺を含めてきれいに改築され、『長く暗い魂のティータイム』で描かれていたような荒んだ雰囲気はまったくない。むしろ、今のセントパンクラス駅はユーロスターの発着駅としての、またキングズクロス駅はホグワーツ特急の発着駅としてのイメージを大事にしている、という印象を受けた。 何たって、キングズクロス駅のコンコースを飾るのがこのクリスマスツリーだもの。

 とは言え、私にとってセントパンクラス駅がやはりヴァルハラへの入り口であることに変わりはない。

ということで(?)、セントパンクラス駅のコンコースに新しく出来たフォートナム・アンド・メイソンの支店で、ここでしか買えない「セントパンクラスブレンド」の紅茶をお土産に買った。

 せっかくのオリジナルブレンド、きっとセントパンクラス駅の店舗ではいろいろなサイズの缶やティーバッグ等も売っているだろうな、と思っていたのに、そこそこ広い店内のどこを探してもこの缶入りリーフティー1種類しか売っていない。あまり人気が出なかったのだろうか。日本に戻ってから飲んでみたところ、クセのないブラックティーだった。

   

ザ・バークレー&パークタワー・ホテル

 アダムスは、小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』シリーズ4作目、『さようなら、いままで魚をありがとう』をナイツブリッジにある高級ホテル、ザ・バークレーで缶詰になって執筆した。

 メインエントランスのクリスマスデコレーションがシックでとても素敵だったので写真を撮りたかったが、宿泊客らしき一家がドアマンと一緒に写真を撮りまくっていたため、宿泊客でもなければレストラン利用客でもない私はこそこそ退散した。

 缶詰生活のストレスからか(?)、アダムスは『さようなら、いままで魚をありがとう』の中で、ザ・バークレーがあるナイツブリッジ界隈を空飛ぶ円盤に破壊させている。「〈ハロッズ〉の食料品売り場をぶち抜き、〈ハーヴィー・ニコルズ〉百貨店を破壊した。痛めつけられた建物のきしるような悲鳴を最後に残して、「〈シェラトン・パークタワー・ホテル〉が倒壊した」(p. 240)。
 現実のシェラトン・パークタワー・ホテルの建物は今なお健在だが、マリオット系列の会社に所有が移り、2013年に〈パークタワー・ホテル・ナイツブリッジ〉という名称に変更された。

 実際に現地に行ってみると、タワーという名前から想像していたほど「タワー」でもなければ高級ホテルっぽい贅沢な華やぎもなく、ずんぐりむっくりで無愛想な建物に見えた。後から公式サイトで見てみたら、少なくとも建物の中はそれなりに贅をこらしているようだが、それでもこの「タワー」に高い料金を払って泊まりたいという気にはならない。同じマリオット系列の高級ホテルでも、セントパンクラス・ルネッサンス・ホテル・ロンドンになら是非泊まってみたいと思うけれど。


BBC&アーガイル・アームズ

 BBCの本社ビルは、ロンドンの繁華街のど真ん中、オックスフォード・サーカスからほんの少し北上したところにある。地図で見て、こんなにも街の中心部にあるのがちょっと意外だったが、確かにあった。

 近づこうと思えばもっと建物の入り口付近まで入れたのかもしれないが、何となく警備員っぽい人もいたし、不審者として拘束されても困るので、遠くからこそこそ写真を撮ってこそこそ退散した。
 オックスフォード・サーカスの交差点に戻ってオックスフォード・ストリートの信号を南に渡り、リージェント・ストリートの一本東寄りのアーガイル・ストリートに入ってすぐの場所に、クラシカルな外見のパブ、アーガイル・アームズがある。

 生前のアダムスは、この店でサイモン・ブレットとラジオ・ドラマ『銀河ヒッチハイク・ガイド』の打ち合わせをしたらしい。店のロケーションと外見から判断すると何だかすごい高級店みたいなだけど、公式サイトに載っている料理メニューの値段はそんなに高くない。
 そりゃ日本と比べたら高いけど、でもそんなこと言ったらロンドンでは何もかも日本より高いしね。日本で買うより安かったものと言えば、イギリスの紅茶とビスケットくらいかもしれない。

 

紅茶とビスケット

 今回のロンドン旅行でも、勿論、紅茶とビスケットは買いましたとも。

 マークス・アンド・スペンサーアール・グレイのティーバッグと、リッチティー・ビスケット。たまたまかもしれないけれど、今回立ち寄ったマークス・アンド・スペンサーではリッチティー・ビスケットが見つからず、オックスフォード・サーカスにある百貨店、ジョン・ルイスの地下1階の食品売り場に入っていたウェイトローズで購入した(ウェイトローズはジョン・ルイスの系列店)。なので、ついでにウェイトローズの紅茶のティーバッグも買った。
 2023年のロンドンで日本より安いものと言えば紅茶とビスケットくらいだったため、ついここぞとばかりにあちこちの店で紅茶とビスケット菓子を買いまくってしまった。そして気がつくとスーツケースが紅茶とビスケットでいっぱいになり、結果、ハイゲート墓地でお世話になった雪道用の靴をホテルのゴミ箱に捨てていくことに。今回の旅で重宝しただけに、こんな形でのお別れがちょっと心苦しかったが、12年以上使っている古い靴だし、ま、これが潮時だったかな。


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