『新・地名辞典』は私の超訳である。
原題は Meaning of Liff。直訳すれば『リフの意味』だが、「リフ」というのはスコットランドにある町の名前である。町の名前の意味、と言っても勿論この本は地名の由来を集めたものではない。
地名とは、単に場所を指し示すためのものだが、それだけではもったいない。だから、誰もがみんな知っている一般的な経験や感情や状況なのに、これまでそれを指し示す適当な言葉がなかったような例を探して、その例に対してもっともらしい感じのする地名をあてがってやろう、というのが本書の趣旨である。ダグラス・アダムスと旧友ジョン・ロイドの共著で、1983年にイギリスで第1作が出版された。
いくつか例を挙げると、
Ballycumber (n.)
ベットの周辺に置かれた、6冊の読みかけの本のうちの1冊のこと。Poffley End (n.)
にんじんの、緑色のところ。Yarmouth (vb.)
声が大きければ大きいほど意味が伝わりやすいと信じて、外国人相手に叫ぶように話すこと。
地名の定義付けというアイディアそのものは、学生時代のアダムスが授業で英語の訓練としてやったものだった。それから15年以上経って、小説版『銀河ヒッチハイク・ガイド』の執筆でギリシャに滞在中に、アダムスは同行のジョン・ロイドと遊び感覚でいくつか作ってみたが、その時点ではアダムスもロイドもそれをまとめて本にするつもりはなかったようだ。
その後、アダムスが『銀河ヒッチハイク・ガイド』で一躍ベストセラー作家となる一方で、ロイドはBBCのプロデューサーとして仕事を続け、1982年から放映されたコメディ番組『ノット・ザ・9オクロック・ニュース』で大成功を収めた。『銀河ヒッチハイク・ガイド』同様、このテレビ番組もさまざまな関連本が発売されたが、その中の一冊で、ページのあちこちにさまざまな「定義」を挿入したところ、それが意外に好評で、ロイドは出版社の
Faber and Faber から新たな「定義本」の出版を持ちかけられる。そしてロイドはアダムスに相談し、アダムスは共著を二つ返事で引き受けた。
執筆がアダムスとロイドの共作なら、出版は Faber and Faber と Pan Books の共作、黒一色の装丁にサイズは153ミリ×82ミリというこの奇妙な本は、残念ながら期待されたほどには売れなかったようである。タイトルと作品の意図が少々わかりにくかったことに加え、偶然に同じ時期に映画『モンティ・パイソン/人生狂騒曲』(原題
Monty Python's The Meaning of Life)が封切られたことも、'Liff' ではなく
'Life' の誤植ではないかとの余計な混乱を招く結果となった。
さらに、地名を使うというアイディア自体、エッセイストのポール・ジェニングスが1950年代に書いたエッセイ Ware,
Wye and Watford からの盗作ではないかという疑惑さえ持ち上がる。アダムスは、自分たちはこのエッセイをヒントにしていないけれども、アダムスの学校の先生がジェニングスの本を参考にしていた可能性はあると考え、ジェニングスに謝罪文を送った(Gaiman,
p. 111)。
それでも、1990年には増補版 The Deeper Meaning of Liff がハードカバーで発売され、1992年にはペーパーバックになった。さらに、アダムスが死去した後の2013年には、ジョン・ロイドとジョン・カンターの共著として Afterliff が出版された(この本に寄せたジョン・ロイドの序文はこちら)。