コンピュータ・ゲーム版『銀河ヒッチハイク・ガイド』


 1984年12月に発売されたコンピュータ・ゲーム『銀河ヒッチハイク・ガイド』は、テキスト・アドベンチャーという種類のゲームである。画像/映像の類は一切なし、画面に短い文章が打ち出されると、プレイヤーはそれに応じて短いコマンドを入力する。このコマンドは、単なる選択ではなく、短いながら英語の文章で書かねばならない。プレイヤーのコマンド入力に対して、また次の文章が表示され、かくしてゲームはとびきり地味に進んでいく。
 では、実際のゲームの様子をご理解いただくために、冒頭をほんのさわりを書き出してみよう。

 ゲームをスタートさせると、まず最初に以下の文章が表示される。

You wake up. The room is spinning very gently round your head. Or at least it would be if you could see it which you can't.

It is pitch black.

これに対して、

>turn on a light.

と入力すると、

Good start to the day. Pity it's going to be the worst one of your life. The light is now on.

Bedroom, in the bed.
The bedroom is a mess.
It is a small bedroom with a faded carpet and old wallpaper. There is a washbasin, a chair with a tatty dressing gown slung over it, and a window with the curtains drawn. Near the exit leading south is a phone.
There is a flathead screwdriver here. (outside the bed)
There is a toothbrush here. (outside the bed)

という文章が出るので、今度は

>get up.

と入力すると、

Very difficult, but you manage it. The room is still spinning. It dips and sways a little.

という具合。続いて

>get gown.

と指示すれば、

Luckily, this is large enough for you to get hold of. You notice something in the pocket.

 といった調子で、プレイヤーはポケットの中身を発見し、迫りくるブルトーザーに立ち向かい、フォードと出会い、パブに行き、地球を脱出し、ゲームは進む。

 確かに地味だ。でも、このゲームが発売された1984年当時、プレイヤーの入力にインタラクティブに反応するテキスト・アドベンチャーというだけでも、それはそれで非常に画期的なことだった、ようだ。そして、『銀河ヒッチハイク・ガイド』の知名度のおかげもあるにせよ、40万部を越える、これまた当時としてはかなりのベストセラー・ゲームにもなった。英語圏の人間にとって、アダムスならではの文章の楽しさは、ビジュアル面の味気なさを補ってなおあまりあるものだった、と言っては褒め過ぎだろうか?

 



 『銀河ヒッチハイク・ガイド』のコンピュータ・ゲーム化の話は、以前から何度かあったようだが、アダムスは断っていた。1983年になってアダムスが気を変えたのは、映画脚本執筆のために滞在していたロサンジェルスで自身がコンピュータに馴染み始め、興味を膨らませていたせいもあったにちがいない。
 1983年後半、アダムスはアメリカ・マサチューセッツ州ケンブリッジにあるコンピュータ・ゲーム会社、インフォコムと契約する。エージェントのエド・ヴィクター経由で知り合ったクリストファー・サーフが、インフォコム社の創業者の一人、マーク・ブランクを紹介したのがきっかけだった。
 マーク・ブランクは、当時既にアドベンチャー・ゲーム「ゾーク」の製作者として名を馳せていた。アダムスは、当然、彼との共同製作を希望していたようだが、実際に『銀河ヒッチハイク・ガイド』のゲーム化を手掛けることになったのは、若手のスティーヴ・メレツキーだった。
 メレツキーいわく、マーク・ブランクが彼を選んだのは、ちょうどメレツキーが手掛けていた別のゲームの仕事が終わったばかりでタイミングが良かったことと、インフォコムのゲーム作者の中で一番『銀河ヒッチハイク・ガイド』に近いユーモアのセンスがあると思われたから、とのこと。「僕が最初に作ったゲーム「Planetfall」はすごく『銀河ヒッチハイク・ガイド』っぽいと思われていた。「Planetfall」を書いた時は『銀河ヒッチハイク・ガイド』を聴いたことも読んだことも観たこともなかったんだけど、ゲームの試作をしてくれた同僚から口々に『銀河ヒッチハイク・ガイド』みたいだと言われたので、友人にラジオドラマのテープを借りて聴いてみた。勿論、すぐに大好きになったよ」(Simpson, pp. 211-212)。
 アダムスとメレツキーは、長電話と大量の電子メールのやり取りを通じて仕事を進めた。当時のアダムスは、小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』シリーズ4作目の締め切りも抱えており、そちらのプレッシャーも相当なものだったが、1984年5月、メレツキーはアダムスが小説執筆のため滞在していたデヴォン州のヴィクトリア朝ホテル、Huntsham Court を訪問し、ゲームをどのように終わらせるかについて一緒に考えたという。9月には、今度はアダムスがインフォコム社があるマサチューセッツ州ケンブリッジを訪れてゲームの細部を詰めた。11月、最終的にすべてが技術部門に回され、12月に予定通りの発売となる。
 先に書いた通り、ゲームそのものはテキストのみで極めて地味だが、ゲームのパッケージはいろいろなおまけが付いていたりして、なかなか凝っている。その昔、私が(コンピュータも持ってなかったのに)ロンドンのトッテナム・コート・ロードの電気屋で買ったものがあるので、簡単に紹介しよう。まずは外箱。

 箱のフタを開けると、 中にはこんなイラストが。

 以下、数ページに亘って、ゲームのマニュアルが書かれている。マニュアルの先に、ゲーム本体であるディスクと各種おまけが入っていて、それらを取り出して並べてみると、

 まずは、ゲームのデータが入っているディスク。30年前の最先端コンピュータ・ゲームは、たった1枚のフロッピー・ディスクにおさまる程度の容量だった。

 このディスク以外は、単なるおまけだが、

 黒の厚紙で作られたサングラスは、「ジュージャンタ200超着色危機感知サングラス」である。「これをかけていると、危険に直面しても落ち着いて対処できるというすぐれものである。トラブルが起きそうな気配を察知すると、たちまち真っ黒になってなにも見えなくなり、おかげで不安のもとを見なくてすむというわけだ」(安原訳『宇宙の果てのレストラン』、p. 51)。

 これは、読めなくても推測できる通り、地球の破壊指示書。

 何も入っていないかのように見えるビニール袋の中には、超微細文明世界からの攻撃にそなえるための宇宙艦隊が入っている(ということになっている)。

 単なる綿毛(fluff)が入っているようにしか見えないが、これは本当にどこにでもある単なる綿毛。

 大きく親しみやすい字で"Don't Panic"と書かれた缶バッチ。これがもっとも実際的なおまけと言えるかもしれない。

 この他に、どうしても自力でゲームをクリアできない購入者のために、インフォコム社にコンピュータ・ゲームの解答送付を依頼する用紙も付いている。

 解答が必要になったら、この専用用紙に必要事項を記入してインフォコム社に郵送すればいい。ただし、7.95ドル(!)を同封するのを忘れずに。小切手やクレジットカードでの支払いも可、とのこと。 参考までに、実際の記入フォームはこちら

 最後に、インフォコム社の他のゲームの宣伝チラシ。

 マーク・ブランクの「ゾーク」も スティーヴ・メレツキーの「Planetfall」も、勿論、ちゃんと名前が挙がっている。  

 



 このコンピュータ・ゲームの発売から20年後の2004年、20周年記念としてBBCのサイトでリニューアル版がオンライン公開された。このリニューアル版は、その年のBAFTAの「ベスト・オンライン・エンターテイメント賞」を受賞している。

 それからさらに10年後の2014年3月8日には、30周年記念版がBBCのサイトでオンライン公開されている。画像や映像が追加されて見やすくなっているものの、ゲームの基本構造はオリジナルと同じテキスト・アドベンチャーである。ただし、オリジナルに多少の変更が加えられているので、先に書いた通りのコマンドを入力しても、まったく同じ反応が返ってくるとは限らない。30周年版のためのヒント集も付いているので、興味のある方は是非お試しあれ。 

 



 『銀河ヒッチハイク・ガイド』の3年後に発売されたゲーム、Bureaucracy も、これまた同タイプのテキスト・アドベンチャーである。ただし、さらにその11年後に発売されたゲーム、『宇宙船タイタニック』には言うまでもなく動画もたっぷり入ってはいるが、インタラクティブなテキストという基本のテイストは変わっていないように思う。

Top に戻る