フラメンコについて


 フラメンコとは、スペイン舞踊の中の総称ではなく、スペイン各地に残る伝統的な舞踊の中でも特にアンダルシア地方を中心に育まれてきた舞踊のことを指す(アントニオ・ガデス舞踊団の1995年来日公演パンフレットによれば、故にガデスは自作『アンダルシアの嵐』がフラメンコ・バレエと呼ばれることを拒絶するとのこと。この作品は、フラメンコ=アンダルシアに限ったものではなく、あくまでスペイン全土に広がる、スペイン人の物語でありスペインの舞踊だということだろう)。

 フラメンコは、専門ごとに大きく3つに分けられる。

カンテ 歌
バイレ 踊り
トーケ ギター

 そして、フラメンコのアーティストもその専門ごとに次のように呼ばれる。

カンタオール(男)、カンタオーラ(女) 歌い手
バイラオール(男)、バイラオーラ(女) 踊り手
トカオール(男)、トカオーラ(女) ギタリスト

 つまり、アントニオ・ガデスはバイラオールで、パコ・デ・ルシアはトカオールである。
  元々フラメンコとは、アンダルシア地方の歌であった。と言っても、その音楽はその地を支配したさまざまな民族や宗教の影響を受けて誕生し、はるか東方からこの地にたどり着いたヒターノ(ジプシー)らによって育まれたものであり、決して単なる一民族・一地方の産物とは言い難い。そこに伴奏としてのギターが入り、後年さらに踊りが加わって、現在では歌と踊りとギターの三つで出来上がっている。ガデスの舞台はまさにその典型だが、それぞれに独立して歌のみ、踊りのみ、ギターのみでも成立する。つまり、踊り手のいないパコ・デ・ルシアのコンサートもれっきとした「フラメンコ」なのだ。


スペイン国立バレエ団

 1978年、スペイン文化省国立劇場総局により、旧スペイン国立バレエ団と国立クラシック・バレエ団を統合して設立されたバレエ団。スペイン伝統の舞踊とクラシック・バレエを融合させた、独自のスタイルの作品を創作している。初代芸術監督にはアントニオ・ガデスが就任し、ピラール・ロペスの『アランフェス協奏曲』など、スペインの振付師による作品の復活を目指すと同時に、自作の『血の婚礼』を上演した。
 ガデスは就任3年でバレエ団を去るが、その後2001年には自作『アンダルシアの嵐』をスペイン国立バレエ団で上演することとなり、演出(振りうつし)を手がけている。
 1989年以降、6度の来日公演が行われており、2003年にはスペイン国立バレエ団による『アンダルシアの嵐』も上演された。
 なお、スペイン国立バレエ団の歴代芸術監督は以下の通り。

アントニオ・ガデス 1978〜1980
アントニオ・ルイス・ソレール “アントニオ” 1980〜1983
マリア・デ・アビラ 1983〜1986
ホセ・アントニオ 1986〜1992
アウラ・ポンス、ナナ・ロルカ、ビクトリア・エウヘニア 1993〜1997
アイーダ・ゴメス 1998〜2001
エルビラ・アンドレス 2001〜