小説 Doctor Who: The Pirate Planet 概要


 アダムスが最初に脚本を担当した『ドクター・フー』のエピソード 'The Pirate Planet' は、2017年、ジェイムズ・ゴスによってノベライズされた。
 以下は、ジェイムズ・ゴスによる小説版 Doctor Who: The Pirate Planet の概要である。ただし、訳したのもまとめたのも素人の私なので、少なからぬ誤訳や誤読を含んでいる可能性が高い。そのため、この概要はあくまで参考程度にとどめて、全貌をきちんと知りたい方は、必ずオリジナルにあたってくださるようお願いする。


Part One
 第1章 The Sky with Diamonds
 第2章 The Dead Planets
 第3章 Life Force
 第4章 Have You Ever Seen an Arcturan Mega-Chicken?
 第5章 Mournig Sickness
 第6章 That New Planet Smell
 第7章 Has Anyone Seen Calufrax?
 第8章 There Are No Other Worlds
Part Two
 第9章 The 5,000-Mile Teacup
 第10章 The Kings of Alderbaran Ⅲ Make a Decision
 第11章 The Fastest Corridor
 第12章 The Astromobile Association
 第13章 Try Not to Think of Anything Annoying
 第14章 The Waters of Calufrax
Part Three
 第15章 Bad Omens
 第16章 Guilt Futures
 第17章 Nothing Like a Plan
 第18章 The Sky Demon Can Wait
 第19章 Memento Mori
 第20章 Dog Fight
 第21章 A Leap of Faith

Part One

第1章 The Sky with Diamonds

 ダイヤモンドの雨が降っている。路上にはルビーやダイヤモンドが転がっている。が、黄金の傘をさしたザナックの人々は目をあげようともしない。目をあげると山が視界に入り、その山の上にそびえる城砦を見たくないからだ。
 城砦の中心には「ブリッジ」と呼ばれる部屋がある。今日、そこにいるはずのフィブリ氏はまだ来ていない。
 フィブリ氏は、溜まる一方の書類仕事に埋もれている。鉱山からの報告書や、エンジンの診断書や、「アレ」の最新の犠牲者の契約解除手数料指示書など。デスクの一番上に乗っていたフォルダには「大演習に伴う付随的人事移動」の書類が入っていて、一目見るなりばたんと閉じた。今度という今度は、誰かさんもさすがにやりすぎだ。  フィブリ氏は戸棚に隠れた。束の間、心が落ち着いたが、誰かがドアの下から書類を突っ込む気配を感じて恐ろしくなった。自分がここにいるのはバレている。それにしてもどうしてこんなに書類が多いのか。彼らは「海賊」ではなかったのか?

 ドクターもまた、戸棚の中に隠れていた。「ホワイト・ガーディアン」との契約で、「時の鍵」の6つのパーツを集める仕事を引き受けたものの、やる気になれないからだ。「ブラック・ガーディアン」はドクターが鍵を集めるのを邪魔するだろうし、またそれぞれのパーツは何にでも姿を変えられるときている。

 ・アフリカ大陸とか?
 ・バッキンガム宮殿とか?
 ・ターディスとか?
 ・ドクター自身とか?

 とは言え、実際のところ、パーツはそんなに想像力豊かではなく、最初の一つは宝石に化けて陳列棚に収まっていたのだが。
 おまけに、ガーディアンはドクターに同伴するコンパニオンをおしつけてきた。それが、ギャリフレイのアカデミーを卒業したばかりの若い女性、ロマーナだ。ドクターのジョークにろくに笑いもしない。彼女のせいでターディスの居心地は悪くなり、ドクターはロボット犬のK9と一緒に、本来は「時の鍵」をしまっておく場所である「忘却部屋(the Limbo Room)に潜んでいたが、ロマーナに見つかってしまった。

 もう一方の時の果てでは、オールド・クィーンが、彼女を追ってきた何者かと対峙させられていた。

第2章 The Dead Planets

 同じ運命をたどることになる、4つの惑星について語ろう。

 テメシス・アルファの人々は長年の苦心の末にロケットを打ち上げ、テメシス・ベータの軌道に乗ることができた。着陸するだけの技術はなかったが、観測データをとることはできた。
 テメシス・ベータの表面から電波放射が放たれていて、意味はわからないが、アルファに向けての何かのメッセージのようだった。これは、宇宙のどこかに有効的な知的生命体がいるという証拠だろうか。
 が、再びテメシス・アルファの軌道に戻ってみると、テメシス・アルファは消えていた。

 惑星カルフラックスでは何も起こっていなかった。少なくとも今日のところは。

 惑星サクンタラでは、人々は委員会で生命の意味について話し合っていた。みんながさまざまな委員会を開き、そのうち多くのグループがまとまり、やがて合意が形成された。みんなが笑顔になったその時、空が暗くなった。

 惑星バンドラギヌス5に向かう船団は、燃料切れすれすれでようやく目的地にたどり着いたかと思いきや、肝心の惑星が消え失せてしまっていた。

第3章 Life Force

「ミスター・フィブリ!」
 キャプテンは、城砦の中心にあるブリッジに置かれた巨大な椅子に座り、大声で呼ばわった。キャプテンのそばに控える若くて美しい専属の看護師は、彼の血糖値を測って記録した。フィブリ氏以外の人々は、呼ばれているのが自分ではなくてほっとしている。
 フィブリ氏は、書類を抱えて、戸棚から出てきた。巨大な椅子に座ったキャプテンは、その椅子よりもさらに大きく、どこまでが椅子でどこからがキャプテンなのかわからないくらい椅子と一体化している。髭面の恐ろしげな大男だが、顔の半分は金属のプレートで覆われていて、緑色のアイパッチは危険な光を放ち、金属の唇はゆがみ、髭の半分は金属だ。腕は機械仕掛けで、二本の足も義足である。そしてその肩には「アレ」が乗っている。
 フィブリ氏は、多くの悪いニュースを無視して、明るいニュースだけを話し出す。さまざまな採掘がうまくいっている、そしてキャプテンの目当てであるヴァジリムなどの鉱物の場所も見つけた、と。
 その報告に、キャプテンとキャプテンの肩に乗った「アレ」も喜んだ。「アレ」とは、人々はどう呼んでいいかわからないから言葉を濁しているだけで、その正体は容赦なく人を襲って殺すロボットオウムである。フィブリ氏は、何にもましてこのロボットオウムを憎んでいた。
 キャプテンは、フィブリ氏に向かい、すぐに採掘準備に取りかかれと命じる。フィブリ氏にはまだ懸念事項があったのだが、キャプテンは聞こうとしない。看護師はキャプテンに、新しくお湯を入れた湯たんぽを渡す。
 誰も知らないことだが、キャプテンがフィブリ氏を生かしておくのは彼の名前の響きが気に入っているからだった。

 キャプテンはマイクロフォン越しに怒鳴り立てた。「こちらキャプテン。城砦の全員に告ぐ。新たな繁栄の時代だ。繰り返す、新たな繁栄の時代だ」
 キャプテンは肩の上のオウムに人工の手をのばした。オウムはキャプテンの自信の源であり、ソウルメイトであり、生きる喜びでもあった。

 プラリックスの父親は、路上でキャプテンの守護隊に殺されていた。父親が息子に伝えた最後の言葉は「気にしないようにしろ(”Try not to let things prey on your mind”)」だった。
 プラリックスは祖母に育てられ、無口な若者になった。豪勢な家だったが、この惑星では誰もが金持ちだったので、逆に何も買えないという現象が起こっていた。
 一番最初の、繁栄の黄金時代はよかった。突然空から黄金が降ってきて、みんなが大金持ちになって、手当たり次第にモノを買い漁った。なぜか作物は一夜にして枯れてしまい、農夫たちは都市にやってきたので、都市の人口密度が上がり、靴箱に毛の生えた程度の大きさの家で住まざるをえなくなった。宝石はいっぱいあったけれど、金持ちになって誰も働かなくなった結果、食べるものがなくなった。反乱も起こったが、キャプテンの守備隊がおさえこみ、時折新たな繁栄の時代の到来が告げられたものの、惑星ザナックの人々の富への関心は薄くなる一方だった。
 人々の間であきらめモードが漂う中にあって、プラリックスは例外だった。
 プラリックスが市場がある広場にいると、キャプテンの守備隊員がやってきて叫んだ。「キャプテンの通告だ。新たな繁栄の時代がやってくる!」
 人々の反応が薄いことに苛立った守備隊員は、人々に銃を向けた。人々は少しばかり喝采の声を上げた。が、プラリックスは黙っていた。もっとも、彼が黙っているのはいつものことだったが。

 プラリックスは地下深くから見張られていた。
 追悼の部屋に大勢の人が集まっていた。チョークで床に描かれた二重の輪の、内側の輪が光り始め、ホコリが空中に浮かび上がり、光るホコリが素早く動いてザナックの地表の様子を描き出した。それは、守護隊員の視点から見た、市場の様子だった。

 守護隊員は目をこすったが、そのせいで少し痛みを感じた。悶着を起こす輩がいたらすぐさま撃ち殺してやろう構えながら、彼は大声で通告した。
「偉大なるキャプテンの導きにより、新たな繁栄の時代は来る!」
 ザナックの人々の反応は相変わらず薄かったが、早くも空から降り出したダイヤモンドに備えて、黄金の傘を差すものが出てきた。降ってきたダイヤモンドに頭を直撃されると死んでしまうからだ。
 人々が見守る中、山が震え、大いなる光を放ち始めた。この光景にだけは、人々は飽きることがなかった。無口な若者だけは例外だったが。

 惑星の近深くで、ホコリはプラリックスに焦点を当てていた。プラリックスの目に映る世界は、高速回転していた。

 プラリックスは何とか逃れようとしたが、逃れられる場所はなかった。

 追悼の部屋に声が響いた。「悪の時代が再びやってきた。我らは備えねばならぬ」

第4章 Have You Ever Seen an Arcturan Mega-Chicken?

 ロマーナはこれまで正しくあろうとして生きてきた。生まれ故郷のギャリフレイでも、知性は重んじられていた。が、ドクターが相手だと、ロマーナがどんなに頑張って正しくあろうとしても、その正しさが悪い方向に進んでしまう。
 それでも、今日こそはうまくやろうと決意する。自分が見つけたこの本を見せれば、ドクターもきっと喜んでくれるだろう。

 ドクターはターディスの中央制御室にいた。そこに、ロマーナが本を読みながら近づいてくる。彼女が何の本を読んでいるかに気づくと、ドクターは唸り声を上げた。それはターディスの技術マニュアルだった。もしその本が悪い連中の手に渡ったら大惨事だというのに、ロマーナは一体どこで見つけてきたのだろう?
 マニュアル本を通じてドクターと仲良く会話しようと思ったロマーナの目論見は外れ、ドクターはロマーナが自分のターディスを型落ち扱いしたと腹を立てる。ロマーナはドクターを宥めようと話題を変える。
「ところで、今探している「時の鍵」がどんな形なのか、どうして私に話してくれませんの?」
「話すだと? 君は自分でそれを見つけるつもりでいると思ってたんだがね。学校で立派な成績をおさめたのはいいが、数百年分の経験を積むにはどのくらいかかることか」
「あなたのように、という意味ですか? 私が中年になったら、です」
 大真面目に答えるロマーナに、ドクターは負けを認めた。
「ロマーナ、しばらくロボット犬のK9と会話していたもらえるかな? その間に私はターディスをプログラミングするから」

 ドクターはガーディアンから「時の鍵」を探すための魔法の杖のような追跡装置を預かっていた。その追跡装置をターディスに組み込むと、次の目的地が判明した。
「つまらん」
「何ですって?」ロマーナが声を上げた。
「我々の行き先だよ。惑星カルフラックスだ」
「ドクター」ロマーナは言った。「意図しなかったとは言え、さきほどはあなたを中年呼ばわりしてすみませんでした」
「いや、いいんだ。私こそ君を愚かでお節介な生徒呼ばわりして悪かった」
「いえ、あなたはそんなことはおっしゃっていらっしゃいません。認知に問題があるのでは?」
「言ってないって?」ドクターはロマーナに笑顔を向けた。「ま、指導がよければ経験を積むのと同じようなものだからな」
「これは一本取られました」ロマーナはドクターに向かって優雅におじぎをした。

 ロマーナはターディスの技術マニュアルを読み、ドクターがターディスをきちんとプログラムしていないことに気づく。ドクターはこれまでマニュアルを無視し、自分の勘だけでターディスを操作していたのだ。
 ドクターは、マニュアルは執筆者に文字数ごとにお金が支払われたので無駄に分厚いのだという。そして、初心者には必要かもしれないが、ベテランの自分には不要だと。
「でも、多重ループ安定化装置は重要でしょう?」
「アークチュランの巨大チキンを見たことがあるかね? 惑星カルフラックスだ、見事そこに実体化させてみせようじゃないか」
 ドクターがターディスのスイッチを入れると、ターディスは突然制御不能になり、ひどい音を立ててタイム・ヴォルテックスに落ちていった。

 「新たな繁栄の黄金時代」は失敗に終わった。城砦が振動しただけだった。何かが決定的に間違っているが、それが何なのかがわからない。ブリッジで冷静さを保っているのはキャプテンの看護師だけだ。
 怒れるキャプテンは、フィブリ氏をつかみ上げて言った。
「貴様はこの惑星を壊す気か?」

 「何が起こったの?」ロマーナはドクターに訊いた。ロマーナが状況をわかっていないのはドクターにとって慰めだった。ドクターにもわからなかったからだ。
 ターディスが実体化しない。ドクターがあれこれいじってみても改善しない。ロマーナは、イノセントな目つきでドクターを見た。
「よかったら、私にもやらせてもらえますか?」
「どうにもならないと思うがね。ま、試してみたまえ」
 K9が支えるマニュアルを見ながら、ロマーナは操作を続けた。実のところ、ロマーナはシミュレーションではなく本物のターディスを操縦するのはこれが初めてだった。
 ロマーナが最後の仕上げに実体化のスイッチを押すと、ターディスは静かに着地して実体化した。
「お見事」ドクターは言った。「そう思わんかね、K9?」
「実に実にお見事でした」K9は答えた。

 キャプテンはフィブリ氏を吊し上げている。フィブリ氏は必死で言い訳している。
 キャプテンは自分の機械の腕を引っこ抜き、金属の壁に突き刺した。そうすることで、キャプテンは宇宙船のシステムから直接情報を取ることができるのだ。それによると、どうやら肝心のタイミングで10秒ほど時空連続体が破れてしまったらしい。でも、どうしてそんなことが起こったのか? キャプテンはそれを解明するようフィブリ氏に命じた。

 ロマーナとドクターは、ターディスのモニターで外の様子を伺った。惑星カルフラックスは、ドクターの記憶では何もない不毛な大地だったが、モニターに映っているのはキラキラした都市だった。
「ここはカルフラックスじゃない。君は全然違う場所にターディスを着陸させたんだ。10点満点中の2点ってところだな」
 ロマーナの傷ついた顔をみてドクターは謝ろうと思ったが、その時、普段は静かなK9が唸り声をあげ、神経質にぐるぐる回り始めた。
「こいつに何が起こったんだ?」

第5章 Mournig Sickness

 地下深くの追悼の部屋で、チョークで描かれた二重の輪の中で、ホコリはまだ動いていたが、やがてただの暗闇になった。
 この部屋にいる人々は他に行き場もなく、悲しみに沈んでいる。
 一人の老女が立ち上がって言った。
「生命力が消えかかっている」

 プラリックスは妹のムラに助けられて帰宅した。ムラは、市場で地面に転がっていた彼を見つけて連れ帰ったのだ。
「生命力が消えかかっている」彼はつぶやいた。
「カンベンしてよ」ムラは彼を家まで引きずっていった。
 両親が健在だった頃から、みんなの注目はプラリックスに集まっていた。彼が無口なことを心配する一方で、ムラには余計なことをしゃべるなと言った。父が亡くなると、プラリックスが自動的に家長になり、彼で大丈夫なのかと心配しつつも、ムラにはサポート役以上のことは期待しなかった。
 祖父のバラトンが彼らをうちに引き取ると、事態はさらに悪くなった。バラトンは心配性なだけでプラリックス以上の役ただずであり、ムラの家事は増えた。
 祖父の家は、繁栄の黄金時代を反映して、ソファを含めて何もかもが貴金属と宝石でできていた。キラキラ輝いてはいるが、冷たくて居心地が悪かった。
 ムラは一人で自室にこもり、考えた。たとえ私が焼身自殺を図ったとしても、みんなが気にするのはかわいそうなプラリックスがどんな影響を受けるかということだけだろう。そんなプラリックスは居心地の悪い金属のソファに寝そべったまま動こうともしない。ムラは一度何をしているのか訊いてみたことがあるが、彼の答えは「死すべき運命について考えている」だった。
 そんな折、ムラはキムスという男性と出会った。プラリックスにも紹介したが、ほとんど無反応だった。
 プラリックスは、黄金時代の到来の後だけ大声を出した。人々が豊かになればなるほど、彼はみじめになっていくようだった。そしてとうとう今日、往来で泣き出す始末だ。
 プラリックスを家に連れ帰ったムラは、近所の人たちに、彼の頭に宝石が当たったのだと説明した。
 プラリックスはソファで身悶えし、震え、目を大きく見開いた。心配性のバラトンはもちろん、ムラまで心配になってきた。プラリックスは同じフレーズを繰り返した。
「生命力が消えかけている」

 ターディスの中で、K9は依然としてぐるぐると回り続けている。ドクターといると、どんなことも一筋縄ではいかないとロマーナは思う。K9は車輪のついたコンピュータも同然なのに、それでもこの有様だ。
 幸いなことに、K9はぐるぐる回るのをやめた。その代わり、唸り出した。ドクターにも理由はわからない。
 ドクターはこの惑星はカルフラックスではないと言ったが、ターディスが示す座標によるとカルフラックスであるはずだ。
「本当にこの惑星はカルフラックスではないと言い切れるのですか?」
 計器を何度も確かめた末に、ドクターは言った。
「確かに、正しい時間の正しい場所に来たようだ……」
「やっぱり!」
「でもこの惑星はカルフラックスじゃない」
「何ですって?」
「時間も場所も正しいが、違う惑星だ」
「だったらここはどこなんです?」
「さっぱりわからん。言えることは、前に来たことのある惑星とは別物だということだ」
 惑星の情報データを見比べたロマーナは、ドクターの言い分に納得し、こう言った。
「だったらここがどんな惑星か、私たちで調べてみましょうよ」
 ドクターはターディスのドアを開けた。

 ブリッジでは、すべてが普段通りに戻っていた。キャプテンは椅子に腰掛け、人々はそれぞれの仕事に取り組み、看護師はキャプテンの容体をチェックしていた。エンジンはやかましく音を立て、金属のオウムは船乗りの歌を歌った。

 プラリックスのうめき声は叫び声に変わった。ムラは祖父を見やった。
 祖父のバラトンは言った。
「よその人に聞かれる前に、どこかに連れて行かないと!」
「こんな状態で動かすなんて無理よ。ご近所に知られることしか考えられないの?」
「この件が報告されたらどうなるか、お前も知らないわけではあるまい?」
 確かに祖父の言う通りだった。ムラはバラトンと二人がかりでプラリックスを持ち上げ、彼の部屋に運んだ。祖父が毛布をたくさん運んできて、ムラは祖父の気遣いを感じたが、その毛布は窓に貼り付けて音が外に漏れないようにするだめのものだった。
「どうしてこんなことになったのかしら」
「どうしてだと? ワシは息子を亡くし、次は孫を亡くそうとしている。どうして若者は与えられたもので満足して生きることができないんだ。理由をさぐって何になる」
 突然、ドアがノックされた。

第6章 That New Planet Smell

 ターディスのドアの外に広がるこの惑星はどこかおかしい、とドクターは感じた。見た目も、匂いも、とことん間違っている。素晴らしい。新しい冒険の始まりだ。
「すみません」ロマーナの声は痛々しかった。「スキャナーの機能不全に最後の望みをかけていましたが、やはりこの惑星はカルフラックスではありませんね。そういうことなら着替えなくては。すぐ戻ります」
 ロマーナはターディスのドアを閉め、ドクターはK9と一緒にターディスの外で待たされた。目の前には砂漠が広がっていて、遠くの丘に城砦のようなものが、砂漠の左手にはキラキラ輝く街のようなものがある。
「ブラック・ガーディアンのせいだ」ドクターは言った。そうだ、それなら辻褄が合う。

 ムラたちの家を訪ねてきたのは、キャプテンの警護隊ではなく、ムラに好意を寄せているキムスだった。ムラもまた、明るくて活動的でハンサムなキムスのことが好きだった。
「最新のニュースを聞いたかい? また新しい繁栄の黄金時代が到来するんだってね。この前の黄金時代はほんの数週間前のことだったってのに。ところで、プラリックスはどこ?」
 ムラは、キムスには本当のことを言おうと決めた。
「黄金時代の到来が告げられるたびに、兄がおかしくなったことは知ってるでしょ? また同じことが起こったの」
 彼女が兄の部屋のドアを開けると、「生命力が消えかけている」という声が聞こえてきた。

 着替えて戻ったロマーナに、ドクターは「惑星すり替え説」を唱えた。ロマーナは反論を試みる。もし惑星ごとすり替わったのなら、惑星カルフラックスにあるはずの「時の鍵」はここにはないはずだが、「時の鍵」の追跡装置は「時の鍵」がこの近くにあると告げているからだ。
「そんな装置を信用するなと言ったはずだ」ドクターは言った。「そうだろう、K9?」
 K9は返事をしなかった。

 この惑星の人々は、ドクターたちに何の関心も示さない。広場に向かって進み、黄金の像の下で何やらお祝いをしているようだが、喜んでいるふりをしているだけ。
「何のお祝いなんでしょうか」ロマーナは言った。
「われらの到着を祝っているわけでないことだけは確かだ」ドクターは答えた。
 ドクターは地元の人に声をかけるが無視された。
「ひょっとすると、地元の人に話しかけるのはミストレスに任せたほうがよいのでは? 彼女のほうがかわいいですから」K9が提案した。
「かわいいだと? 異星人とのファーストコンタクトは繊細な技術を要する仕事だぞ、見た目は関係ない」
 ドクターとK9がしゃべっている隙に、ロマーナは若者たちのグループに近づいていった。

 ロマーナは、今度こそ主導権を握ろうと心に決めていた。彼女が若者グループに微笑みかけると、彼らが彼女に向かって話し始めた。
「新しい繁栄の黄金時代が来るんだって」
「ここのところ、しょっちゅう到来しているけどね」
「でも、それもこれもキャプテンのおかげ」
「今回もすごい実物だったよなあ。予兆で空全体が光り輝いてたし」
「これで僕らもまた金持ちになれる」
「え、空が光ったら金持ちになれるの?」ロマーナはびっくりして言った。
「だって、空が光ったら宝石が降ってくるじゃない」
「ほら、よかったら君にもエメラルドをあげる」
 ロマーナは差し出された一握りの宝石を受け取った。
 ドクターが割り込んできた。「やあ、こんにちわ!」
 全員がドクターを無視した。
 ロマーナは宝石をポケットに入れ、代わりに小さな袋を取り出して言った。
「よかったら、ゼリー・ベイビー(グミのようなイギリスのお菓子)をどうぞ」
「これは何?」
「お菓子よ。食べてみて」
 若者たちは恐る恐る手を出し、勇敢な一人がゼリーを口の中に入れて弱々しい笑みを浮かべた。
「そろそろ行かないと、勝利に間に合わなくなってしまう。会えてよかったよ」
 彼らは歩み去ったが、一人が振り返って言った。「追悼者につかまらないようにね」
「何だって?」ドクターは叫んだが、やはり無視され、ロマーナに向き直った。「ゼリー・ベイビーをどこで手に入れた?」
「あなたのポケットから」
 ドクターは話題を変えた。「さっきの男は予兆がどうとか言ってなかったか?」
「ええ、空に予兆が出る、と」
 ドクターは望遠鏡を取り出して空を見上げたが、何も発見できず、ロマーナに望遠鏡を渡した。自分が見逃した何かをロマーナが見つけなければいいが。彼は黄金の像に目を向け、これがキャプテンなんだろうかと考えた。そして、さきほどまで人々が集まっていた方向に視線を向けると、そこにはもう誰もいなかった。「彼らは何を恐れているんだ?」

 さきほどの若者の一人が疑わしげにジェリー・ベイビーを眺めていると、キャプテンの守護隊が近づいてきた。彼らは通常ならざるものに目ざとかった。
「どこでそれを手に入れた?」
 3人の若者は、何のためらいもなく、ロマーナのほうを指差した。

 ロマーナが望遠鏡で空を眺めている一方、ドクターはロマーナが受け取った宝石を検分した。どうやら本物のようだ。それだけでなく、道端にはきらきら光る宝石が山になっている。
「これらの石はここでは値打ちがないようですね」ロマーナが言った。
「値打ちがないだと?」ドクターはロマーナの新人っぽい発言に笑みを隠すことができなかった。「これらの宝石はどこでも値打ちがある。単に光ってきれいというだけじゃない、実用性があるんだ。たとえばダイヤモンドは宇宙でもとびきり硬い物質で、これより硬いのはアルゴルの太陽虎の結晶化した牙(「アルゴルの太陽虎の牙」は、『銀河ヒッチハイク・ガイド』に出てくる有名な飲み物の原材料の一つとされている。(安原訳、p. 30))わかる人にはわかる、著者のダグラス・アダムス・ファンへの目配せだろう)だけだが、太陽虎が死ぬと結晶化が崩壊するのでその構造は解明されておらず……」
「だったらどうして牙がそんなに硬いとわかるの?」
「なぜなら、太陽虎は伝統的にダイヤモンドの爪楊枝を使っており、しかもそれがたいして長持ちしてないからだ」
「なるほどね」
 それにしても、この惑星にはどうしてこんなにたくさんの宝石があるのだろう、とロマーナは考えた。宝石ができるまでには長い時間と強い圧が必要なのに。
「たまたまこの近くの地面に大量の宝石が埋まっていたのかしら?」
「最近の若者ときたら、宇宙地理学も教わってないのかね。貴重な鉱物資源はごく稀にしか出来上がらない、それが平均の法則だ。平均の法則ぐらい知ってるだろう?」
「知っています。教科書に載ってましたから」
「では教科書には載っていないことを教えてやろう。頭がよければどんな法則だって破ることができるが、平均の法則だけはそうはいかん。平均の法則を破ると、遅かれ早かれ誰かが異変に気づくものなんだ。たとえば」ドクターはアヒルの卵サイズの宝石を拾い上げた。
「これは、すごく貴重なものだ。ウーリオン。これが取れるのは、私の知る限り2つの惑星だけだ」
 ロマーナもこの石には魅了された。「なんてきれい」
 ドクターはロマーナの反応に喜んだ。「光にかざすと、中心に緑の炎のようなものが見えるだろう? この美しさを手にいれるため、殺し合いが起こったくらいだ。それなのに、ここでは道端に転がっている」ドクターはロマーナに石を渡して言った。「惑星カルフラックスはどこにいったんだろう?」
 ドクターはいよいよ大きくなる不安を胸に歩み去った。

 ドクターの背中を見ながら、ロマーナも不安だった。
 「時の鍵」の探索任務をおおせつかったのは嬉しかったが、戸惑いもあった。「時の鍵」ほどの重要なものを探すなら、たとえどんなに成績優秀だったとしても、アカデミーを出たばかりの自分よりふさわしい人は大勢いるのでは? それでも、選ばれたからには自分の潜在能力が評価されたのだろう。
 そしてドクターと出会い、彼女の不安は増すばかりだった。タイム・ロードは厳密に規則を守るものだが、ドクターだけは例外だった。ロマーナには、ドクターが威圧的かつ不可解だった。ドクターは深く考えず直感だけで動いているようだけれど、それでも今のところ、彼の行動は間違ってはいない……でも、彼の行くところには、あのロボット犬のように、カオスがつきまとっている。
 とは言え、タイム・トラベルとはそういうものだ。タイム・ロードにとって一番避けなければいけないのは、ターディスを置き去りにすること。どうしてドクターがこの任務をまかされたのか、ロマーナは不意に納得した。「時の鍵」は、ターディスの大船団ではなく、たった一つのターディスで探すべきだからだ。

 ドクターは悩んでいた。「時の鍵」の部品はきらきら光る石だが、ここにはそういうものがあまりにたくさんある。

第7章 Has Anyone Seen Calufrax?

「生命力が消えかけている!」
 プラリックスは叫び続けた。
「でも一体どういう意味なのかしら」
 ムラが呟くと、バラトンは言い返した。
「意味? 意味などない! 最近の若者は、満ち足りて贅沢な衣食住に満足せず、意味だの価値だのを問いたがる。嘆かわしい」
「でも、筋が通りません」キムスはバラトンに言い返した。「何かがおかしいと思いませんか? 本当に気づいてないんですか? 世代ごとにどんどん豊かになっていくというけれど、それって一方でどこかの誰かがどんどん貧しくなっているってことですよ?」
「私もダイヤモンドだの黄金だのはもうたくさん」ムラは言った。「一体何になるっていうの」
「何になる、だと! 女王ザンクシアの治世だった頃はどんなに貧しかったことか。キャプテンが女王から財宝を取り返して我々に分け与えてくれたんじゃないか。富こそ我らの成功の証なのだ!」
「成功って、何の?」
「成功とは……豊かになることだ!」
「豊かになること、ですか?」キムスは言った。「でも、あなたの孫のプラリックスはどうなんです? 新たな繁栄の黄金時代が来るたびにこの有様だ」
 バラトンは押し黙ったまま食事を続けた。
「プラリックスこそ、すべての答えにつながる鍵なんじゃないかしら」ムラは言った。
「真相を探る価値があると思う?」キムスは出ていく際にムラに問いかけた。
「ええ、そう思う」二人は顔を見合わせて笑顔になった。

 少し離れた通りで、ドクターは惑星カルフラックスについて誰かに質問しようと試みていたが、通りには誰もおらず、家々を訪ねても反応はない。
 ロマーナは周囲を見回して言った。「静かすぎる」
 その時、遠くの窓から開き、一人の男が叫んだ。「生命力が消えた! 我々は殺戮者だ!」
 その男は窓から飛び降りるかと思われたが、家の中にいたとおぼしき誰かが彼を部屋に引きずりもどした。
「少なくとも誰かが家にいたようだな」ドクターは言い、その家を目指して歩き出した。

 はるか地下では、追悼者たちが空中に浮かぶホコリを通じてプラリックスの映像を見ている。プラリックスはベッドに押し付けられていた。
 追悼者のリーダーである女性が進み出た。「プラリックスなる者を手に入れねばならぬ。復讐の時は近い」
 追悼者たちは声を上げた。「ザナックスに復讐を!」

 バラトンはプラリックスのベッドに近づいた。周りに誰もいないことを確認すると、孫の額にそっと手を当ててやさしく声をかけた。「よくお眠り。眠ってしまえば怖いものはない。誰もお前を傷つけたりしないよ」

 隠れていた追悼者たちがついに街路に姿を現した。彼らの姿に人々は恐怖を感じつつ、どうしていいかわからなくて目をそむけた。どうやって追悼者たちが警護の目を逃れて街の中に入れたのか、人々にはわからなかったが、ともあれ彼らが向かう先はプラリックスの家だった。

第8章 There Are No Other Worlds

 バラトンは、自分の息子も息子の妻も救えなかった。プラリックスも手遅れのようだ。が、娘のムラだけはまだ救えるかもしれないと考えた。
「ムラ、プラリックスを追悼者から隠すのを手伝ってくれ。連中がお前の父親に何をしたか思い出してみろ」
「私の父親はキャプテンの警護隊に撃ち殺されたのよ!」
「追悼者から救うにはそうするしかなかったからだ、さもなきゃ追悼者にゾンビにされていた」
「追悼者? 彼らはゾンビではありませんよ」キムスが言った。
 キムスは追悼者を反逆者か何かのように考えている、と、ムラは思った。でも、反逆者は時間の問題で逮捕されて射殺されるのに対し、追悼者はもっとずっと長く生き続けていて、ほとんど神話か何かのようになっている。母親が枕元で子供に「夜更かしすると追悼者が捕まえにきますよ」と語るように。とは言え、追悼者が実在することはみんな知っている。
「私、一度姿を見たことがある」ムラは言った。
「追悼者を? どんな格好をしていた?」
「邪悪だなと思った。私たちみんなを憎んでいるみたいで。お祖父さん、彼らは一体何者なの? 知ってるがあるなら全部教えてよ」
「本当に知りたいのか?」
 バラトンは震える手でプラリックスを指差した。

 追悼者たちは群衆の間を歩いていく。祭りはまだ続いていたが、誰も彼らに気づかない。ただ、彼らがそばを通り過ぎると人々の顔から笑顔が消え、浮かれた気分が霧散する。どうして悲しいのか自分でもわからないまま、黙って手の中の宝石を眺める。

「彼らはプラリックスを奪いに来る。かつてお前の父親を欲しがったように」バラトンは言い張った。
「だったら彼をどこかに隠しましょうよ。追悼者からもキャプテンからも見つからないところに」
「一生ずっと隠すってのか? 追悼者が来るなら来い、俺たちで立ち向かおうぜ」キムスが言った。
 その時、鍵がかかっていたはずの正面玄関が開いた。
 3人全員が仰天し、玄関先に佇むシルエットを見やった。
「すみません」声が聞こえた。「この惑星はここで合ってますか?」

 ロマーナは、望遠鏡で空を眺めるのに夢中でドクターは先に行ったことに気づかなかった。雲の形から察するに、何か大きな変動があったにちがいない。それから、丘の上の城砦。すごく古いものと新しいものがごちゃごちゃに組み合わさっていて統一性がない。
 ロマーナが望遠鏡を下ろすと、彼女の目の前には二人の警護隊がいた。二人とも醜くて、すごく怒っている。
 二人のうちの一人が、ロマーナから望遠鏡を奪い取った。
「これは禁じられている」
「へえ、そうなの?」ロマーナはクールに返事をしながら考えた。彼らは武器を持っていて、自分を投獄するつもりだ。この惑星についてはわからないことだらけだが、答えを知る最善の方法は権力者に会うことだ。「どうして?」
「質問は禁じられている」
「ふうん」
「異邦人も禁じられている。お前はどこから来た?」
「別の世界から」
 彼らの返事は驚くべきものだった。「別の世界なんてものはない。それは禁じられた概念だ。どうやってここに来た?」
 ロマーナは彼らの論理的矛盾を突く誘惑に抗って言った。「あら、私はドクターと一緒に来たのよ」まるでそれがすべての答えであるかのように。そして、警備隊が何か言おうとする前に手を上げた。「ちょっと待って、まさかドクターも禁じられているって言うんじゃないわよね?」
 警備隊の二人は顔を見合わせ、にやりと笑った。「お前をキャプテンのところに連れて行ったほうがよさそうだな」
「素敵」ロマーナはにっこり笑って両手を組み合わせた。
 彼らは唖然としつつ、ロマーナを逮捕した。警備隊は気づていなかったが、その様子を小さな灰色のマシンが見ていることにロマーナは気づいた。
「あ、ちょっと待って」
「今さら何だ?」
「私のことは気にせず、ドクターを連れてきて」
「何だって?」
「私は自ら望んでキャプテンに会いに行くの。彼にひどく拷問されるのがすごく楽しみ」
 警備員たちは訳がわからなかったが、とにかく彼女を連行することにした。
 物陰からロマーナを見ていたK9は言った。「了解、ミストレス」。K9には、逮捕されるのはあまり賢いやり方とは思えなかったが、反論はK9の流儀ではなかった。

 キャプテン以外は立ち入り禁止の宝物ギャラリーで、キャプテンは肩の上の機械じかけのオウムに話しかけた。
「私とお前の他は、能無しばっかりだ。お前だけが本当の友だち、心から信頼できるのはお前だけだよ」
 他の人の目がない時だけ、キャプテンは自分の中の悲しみを受け入れることができた。数々の宝物はキャプテンを和ませもしたが、より一層悲しませもした。
 キャプテンの心の変化に気づいたオウムは歌い始めた。キャプテンが大昔に教えた歌だった。その歌声で、キャプテンの気分はまた変化した。
「心配するな、ポリー」キャプテンは弱々しい笑みを浮かべて言った。「あと少し、もうすぐ終わる。そうすれば私もお前も……自由だ」
「自由!」オウムは金属的な声で繰り返した。

 フィブリ氏は、前例も規則もすべて踏み躙って、ギャラリーに入ってきた。
「キャプテン、サー!」
 ほんの一瞬、キャプテンはこの男を殺そうかと思った。
「何の用だ?」
 おのれのやらかしに気づいたフィブリ氏は固まったが、どうにか声を出した。
「死霊が出ました! 彼らはテレパシーのようなもので互いに連絡を取り合っていると思われます」
 キャプテンは壁を叩き、データ・ポートに自らをケーブルで繋いで情報を引き出しつつ、城砦全体に放送をかけた。「こちらキャプテン! セクター5に追悼者が出た! 急行して直ちに始末せよ! 奴らに乗っ取られてはならぬ!」
 そしてケーブルを抜き、フィブリ氏に向かって言った。「連中を捕まえて破壊しろ、さもなくばお前を分子レベルにまで引き裂いてやる」

 追悼者を捕まえるのは簡単ではない。監視カメラにその姿が映っていたとしても、彼らは見られたくない時に相手の視界から姿を消す術を知っている。彼らを見つけるには、たまたま振り向いた時に視界の隅に映った瞬間に賭けるしかない。
 一人の警備隊がたまたま広場で一人きりになった。何かがおかしい、と気づいた時には、追悼者たちに囲まれていた。銃で撃っても煙が相手であるのように何の手応えもなく、追悼者たちは彼に向かってずんずん近づいてくる。叫び声をあげてもなぜか周りの人は彼に気づいてくれない。
 が、突然、警備員は何もかもどうでもよくなった。この世界は絶望的なまでに無意味で、生きるとは不快なまでに悲しいものだと悟ったので、やめることにした。

 その様子をキャプテンはブリッジのスクリーンで見ていた。「能無しの役立たずめ、死んで当然だ」。そして吠えた。「全警備隊、セクター6に急げ!」
 看護師がキャプテンに近づいてきた。キャプテンが興奮するのを好まなかったからだ。が、キャプテンは気にしなかった。追悼者を止めることこそ最優先だったからだ。

 ドクターは素早く状況を見て取り、主導権を握った。うしろめたそうな三人と、一人の意識不明者。最後の一人は明らかに助けを必要としている。
 ドクターはプラリックスを、カウチに横たわらせた。部屋にはダイヤモンドだらけのシャンデリアとか、大理石のイスとか、黄金のカウチとか、悪趣味な家具でいっぱいだった。これほどの悪趣味を食らえば、若者が意識不明になるのも無理はない。
 プラリックスに適切な処置を施した後、ドクターは若い女性から事態のあらましを聞き出した。三人の中で彼女が一番しっかりしていると思ったからだ。3分ほどでこの惑星について知るべきことを知ることができた。彼女の服にはプラチナが編み込まれ、優美なエメラルドの飾りがついていて、ロマーナならやきもちを焼くだろうな、と、ドクターは思った。
「つまり、君のお兄さんは、キャプテンが新たな繁栄の黄金時代を宣言するたびにショック状態になるんだね?」
「ええ、でもここまでひどくはありませんでした」
「キャプテンに会いたいな。彼はいい人?」
 祖父が会話に割り込んできた。「キャプテンは偉大な人物だ! そこらじゅうに銅像もある! わしらを金持ちにしてくれた!」
「僕らを道家にしてくれた、の間違いでしょう」キムスは言った。
 ドクターは、ムラがキムスを熱い目で見つめていることに気づいた。キムスという若者は、反逆者のリーダーを気取っているのだろう。
 プラリックスが突然意識を回復して叫んだ。「追悼者がやってくる!」

 ブリッジでは、キャプテンが安全カメラの情報をすごい速さで収集し分析している。そして、ほんの一瞬だけ映った謎の物体に気づく。そこに映っていたのは、小さな金属製の犬が一軒の家に入っていくところだった。
 キャプテンは怒鳴った。「あの家を探せ! 探して、中にいる全員を殺せ!」

 そんなことになっているとは知る由もなく、K9はバラトンの家に入っていった。
 K9に気づいたドクターは、K9の頭をぽんぽんと叩きながら他の人たちに向かって言った。「心配ご無用。これは私の友だちだ」
 K9には大急ぎでドクターに伝えなければならない案件があった。
「マスター。ミストレスに危険が迫っています」
 ドクターが唸り声を上げ、何か言おうとしたその時、玄関のドアが大きな音を立てて開けられた。
「追悼者だ!」キムスは叫んで、カウチの後ろに隠れようとした。
「違う、警備隊だ!」老人は叫んで、床に伏せた。
 K9は、老人の言い分のほうが正しいと判断した。そして、警備隊の一人が「こいつらを今すぐ全員殺せ!」と叫ぶの聞くと、警備隊全員に電気ショックを与えて気絶させた。
「追悼者がやって来る!」プラリックスが叫んだ。
 ドクターが彼を助け起こそうとしたが、反応はない。それだけでなく、いつの間にか室内が静まり返っている。ドクターは首の後ろが粟立つのを感じた。
「質問」K9が言った。「この人たちが追悼者ですか?」
 ドクターが振り返ると、そこには灰色の幽霊のような人々が立っていた。
 追悼者たちの目はプラリックスだけを追っていた。が、通りすがりにドクターを凝視した。
 ドクターは、宇宙の不毛さ、耐え難いまでの悲しみに押しつぶされて、意識を失った。

Part Two

第9章 The 5,000-Mile Teacup

   フィブリ氏が逃げ出したい気持ちを抑えてブリッジに入ると、看護師がキャプテンの健康診断をしている最中だった。が、計器で測るまでもなく、キャプテンの顔色を見れば具合が悪いことがわかる。時折、肩の上に乗っているオウムが室内の人々を見回したが、誰もがみじめな様子だった。
 キャプテンは看護師を払いのけて立ち上がった。
「テレパシー野郎をつかまえそこね、追悼者を殺しそこねた。ワシの辞書に失敗という言葉はないというのに。そうだろう、ミスター・フィブリ」
「仰せの通りですが、何ごとにも困難がつきものでして」
「貴様が山のエンジンを吹き飛ばしかけてからまだ2時間も経ってなかったな」
 フィブリ氏は必死で抗弁した。
「ですが、時空連続体に何かとんでもないことが起こっているのです」
 キャプテンは言い訳を受け入れる気分ではなかった。
「ならば、お前はその理由を突き止めたのか?」
「今、頑張っている最中です」
「で、失敗したというのだろう? ワシの命令に失敗したということは、即死刑ということだ!」
 キャプテンはどうにかこうにか立ち上がった。肩の上のオウムの目が赤く光った。フィブリ氏は、今度こそ殺されると、目をつぶった。
 ついに死んだ、天国の平安に包まれた、と思ったフィブリ氏が目を開けると、死んだのは自分ではなく、同じ部屋にいた別の技師だった。
 キャプテンはフィブリ氏に言った。
「さて、エンジン不調の理由をつきとめるのに時間はかからんよな?」
 キャプテンが部屋を出ていこうとすると、看護師はすかさずそばに寄って脈拍を確認した。「一言言わせていただけると、部下に仕事をさせたいならもう少しくつろいだ雰囲気を作ってあげるべきですわ。そのほうが、あなたの血圧にもよろしいかと」

 ドクターが目をさますと、K9と三人の地元住民が彼を見下ろしていた。
「何が起こった?」
「私の測定装置によりますと、マスター、波長338.79の精神念力状の力が働いたと思われます。ヴァンタラスケールで5347.2に達していました」
「精神粘液って何だ?」キムスが言った。
「精神念力、精神で物を動かす力のことだ」
「ヴァンタラうんたらは?」
「精神念力の強さを測定する単位だよ」ドクターはうんざりしながら答えた。
「プラリックスが連れ去られた! ワシの大事な孫が!」老人が叫んだ。
「大丈夫、見つけ出す」ドクターは言った。「で、追悼者はどこから来たか、知っているか?」
「知らない。奴らは幽霊みたいなものだ。みんな怖がってて、後をつけようなんて思わない」
「みんな? キムス、君もかね?」
「俺は怖がったりしない」
「でも、後をつけたことはないんだろう?」
「実は、今日こそ後をつけようと思っていた」
「私も行く!」ムラはキムスと一緒にいたい一心で声を上げた。
「絶対にダメだ」バラトンは言った。「プラリックスが死に、今度はお前まで何かあったらと思うと耐えられん」
「でも、プラリックスはまだ生きているはずだ」ドクターは言った。「殺したいだけなら、とっくにそうしている。彼らはプラリックスを必要としているんだ。それに、精神念力で攻撃された時、何かこう、人生の虚しさを伝えるメッセージが混ざっていたような……」
 が、3人はドクターの言葉を無視して誰がパラリックスを救いに行くかで揉め続け、ドクターはこの3人の誰とも一緒に荒野を長歩きしたくないと思った。
「いいかね」ドクターは声を上げた。「君たちはプラリックスを探す代わりにずっと言い合いをしているつもりなのか?」
 結局、キムスはドクターと一緒に行くと言い、パラトンは部屋を出ていき、ムラは立ちすくんだ。
 ドクターがK9に向かって追悼者を追跡できるか訊き、K9ができると答えると、そこで初めてドクターはK9と一緒にいるはずのロマーナがいないことに気がついた。
「K9、ロマーナはどこだ?」
「彼女は逮捕されています」
何だって?」
「そのことをあなたに伝えるよう彼女から申しつかりました」
「だったらなぜそうしない?」
「話そうと、これまで4回ばかり試したのですが」
「おっと」
 ムラはそっとドクターの肩に手を置いた。気の毒に、キャプテンに逮捕されたなら、その人はもう助かるまい。「ロマーナってどなた?」
「私の新しいアシスタントだ。通常、逮捕されるのは私の役目なのにな。釈放してもらいに行こう」
「釈放? 城砦から戻ってこられた人はいませんよ?」
「素晴らしい。これで救出する相手は2人になった。本当に誰も城砦から戻ってこないのか?」
「警備隊を除いてはね」
「素晴らしい。だったら警備隊をつかまえねば」
 その頃、ロマーナは空中高くに吊るされて意識を失っていた。
 街で逮捕され、警備隊のエアカーに意気揚々と自ら乗り込み、警備隊員を相手にエアカーの性能やらイライラを感じた時の対処法やらについて喋り続け、イライラした警備隊員に気絶させられたのだった。

第10章 The Kings of Alderbaran Ⅲ Make a Decision

 ドクターとムラは、気絶した警備員を家の外に引っ張り出した。
 ロマーナとプラリックス、どちらを先に助けるべきか。ドクターはコイントスをし、その結果、ロマーナを先に救出することに決めた。
 ムラは不服そうに言った。「そんなのフェアじゃない」
「いいや、フェアだとも」ドクターは言った。「私の勘だと、ロマーナのほうがプラリックスよりもずっと危険な状況にいる。それに、私はロマーナの親代わりみたいなものだから、もし彼女の身に何かあればホワイト・ガーディアンは黙ってないだろうし、そうなったら宇宙の終わりの近いだろうね。で、城砦へはどうやって行けばいい? 徒歩か?」
「私は一人ででもプラリックスを探しに行く」ムラは言い張った。
 ドクターはムラを説得するのをあきらめ、K9にムラを追悼者のところに案内するよう命じた。ムラはK9に感謝の笑みを見せた。
「俺もムラと行く」キムスが言った。ムラの笑顔がほんの少し翳った。
「残念だが、キムス、君は私と一緒に来てもらわなければならん。私はものすごく君を必要としているのだ」ドクターは、ものすごく真剣なトーンでキムスに話しかける一方で、ムラにすばやく目配せした。そして、キムスが反論する隙をあたえず引っ張っていった。

 ムラは、勇気を奮い起こし、バラトンの嘆願を押し切って、K9と一緒に兄の救出に向かった。

 ムラの前では強がっていても、キムスの本心は、革命の中心よりも古本屋の店主を望んでいた。ドクターも、キムスを買ってはいなかったが、自分の庇護下におけば何とかなるとも思っていた。
 二人は無人の広場に着いた。ここからなら、山の上にある城砦がよく見える。
「ここからあそこまでどうやって行くんだ?」ドクターは鉄道か何かが通っていることを期待して訊いた。
「警備員はエアカーを使っている」そう言ってキムスは、道路に停めてあるエアカーを指差した。
「なるほど、あれを盗めばいいんだな」
「盗むだって? あれはキャプテンのものだぞ!」
「だと思った」ドクターはにやりと笑った。

 エアカーの中で一休みしていた警備員は、どさっという音で目を覚ました。何かがエアカーのボンネットに落ちてきたらしい。手榴弾か、と警戒するも、爆発する様子はない。
 エアカーを出て近づいてみると、それは小さな紙袋だった。近づいて中を覗き込んでも、何も起こらない。が、紙袋を持ち上げると、中に入っていた虹色のつぶつぶがざーーっと散らばった。警備員がびっくりして飛び退った途端、エアカーが音を立てて飛び去っていった。

 エアカーが上昇すると、キムスはドクターに訊いた。
「さっきのアレは何だったんですか? すごい殺人兵器とか?」
「ただのゼリービーンズだよ。心配するな、まだたくさん持ってるから。君も食べてみるかい?」
 キムスはゼリービーンズを一つ手に取ったが、飲み込む勇気はなかった。

 フィブリ氏は、殺されるのを覚悟で、キャプテンに悪いニュースを伝えた。
「まだ事故の原因はわかっていませんが、ひょっとすると、我々のフィールドで未確認の物体化が起こっていた可能性があります。ですが、一番の問題はそのせいで我々のマクロマット・フィールド積算器が焼き切れてしまったことです。この装置は、別のもので代用することができません」
 ここまで喋ってなおまだ自分が生きていることにフィブリ氏は驚いていたが、さらに先を続けた。
「我々に残された選択肢は3つです。まず新しい装置を見つけることですが、現在ではまず無理かと思います。次に、この装置の代用ができるPJX18という稀少な物質を手に入れることですが、これもまた見つけるのは非常に困難です。というのも、装置の故障のせいで、多大なリスクを払った上でなお、あと1回しかジャンプできないからです」
「選択肢は3つあると言ったな」キャプテンが言った。「あとの1つは何だ?」
 今度こそ殺される、と思いながら、フィブリ氏は言った。「ここにとどまることです」
「絶対にダメだ!」キャプテンは怒鳴った。
 キャプテンは機械の腕をコンソールに突っ込んだ。火花が散り、機械でない部分に相当な苦痛を与えているはずなのに、それでもキャプテンはコンソールに突っ込み続けた。
 不思議なことに、そばにいた看護師はその場に立ち尽くしたままだった。自分の小さな黒い箱をチェックして、微笑みを浮かべてさえいる。
 フィブリ氏はキャプテンを助けようとしたが、キャプテンは機械でないほうの腕を振り回してそれを拒否した。さらに火花が散って、キャプテンは怒りと苦痛のまざったような叫び声を上げた。
 その時、ドアが開き、ロマーナが入ってきた。


 ドクターと一緒にエアカーに乗ったキムスは、興奮して歓声を上げた。
「ついに自由になった」
「君はまだ自由じゃない」ドクターは言った。
「考える自由はある! ここから見ると、街も木も鉱杭もあんなに小さい――そりゃ豪華な宝石ならいくらでも手に入るけど、ちょっとでも疑問を口にしたら殺される暮らしってのがどんなもんかわかるか? そんなもんのために、俺たちは自由を手放したんだぜ。おっと、山が見えてきた」
 ドクターは、エアカーで上空を飛んでいるせいで空気が薄いから、キムスが一時的に浮かれているのではないかとふと思った。
「ところで、鉱杭について教えてくれないか」
「稀少な物質を掘り出すところだよ」
「誰が掘るんだ?」
「俺たちみんなが、だよ。全自動だから危なくないし。実際に下に降りる必要はないんだ」
「鉱杭から掘り尽くしたら、どうなる?」
「それは……」キムスは肩をすくめた。「その時はキャプテンが新たなる繁栄の黄金時代を宣言するのさ。そうすればまたいっぱいになる」
「どうやって?」
「それが何か悪いことみたいな言い方だな。ああ、もちろん、光は変わるよ」
「光? 光って何の?」
「夜の空の光に決まってるじゃないか。ほら、あの小さいヤツ」
「星のことかね?」
「星? あんたたちはアレのことを星と呼んでるのか。へええ」
「キムス、君は星が何なのか、本当に全く知らないのか?」
「飾りか何かじゃないの?」
「つまり、君たちは宇宙について考えることすら許されてなかったんだな」ドクターは言った。「私の考えが正しければ、キムス、君は銀河一の犯罪現場の上に立っていることになる」
「ふうん、そうなんだ?」
 ドクターはエアカーを易々とブリッジに着陸させた。
「いい腕じゃないか。プロの運転手をやってるのか?」
「いや」ドクターはにやりとした。「普段は惑星を救うのが生業だよ。でも、今回は着くのがあまりに遅すぎたようだ」

第11章 The Fastest Corridor

 ロマーナは、キャプテンの姿を見て嫌悪と哀れみを感じた。元々の体と機械に置き換えられた部分との繋ぎ方は乱雑で、これでは常に痛みと怒りを抱えていたとしても不思議はない。こんな施術でよしと考えた人間は軽蔑に値する。

 キャプテンはコンソールから腕を引き抜くと、ロマーナに向かって歩いてきた。そして立ち止まると、彼女に指を向けて言った。
「言え!」
「はい?」ロマーナは丁寧に答えた。「何を?」
「お前は何者で、どうやってワシの船に侵入した?」
「船?」
「お前の名前を言え」
「ロマーナです。あなたはどこかで事故に遭われましたの?」
「黙れ!」
「どなたがあなたに手術なさったにせよ、最新の医療技術をご存知ないようですので。腕を動かすたびに変な音がするんじゃありません?」
「黙れ! それとも殺されたいか?」
 おやまあ。ロマーナは、ドクターがこの手のタイプと真面目に取り合わない理由がわかってきた気がした。ひどく残酷なこともできるかもしれないが、吠え散らかすだけで退屈きわまりない。キャプテンの肩の上のロボット鳥が片目を開いて鳴き出したが、ロマーナは少しの注意も払わず沈思を続けた。
 キャプテンは、ロマーナがおとなしく自分に従う気になったのだと勘違いした。
「さて、お嬢ちゃん。どうしてこの惑星に来ようと思ったのかな?」
「お嬢ちゃんですって? 私は見かけより歳をとっているのよ」
「それはみんなも同じだよ。で、どうやってここまで来たんだね?」
「余計なお世話ですわ」ロマーナはにっこり笑って答えた。
 ロボット鳥の目から光のビームが出て、ロマーナの近くにあった椅子を破壊した。
「どうやって来た、死にたくなければ言え!」
「ターディスで」
「ターディスだと、ターディスとは何だ!」
「私の船です。私はタイム・ロード、厳密に言うと正式なタイム・ロードになる一歩手前で、まだ合格しなくちゃいけない試験もありますし、退屈なディナーもこなさないと……」
「もっと簡潔に話せ! お前の職務は何だ?」
「タイム・ロードとして、宇宙を旅して回って……」
「ふん、宇宙の盗人小僧ってことか」
「それから、時間も旅します。だからタイム・ロードなんです」
「時間を旅するだと、そんなバカな話、聞いたこともない」
「あら、難しすぎる概念でしたかしら?」
 この発言がキャプテンの怒りに火を注いだ。「今すぐ死刑だ!」
「死刑! 死刑!」ロボット鳥が鳴きながらロマーナに突っ込んできた瞬間、ヘンな小男が部屋に飛び込んできて手に持ったクリップボードでロボット鳥を追い払って言った。「キャプテン、彼女が言っていることが本当なら、彼女は我々の助けになるのではありませんか?」
「本当なら、だと? ただの戯言に決まっている、さっさと処刑しろ!」
 ロボット鳥が再びロマーナに狙いを定めた時、今度はキャプテンの看護師がブリッジに入ってきた。すると、鳥は空中で停止し、看護師の肩に停まった。
「キャプテン」看護師はなだめるように言った。「お邪魔して申し訳ありませんが、1日に1回以上処刑するのは興奮しすぎて血圧によくありません。処刑は明日に延期なさってはいかがでしょうか。それに、時間旅行だなんて、空想話だとしてもおもしろそうじゃありませんか。彼女の船がどのような仕組みで動いているのか、処刑は訊いてみてからでもよろしいのでは?」看護師が促すと、ロボット鳥はキャプテンの元に戻った。
 看護師のとりなしに、キャプテンは気を変えた。「よろしい、お前の空想を喋ってみろ」
「ざっくり言うと、ターディスは非物質化して時空渦を抜けた後、指定したところで再物質化するんです」
 クリップボードを持った小男と看護師はにわかに前のめりになり、キャプテンは二人を制して言った。
「これはこれは、ゆっくり話をしたほうがよさそうだ」
「つまり、私の死刑は取り消しってことかしら?」
「それはお前の話がどこまで本当かに依る」
「それならよかった。看護師さん、私もあなたに賛成します。私の処刑であなたの血圧に悪影響を与えることは、私の望むところではありませんもの。いつ何時、関節の一つが吹っ飛ぶやもしれませんわ」

 K9はムラを街の外の砂漠へと連れて行った。二人はほとんど言葉を交わさなかったが、ムラはK9を信頼していた。K9は、ドクターが新しくしてくれたエンジンのおかげで砂の上を滑らかに進めることを喜んでいた。前のに比べて性能が42パーセントも良くなっている。

 ドクターとキムスを乗せたエアカーは山の上にたどり着いた。入り口の扉には鍵がかかっており、開けるのは不可能だとキムスは言い、ドクターはソニック・スクリュードライバーを扉に向けた。どんな鍵で開けられるはずなのに、何も起こらない。
「何も起こらないぞ!」キムスが嬉しそうに言った。
 ドクターはポケットから小さな金属を取り出した。聞かれれば、それは元はマリー・アントワネットのものだったと答えただろう。
「曲がったヘアピンだ」ドクターは言い、ドアの鍵に差し入れた。カチッという音がして、扉が開いた。
 キムスは驚きの目をドクターに向けた。「どうやったんだ?」
 ドクターは肩をすくめた。「洗練されすぎたやり方では、時として原始的な攻撃に対処できない。難しく考えすぎないのも大事ってことだ。じゃあ行こうか」
 中に入ると、そこにはたくさんの通路があった。キムスは闇雲に走り出そうとしたが、懸命に走っても同じ場所から先に進めない。ドクターは手を伸ばしてキムスをつかみ、引き戻した。
「キムス、君にやってほしい重要な仕事がある。銃を持って入り口をガードしてくれ」
「俺を置いて自分だけ中に入るって言うのか?」
「悪いが、キムス、君に今できる一番重要な仕事なんだ。ここには君には理解できないものがたくさんある。リニア式通路もその一つだ。後で説明しよう」
 そう言うと、ドクターは壁のボタンを押し、通路に乗ると、ものすごい速度で去っていった。
 キムスはため息をついて銃を手に取り、岩に向かって射撃の練習を始めた。

 ドクターは、通路の上で、興奮を抑えようとしていた。非常に効果的な乗り物だが、ちょっと早すぎる。早すぎて、ポケットに手を伸ばすこともできない。バランスを崩したら致命的なことになりそうだ。体勢を立て直したが、今度は壁が迫ってくる。彼は叫び声をあげたが、すんでのところで死角になっていたコーナーに外れて助かった。
 ドクターは山の中心にたどり着いたのだった。

第12章 The Astromobile Association

 ロマーナは巨大な、焼けこげた部品を検分した。そんなロマーナを、キャプテンとフィブリ氏がすぐ近くで観察し、そんなキャプテンを看護師が見守っている。
「恥ずかしながら私、宇宙工学の試験で不合格になったのよね。何かヒントはないかしら。元が何だったにせよ、すっかり壊れているみたいだけど」
「その程度のことならガキでも言える!」キャプテンは吠えた。「まもなく時間切れだぞ」
「あら、時間制限があるとは知らなかったわ」ロマーナはキューブを拾い上げ、フィブリ氏に向かって放り投げたが、彼はまんまと受け取りそびれ、キューブは床に落ちた。「ひょっとすると、これはマクロマット空間積分器かしら?」
 キャプテンの顔がわずかに輝いた。「ほう、わかってるじゃないか」
「でも、普通はこんなに大きくないんですけどね。もともと、もっと大きな非物質化サーキットの中に組み込まれているものだし」
 ロマーナは、キャプテンとフィブリ氏と看護師が顔を見合わせてにやにや笑っていることに気づいた。キャプテンが身を乗り出すようにして言った。
「ざっくり言うと、これは空間を瞬時に移動するための乗り物の一部なのだよ」
「え、この山全体がってこと? あなたがたはわざわざ山ごと移動しているの? スキーのマニアか何かなの?」

 スキーと言えば、ドクターは今まさに山の上ならぬ中を猛スピードで移動しているところだった。今度こそぶつかる、というすんでのところで角を曲がるのだが、わかっていても恐怖のあまり顔を手で覆ってしまう。どんな敵と戦った時も、これほどの恐怖は感じなかった。
 が、それは止まった。気がついたら廊下の端に立っていて、壁までほんの数ミリの距離だった。
 ドアはない。後ろで、金属製のシャッターが降りた。閉じ込められたかと思いきや、よく見ると金属製のシャッターの脇にパネルがある。シャッターと思われたものは、エレベーターだった。

 ムラと一緒に砂漠を歩いていたK9は、山のふもとにこんな砂漠がある不自然さに気がついた。「この砂漠は間違っています」
 「そうね、私もそう思う」ムラは言った。「曽祖父の時代、ここは畑だったそうよ。かつてこの地は悪い女王がおさめていて、女王が死ぬと同時に作物が実らなくなったの。青々とした大地だったけど、暮らしぶりはひどく貧しかった。そこにキャプテンがやってきて、繁栄の黄金時代が始まった。私たちはみんな大金持ちになったけれど、繁栄の時代が来るたびに作物が枯れ、草地は減ってしまった」
 K9はこの情報を整理して保存した。

 ロマーナはマクロマット空間積分器の残骸を検査しながらああでもないこうでもないと喋り続けている。キャプテンはフィブリ氏をそばに呼んで小声で訊いた。「彼女は直せると思うかね?」
「話の内容に筋は通っていますが、修理できるかというと話は別です。キャプテン、私としては彼女の宇宙船を奪うほうが話が早いと思うのですが」
「フィブリ氏よ、ワシはさらにその先まで考えておるぞ。彼女は惑星ザナックから離れることは許さないのだから、彼女にはもう宇宙船は必要ない。しかしながら、彼女がマクロマット空間積分器を修理してくれたら、それに越したことはない」
 キャプテンはロマーナに近づいた。
「どうだ、直せそうか?」
「そうね、私が自分で治すのは難しそう。私は所詮「宇宙小僧」だもの」ロマーナはニヤッと笑って言った。「ドクターにお願いしたほうがいいんじゃないかしら」
「ドクターだと? どのドクターだ?」
「ドクターは侵入者よ。私よりはるかにすごい経験と知識を持っている。私は彼の助手にすぎないわ」
 キャプテンはマイクロフォンを手に取り、大声で命令を下した。「全警備員に告ぐ! ドクターという男を捕まえて直ちにブリッジまで連れてこい!」
 その時、ブリッジのドアが開き、ドクターが入ってきた。

 キャプテンの警備員たちは、ドクターを無視して通り過ぎていった。この惑星はこれまでずっと彼をないがしろにしてきたが、これ以上はごめんだ。彼は警備員の一人の腕を掴んだ。
「こんにちわ、私はドクターだ」
 警備員を振り払い、ドクターはブリッジの中央に進み出た。イカれたサイボーグ、技術者の一団、看護師、ロマーナ、そしてロボットオウム。ようやく役者が揃った。
「貴様は誰だ?」サイボーグが吠えた。
「やあ、私はドクターだ」彼はキャプテンを無視してフィブリ氏に近づいた。「何かお手伝いできることはありますかな?」
 キャプテンが唸り声を上げ、フィブリ氏がビクついたのを見て、ドクターはキャプテンに向き直った。
「あなたがキャプテンかな? お会いできて嬉しいな、何しろあなたの素晴らしい評判を怯え切った住民たちからたっぷり聞かされましたからね。私のアシスタントのロマーナにはもうお会いになったようですね。ここは素晴らしい場所ですが、何やらトラブルの匂いがします。私に手助けできるといいのですが?」
「こいつをつかまえろ!」キャプテンが叫んだ。
 ドクターはにやりと笑った。随分と見くびられたものだ。
 彼は何の抵抗もせず、すんなり捕えられた。
 キャプテンがドクターに近づいてきて言った。「傲慢な物言いをしたことを後悔させてやるぞ」
「それはそれは、何をされるかきちんと見届ける前にうっかり死なないよう気をつけないとね。それはそうと、素敵なオウムですな。私は常々オウムのことが大好きで、ロボットのオウムというのは掃除の必要がなくてますますいい。かわいいポリーちゃん、かわいいポリーちゃんだね?」
 ロマーナはオウムが目を丸くするのを初めて見た。
「ドクター、私のオウムは死を運ぶ……」
「なら獣医に見せないと」ドクターの見事な返しにロマーナはくすくす笑った。
「死の光線を浴びたくなければ、貴様が私に何ができるか言え」
「私とロマーナは宇宙船修理組合の巡回員で、壊れた宇宙船を修理して回っているんですよ。このエリアで混乱が起きているとの情報を掴んだから、お役に立てるんじゃないかと思
ってやってきたまでで。修理費はリーズナブルですよ、特に銀河銀行のクレジットカードをお持ちなら」
 キャプテンはドクターをしげしげと見た。「ワシはクレジットカードは持っておらん。が、うまく修理してくれたらお前たちを大金持ちにしてやる」
「素晴らしい。では故障箇所を見せていただいても?」
 ドクターは苦もなく警備員の手を逃れ、ロマーナから壊れた部品を受け取った。
「マクロマット空間積分器か。すっかり壊れているな」
「そうなの」
 ほんの一瞬、二人のタイム・ロードは目と目を合わせた。ロマーナは、ドクターがいてくれて良かったと思った。
「これはもう直しようがない。それにしても、どんな状況でこうなったのかがわかれば、同じトラブルを起こさずに済む。これもサービスの一環ですよ」
「その通り」ロマーナが明るく言った。「こちらのみなさんは、ものすごく大きなエンジンをお持ちなの。山ごと空を飛べるんですって」
「山ごと? それはすごい。ぜひ拝見したいな」
「ワシのエンジンを見ることはまかりならん!」キャプテンが怒鳴り、そんなキャプテンに看護師が警戒の目を向けた。
「それは残念。だとしたら、私たちにできることは何もありませんな」ドクターは部品を床に落とした。「せいぜい文鎮としてお使いください。じゃあ行こうか、ロマーナ、壊れた銀河バイパスがあって、修理が必要らしいよ」
 ドクターはロマーナと連れ立って出口に向かおうとした。
「そうはさせん」キャプテンは唸るように言った。「コンピュータによると、貴様らにはまだできることがあるそうだ」
「そのコンピュータが間違っているのでは?」
 キャプテンは警備員に言った。「こいつらを捕まえて”Knowhere”に連れていけ」

 ムラがK9を好きになった理由の一つが、彼は事実に基づいて話すことだった。彼なりの意見は持っているけれど、他の男たちと違って、あくまで事実に基づいている。
「あなたはそれをどうやってるの?」
「それ、を定義してください」
「行き先を見つけるというか決めるというか……」
「テレパシーの痕跡を探ってその跡を辿っています」
「私たちは山から遠く離れることがなくて……他にも街はあるんだろうけど、行ったことはないの」
「私たちは北に向かっています。この方角には何がありますか?」
「知らない。昔はあちこち旅したこともあったようだけど、最近はみんな街から出ないし」
「それはあなたの原始的な超自然的神話のせいですか?」
「説明するのが難しいんだけど、最近では街の方向というのがよくわからないの。かつての女王の呪いのせいだと言われているわ」
 K9はこの説明を却下した。起こっている現象を解析せねば。全人口が方向音痴になる、そのことと作物が枯れることとの関係は? ミネラル豊富な惑星がゆっくりと死に向かっているといった単純なことではなく、何かもっとひどいことが起こっている、と、K9は分析した。

第13章 Try Not to Think of Anything Annoying

 ドクターとロマーナは、白い巨大な拷問用の箱に入れられた。この箱の中では、コンピュータが人の心を読み取って、その人が恐れているものを再現する仕組みになっている。
 白い箱の壁が閉じられ、暗闇の中から何かマシンのようなものが近づいてきた。
「ドク……タ……」そのマシンは声を上げ、目を赤く光らせた。
「ダーレクだ」ドクターは苦々しげに言った。
「そのようですわね」ロマーナは言った。「前から近くで見てみたいと思っていたけれど、案外小さいのね」
 ドクターは思わずダーレクを擁護した。「彼らは宇宙一凶悪な生き物なんだぞ」
「それはそうでしょうけど。でも、ここにいるのは本物じゃなくて単なる投影でしょう?」
 ロマーナはダーレクに手を伸ばした。
「ロマーナ、ダーレクに触るんじゃない。おもちゃじゃないんだ」
 ロマーナの手は空中で止まった。「すごくよく出来ている。アカデミーの授業にも使えるんじゃないかしら。この手のようなものは何?」
 その手のようなものがロマーナを指差し、ドクターが止める間もなくロマーナを撃った。

「あら」ロマーナは言った。
「え?」ドクターは言った。
「結構ヒリヒリする」ロマーナはダーレクを非難の目で見た。「こんなことをする必要はないでしょう」
 ダーレクはドクターに向き直った。「絶滅せよ」
「おっと」ドクターは顔をしかめた。
「ほらね。ちょっとした電気ショックでしかない」
 ダーレクはまたドクターを撃った。ドクターは悲鳴を上げた。
「大げさな」
「大げさじゃない、だんだん痛みが強くなっている。今はただの投影かもしれないが、どんどん力を増していくぞ」
 ダーレクはロマーナを撃った。ロマーナは壁に叩きつけられた。「あら、本当だ。ここから逃げ出さないと」
 だが、白い箱そのものはあまり大きくないので、逃げ場はない。ロマーナを見つけるダーレクの目は何の感情もなく、ただロマーナの存在を分析している。
 ロマーナはいささか冷静さを失って言った。「ドクター、私、こいつのことが嫌い」
 その時、ダーレクが消えた。と、同時に、大量の水が壁から出てきた。
「必死で他のものについて考えたんだ」ドクターは水と格闘しながら言った。「溺れる心配はしたことがなかった」
 ロマーナは水の冷たさに喘ぎながら言った。「もっとマシなものを想像できなかったんですか?」
「たった今、ダーレクから救ってやったばかりだぞ!」
 ドクターは一瞬、水の中に潜り、再び顔を出した。
「水の中に何かいる!」
 ロマーナの足に何かが触れ、彼女はパニックを起こした。

 咄嗟にロマーナが思いついた「恐怖」は、砂漠の砂に埋もれることだった。ドクターとロマーナは首まで砂に埋まっていて、じわじわと沈みつつある。
「この投影は、実際に砂に沈むことじゃない。あくまで沈むことへの恐怖なんだ」
 ドクターは完全に砂に覆われた。

 ドクターが目をあけると、そこはターディスの中だった。Knowhere を出し抜くことに成功したようだ。キャプテンについてロマーナが言っていたことは正しかった。しかし、ロマーナの姿は見当たらない。きっと図書室の整理でもしているのだろう。K9もいない。あちこちドアを開けて呼んでみたが、返事がない。振り返ってターディスのコンソールを見やったら、コンソールが消えている。ターディスは、何もないただの箱になっている。仲間もおらず、出口もない。ひとりぼっちで、どこにも行けない。

 Knowhereはやり遂げた。ついにドクターがもっとも恐れているものを突き止めたのだ。

 その一方、Knowhere はロマーナには手を焼いていた。確かにロマーナは学校の試験結果をひどく恐れていたが、すでに最高の成績で卒業している。確かにロマーナは将来のキャリアについて少し不安に思っているが、自分にもギャリフレイにも自信を持っている。「時の鍵」の任務をうまくこなせるか心配しているものの、ドクターと一緒なら大丈夫だと思っている。
 まさかKnowhereのほうからあきらめられたとは露知らず、ロマーナは精神攻撃の再開に備えて床に座り、鼻歌を歌い始めた。

 一人でターディスにとじこめられていたドクターの耳に、何やら聞こえてきた。何もないターディスの中心部から廊下に出ると、ロマーナが座って鼻歌を歌っていた。
「間違いなく投影だな」ドクターは不機嫌そうにつぶやいた。
「そしてあなたは間違いなくご機嫌ななめね」
「やっぱり投影だ」
 ロマーナは眉をひそめた。「本当にそう思う?」
「どうやってKnowhereを躱した?」
「よくわからないけど、きっと飽きられたんじゃないかしら。あなたのほうがおもしろそうって思われたのよ」

 看護師はKnowhereを開けると、ドクターとロマーナが床に座ってのんびりくつろいでいるのを見て驚いた。
「結局、拷問でも何でもなかったわね」ロマーナが言った。
 ドクターは看護師に笑顔を向け、丁重にお辞儀して見せた。

 看護師は二人を廊下に連れ出した。
「君はおしゃべりじゃないようだね」ドクターは言った。
「まだちゃんとお礼を言えてなかったね」ロマーナが言った。
 看護師は肩をすくめた。「私の仕事はキャプテンの健康に気を配ることです。あなたがたの死がキャプテンの健康にいいとは思いません」
「肩から下げている箱がキャプテンの診療カルテ? 見せてもらってもいい?」
 ドクターは手を伸ばしたが、看護師は躱した。
「患者の個人情報はお見せできません」
 看護師は二人をエレベーターに連れて行った。
「キャプテンは不本意ながらもあなたがたにエンジンを診てほしいと考えるはずです」

 その頃、キムスはエアカーのそばでいかに自分をかっこよく見せるかに腐心していた。その時、風を切る音が聞こえ、何事かと振り返ると、石が投げられたのだった。
 ムラは依然としてK9と一緒に追悼者の跡を追っていたが、疲れを感じ始めていた。

 山の中には巨大な空間があり、そのほとんどは巨大エンジンで埋まっていた。その光景はドクターとロマーナを心底驚かせた。

 フィブリ氏とキャプテンは、少し離れたところからドクターとロマーナの様子を伺っていた。
「どうして彼らを信用するのですか?」フィブリ氏は聞いた。
「信用するだと? ヤツらの真の狙いを探りたいだけだ。Knowhereに対処できるだけの訓練を積んだ者たちだ、おそらく時間かせぎをしたいんだろうが、それならエンジンをいじっていてもらおうじゃないか」
「時間かせぎって、何のために?」
「それをこれから探ろうというのだ。ヤツらがどこからどうやってここに来たにせよ、ヤツらの船を我が物にしなくてはならん。それに、決め手のカードはこちらが握っている」
「カード?」
「死のカードだよ、死のカードはエースだ」
 看護師がキャプテンに近づいて言った。
「死のことばかり考えてはいけません」
「死のエースを使うのだ」
「どうか、エースよりクイーンのほうが強いことをお忘れなく」

 ロマーナはエンジンの巨大さに圧倒されながらも、効率の悪い作りになっているとも思った。
「うひゃあ」ドクターが声を上げると、その声が壁に反響した。
「すごいですね」ロマーナは言った。
「すごいと言えばすごいね」
 ドクターは広大な部屋の中心に立ち、そのスケールに感じ入った。
「ある程度予想していたとは言え、これほどとはな」ドクターはキャプテンに明るく手を振ってから、透明のバルブが並んでいるところへと向かった。「仕事をしているフリをするんだ。このバルブは何で出来ていると思う?」
「かなり珍しい……でもちょっと初期のタイム・ロードのテクノロジーに似ている気がします」
「その通り」
「つまり、この山全体がいわばターディスみたいなものだと?」
「狡猾だよ、ロマーナ、実に狡猾だ。事態は君が想像しているよりもっと悪い。キャプテンは我々をいたぶっている。我々がどこからどうやってここに来たか、彼は知りたがっていたよね?」
「我々がここに来た理由は「時の鍵」を探すためです」ロマーナは追跡装置を取り出した。何かがおかしい。「このエンジンの一部が「時の鍵」だってことはありえるのかしら?」
 ロマーナは追跡装置を軽く振ってみたが、やはり反応している。「惑星カルフラックスがどこかに置き換えられたのだとしたら、どうして今ここで反応するんでしょう?」
「それが答えだ。ロマーナ、私の考えが正しければ、我々は銀河を震撼させるほどにめちゃくちゃな犯罪行為と向き合っていることになるぞ」
「何ですって? このエンジンが?」
「そうだ。急いでここを出て街に戻らねばならん」

 遠くからフィブリ氏がドクターを呼んでいる。「そちらの様子はいかがですか?」
「どうやら問題の根幹がわかったぞ。この件について話をしたいんだが」
「喜んで!」
 フィブリ氏が見回すと、いつの間にか看護師は姿を消していた。彼は警備員にドクターたちを連れてくるよう伝えると、キャプテンに向き直った。「彼は本当にこの山が宇宙船だと思っているでしょうか?」
「いいや」しばらく考えてからキャプテンは言った。「ヤツは真実に近づいている。でも、真実はヤツの助けにはならん」
 キャプテンは、大きな振り子が行ったり来たりしているのを見ながら、ニヤリを笑った。

 すっかり退屈したキムスは、地面に腰を下ろして居眠りを始めた。

「そちらさんのマシンは間違いなく壊れる寸前ですな。でも、我々なら修理できますよ」
「サボタージュしようなどと考えたら、目にものを見せてくれるぞ?」
「サボタージュですと? 私の沽券にかかわりますな」
「沽券ではなく生命だ」
「命懸けですか、なるほど、でもまず修理の道具を取りに私たちの船に戻らなくては」
「ならば、女はここに残れ」
「そうしたいところですが」ドクターは心から残念に思ってる風を装って言った。「ターディスを開けるには、我々が二人一緒でないとならないのです」
 ドクターはロマーナにウィンクし、ロマーナは生まれて初めてウィンクを返した。
 が、キャプテンを欺くには足りなかったようだ。「この嘘つきめ!」
「いえいえ、貴重な装備が積んである船ですからね、宇宙船修理協会の推奨なんです」
 キャプテンは、ドクターとロマーナをターディスのところに連れて行くよう警備員に命じた。
 ロマーナは、ドクターの策略を掴みきれずに混乱していた。が、生きてこの城砦を出られるのは良いことだ。多くの情報を得られたものの、あまりに危険な場所だった。

 キャプテンはドクターとロマーナが歩み去るのを見送ると、フィブリ氏に言った。「あいつらを殺すのはさぞ楽しかろうて」
 ドクターとロマーナが彼らの宇宙船の扉を開ければ、中に隠された秘密がわかる。そうなれば、ついに自慢の逸品を放つことができる。

第14章 The Waters of Calufrax

 キムスが油断し切っているところに、警備員が忍び寄ろうとしている。

 ドクターは、自分とロマーナを連行する警備員たちにも陽気に話しかけた。「一日中立って警備にあたるというのは、随分とキツいだろうね」
 警備員たちは無言のままドクターとロマーナをエレベーターに押しやり、エレベーターが止まると高速移動の廊下に二人を乗せた。ロマーナは、ドクターが自分の手を握るのを感じたが、自分のバランスを取るためなのか、それともロマーナを気遣ってのことなのか、どちらなんだろうと思った。
 廊下の終点で、ロマーナはすんなりと降りた。ドクターはというと、顔が青ざめている。
「大丈夫ですか、ドクター?」
「もちろん」そう言ってドクターは唾を飲み込み、壁によりかかった。
「いいコンセプトだと思うわ」ロマーナは警備員たちに向かって言った。「これもキャプテンが発明したの?」
 警備員は答えない。
「きっと彼が発明したのね。ほんと、いいアイディアよ。ただ、ちょっと遅いけど」
「ふむ」ドクターはそっと壁から離れ、出口に向かってよろよろと進み始めた。

 キムスは警備員と格闘中だ。警備員はキムスに向かって発泡し、キムスは身を隠すために入り口に向かって走った。

 ドクターたちの目に、走ってくるキムスの姿が見えた。ドクターは飛び込んできたキムスとロマーナを抱えてしゃがみ込んだ。キムスを撃とうとして、キムスを追ってきた警備員とドクターを連れてきた警備員たちが相撃ちになり、三人の警備員全員が地面に倒れた。
 ロマーナは、床に縮こまったままのキムスを見下ろしながら言った。「ドクター、こちらはどなた?」
「キムスといって、恐れ知らずの革命軍リーダーだよ。キャプテンを倒そうと意気込んでるんだ」
「あら。はじめまして」
 キムスは、ロマーナを一目みるなり相好を崩した。やれやれ、と、ドクターは思った。
「キムス、エアカーは無事なんだろうな?」
「ええ」キムスはロマーナから目を離さず、にまにましている。
「それならいい。謎の炭鉱の調査に行くぞ」
 ロマーナは、ドクターより一足先にエアカーの運転席に滑り込んだ。「私が運転します」

「疲れるってことはないの?」ムラはK9に訊いた。
「ありません。今はソーラーエネルギーをチャージしていますから」
「ソーラー?」
「太陽のことです」
「ああ、空に浮かんだ大きな明かりのことね」
「はい、あなたの惑星には二つあるので、チャージするには便利です」
「それはよかった。昨日は一つしかなかったのよ」
「そんなことはありません」
「そうなのよ。好都合だったわね」
 K9は、ムラは率直で嘘をついたりしない人間だと見做していた。ムラの言う通りだとすると、つい最近、この惑星に二つ目の太陽ができたことになる。
「テレパシーの痕跡はここまでです」K9は言った。「ここでドクターたちを待ちましょう」
 二人の前には小さな洞窟があった。
 ムラは洞窟の中に入って行った。ほんの少しためらった後、K9もムラに続いた。

 ロマーナはエアカーをスムーズに操縦した。
「あのエンジンについてどう思う?」ドクターはロマーナに言った。
「古いFタイプのターディスのエンジンに似ていますが、時間を旅することはできませんね」
「他に気づいたことは?」
 ロマーナの挙げた事柄に、ドクターは首を振り続けた。
「これ以上何があるというんです?」ロマーナは言った。
「降参するかね?」
「ええ、降参します」
「あのエンジンの問題は、あまりに大きいってことだよ」
「そりゃ、山を動かすんですから」
「キャプテンがそう言ったのかね?」
「そう言われたわけではないけれど……」
「そうだろうとも。あのエンジンのパワーははるかに巨大だからな」
「山よりも大きなものを動かすと?」
「もっともっと大きなものを、な」
 キムスが砂漠の端に見えてきた低木地を指差して言った。
「炭鉱まであと少しです。日が暮れてきたので、まもなく閉まるでしょう」
「よし。見つからないように着陸しよう」
 ロマーナがエアカーをスムーズに着陸させると、ドクターはエアカーを出て、門の鍵をあっさり解除し、炭鉱の中に入っていった。

 洞窟は巨大だったが、K9は追跡者の後を簡単に辿ることができた。ムラは、閉所恐怖症に襲われつつも、それ以上に悲しい気持ちになって涙が止まらなくなった。
「K9、あなたは何か感じない?」
「感じません」
「すごくみじめな気分がするの」
 K9はセンサー機能を上げた。
「テレパシーの波動を感知しました。空気中に悲しみが漂っています」
 二人はトンネルの先へと進んだ。
 ほんの一瞬、ムラは身を翻して家に帰りたいと思った。が、手遅れになる前にプラリックスを救わなければならない。それに、トンネルの先に何があるか、知りたくてたまらない。

 ブリッジに戻ったキャプテンは、「15分以内にあの二人を捕まえろ、さもなければ待っているのは死だ!」と怒鳴りつけた。
 が、椅子に座ると、キャプテンはフィブリ氏に向かってにやりと笑った。「ムカつく連中だったが、でもおもしろかったな」

 炭鉱の中は、すべての作業が自動化されているため、誰もいなかった。
「昔は大勢が働いていたんだがな」キムスは言った。「今じゃみんな金持ちになったから、たまに検査する以外は誰も来ない。キャプテンのせいで、みんな怠け者の豚になったんだ」
「じゃあ君は炭鉱で働くほうがいいんだね?」
「いや、そんなことはない」キムスはドクターに揶揄われていることに全く気付かないまま答えた。「土まみれで働く人たちに尊敬を抱いている、というだけさ」
 彼は力をこめて鉄扉を開けた。「エレベーターシャフトに繋がってる。もう何年も誰も使ってないけどな」
「どうして?」
「死刑になるからさ」
「そりゃ使う気になれんな」
 ロマーナはエレベーターを見て言った。「メンテナンスはされているようね」
「どこに辿り着くか、行ってみようじゃないか」ドクターはひょいと乗り込んだ。ロマーナは腹を括って足を踏み入れ、キムスも恐る恐る後に続いた。
 ドクターがボタンを押すと、エレベーターは猛スピードで下降し始めた。
「すごい速さですね」ロマーナが言った。
 ドクターは頷いた。「相当地下深くまで行くことになるぞ」

 ブリッジに警報が鳴り響き、フィブリ氏は慌ててチェックした。「炭鉱のシャフト?」
 カメラには、ドクターたち三人の姿が映っていた。キャプテンは怒声を上げた。「警備員は今すぐ全員炭鉱に休校せよ! 連中は何としても捕まえねばならん!」
 キャプテンはフィブリ氏の肩を掴んだ。「貴様は連中の助けなしでヤツらの宇宙船を解体し、仕組みを理解せにゃならん。ヤツらがエレベーターの最下部にたどり着いたら、生かしてはおけぬ。絶対にだ!」


 K9とムラは、トンネルの終わりに到達した。そこは、小部屋のようになっている。
 部屋の中央には、ホコリの山が二つある。ムラが近づくと、光り出した。
「ダイヤモンドかしら?」
「違います」K9は言った。
 ホコリはさらに輝きを増し、空中に舞い上がってぐるぐる回り始めた。そして、ドクターの姿を映し出した。

 警備員たちは打ち捨てられた炭鉱に行き当たった。スピーカーから、キャプテンの声が聞こえてきた。「よそ者を探し出せ! 見つけ次第、殺せ!」

 ロマーナはエレベーターが好きになれなかった。ケーブルがついた金属の箱でしかなく、ケーブルが切れたら一貫の終わり。ドクターは鼻歌を歌っているが、それは不安な気持ちが強すぎていつものようにおしゃべりすることもできないからだ。エレベーターが無事に底まで降りきって停止した時、ロマーナは心からほっとした。
「どうやら着いたようだな」ドクターは険しい表情で言った。

「気をつけて」K9は言った。「誰かいます」
 ホコリが描き出すドクターの姿に気を取られていたムラが振り返ると、追悼者たちの群れが彼女に向かって近づいてくるところだった。
「K9、この人たちを撃って!」
「できません」
 追悼者の一人が手を伸ばしてムラの腰を掴んだ。ムラは、かつては女性だったと思われる人の顔を見つめて言った。
「あなたたちはプラレックスに何をしたの?」
 女性のシワだらけの顔が、笑ったように見えた。

 ロマーナは薄明かりのする方向に目を向けながら言った。「ドクター、ここはどこ? ひどく寒いんだけど」
「寒いし、湿っぽいな」ドクターは懐中電灯を取り出して辺りを照らした。「足元に気をつけて」
 ドクターが懐中電灯を上に向けると、格子状になった巨大な金属が果てしなく伸び広がっていた。
「随分と巨大な空間が広がっているみたいね」
「ロマーナ、私の思った通りだ。この惑星は、中が完全に空洞なんだ」
「空洞って、どういう意味ですか? 空洞だとしたら、今私たちが立っているのは何――ドクター、懐中電灯を貸して!」
 ドクターから懐中電灯を手渡されたロマーナは、足元を照らした。何か、おかしいところがあるはずだ。でも、単に水が流れているだけだった。
 キムスにも訳がわからなかった。地下に降りたのは初めてだが、どうして川が流れているんだろう。「さっぱりわからん。ここはどこだ?」
「キムス、ここはもう君の世界じゃないんだ」ドクターは言った。
 ロマーナは身をかがめて水と土を確かめた。
「ごく普通の土だけど、でも水はともかく土と植物はこの惑星のものじゃない」
 ドクターはキムスに向かって言った。「いいか、キムス、夜空の星が頻繁に入れ替わっていたのは、キャプテンがエンジンを動かすたびに、山ではなく、惑星丸ごと移動させていたからだ。巨大エンジンで銀河を横切り、獲物を見つけては実体化させていた」
「他の惑星を餌食にしていたのね」ロマーナはぞっとした。
「空っぽの空間に惑星を丸ごと取り込んで、掘削して貴重な鉱物を取り出しては、残りを放置していたんだ」
「つまり、私たちは今、かつての惑星カルフラックスの上に立っているのね」
「海賊惑星のザナックに襲われて、キャプテンの指示で中身を吸い尽くされたんだ」
 キムスは川の岸から小石を拾い上げて言った。「ひょっとして、俺たちの富は他の惑星から奪い取ったってこと? 俺たちと同じような、他の世界から?」
 ドクターは頷いた。
「通りで拾い上げたウーリオンという宝石のことを覚えているかね?」ドクターはポケットからその宝石を取り出した。「あの石が取れるバンドラギヌス第5惑星は、どこかで聞いた覚えがあると思ってたんだが、100年ほど前、ある日突然姿を消したんだ。その惑星に住んでいた何億もの人ともども、ほんの一瞬でね」ドクターは宝石を川の流れの中に落とした。
 キムスは言った。
「バンドラギヌス第5惑星よ、我が命に変えても復讐を果たすと誓う」ヒーローっぽい言い回しではなったが、心がこもっているとは言い難かった。

 ロマーナはポケットから「時の鍵」の追跡装置を取り出した。惑星ザナックスの地表にいた時よりも強く反応している。
「時の鍵はこのあたりのどこかにあるはずよ」
 何かを発見したらしいキムスが駆け寄ってきた。
「ドクター」そう言いかけた時、何ものかが彼を背後から撃った。
 キャプテンの警備員たちが、天井の格子の上で銃を構えていた。ドクターとロマーナは、キムスの体を引きずって隠れようとした。絶体絶命と思われたその時、警備員たちを囲むように追悼者たちが現れた。
 そのうちの一人は、プラリックスだった。
「追悼者たちはあなたがたをお呼びです」

Part Three

第15章 Bad Omens

 キムスは、自分が死んでいないことに気づいて少し驚いた。警備員たちは人を狙って撃って外すことなどまずないのに。追悼者たちに気を取られたせいだろうか。その追悼者たちも、いつもと違って見える。いつもより強気な感じがする。
 追悼者たちに襲われた者は、殺されたり食われたりするのではなく、彼らの仲間になる。キムスには、プラリックスは追悼者になってからのほうがしっくりきているように見えた。ムラに納得してもらえる気はしなかったけれど。
 警備員たちはこの状況をどう乗り切るべきかを考え、動きを止めていたが、彼らはもともとキャプテンから考えて行動するよう指導されていなかったため、警備員の一人が叫んだ。
「やつらを撃て!」
 闇雲な発泡が始まった。
 これで終わりだ、と、プラリックスはかすかに笑った。すると、すべての光線が突然おのれの実存の不毛を悟ったかのごとく、地に落ちた。
 他の追悼者たちは、警備員たちに向かって微笑みかけた。警備員たちは後ずさり、撃とうとしたが、自分の行動への疑念が高まりすぎて息もできなくなり、地面に倒れてしまった。
「なんとまあ」ドクターは言った。
「私たちと一緒に来てください」プラリックスが言った。
 プラリックスに促され、追悼者たちの後を追ってカルフラックスの地表を歩きながら、ドクターは言った。
「こんなことになって残念だ。追悼者たちは市民から化け物扱いされていたが、数時間前に私に精神攻撃を仕掛けてきた時に――」
「彼らはあなたを攻撃したんですか?」そう言いつつ、ロマーナはあまり驚いてはいなかった。
「ああ。彼らはプラリックスに危害を加えるつもりはなかった。むしろ、彼を助けたかったんだ」
「彼らは一体何者なんです?」
「さあね」

 警備員の一人が目を覚ました。ひどく落ち込んではいたけれど、どうにか立ち上がって城砦へと向かう。キャプテンに会いに行かねばならない。

 ムラとK9のところにやってきた追悼者たちの一群は、身を守る様子も攻撃する様子もなかった。ただ、一人の老女が、宙を舞って輝いているホコリの雲を指さしてムラに言った。「見て」
 雲は、樹木を、大海を、そして素晴らしい街を描き出した。ムラが雲に手を伸ばしても、チクリともせず、ただ彼女の手の中で小さな鳥が現れて、消えた。
「追悼者がドクターの居場所を突き止めたようです」K9が言った。
「どうしてわかるの?」
「ドクターの心音は独特なので、離れていても感知することができます。23.9秒後にはここにやって来るでしょう」
 ムラは巨大な石の扉を見ながら言った。「生まれてこのかた追悼者は恐ろしい存在だと聞かされてきたけれど、善良な人たちにしか見えないわ。信用していいのかしら?」
「ドクターは、あなたが安全だと思わなければ彼らのところに行かせたりしません」
「安全? どうして彼にそんなことがわかるの?」
「彼を攻撃した時に放たれた精神波を分析したものと思われます。複雑な感情でしたが、悪意はありませんでした」
「悪意はない、ですって? 善意で彼を壁に叩きつけたというの?」
「その通りです」
 石の扉が開き、プラリックスが入ってきた。
 彼の姿を見るなり、ムラは恐怖に襲われたが、すぐに安堵に変わった。ひどい変わりようだけど、少なくとも彼は生きている。「一体彼らに何をされたの?」
「私は追悼者の仲間になった」
 いかにもプラリックスらしい、と、ムラは思った。自虐は彼の得意技だ。それでも、彼は精神的に安定しているように見える。ムラが駆け寄って彼の手を取ると、恐ろしく冷たかった。
 プラリックスはムラにほほえみかけた。冷たくて、かすかなほほえみだったけれど、ほほえみにはちがいない。
 ドクターが入ってきてムードをぶち壊した。
「K9! 私たちがどこにいたか、ちゃんと探知できたか?」
「できました」
「この嘘つきめ」そう言ったきり、ドクターはK9をからかうのをやめ、ホコリの雲に目を向けた。美しい公園、木々、花々、走り回る子供たちと子供たちを見守る大人たちが映し出されていた。

「それで?」キャプテンは言った。「連中は死んだか?」
 ブリッジに駆け込んできた警備員は、キャプテンを見て、口を開いて何か言おうとしたが言葉が出ず、代わりに目から涙が溢れ出した。

 ドクターが床に座ると、ホコリの雲が彼を取り囲んだ。
「プラリックス」ドクターは目を閉じたまま言った。「気分はどうだ?」
 プラリックスは肩をすくめた。「今の私は一人ではありません。私一人でこの世界の重荷を背負わずに済んでいます」
「この世界や、その他たくさんの世界の重荷だな」ドクターはホコリの雲を見ないようにして、立ち上がった。
「ドクター、私たちは何世代にもわたって私たちの惑星は名もなき悪魔に攻撃されてきました。私たちはその名を知りたいのです」
「そいつはキャプテンのしわざだろう? どうしてとっとと重い尻を持ち上げて彼を蹴り出してやらんのだ?」
 老女が言った。「キャプテン。彼の悪は、我々の理解を超えています。あまりに多くの死の苦痛が我々の体を痛めつけ、奇妙な精神力が我々に取り憑き、それでいて私たちは何も知らない。人々の間で新たな追悼者が出て来るたび、彼らが悲しみで押し潰される前に私たちの仲間に入れてやらねばなりません。新たな世代の追悼者が増えるごとに、悲しみのイメージが追加され、苦痛は増すばかり……でも私たちは何も知らないのです」
 追悼者たちは一斉にうなずき、ロマーナは疑問に思った。彼らが何も知らないというなら、彼らがこの惑星の内側が空洞であることを知っていたのはどういうことだろう?
 ドクターは言った。「それで、あなたたちはずっと隠れていたのか?」
 追悼者たちは深いため息をついた。「私たちは弱い。人々は私たちを憎み、私たちはやり返すことができない」
「テレパシーを結集できるじゃないか。すごい量のエネルギーが溜まっているはずだぞ」
「テレパシーを結集?」キムスが言った。
 K9が説明した。「大勢の人々の精神をテレパシーで一つにまとめることです。一つ一つは小さくても、集めれば大きな力になります」
「プラリックスもその一人になるの?」ムラはプラリックスを見やって言った。
「私も彼らの一部だ」プラリックスは言った。「今はまだよくわかっていないけれど」
「いつかはあなたもそうなると思う」老女は言った。「私たちには何もできない」
「何もできないだと?」ドクターはまぜっかえすように言った。「馬鹿馬鹿しい。何もできない者などいない」
「ならば、ドクター」追悼者の一人が言った。「我々に、我々の敵について教えてほしい。ザナックについて知っていることを話してくれ」
「惑星ザナック、あなたたちの惑星は、中が完全に空洞なんだ。惑星の殻、と言ってもいい。そして、ザナックは常に次の獲物を探して移動している」
「今も?」
 ロマーナが会話に割って入った。「キャプテンがいる山には巨大なエンジンが隠されているの。惑星を瞬時に丸ごと消して別の場所に移動させられるほど巨大なエンジンがね」
「消すってどういうこと?」ムラが言った。「どうして私たちが消されるの?」
「もちろん、自分では気づかないわよ。ザナックが消えると同時に移動空間に入って、銀河の果ての別の場所に実体化されるだけのことだもの」
「その通り」ドクターが再び会話に割り込んだ。「ザナックは、自分よりほんの少し小さい惑星のある場所に移動しては、その惑星を自分の中に閉じ込めた」
「一番最近犠牲になったのが惑星カルフラックスというわけね」
「ロマーナ、私にしゃべらせてくれないか」
「もちろんよ。ただ、あなたのお役に立てればと思って」
「それで、君たちの惑星ザナックだが、小さい惑星を飲み込んでは潰して貴重な鉱石を取り出し、残りは捨てていたわけだ。君たちも気づいていたように、ジャンプのたびに空が光り輝いただろう?」
「予兆のことね」ムラは理解した。
「そうだ。その予兆で君たちが大喜びしている時に、他の惑星が死に絶えていたわけだ」
 キムスは何か言おうとしたが、言葉が出てこなかった。ムラは、プラリックスのほうを見た。ようやく彼女はどうして彼が苦しんでいたのかを理解した。
 追悼者たちは、ホコリの雲を見つめていた。そこには、一つの輪の中にもう一つの輪があった。「このイメージの意味がやっとわかった」老いた追悼者が言った。
「海賊惑星のイメージだ」ドクターは言った。
「これが私たちの悲しみの源だったのか」
 ドクターはうなずいた。「つらい真実だが、知ることはできた。さて、君たちはどうする?」
 追悼者たちは互いを見合った。プラリックスが前に進み出た。
「我らの力を結集する方法を見つけて、ザナックの犯罪者たちに復讐しよう」

 キャプテンの前にやってきた警備員は、ロボットオウムに攻撃されても逃げようとせず、ただ嘆き悲しむばかりだった。ブリッジの空気が不穏なものになってきたことを感じ取ったキャプテンは、オウムを下がらせた。
「何があった? 何を言いたい?」
 警備員はみじめな様子で震えるばかりだった。キャプテンは、床の穴に警備員を蹴り落とした。落ちていく警備員の悲鳴が長く続いた。
 悲鳴が止むと、キャプテンはその場にいる人々に向き直った。
「私の周りにいるのはバカばかりだな」キャプテンは笑った。「なせだと思う?」
 一同は恐怖に固まっていた。

第16章 Guilt Futures

「私の問題は何だと思う、フィブリ氏」
「さあ、存じ上げません」
「寛大すぎることだよ。追悼者たちは何年も前に根絶やしにしておくべきだった」
「これまで何度もそうしようとして……」
「そして失敗してきた!」
 フィブリ氏は死刑の恐怖に怯えながら必死に抗弁した。 「追悼者たちはこれまで指導者もなく目的もなく、ただテレパシーで人を恐怖に陥れるだけでした。ドクターという指導者が見つかったことで、逆に彼らを一網打尽にできるのではないでしょうか。今、ザナックスの中にある惑星カルフラックスではブーリアムとマドラナイト1-5という鉱石を採掘できます。この鉱石を使えば、追悼者の精神力を無効化させられます」
「でかした、フィブリ氏! 貴様の死刑は延期だ」
「ありがとうございます」
「今度こそ追悼者たちを絶滅できる。フィブリ氏、その装置を作るのにどのくらい時間がかかる?」
「それが、少しばかり難しくて……」
「難しいだと?」
 キャプテンは肩にとまっているロボットオウムを軽く叩いて起こした。
「フルパワーで惑星カルフラックスを掘削すると、機械に負荷がかかりすぎて……」
「スピードこそ肝心なのだぞ! 追悼者たちは今にもここに向かってくるというに! あの惑星をさっさと潰してしまえ」
 フィブリ氏はちらと看護師を見た。看護師は彼を勇気づけるように頷いた。抽出チームが、ザナックで二番目に大きいエンジンを動かすために走って行った。

 プラリックスが仲間に語りかけようとするのを見て、キムスは耳をそばだてた。彼が追悼者のリーダー? こりゃ驚いた。
「ついに我々は敵の名前を知った。もはや待つ必要はない。キャプテンを倒すのだ。ドクター、それに兄弟たち、行こうではないか」
 が、ドクターは動かなかった。
「急がば回れ、だ。まずはキャプテンについてもっと知っておく必要がある」
「どういう意味です?」
「そもそも、キャプテンとは何者だ?」

 大地が揺れ始めた。フルパワーで惑星カルフラックスを掘削する影響で、振動はどんどんひどくなり、ブリッジの中も激しく揺れた。
 キャプテンは膝をつき、どうにかバランスを取っていた。「急げ! カルフラックスを吸い尽くし、追悼者たちを根絶やしにしろ!」

 地下深くにいる面々も振動を感じ取っていた。
「キャプテンはどこから来たんだ? ザナック出身でないことはわかっている。誰か知っている者は?」ドクターは追悼者に向かって言った。
 追悼者たちは困惑するばかりだった。
 彼らの不安げな表情を見て、ロマーナは言った。「それって、急いで今知る必要があることなの?」
「もちろんだとも。準備を怠りなくするのはいつだって大事なことだろう? 相手を倒すつもりなら、相手のことを少しでも知っておかなくては。それに、ひょっとしたらキャプテンは「時の鍵」について何か知ってるかもしれない。我々が何のためにここに来たのか、忘れたかね?」
「それはそうだけど……」
「大体、今まで追悼者たちを殺せなかったんだから、今になって急にできるようになるとは考えにくいだろう?」
 よくあることだが、ドクターは完全に間違っていた。

 フィブリ氏が歓喜の声をあげ、ブリッジにいた全員をびっくりさせた。
「フルパワーで稼働しても壊れてない! まもなくブーリアムとマドラナイト1-5を全部回収できます!」
「よろしい。超能力の無効化は私みずからが試してやろう」

 プラリックスが重い口を開いた。「キャプテンの到来は一種の伝説なのです。ザナックスは緑豊かな惑星でしたが、女王ザンクシアの残虐な支配が続いて一変しました」ホコリが動き、若くて美しく、かつ冷酷そうな女性を描き出した。ドクターは、何だか見覚えがあると思った。「女王ザンクシアには悪の力があり、何百年も生きて統治したそうです」
 ドクターが割り込んだ。「力といっても必ずしも悪とは限らないだろう?」
 思いがけない解釈違いにプラリックスは面食らったが、それでも話を続けようとした時、今度はK9が割り込んだ。
「マスター! 危険が迫っています」
「シーーッ、K9」ドクターは命じた。「話を続けてくれ、プラリックス。話が遮られるのはイヤなものだ」
「彼女の統治の終盤には、ザナックスの資源はほとんど使い果たされていたそうです。彼女は自らザナックスに火を放って楽しんだとか」
「古代ローマ帝国みたいだな」ドクターはつぶやいた。何度か行ったが、毎回ろくなことにならなかった。
「荒廃しすぎてほとんど人も残ってない頃になって、キャプテンがやって来ました」
「どうやって?」ロマーナが訊いた。
「伝説によると、巨大な銀の戦車が雷のように女王の城砦に落ちてきたそうです。暴君から逃れられるかと思いきや、結果はもっと悪いものでした。その船に乗っていた人たちはほとんど死んでいましたが、キャプテンだけは生き延びました」
「それで体のあちこちが義肢なんだね」
「義肢ですって? そんなに立派な医療措置なもんですか」ロマーナが鼻をならした。
「それはさておき、私が知りたいのはそもそも彼は何者なのか、だ」
「その点について伝説では何も語られていません。キャプテンは何年もかけて謎の工事を進め、ある日、新しい繁栄の黄金時代の到来を人々に約束しただけです。」
「そんな約束を信じたのはアホだけだ」キムスが大声で言った。
「そうかもしれないけど」ムラが口をはさんだ。これまでのようにキムスの意見を鵜呑みにするつもりはなくなったらしい。「でも、あなただってそうだったんじゃないの。とりわけ財宝が手に入った時はね」
 キムスは赤くなって押し黙った。
 プラリックスが咳払いした。「伝説では、大勢の人が富を手にして幸せになった。考えなしにね。でも、少数の人間はひどい精神的苦痛を負うことになった」
「マスター!」K9が再び声を上げた。
 今度こそドクターは反応した。K9が二度も声を上げたら、それは間違いなく危険が迫っている証拠だ。急がなくては。「プラリックス、伝説の続きを早く聞かせてくれ。どんな惑星も、それそれに独自の生命力を宿している。どんな分子にも内なるエネルギーが宿っている。惑星サイズともなれば、そのエネルギー、生命力はすさまじい量だ。ザナックに略奪される時、このエネルギーが消えていく」
「エネルギーのうちの幾分かは、ザナックが惑星を破壊するたび、精神波となって放たれます。そして、人間の潜在的なテレパシー能力を開花させるのです」 「そうやって追悼者が生み出されたの?」ロマーナが言った。
「だったらその力でキャプテンに復讐しようぜ!」キムスが叫んだ。
 ドクターは人々がキムスの言い分に乗らないよう願った。キムスの言い分は間違っていないが、あまりに短絡的で、物事を深く考えるということがない。この一件が片付く前に、一度キムスに外の世界を見せてやるのはどうだろう。ロマーナにも効果があったしな。
「あなたがたの伝説では」ロマーナが言った。「キャプテンがやってきたのは何年前なの?」
「200年前です」
「それは興味深い」
「マスター」K9が三度目の声を上げた。三度目となると、彼の言い分に耳を貸さねばならない。
「何だね、K9?」
「ザナックの掘削オペレーションがすごい勢いで拡大しています」
 追悼者たちは頭を垂れた。
「またしても終わりだ」
「哀れなカルフラックス。キャプテンには何か意図があるんだろうな。だが、今回は彼らに不意打ちを食らわせてやろう。ということで、どうやったらここから出られるのかな?」
 プラリックスが石の扉を示した。「ここから街に行くことができます」
 キムスが身を乗り出した。「何をするつもりなんだ、ドクター?」
「おっと、まだ私の計画について話していなかったっけ?」ドクターはにやりと笑って言った。「すごくいいアイディアだから、みんなよく聞いてくれ」

 最初、フィブリ氏はキャプテンが鼻歌を歌っているのかと思った。が、歌っているのはキャプテンではなくロボットオウムだった。キャプテンは機械の両手で複雑な作業をしていて、オウムはテーブルの上をあちこち動き回り、キャプテンの作業をサポートしている。
「やっと出来た」キャプテンは満足げに息を吐いた。「フィブリ氏、私は世界有数のエンジニアだ」
「おっしゃる通りでございます」フィブリ氏は言った。
「この船はヴァンタリアル号と名付けよう。私が作った、もっとも進んだ技術を駆使した、世界最高の船だ」
 キャプテンの頬がぴくりと痙攣した。素晴らしい技術。でも、自分がこれをすべて開発したんだったっけ? そして、頭の中に入ってたんだっけ? 心の奥底で、ささやきかけてくる声が聞こえるような気がしたが、キャプテンは打ち消した。
「おっしゃる通りです。私の曽祖父は、この船であなたさまの最初の友人となれたことを誇らしく語っておりました。私は、この惑星で最初の友人になれたことを誇らしく思っています」
「この惑星だと?」突然キャプテンが怒り出した。「貴様はこの汚い石の塊を、世界一美しい船と一緒にするつもりか!」
「いえ、私は決してそのような……」
「フィブリ氏、貴様は大アホウだ」キャプテンの激しい怒りには、どこかみじめさが漂っていた。「貴様には、私の魂が囚われているのがわからんのか。心が自由を求めていても、ソンビみたいな追悼者だのドクターだのに囲まれて身動きがとれないんだぞ。やつらは全員死んでしまえばいい」
 看護師がキャプテンに懸念の目を向けた。看護師が近づいてくるのに気づくと、キャプテンはため息をついて踵を返し、作業用のベンチに腰を下ろした。
「このマシンを完成させねばならん。早く結晶をもってこい。
「できる限り急いで」フィブリ氏は状況を確認するため離れた。
「復讐してやる!」キャプテンは吠えた。
 柔らかな手がキャプテンの肩に触れた。
「もちろん、復讐なさるでしょう」看護師はキャプテンを宥めるように言った。
 キャプテンが看護師を追い払おうとした時、看護師はキャプテンの袖口のあたりのマシンが新しくなっていることに目を留めた。「ご自身の技術を生かされるのは良いことですわ」
 キャプテンは頷いた。「気が付いたか、私の技術はまだまだ衰えてはいない……」

 山の奥の斜面で、キャプテンの警備員は青い箱を見つけた。今まで誰も気づかなかったのが不思議なくらいだが、多分、青い箱が宇宙船には見えなかったからだろう。が、今や警備員たちに気づかれてしまった。彼らはドアを開けようとしたが、彼らを嘲笑うかのようにまったく歯が立たない。そこで、警備員たちは銃を抜いた。この銃で撃てば、ダイヤモンドだって貫通する。

 おのれの力の源を知った追悼者たちは、今やその力を奮たくてうずうずしている。
 ムラとキムスは沈んでいた。自分たちの富が他の惑星の死によってもたらされたものだとわかったのだ。プラリックスはムラの手をそっと握った。
「生命力、ですって?」
 プラリックスは頷いた。「惑星が滅びるたびに、感じていたんだ」
「ひどい苦痛だった?」
「耐えがたかった。でも、今は他の人たちと苦しみを共有できている。僕のことをわかってくる人たちと」
「何がつらいって」ムラが言った。「これまで自分がまったく気づいてなかったってことよ」
 ロマーナはいまだに惑星に独自の魂があるという説に納得しきれず、K9と話し込んでいた。
 ドクターはその会話を聞きながら微笑んだ。ロマーナは、宇宙について知るべきことがまだまだたくさんある。惑星が魂を宿せるかって? 夏の日にイギリスのカントリーガーデンを散策させてやってもいいかもしれない。
 では、惑星を救いに行こう。

第17章 Nothing Like a Plan

 ドクターは物陰に隠れ、エアカーの上にゼリービーンズを撒いた。エアカーの中にいた警備員が何事かと外に出た隙に、ドクターとキムスとK9は素早くエアカーに乗り込んだ。
 ドクターはエアカーを発進させ、振り向いて警備員に手を振った。
 警備員も手を振り返した。それから我に返り、銃を撃ち始めた。

 ドクターはエアカーの残骸から両手をあげて出てきた。
「すまない、これは君の車だったのか?」
 警備員はドクターを殴りつけた。

 フィブリ氏はキャプテンに報告した。
「報告によると、警備員はドクターの乗り物を見つけて中に入ろうとしたそうです」
「それで?」
「どうしても中に入れないそうです」
「どこまで役立たずなんだ!」
「ですが、PJX18がありそうな場所を突き止めました。現状でも、あと1回のジャンプは可能です。次のジャンプでPJX18のある惑星に行けば、エンジンを補修できます」
「ならば、この惑星を掘削するぞ。ブーリアムとマドラナイト1-5が手に入り次第、ジャンプしよう。よくやった、フィブリ氏」
 フィブリ氏には言添えねばならないことがあった。「ただ、この惑星の人口はすごく多くて……」
 キャプテンの脅すような目つきに、フィブリ氏は口を閉じた。「追悼の日が決まったら教えてくれ」
 一瞬、フィブリ氏はぞっとした。「つまり、進めろ、と?」
 キャプテンは、考え直すかのように間を取ってから、鼻をならした。「何があろうと我々は掘削せねばならん!」
 フィブリ氏は震える指先で地図上の小さな一点を指した。「ここです。太陽系の惑星で、テラといいます」
「よさげなところじゃないか」
 フィブリ氏はキャプテンに鉱石レポートを手渡しながら言った。「素敵なところと見受けます」
 キャプテンは鉱石レポートにじっくりと目を通した。
「ふむ、実によさげだな。粉々にするのが実に楽しみだ!」
「了解しました。では、そのように手配します」
 フィブリ氏は地図と鉱石レポートを手に、ブリッジを後にした。その姿をロボットオウムが観察していた。
 看護師がキャプテンの健康チェックにやってきた。キャプテンの口に体温計をくわえさせる。
「この仕事が終わったら、次は何をなさるおつもりですか?」
 キャプテンは疑わしげな様子を見せたが、会話に戻った。
「次、だと? 何か新しい趣味でも見つけるかな」
 その時、フィブリ氏がブリッジに戻ってきた。
「キャプテン、ドクターが捕まったそうです! ここに連行されてきます!」
 キャプテンは体温計を吐き出した。「素晴らしい! 拷問用コンピュータを起動しろ、今度こそ楽しませてもらおうじゃないか」

 キムスはエアカーに乗るのと同じくらい捕虜になることを楽しんでいた。人生で初めて周りの人が自分を注目しているのだ。殴られて気絶しているドクターに成り代わって、彼は言った。「我はキムス、ザナックの真の声で語るものなり!」警備員たちは彼のことをバカにしていたが、そのことも彼をいい気分にさせた。
 音声によるキャプテンの指示で、警備員たちはドクターとキムスをテーブルにしばりつけると、部屋を出て行った。
 再びキャプテンの声が聞こえてきた。
「貴様らはKnowhereの中にいる。ドクターは体験済みだったな? これは、心に潜む恐怖を読み取り、それを再現するものだ。この恐怖から逃れるには電源を切るしかない。では、お楽しみあれ」
 声がやむと、白い壁が振動し始めた。
「ふん、俺には怖いものなどない!」
「それはよかった」目を覚ましたドクターは言った。
「あんたもそうだろ、ドクター? だってあんたは英雄だもんな」
「怖いものならたくさんあるよ。それでこそ健全というものだ」
「心配するな、俺が守ってやるから」振動が激しくなり、キムスは身を固くした。「おや?」
 彼らは宇宙空間の中にいた。彼らの周りで惑星が転回している。
「何だこりゃ? すごく……きれいだ」
「惑星だよ。ザナックみたいなものだ。
「どれも丸い。世界はみんな丸いのか?」
「そうだよ」
「おまけに何百とある」
「もっとたくさんあるよ。ここに映っているのはほんの一部だ」
「だったら何で?」
「何で、って?」
 いくつかの惑星が燃え始めた。
「何であんなことが起こる? これがキャプテンがやろうとしていることなのか?」
「いや、そうじゃない」ドクターは苦しげに言った。「これは既に起こったことだ。私が救い損ねた惑星だよ」
 ドクターの自信満々な様子が消えつつある。
「精一杯努力したんだ。でも、ダメだった。いつもうまくいくわけじゃない」
 キムスは真空に漂う惑星の燃え滓を眺めた。「ザナックはこれまでいくつの世界を壊してきた? いくつの世界の破壊に俺たちは責任がある? ここで俺たちが止めなきゃ、この先どれだけの世界が壊されることになる?」
「ムカつくほどよく出来た装置だな」ドクターはため息をついた。「できれば目をつぶれ」
 彼らがそのまましばらく座っていると、今度は空が燃えて爆発が起こった。
「今度は何だ?」
「さあね。目を向ける気にもならないよ」
「これもまたキャプテンお得意の発明品というわけか」
「そう思うかね? この部屋は彼の好みではないと思う。その点は興味をそそられる」
「そそられるって?」
 キムスはまた別の惑星が爆発するのを見た。ドクターの話はもうたくさんだ。こんなバカを信じたせいで、何の意味もなく死ぬ羽目になるとは。

 K9は、壊れたエアカーのそばで置き去りにされていた。損傷しているが、その度合いはよくわからない。けれど、爆発する危険のあるエアカーのそばにいるとさらなる損傷を被る恐れがあるので、その場を離れることにした。
 最優先事項は、ドクターを探すことだ。

 自宅で一人待機していたバラトンの元に、ムラとプラリックスが戻ってきた。
 バラトンは二人の孫にとびついた。喜びのあまり、プラリックスの様子がおかしいことにも、二人の孫と一緒に謎めいた女性が入ってきたことにも気づかなかった。「よくぞ生きて戻ってきた! どうやって追悼者たちから逃げ出した? そうか、キャプテンが救い出してくれたんだな、キャプテンばんざい!」
「違うよ」プラリックスは首を振った。「キャプテンは悪党だ。ザナックスの犯罪行為の責任は彼にある」
「悪だと? さては追悼者がお前の頭におかしなことを吹き込んだんだな。それになんだ、そのボロ雑巾みたいな格好は。もっとちゃんとした、プラチナ織の服に着替えなさい」
 ムラが手を伸ばし、バラトンを止めた。振り払われるかと思いきや、バラトンはムラを強く掴んだ。なぜだかわからないまま、彼は激しく震えた。そして、見知らぬ女性に目を向けた。
「お祖父様はまだ知らないだけ。私たちは追悼者たちと一緒にいたの。彼らは善良な人々よ。この世界の何が間違っているのか、ドクターが全部説明してくれた。私たちは、キャプテンを倒さなくてはいけないの」
「キャプテンを倒すだと? 何と馬鹿なことを。あのドクターとかいう男は厄介事しか引き起こさないとはわかっていた。聞きなさい、追悼者は恐ろしいゾンビだぞ」
 プラリックスがくすっと笑った。
「お祖父様」ムラは、子どもに話しかけるような口調で言った。「プラリックスは追悼者よ」
「な、なんだって?」
 バラトンはおぞましげにプラリックスを見た。
 プラリックスはまた笑った。今度はバラトンにも、笑いの中に悲しみが混ざっていることがわかった。「ムラの言うことは本当だよ。追悼者は、僕と同じ普通の人間だ。僕らは、キャプテンの罪の重さにダメージを受けただけ。でも、そのダメージのおかげでやり返す力も手に入れた」
「キャプテンは犯罪者じゃない! よく考えてみろ、キャプテンが一体どんな罪を犯したというんだ?」
 これまでのところ、ロマーナは家族の再会シーンを興味深く観察していた。ギャラフレイでは、厳密に言うと、「家族」は存在しない。狭い空間に集まって互いに罵り合ったりしない。
 なるほど、これが家族というものか。老人は現状維持にしがみつき、子どもはそれに反抗する。合意を形成するために、相手に対する愛情を示す。ドクターのやり方とはまるで違う。この定義によると、権威に反抗的なドクターは子どもということになってしまう。そして私が彼の親? それは勘弁してほしい。意固地になっているバラトンは、だんだんただの愚か者に見えてきた。私も彼みたいになってなければいいけど。もしそうなら、ターディスにおけるまっとうな大人って、誰?
 そうか、K9だ。
 すっきりしたところで、ロマーナはバラトンに話しかけた。根は善良な老人だもの、事実をちゃんと伝えれば納得するはず。「いいこと、キャプテンがあなたたちに必要物資や贅沢品は、他の世界から盗み取ったものだったの。あなたの世界は、他の世界を貪り食っているの」
 バラトンは目をぱちくりさせてロマーナを見た。「このおかしな女は何だ? ザナック以外に世界などあるものか」
「だったらキャプテンはどこから来たの?」
「空から、かな、多分……」
「よく聞いて。私も他の世界からやって来たの。空から、と言ってもいいけどね。賭けてもいい、キャプテンも私と同じで……」
「空から来た、だと? この嘘つきめ、空から来られるのはキャプテンだけだ、お前の言うことは嘘ばっかりだ」
 ロマーナは、理屈の通じない相手と向き合っていることに気づいた。さて、この家父長制の権化のような老人を納得させることができるのか? ロマーナは腕まくりをした。
 プラリックスが進み出た。
「僕と他の追悼者たちとで、この街のみんなにキャプテンの犯罪について説明するよ。僕らみんなで彼を倒さなくちゃ」
「他の追悼者たち、だって? どこに?」バラトンはパニックを起こし、ドアから出て行った。
 家の外で、追悼者たちの一団が彼を見つめた。バラトンは悲鳴を上げ、別の部屋に逃げ込んだ。
「ふむ」ロマーナはつぶやいた。「他の人もみんなこんな反応をするのかしら?」
 プラリックスは肩をすくめた。「残念ながら、そうかも」
「それでも、やるしかないわね」ロマーナはため息をついた。
 人々は、どんな内容であれ、このように考えろと指示されることを嫌う。となると、相当上手に説得しなくちゃいけない。でも、ドクターにできたのなら、私にだってできるはず。

 砂漠に取り残されたままのK9は、物事の優先順位を考えた。
 一番は、宇宙を救うこと。
 次に、「時の鍵」のありかを特定すること。
 三番目に、この惑星の巨大エンジンを無効にすること。
 四番目に、ザナックの支配システムそのものを打ち壊すこと。
 五番目に、ドクターを救助すること。
 六番目に、エアカーのエンジンを爆発する前に修理すること。
 K9はリストを見返し、ドクターの救助は最優先ではないにしても、一番気がかりなことだと考えた。ドクターは城砦にいる。山の上にある城砦に行くには、エアカーを使うのがベストだ。そのエアカーは今、出火している。
 K9は、砂漠の砂をエアカーに放出して火を消し、限られた部品を使って見事にエンジンを修理した。
 K9は、城砦に向けて出発した。

第18章 The Sky Demon Can Wait

 長らく気絶していたドクターが意識を取り戻すと、すぐそばにキャプテンが立っていた。キムスはまだ気絶したままだが、惑星が、街が、人々が死んでいく様を見せられ続けるよりずっといい。
「少しはザナックについて学習したかね、ドクター?」
「ああ。このままで済むと思うなよ」
「何もできないくせに」
「今のところはな。でも、あんたより頭のいいヤツに縛り上げられたことがある」
「それはそうかもな。だが、残忍さにかけては私のほうが上だ」
「残忍だって?」ドクターは意識を失ったままのキムスに向かって言った。「あわてるなよ、キムス、あわてるんじゃない」
 キムスはあわてなかった。悠々と気絶したままだった。

 キャプテンは慎重にKnowhereの電源を切った。粗暴で細かい作業が苦手そうなのに、丁寧で正確な手技だった。
「ドクター、私を怒らせた罰は、死刑だ」
 ドクターはあくびをこらえた。これまで何回同じことを言われたことか。
「貴様向きにコンピュータのプログラムを改変してやったよ。空の悪魔の名にかけて、あんたの死に様を楽しませてもらう」
 ドクターははたと気づいた。「空の悪魔! 伝説の、アグラジャグザックの海賊船団のことか。はるか昔に駆逐されて破滅したはずだが」
 キャプテンの顔色が変わった。
「まさか、あんたが伝説のキャプテン・ヴァンタリアリス……殺されたと思われていたが、遺体は発見されなかった。ザナックに降り立って、新しい作戦を開始していたということか?」
 キャプテンは激昂した。「黙れ! 貴様は何もわかっとらん!」
 「そうかな?」ドクターはにやりと笑わずにはいられなかった。「いろいろわかったと思うけどね」

 一方、K9は盗んだエアカーで目的地に向かって進んでいた。

 怒り狂ったキャプテンがいよいよドクターを殺そうとコンピュータの電源を入れようとした時、背後から小さな咳払いが聞こえた。看護師だった。
 キャプテンは手をとめた。
「ドクター」看護師は言った。「キャプテンは挑発されるとついやり返そうとしてしまうの。あなたは少しばかりやりすぎたんじゃないかしら」
「自分ではすごくうまくやったつもりなんだがね」ドクターは看護師のほうを見ようともがきながら、彼女に向かって指を振ってみせた。看護師はにっこりとほほえんだが、その笑顔をドクターはこれっぽっちも信用していなかった。

 K9はエアカーで山頂に着陸した。が、ここで問題が発生した。エアカーからどうやって出ればいいのだろう?


 看護師はドアのそばに佇んでいた。一瞬、ドクターは彼女が彼の脈を測ったりキムスの容体を確認したりするのかと思ったが、彼女はKnowhereのコントロールパネルに向かっていった。どうやら機械を稼働したいようだ。
「それじゃ、あとは君たち男の子だけにしてあげるわね」
 そう言って彼女は出ていった。
 後に残されたキャプテンは自分の椅子を蹴飛ばし、それを満足そうに眺めていた。
 ドクターは、「理性的になろう」と言わんばかりの口調で言った。「そもそも、君は何のためにこんなことをやってるんだい? 海賊の生き様、危険と殺戮に満ちた生活はスリルがあって止められない、というのはわかる。でも、今、君がここでやっていることはそうじゃない。山の中に隠れて、他の惑星を丸呑みするのを繰り返すだけの生活の、どこがいい?」
「それは……」キャプテンはためらった後、怒鳴った。「黙れ! 貴様には関係ないことだ」
「黙れと言うけどさ、私はこうして縛られている間は、君は私を殺せないだろう?」
「何だって?」
「殺せない、って言ってるんだよ。君は誇り高き戦士で、戦士は無抵抗の人間を殺さない」
 ドクターはキャプテンにウィンクした。
「この地獄の使いめ!」ドクターの言ったことは図星だった。キャプテンは腕を振り回して壁をぶち壊したが、乱暴なフリをしているだけで実害はない。ドクターが思った通り、キャプテンは愚かなことをするかもしれないが、背後から人を撃つことはしない。
「気に触ることを言われて耳を貸すのはつらいと思うけど」ドクターは「理性的になろう」の口調で続けた。「君は戦士なのに、ここでやっていることと言えば? 巨万の富を手に入れても、使えなければ意味がない。君にどんな得があるだろう。スキーのセットすら買えないというのに」
「私は……」
「君は本当は宇宙の乗っ取りなんて望んでないんじゃないか?」
 室内に沈黙が降りた。
 キャプテンはドアに向かい、警備員を呼んで言った。「ドクターを解放しろ」
「え?」
「彼はこう言ったんだよ」ドクターは口をはさんだ。「ドクターを解放しろ、ってね」

第19章 Memento Mori

 キャプテンはドクターを巨大なギャラリーに通した。そこには、キャプテンがこれまでに征服した数々の惑星の模型が綺麗にラベリングされた個々のキャビネットに入れられ、回転しながら宙に浮かんでいた。
「ドクター」キャプテンは言った。「私はそなたに死んでほしいとは思っていない」
「そりゃどうも」
「まず、私のことをもう少し知ってもらいたいのだ。ここは私のトロフィールームだ」
 キャプテンが手を叩くと、キャビネットのガラスケースが姿を消し、中に入っていた惑星の模型が光を放ちながら回転し、他の惑星の模型と共に美しいダンスを始めた。
「目の保養になるだろう?」
「何だって?」ドクターは鼻白んだ。「あんたは夜な夜な自分が破壊した惑星の模型をぐるぐる回転させて喜んでいるのか? これがあんたの自慢なのか?」
「これは、この世界の名残りだ」
「自分のもたらしたすさまじい破壊を眺めて悦に入るとは、こんなものを見せびらかしたいのかね?」
「そうじゃない。あんたは誤解している」
「さっき、これは世界の名残りだと言ってなかったっけか?」
「その通りだとも、ドクター! それぞれの小さな惑星は、世界を圧縮して作ったものだ。想像を絶する圧力をかけて小さくしたんだよ」
「そんなことは不可能だ。それほどの質量を小さな空間に押し込めようとしたら、重力が崩れてブラックホールが生まれてしまう。惑星ザナックごと重力場に飲み込まれて終わりだ」
「まさにその通りだとも」キャプテンは回転する星々の中央に立って言った。「どうしてそうならないか? それぞれのシステムが、互いに完璧な調和を保っているからだ!」キャプテンは大声を張り上げたが、それはイカれた科学者の叫びだった。「だからこそ何百万ものすさまじい圧力のすぐそばで平気で立っていられるのだ。私が新しい惑星を手にいれるたび――」
「手にいれる、だと?」ドクターは唖然とした。
「この展示にかかる力を再調整し、システムを安定化させるのだ」
「あんたの言うことが本当だとしたら、すごい技術だな。無意味だが、すごいにはちがいない」
「価値をわかってもらえて嬉しいよ」
「価値だって?」あまりのことに、さすがのドクターも言葉が見つからなかった。「想像を絶する数の人を殺しておいて、惑星の死骸から素敵な数学オモチャが出来たからって、その価値を理解しろというのか!」
 キャプテンは怒るというより戸惑っていた。「これはオモチャじゃない!」
「オモチャじゃないなら何なんだ? こんなものに一体何の価値がある?」
 ドクターはすぐそばにあるからっぽのキャビネットに、「カルフラックス」のラベルが貼られていることに気づいて頭の中が真っ白になった。
「ドクター、貴様は質問しすぎだ。見て、感服するだけでいい。それ以上考えるな。どのみち死ぬのだから」
 キャプテンはドクターの頭を掴み、ドクターを床に倒した。
「誰も私のことをわかってくれない」そうつぶやきながら、キャプテンは去っていった。
 床の上に転がったまま、ドクターはどうやら自分がキャプテンをがっかりさせたことに複雑な気分を抱いていた。目を上げると、惑星の残骸が浮かんでいるのが見えた。
「私は何を見逃しているんだろう?」

 エアカーに閉じ込められたK9は、中で左右に激しく行ったり来たりしたらその勢いでエアカーが横倒しになるんじゃないかと考えた。そして、他の人に見られていないことを確認の上、左右に行き来してみた。エアカーはK9の動きに合わせて揺れたけれど、ひっくり返るほどではなかった。

 K9はバタバタするのを止めた。

 それもこれも全部ムラの思いつきなのよね、と、ロマーナは身をかがめながら思った。拳サイズのダイヤモンドが家の壁に向かって投げつけられたのだ。
 事態は悪化の一途をたどっている。怒れる群衆がドアを押し開き、プラリックスがゾンビっぽい微笑みを浮かべる暇もなく全員撃ち殺されるだろう。
「キャプテンはどうやって人々に話しかけていたの?」ロマーナは訊いた。
「警備隊を送りこんだ上で、怒鳴りつけてた」
「なるほど、じゃあ私たちもためしてみましょうか」確信を持てないままに、ロマーナは言った。

 四方から追悼者たちが近づいてくるのを見て、広場の群衆はパニックを起こし始めた。いよいよ追悼者たちに取り囲まれると、人々は落ちている宝石を拾って追悼者たちに投げつけた。
 ロマーナが事態の収拾に乗り出そうとした時、銃撃が始まった。
 なんてこと。これじゃ逆効果だ。
 キャプテンの警備員たちが広場に乗り込んできて、追悼者も市民も区別せず撃ち殺そうとする。
 ロマーナは警備員の何たるかを学びつつあった。故郷のギャリフレイにも警備員はいたが、ものすごく高度な資格が必要で、高名な哲学者たちに人気だった。何百年もの間、突っ立って物思いに耽ることができたからだ。もし道に迷ったら、地図上であれ人生上であれ、彼らに尋ねれば喜んでアドバイスをくれた。答えではないにしても。
 ギャリフレイの外の世界では、警備員とはそういうものではないらしい。
 外の世界の警備員たちは、知的レベルに限界があり、人を殴ったり撃ったりする。どうやらキャプテンの警備員たちは、ザナックの人々とは別の種族のようだ。彼らはキャプテンと共にこの惑星にやってきた人々の子孫なのだろう。十字軍を気取っているというか植民地支配者としてうんざりしているというのか、街の人を傷つけてるくらいしか能がない。哀れな連中だ。
 ロマーナはムラの腕をつかみ、銅像の影に隠れた。
「追悼者たちは反撃しないのね。そうすべきだと思うけど」
 追悼者たちは撃たれて次々と倒れていった。
 その様子を見ていたザナックの人々は、警備員たちに向かって宝石を投げ始めた。警備員たちは彼らに向かって発砲した。それでも追悼者たちは何もしなかった。
 追悼者の元リーダーの老女がロマーナと目を合わせた。「私たちにはこうするしかないの」彼女の額に石がぶつかり、彼女は地面に倒れ込んだ。
 ロマーナはどうにかしてプラリックスの注意を惹こうとした。「何かしなさいよ!」
 プラリックスは痛そうに肩をすくめた。彼が肩を撃たれていることにロマーナは気づいた。
「僕らの悲しみは人々から憎まれていることだ。これ以上彼らを怖がらせたくない」
 ムラが駆け寄り、彼のむこうずねを蹴飛ばした。
「今度こそあなたは人生の目標を見出したんだと思ったのに、これまで以上に役立たずじゃないの。何でもいいから何かしなさい!」
 プラリックスはため息をついた。
 すると、他の追悼者たちも一斉にため息をついた。そのため息が街にこだまして、広場全体を悲しみが覆った。
 警備員たちは撃つのをやめ、泣きながら地面に転がった。
 その様子を見て、群衆たちはたじろいだ。
 プラリックスは、演台代わりに噴水の残骸の上に立った。
「みなさん、聞いてください。私はプラリックスです。追悼者の一人になりましたが、彼らを怖がる必要はありません。彼らは仲間です。いいですか、悪いのはキャプテンです!」
 群衆が彼に注目している。滅多にないことだ。
「彼は私たちを金持ちにするために、他の世界を破壊しました。炭鉱からいつまでも財宝が掘り出されるのは、私たちが他の世界から盗んでいるからです。キャプテンを倒さなくてはなりません。彼は偉大なリーダーじゃない、イカれた虐殺者だ!」
 街の人々は、追悼者が何かしら喋っているのを聞くこと自体、初めてだった。でも、そのことはプラリックスの主張を届ける助けにはならなかった。ロマーナが生まれ育った環境では、真実を伝えるのは喜ばしいこととされていたが、ギャリフレイの外の世界ではそうではないようだ。
「聞いてくれ! 君たちの富は他の世界の破滅からもたらされている!」
 人々は立ち去り始めた。
「どうか行かないでくれ!」プラリックスは泣き叫んだ。
 ムラはそんな彼の奮闘を見て誇らしく思った。キムスがここにいたらもっと巧く演説しただろうな、とも思ったけれど、でもここにいるのはプラリックスで、彼なりにキャプテンに対する戦いの狼煙をあげようと頑張ったのだ。広場には誰も残っていないにしても。
 ムラはため息をついた。「そもそもみんな追悼者を恐れているんだもの。追悼者の言うことを聞けというのは無茶よ」
 「そんなことはないわ」ロマーナは言った。「人々を強制的に特定の方向へと誘導するのは本当はやっちゃいけないことだけど、強引に話を聞くように仕向けるだけなら……」彼女はプラリックスに向かって勝ち誇ったような笑みを見せた。「追悼者にはできるわよね? 人々をここに呼び戻すだけなら」
 追悼者たちは巨大な悲しみの雲を広げると、人々はふらふらと広場に戻ってきた。先ほどまで広場にいた人たちだけでなく、街じゅうの人が集まってきて、広場も道も人でいっぱいになった。彼らはすっかり催眠術にかけられていた。
 ロマーナはムラに言った。「この件はドクターには内緒にしてね」
 プラリックスは跪き、ダイヤモンドダストを一掴みして空中に浮かび上がらせた。それはゆっくりを惑星の姿を形作り始めた。 「みなさん。本日は残念なお知らせがあります。これまでみなさんの多くはご存知なかったでしょうが、キャプテンがどうやってあなたたちに富を届けたかというと……」

 K9は、これまで見逃していたものに気づいた。このエアカーは、両側を丈夫なロープで固定している。K9の鼻先に装備されているブラスターでその一方を切り離すと、エアカーはあっさりひっくり返った。
 K9がささやかな勝利を噛み締める間もなく、エアカーの外に放り出され、上下さかさの状態で地面に落ちた。これは予想外の展開だ。K9は哀れっぽく呟いた。
「マスター?」

 ドクターは、トロフィールームに佇み、自分が何を見落としているのか考えた。
 潰された星々の残骸が、互いの重力で絶妙に距離を取りながら回転している様は、重力工学の粋というよりパフォーマンス・アートのように見えた。
 キャプテンは、ドクターの近くに立って最後のチャンスを与えようとしている。が、ドクターは何もつかめなかった。
 キャプテンがため息をつき、再び口を開こうとしたその時、フィブリ氏がクリップボードを手に飛び込んできた。
「最新ニュースです! 街で追悼者たちが大集結しています!」
 キャプテンはフィブリ氏のほうを見て言った。「素晴らしい。実に素晴らしい」
 この反応は、ドクターには予想外だった。自分はどうやらものすごく重要なことを見逃しているらしい。
 キャプテンもフィブリ氏も、ドクターをトロフィールームに放置してどこかへ行ってしまった。ドクターのことは忘れてしまったようだ。こんなに酷い侮辱があるだろうか。
 ドクターは回転する星々をもう一度見やった。見事なバランスだが、もし何かが起こってこのバランスが崩れたら?
 二人の警備員が現れ、ドクターを拘束した
「なあ」ドクターは言った。「彼は本当に天才だとしたら、どうしてバカみたいに振る舞うんだろう? 君たちのボスのことだよ。彼は私に何かを伝えたがっているように思えてならないんだが、さっぱりわからないんだ。君たちにはわかる?」
 警備員たちは返事をしなかった。

第20章 Dog Fight

 プラリックスの話に、人々は仰ぎ見るように聞き入っていた。
「だからキャプテンは、追悼者たちと接触する前に街の人たちを撃ち殺そうとしたんだ。僕たちはずっと金持ちになったと思ってたけれど、実際はキャプテンの犯罪の片棒をかつがされていただけなんだ」
 彼は指をならすと、埃は散り散りになって地面に落ちた。
 ムラは尊敬をこめてプラリックスを見上げた。やつれて悲しげで狂人めいてさえいた彼が、今や落ち着いて冷静に演説している。
「これでいいのかしら」ムラの隣にいたロマーナが心配そうに言った。「催眠術で強制的に話を聞かされているだけに思えるんだけど」
 ムラは、人々のぽかんとした表情に目をやった。「話をちゃんと理解できれば、受け入れてくれるはずよ」
「そう願うわ」
「真相がはっきり語られるのはいいことよ。イマドキの若い人の間には、何かひどく間違ったことが起こっているのに誰もそれを話してくれないという感覚があるの」
 それこそ、と、ロマーナは思った。それこそ若者の定義ってものよ。
「でも、これでついに真相がはっきりしたんだもの。老人たちは事情の一端を何となく知っていたかもしれないけれど、キャプテンに金でつられて沈黙していたのね。それももう終わりよ」
「さて、追悼者たちが彼らを解放したらどうなるかしら」
 ロマーナは一人の老人に目をとめた。老人の頬に涙が滂沱と流れていた。かわいそう、と、ロマーナは思った。いい人そうなのに。やがてその老人は震え出し、逃れようと身をよじり始めた。パニックを起こしているが、追悼者たちに足止めされて動けないのだ。
 やがて、人々の呻き声が広場全体に広がっていった。人々は震え、悶え、目を大きく見開いている。ロマーナは追悼者たちに向かって叫んだ。
「彼らを解放して! この人たちには荷が重すぎたのよ!」
 追悼者の一人が彼女のほうを向き直り、ロマーナは悲しみの波動に押し流されそうになるのを感じた。私も催眠術にかけられようとしている?
「彼らを放しなさい!」ロマーナは再び叫んだ。
 追悼者は彼女から目をそらし、大きく息を吐いた。
 追悼者全員が息を吐いた。
 人々はうめくのを止め、夢から覚めたように目をぱちくりした。広場に平和が戻った。
 うまくいった、と、ロマーナは思った。
 その時、悲鳴が起こった。人々は追悼者たちを見て恐慌状態に陥り、逃げ惑ってぶつかり合った。追悼者の嘘つき、と、叫ぶ者、石をぶつけようとする者もいたが、ほとんどの者たちはただ走って逃げようとしていた。
 追悼者たちは突っ立っているだけだった。どうにかする力は彼らにはもう残っていなかったのだ。
 しばらくすると、騒ぎは収まった。が、広場にはまだ数人の若者が残っていた。追悼者たちは悲しそうだったが、若者たちは怒っていた。
「ええっと」プラリックスは彼らに話しかけた。「真実を知った今、君たちはどうしたい?」
「キャプテンを倒す!」
 ロマーナはにんまりした。革命を目撃するのはこれが初めてだ。「素敵!」ムラが怪訝な顔をしているのに気づいて、ロマーナは態度を改めた。これは飛び上がって喜ぶべきことではないらしい。
「それじゃ」彼女は咳払いをして言った。「具体的に何ができるか考えましょうか。ドクターとキムスが見つからずにエンジンルームに侵入できていることが大前提だけど」
「見つかってたらおしまいよ」
「大丈夫」ロマーナは自信満々に大嘘をついた。「ドクターは自分のやるべきことを心得ているわ」

 ドクターはブリッジに連行された。何やら慌ただしい気配が漂っていた。キャプテンは机に向かい、時計職人ばりの精確さで装置のようなものをいじっている。
「貴様の友だちの追悼者のおかげで、この騒ぎだ。みじめな愚か者たちが城砦を襲撃しようとしてるのだよ」
「それはそれは」ドクターは言った。「おもしろくなりそうじゃないか」
「そうなるさ」
 ブリッジのドアが開き、気絶したキムスが運ばれてきて、ドクターが座っている床のそばに投げ落とされた。キムスは震え始めた。多くの惑星が燃え尽きるのを見せられたのだから、無理もない。
 ドクターは警備員に向かって言った。「彼の拘束を解いてやれよ。この有様じゃ、誰の脅威にもならないだろう?」
 キャプテンは肩をすくめた。「いいだろう。どのみち間もなく二人とも殺すだけだしな」そこで彼の忍耐は切れたらしく、マイクロフォンを掴んで叫んだ。「フィブリ氏、私のクリスタルはどこだ?」
「今お持ちします!」フィブリ氏はクリップボードを手に走り去った。
 キムスが意識を取り戻した。「ドクター? ここはどこだ?」
「キャプテンのブリッジだよ。いいところだろう?」
「ブリッジ?」
「ほら」ドクターは声をひそめて言った。「あれが君の愛しのキャプテンだよ」
 キムスは我が目を疑った。あれじゃまるで怪物じゃないか。ザナックにはキャプテンの彫像がたくさんあるのに、実物はまったく似ていない。おまけにヘンな匂いまでする。脂じみたオーブンで肉を焼いた時のような。
「何てこった、まともじゃないな」
「その通り」おや、キムスが初めてまっとうなことを言ったぞ。
「仲間たちが知ったら――」
「もうじき知るさ。追悼者たちがこっちに向かっている」
「でも僕らはエンジンを壊せてない」
「それはそうだが、追悼者たちにどうやれば反撃できるか教えることはできる。キャプテンは超能力にはなすすべがない」
「それはいい。で、あの機械は?」
「え?」
 ドクターはキャプテンが作業している箱に気がた。「あれは……超能力妨害装置のようだな」
「何だって?」
「超能力を中和させる機械だ……」
 ドクターとキムスは怯えて顔を見合わせた。
 くすくす笑いが聞こえた。
「その通り」キャプテンは彼らの上にかがみこみながら言った。「せいぜいおしゃべり
することだ、ドクター。貴様に残された武器はそれだけだからな」

 上下さかさまになったままのK9は救難信号を発したが、ザナックにはその信号を受け取って救助に来てくれるものはいなかった。が、ロボットであるK9には感情がないはずなのに、彼のセンサーはこの惑星から悪のようなものを感じ取っていた。
 K9の計算によれば、ドクターは12分54秒以内に彼を救援することを望んでいた。もしドクターの救援に間に合わなかったら、K9はこの山の上で部品が完全にダメになるまで過ごすことになりかねない。感情のないK9は退屈と無縁だが、でもこのまま100年も上下さかさまの状態で過ごすのは、彼の能力の無駄というものだ。
 K9が頭部のセンサーをのばして状況の改善をはかろうとしていた時、警備員が近づいてきて彼を撃った。
 よくよくついてない一日だ。

 ドクターは大声でキャプテンの超能力妨害装置を嘲った。
「バカだなあ。その機械を作動させるには、ものすごく貴重なクリスタルが必要だってのに。ブーリアムとマドラナイト1-5とかね。私の知る限り、採掘できる惑星はたった一つしかなくて、えっと、どこだったっけ?……」
 フィブリ氏が勝ち誇ったように小さな箱を抱え持った。
「キャプテン、こちらがそのクリスタルです」
 ドクターは呻いた。「カルフラックス……どうして思いつかなかったんだろう」
 キャプテンは陽気な笑い声をあげ、クリスタルを一つずつ箱から取り出して装置に入れた。クリスタルは輝き出し、ロボットオウムは楽しそうにカチカチと嘴を鳴らした。
「フィブリ氏、よくやった」キャプテンは椅子の背にもたれ、リラックスしていると言わんばかりに看護師に手を振った。
 看護師は賛同するように頷いた。
「ほらな、ドクター」キャプテンが言った。「あんたの友達はおしまいだ。あとは、彼らが死ぬのを見守るだけだ」
 彼はマイクのスイッチを入れた。「全警備員は完全武装して追悼者に備えよ。今ならやつらは無害だ」それからフィブリ氏に向かって、「この装置の管理を任せていいかな? 私はドクターの面倒をみてやらねばならん」
 彼は立ち上がり、ぎしぎし音を立てながらタイム・ロードに近づいてきた。肩の上のオウムが嬉しそうに鳴いた。

 K9は、ドクターが敵の力を逆利用する様を何度も見てきた。警備員がK9を狙い損ねた一発目から、K9は警備員の次の行動を正確に予想し、警備員の銃の弾道に合わせて撃ち返す。両者の衝突により、銃弾は空中で向きを変え、エアカーに直撃した。
 エアカーは爆発し、あたりは煙に包まれた。
 煙が消えると、状況を理解できてない警備員の前に、小さなロボット犬が転がり出てきた。
「大変うまくいきました」K9はそう言うと、警備員を撃った。

 ロマーナは追悼者のほうに向き直った。街全体を味方にすることはできなかったが、とりあえず仲間はできたからよしとしよう。
「さて、山登りを始めるとしますか」ロマーナは言った。
 ということで、彼らは山に向かった。

 K9はドアの前で立ち止まった。ドアには鍵がかかっている。K9に撃たれて気絶した警備員のポケットを探ってみたが、鍵らしきものは見つからなかった。
 K9はドアの前に戻り、センサーをのばしてみた。
「大変に愚かなドアですね」彼は言った。「開くよう命じます」

 キャプテンはドクターに何か言いたげだったが、近寄ってきた看護師がキャプテンの口に体温計を差し込んで遮った。続いて血圧をはかり、それを記録すると、目を上げて言った。「キャプテンの血圧が高すぎて、今日の処刑は無理です」
 看護師は退出した。
 キャプテンはため息をついた。
「ドクター、貴様の処刑を先延ばしにするわけにはいかんのだ。この瞬間を待ち望んでいたのだから」
「俺もこの瞬間を待ち望んでいたぜ、キャプテン!」キムスが叫んだ。「このイカれた虐殺者め!」
 キムスはキャプテンに向かって何度も何度も椅子をたたきつけた。と言っても、実際にはほとんどキャプテンに届かなかったのだが。
 キムスは腕が痛くなって止めた。ブリッジにいた人たちは、その有様を目撃していたが、ショックを受けているというよりいささかおもしろがっているようだった。
「気が済んだかね?」キャプテンが言った。
 キムスは顔を真っ赤にした。必死に頑張ったのに、まんまと失敗したとは。
「アバートン」キャプテンは肩の上のオウムに向かって言った。「殺せ」
 ドクターはキムスの腕をつかみ、逃げ出した。オウムは目を光らせ、爪を剥き出しにして旋回している。誰も気づいていなかったが、ドアが開いた。
 ドクターとキムスは、オウムの目が放つ殺人光線から逃れようとブリッジの中を逃げ回った。まさかオウムに殺されようとはな、と、ドクターは思った。自分が死んだ後、一体どんな弔文が飛び交うことか。
 キムスはオウムの爪で引っ掻かれて悲鳴を上げ、ドクターは髪の毛の端を焼かれて尻餅をつき、その拍子に何かが肩にあたった。
 K9だった。
 ドクターは、ほんの一瞬だけ、自分の強運に感謝した。
「K9、つかまえろ」
 K9は進み出た。
 一瞬、ロボットオウムとK9は互いを見合った。そしてバトルが始まった。両者の撃ち合いで、机が燃え、部屋に煙が充満した。ドクターはキムスを掴んで煙の影に隠れようとした。超能力妨害装置さえ手に入れば、追悼者たちが殺されることはないはずだ。問題は、どうやったら自分たちに立ち向かってくる警備員3人を出し抜いて手に入れられるか、だ。
「プランBだ」
「それって何?」
「逃げるぞ」
 二人は城砦の外に向かって走り出した。K9は、退却しつつも後ろ向きでオウムへの攻撃を続けた。
「あいつら全員を殺せ!」キャプテンが叫び、オウムは嬉々として彼らの後を追った。

 フィブリ氏は消火器で奮闘していた。警備員たちは倒れた柱をどけようとしていた。
 キャプテンはその騒動をじっと見ていた。
 看護師は、以前と変わらぬ平静さで、キャプテンのそばに立っていた。
「ふん」キャプテンは鼻を鳴らした。「連中は城砦からは出られない」
「内側の部屋に入られなければ、ね」
「入ったとしたら?」
 ほんの一瞬、看護師が毒々しい目つきでキャプテンを見た。
「心配することはない。オウムのアヴァトロンがやつらを仕留めてくれる。やつらが死ぬところを見られないのは残念だが、勝利に必要な手札はすべて揃っている」
「本当に?」またしても、看護師の言葉には皮肉がこもっていた。そして、キャプテンの体調を一通り検査し、キムスの攻撃で負ったダメージはないか確認した。
 フィブリ氏はそんな二人に目をやった。どうしてキャプテンは彼女をクビにして、もっとお気に入りの看護師を雇わないのだろう?
「一つ気になっているんですが」看護師が言った。「コンピュータはドクターを死なせる選択をしたんですよね?」
「ああ、そうだ」キャプテンは看護師とおしゃべりしたい気分ではなかったが、拷問コンピュータの出力データを看護師に渡した。それを読んだ看護師は楽しそうにくすくす笑った。
「ええ、私も気に入ったわ」

第21章 A Leap of Faith

 しばしの間、城砦の廊下に人の気配はなかった。ロボットオウムとK9が激しい戦闘が繰り広げていたからだ。警備員たちは避難するか、あるいは床に伏せていた。
 ほんの一瞬、ドクターはK9に落ち着くよう指示しようかと思ったが、K9の尻尾が激しく振られているのを見てやめた。楽しんでいるなら、それでいい。
「出口を見つけないと」ドクターは言った。
 キムスは銃を取り出した。彼も戦闘に参加したいらしい。
「ダメだ。私たちはエンジンに行って停止させるか、さもなきゃ追悼者たちに警告しなくちゃならん。敵についてもっと知らなきゃいけないと、エンジンを止めることができない」
「でも、せっかく銃があるのに」
「確かに素敵な銃だが、今は役に立たないよ。我々に必要なのは、『エンジンルームはこちら』と書かれた掲示だ」
 エンジン室を探して廊下を走り回っているうち、彼らはキャプテンのトロフィールームの前にたどり着いた。
 ドクターはキムスに説明してやった。
 キムスは「トロフィールーム」と書かれた文字を見つめながら言った。「もしみんながこのことを知っていたら……」
「おおよそ半数の人間は軽く咳払いして、聞かなかったことにするだろうよ」ドクターはつぶやいた。「キャプテンは利口だった。人々を奴隷にしつつ、金持ちにもしたからね。人はどんなことにでも慣れてしまう。前にダーレクの炭鉱から人々を解放してやったら、配給スープが遅れただけで、ダーレクが管理してた時はこんなことはなかったと文句を言ってきたよ」
「とは言え、これは……」キムスは惑星たちのダンスに見惚れて、ドクターの話はろくに聞いていなかった。
 突然、ドクターはキムスの腕を引いて床に倒した。
 アヴァトロンとK9がトロフィールームに移動して、バトルの続きをやり始めたのだ。
「K9、気をつけろ、惑星間のバランスを崩すとあっという間にブラックホールが出来て吸い込まれるぞ!」
 惑星の後ろから攻撃してきたアヴァトロンをめがけてK9は撃ったが、狙いは外れ、惑星の表面をかすめて部屋の反対の壁にぶち当たった。
 すると、なぜか壁が開いた。
「よくやった、K9」ドクターは声をあげ、キムスを引きずりながら秘密の部屋に向かった。

 彼らが転がり込んだ部屋は暗かった。部屋の中央にある壇を見てキムスが言った。
「ドクター、見て!」
 その玉座に座っていたのは、ひどく年老いた女性だった。かつての美貌の痕跡はとどめていたが、同時にひどく残忍そうでもある。彫像でも蝋細工でもない。恐ろしくわずかでものすごくゆっくりとだが、体は動いていた。
「何者だ?」近づいて触ろうとしたキムスをドクターが止めた。
「どうやらジグゾーパズルの最後のピースに辿り着いたようだ。キャプテンが言おうとしていたのはこの女性のことだろうか」
「ひどい有様だけど、女王様みたいな服を着ているな」
「その通り。こちらは君たちの敬愛するサンシア女王(Queen Xanxia)だ」
「でもサンシア女王ならとっくに死んでる!」
「私はそうは思わないな。相当加減が悪そうではあるけれど」
「俺たちの声が聞こえているかな? さっきひどいことを言っちゃったけど」
「いや、多分聞こえてないんじゃないか。こういうものを近くに置かれていてはね」ドクターは、彼女の両側に設置された2つの背の高い金属板を指差して言った。これは恐らくタイム・ダムだ」
「何だって?」
「タイム・ダムだ」ドクターは知識をひけらかす誘惑に勝てなかった。「原始的な装置だが、効果的ではある。2つにはさまれたエリアだけ、時間の流れを堰き止めるんだ。サンシア女王の寿命が尽きる最後の数秒間を果てしなく引き延ばしている。ただ、このプロセスには宇宙規模のエネルギーを消費するんだ。いくつもの惑星を丸ごと略奪しなきゃならないレベルでね」
 キムスは、ドクターが許さないとわかってはいたものの、彼女に銃を向けた。
「つまり、ザナックで起こったすべてのことは、この化け物を生かし続けることだけが目的だったのか?」
「いや、多分それ以上の意味がある。そもそも、君はこんな状態で生き続けたいと思うか?」
 二人は、永遠に椅子から立ち上がることもできない、しわしわでしなびた姿の女性を見やった。
「いいや、こんな状態ではごめんだね」
「そう、こんな状態なら……いや、これはどんな状態だ?」
 ドクターは部屋をぐるりと見て回り、取り扱い説明書を見つけた。彼はそれを他の装置の上に放り投げた。そして、ディスプレイを見つけた。
「これだ」
 キムスはドクターの肩越しにディスプレイを見た。
「これは……ブリッジじゃないのか?」
「これは誰の視点だろうな?」ドクターは女王のほうに顎をしゃくった。「最後の疑問。彼女は誰に話しかけていたのか」
 何かが近づいてくる。ドクターは片手を上げた。
 ドアが開く。ウィーーンという音がした。
 K9が勝ち誇ったように入ってきた。アヴァトロンの死体を鼻先に乗せ、それを仰々しくドクターの足元に置いた。
 ドクターは手に取ろうとしたが、まだ熱を持っていた。「よくやった、K9」
 ドクターはK9の形が崩れていることに気がついた。「気にするな、ターディスに戻ったらすぐに元通りにしてやろう」
「そりゃよかった」キムスは言った。「でも、他の人たちは? 警備員たちは? どうやってここから脱出する?」
 ドクターは廊下の先を指差した。「あそこに業務用エレベーターがある。あれに乗って地下のエンジンを見に行かねば。K9、お前さんは疲れているようだから、先にキムスと一緒にエレベーターでエンジン室に行き、エンジンを不能にしてくれないか?」
「わかりました」
「キムス、K9と仲良くな。彼の電力パックが切れるようなことをするんじゃないぞ」
「もちろんです。でも、あなたは?」
「キャプテンと交渉してくる」

 二人の警備員が壊れたエントランスの片付けをしていると、誰かが背中をとんとんと叩いた。
「お二人さん、こんにちわ」ドクターが言った。「お会いできて光栄です。キャプテンのところに連れていっていただけますかな?」

 ブリッジに、警備員に連れられたドクターが姿を見せた。フィブリ氏はクリップボードを落とし、キャプテンはドクターに近づいていった。
「ドクター! ついにご登場か。処刑の時間が迫っておるぞ」
「そうかもね」ドクターはキャプテンの耳元でささやいた「でも、私がお見せしたいのは別のものなんですよ」
 キャプテンは両手を擦り合わせた。「ところで、あんたの友達はどうなった?」
 ドクターは肩をすくめた。
「ああ、きっと私のアヴァトロンの仕業だな。間違いない。悪い鳥め」
「いや、まあ、悲しい話ではありますがね」ドクターは咳払いし、ポケットからアヴァトロンの死骸を取り出して床に置いた。
「壊したのか?」キャプテンは喉を締められたような声で言い、ひざまづいて鳥を拾い上げた。やがて、キャプテンは憤怒の目でドクターを見た。「このツケを支払わせてやる!」
「その前に話を聞いてくれ。大事なことなんだ」
「誰が聞くか」
「でも――」
「黙れ!」
 キャプテンが机のレバーを引く。すると、ブリッジの中央の床が開いた。覗くと、下は絶壁。端から、板が出ている。
 キャプテンがその板に片足を乗せ、ドクターのほうに振り返った。「はるか昔の海賊時代から続く習慣だ。理屈は至って簡単。歩き進めば、落ちるだけ。下で待ち受けるのが海じゃないのは残念だが、長時間の落下を味わねばならなくて申し訳ない。何しろザナックの中核にある空洞にまでつながっているからな」
「板の上を歩けって? どうしてそんなことをしなくちゃならない?」
 キャプテンは高笑いをして、親友相手みたいにドクターの背中をどんと叩いた。その勢いでドクターの体が前に進み、少しだけ板に近づいた。
「いや、貴様は歩きたくなるに決まっている。これを見ろ」
 キャプテンはギラギラと刃が光る大きな剣を取り出した。
「板の上にどうぞ、ドクター」
 ドクターはフィブリ氏と看護師を見やった。フィブリ氏は視線をそらし、看護師は見かけ倒しの同情の表情を浮かべ、軽く舌打ちした。
 ドクターは板の上に片足を乗せた。きしむような音がした。下を見ると、目のくらむような高さだった。もう一足進むと、板が下にたわんだ。
 キャプテンが、片手に剣、片手に死んだオウムの残骸を持って迫ってくる。
「話し合いの時間は終わった。貴様に残されているのは死ぬことだけだ」
 ドクターは板の上で慎重にバランスを取りながら、自分は一体どこで間違えたのだろうと考えた。困ったことに、先に進めば進むほど、板はたわみやすくなり、足元がおぼつかなくなる。
 ホログラムのプロジェクターを持ってくるべきだった。それさえあれば彼らの目をごまかして逃げることができたのに。
 キャプテンが剣先で突いてくる。ドクターは自分の愚かさを呪った。これ以上先には進めない。両手をあげて降参のポーズをするも、キャプテンは剣を振るってくる。ドクターが身をかがめた時、足元のバランスを失い、ザナックの中心部に向かって落ちていった。

<続く>