A Christmas Fairly Tale

 以下は、1986年にチャリティとして発売された雑誌 The Utterly Utterly Merry Comic Relief Christmas Book に収録された、ダグラス・アダムスとテリー・ジョーンズの共作による短編小説の抄訳である。ただし、訳したのが素人の私であるので、少なからぬ誤訳を含んでいる可能性が高い。そのため、この訳はあくまで参考程度にとどめて、全貌をきちんと知りたい方は、必ずオリジナルにあたってくださるようお願いする。


 未来のクリスマス・イヴ。
 いたるところで雪が降っていた。階段にも、7階の窓の外にも、壁際にも、舗道に横たわるモノの上にも。ドスン、バタン、バタン、グシャ! カープランク!()――雪は降り続いた。
「今日の雪はやけに重いわね」サラは言った。「おまけに大きい……あの雪のカケラなんて直径15フィートはある! 昔はこんなもの滅多に目にしなかったのに、というか、今だって珍しいか。思うに……」でも彼女が何を思ったのか、誰も知ることはない。というのも、悲しいことに、雪片が彼女の上に落ちてきて、彼女がそのことについて、というかその他のどんなことに関しても、思うのをやめたからである。
「文句を言うんじゃないよ、お前」母親は雪から逃れようと急ぎながらもごもご言った。でも遅い! 彼女の上に、3つの大きなカケラがものすごい勢いで空から音を立てて降ってきた。ぶつかる直前、彼女が最後に考えていたのは「デニスにサンドイッチを作らなきゃ」だった。デニスが誰なのかは永遠に不明が、少なくとも彼女の夫ではなかった。夫の名前はフランクだったから。
 ちょうどその頃、フランクは、雪のカケラが妻と娘を押しつぶしたとは知らぬまま、台所の窓の外を眺めていた。彼は未来が大好きだったが、新しい雪のことはあまり好きになれなかった。
「ひどい雪だ」彼は言った。
「そうだね」彼の同僚は同意した。「黒くて岩みたいに固い。ちっとも本物の雪っぽくないよな?」
「ひょっとして、石炭なのでは?」フランクは言ってみた。
「ハッ!」同僚は鼻をならしたが、この同僚、出産と結婚と死亡の登録がガチでごちゃ混ぜになったせいで名前を持っておらず、これまで彼が何度も何度も手紙を書いて送ったにもかかわらずそもそも存在しない人からの手紙だということで一度も返事がもらえなくて、問題はいまだに解決されないままになっている。そんなこんなで彼は極端に怒りっぽい人間になってしまい、とりわけ雪とか原子力とか、彼の謎の両親に関連する特殊な理由により、キャミニッカー(キャミソールとショーツが一体化した昔風の下着)に関する事柄に怒りを爆発させる傾向があった。「どうしようもなくくだらない戯言だ! キャミニッカーなんて最後に見たのはいつだよ、空から降ってくるわけでもあるまいし!」
「『最後に石炭を見たのはいつだよ』と言おうとしたんだよね?」フランクは穏やかに尋ねた。
「もちろん石炭のことに決まってる!」そもそも名前を持ってないので名前で呼ぶことができない男が吠えた。
「石炭ということなら、私が最後に見たのは何年も何年も前のことですね」
「その通り」名無しの男は勝ち誇ったように諭し、座って一休みすることを余儀なくされたが、それというのも「勝ち誇って諭す」というのは単に何かを言うよりはるかに複雑で疲れることだからである。試してみればわかる。「なぜだかわかるか? 教えてやろう――何もかもキャミニッカー発電所のせいだ」。
 ここまでくると戯言すぎてフランクも会話にうんざりし、仕事で地下室に降りることにした。
「原子力発電所と言おうとしたんだ!」名無し男は彼に後をつけて階段を降りながら叫んだ。「原子力発電所のことだ! 俺が本気でキャミニッカーのことを言おうとしたかどうかくらいわかるだろ!  つまり……くそっ。未来なんか大嫌いだ」。が、フランクの後ろで地下室へと通じる巨大な鋼鉄の扉が閉まり、名無し男が何を言ったか耳にすることができたのは小さなズアオナトリのみ、しかもこの小鳥は中国陶器だけが友達だったから、彼が何を言っていることに関心を持つなんて不可能だった。
 ということで、名無しの男はあきらめてむっつりと椅子に座り、大きな腫瘍を撫でたが、彼はこの腫瘍のことを自ら好んでパーシーと呼んでいた。

 フランクが地下室に仕事があるのは、仕事があるならそれを地下室にしまっておくのが一番だからである。仕事は、黄金のホコリに似ている。もし黄金のホコリがあるなら、マメに掃除機をかけるだろうし、ゴミを捨てる時には慎重になるだろう。でも仕事があるなら、それは大事なものだ。地下室にしまう、それが最善だ。。
 フランクの仕事は、世界でもっとも成功していて有益な企業と関わるものだった。企業名はあるものの、あまりにしょっちゅう変更されている。今朝の時点では「幸福と真実と健康株式会社」と呼ばれており、原子力発電は本当に完璧に安全ですよと人々に知らしめる広報活動の会社だった。
 何と巨大な契約だったことか!
 諸君! 原子力発電所で事故が起こるたび、契約はどんどん巨大化していくのだ。
 会社の株式が恒常的に天井知らずの値上げを記録するため、たびたび天井の補修をしなくてはならず、今では証券取引所にはピンクの雨傘がさされている。昨年は、もう一つの巨大広告代理店、かつてはユナイテッド・ステイト・オブ・アメリカとして知られていた、ユナイテッド=ソニー=コカコーラ=テクサコ・コミックス世界銀行会社(兵器/製薬/オリガミ部門)を完全買収し、いよいよ勢力を拡大している。従業員も今では裕福になり、放射能遮断性能つきの地下室で仕事をできるまでになった。
 フランクは両手をこすり合わせ、勢いこんで仕事にとりかかった。今日の仕事は彼が一番好きな類のものだ。彼はそれを「言葉製作」と呼んでいた。先週まで、かつては湖水地方と呼ばれていた場所に建設された新しい巨大原子力発電所はこれまで以上に安全ですと人々に伝える一大キャンペーン活動を行なっていたが、今週、その原子力発電所が木っ端微塵に吹っ飛んでしまい、それで「言葉製作」が必要となったのだ。
 ちょっとした歌なんかいいかもしれないな、ジングル……彼は「コラテラル・ダメージ」(巻き添え被害)と韻を踏む言葉を探し、鉛筆を噛んだ。「アクセクタブル・トレランシーズ」(受け入れ可能な我慢)はいい感じだけど、リズム的にはイマイチかな。いや、ここは「安全」という側面を強く押し出すべきだ。全体としては安全なのだ。どこからどう見ても爆発したのは事実だけれど。それも巨大な事故だったけれど。
 軽い悪寒がした。
 ひょっとすると今回のこそ……ついに起こってしまったのかも。決定打。ひょっとすると世界は準備ができていたのかも。彼がずっと貯め込んできたもの。すべて一括で賭けてきたもの。決定打。自分の責務。
 彼は大慌てで机の引き出しをひっかきまわし、机に置いてある一番大切な漆塗りの箱の鍵を取り出した。そして、興奮しすぎてもたつきながら箱を開けた。そこには、きちんと折りたたまれた紙が一枚入っていた。震える指で取り出し、開いて机の上に広げてみた。
 そこに書かれていた文字を、一人で読んだ。ゆっくりと息を吐いた。
 彼が記憶していた通り、素晴らしかった。筋が通っていて、大胆で、反論の余地がない。まるで魔法。そしてついにこれらの言葉に値する、巨大な事故が起こったということだ。
 彼は電話に手をのばした。
 数分後、彼は地下室を出て、かつての同僚が椅子に沈み込んだ状態で死んでいるのを発見した。これで少なくとも名前の問題は解決したことになる。今後はパーシーと呼べばいい。
 彼は一人で満足げに笑い、外に出た。クリスマスの気配とともに、数々の有害物質が舞っていた。雪はもう止んでいたが、午後の降雪のせいで恐らく道路は補修する必要があるだろう。彼は嬉々として帽子を空中に放り投げた。彼が帽子をかぶっていると言ってなかったけど、実際のところ彼は帽子をかぶっていて、今その帽子は彼が投げたので空中にある。空中に投げられるまで帽子について言及しなかったのは、彼は放り投げるまでは意味がなかったからであり、この時を待っていたからだ。
 その夜の夕食は少しばかり奇妙だった。フランクはなんとなく何かが欠けているような気がした。スマートTVは彼の落ち着きのなさを感じ取り、何か特別感のある番組を見たほうがいいのではと推測して電源を入れた。
 フランクは自分で炭酸飲料っぽいものを取りに行き、座って「2つのとことんアホなクリスマス特番」を見て素敵な時間を過ごした。この番組が録画されたのは去年の8月で、これまでずっと見ていなかったのだが、スマートTVはフランクの様子を見てとると、彼がクリスマスらしく素敵な時間を過ごすのに最適な番組を苦もなく拾い出した。
 番組の後にニュースが流れた。
 妻にも見るよう促そうと振り返って、ここで突然彼は何か欠けていたのかに気が付いた。彼の妻。サラ。おやまあ、と、彼は思った。これが本当の核家族ってヤツだな。
 彼は座り直し、原子力発電所爆発のニュースを見た。あまりに巨大な事故なのでこの先しばらくスコットランドに行くのは非常に難しくなりそうとのこと、大晦日が間近なのに残念なことである。
 しかしながら首相は、何人かの人が巻き込まれて被害に遭ったのに加え、スコットランドへのトンネル建設というわくわくするような新企画が誕生したおかげで、失業率が急激に下がる見込みだと説明した。
「風が吹けば……」彼は陽気にジョークを飛ばした。
 インタビュアーは、確かに相当強烈な風でしたと同意した上で、安全性の問題に話を向けた。
「昔からずっと言われている問題だ」首相は笑みを浮かべて言った。「どうしていまだに気にする人がいるのかわからないな。これまで何百万回となく言ったはずだ、私が安全だと言えば、完璧に安全なんだ」
「このようなひどい事故が起こっても、ですか?」インタビュアーが驚いて言った。
「私が言いたいのは、君が言うほどひどい事故じゃないってことだ」首相は安心させるような笑顔を浮かべた。「このような事故が起こるのは、安全だと証明しているようなものだ」
 インタビュアーはあんぐりと口を開けた。もごもごと呟いた。
 すると首相はウィンクした。フランクには、首相は彼個人に向けてウィンクしたのだとわかっていた。これこそ彼が考えていた筋道だったからだ。答えなどないと知っている自分が誇らしくて笑顔になった。
 家の外では、ズアオアトリがこれでお話はおしまいだと鳴いていた。


※ “Kerplatt!” という名前の子供向けオモチャがある

 

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